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最後の六隻
奮い立つは若鳥 (1)
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『次のニュースです。七十二時間前に発生した、ケンタウルスⅧに駐留する太陽系星系軍と、暴徒化した労働者の間で発生した偶発的戦闘は、現在小康状態を迎えており、独立政府は外交チャンネルを通じて停戦の呼びかけを続けています』
――俺みたいな青二才にまで招集かけといて、何が外交チャンネルだ……。
思いながら、ケントはぬるくなったコーヒーで培養肉のコンビーフサンドを流し込んだ。港湾地区からほど近い場所にあるカフェ『アークライト』は、安いうえに美味いことで有名だ。ケントのように港湾関係者にとってはありがたい店だった。
「どうだ、様子は?」
「よくはねえよ。うちの会社にも独立宇宙軍のリクルーターが来やがった」
「そうか……ほらよ、コーヒーのおかわりだ、サービスしといてやる」
「ありがとう」
αケンタウリにある生命居住可能領域の岩石惑星、そのテラフォーミングという題目を掲げ、甘く勇ましい言葉とともに太陽系から送られた挙句、事実上見捨てられた二千数百万の移民達がいた、その第四世代がケント達だ。
「気にすんな、俺も若いときは貧乏暮らしだったからな」
近頃では一山当てようとやってくる山師や、太陽系に住めなくなった連中が流入して、人口は四倍近くに膨れ上がり、稼働するコロニーは大小合わせ二十八基を数える。
「ただ、給料はいいんだよな……」
「しかし戦争はかなわねえな、まともにやっちゃ勝てっこないんだから」
「違いない」
ゴリラみたいなゴツイ親父が、困った顔でそういうのをみて、ケントはうなずきながら笑った。男手一つで小さな娘を育てている彼にとっては、貧しくても平和であるほうがいいに決まっている。そう思いながらコーヒーに手を伸ばした時、ドアベルの音とともに陽気な声が響いた。
「おやっさーん、ホットドッグを二つとコーラのLサイズ、玉ねぎマシマシのピクルス抜きでー」
「はいよ、ちょっと待ってろ」
ケントと目が合ったアンデルセンが、片手をあげて向かいの席に座る。
「なんだケント、いたのか。相変わらず辛気臭いな」
「ほっとけ、お前こそ底抜けに能天気なツラしやがって」
技術学校で同期だったアンデルセンが、いつも通りの軽口をたたきながら握りこぶしを突き出した。ケントがそれにこぶしを合わせると、アンデルセンは人差し指でトレードマークのテンガロンハットのつばをチョイと上げ、棚の上に乗せられた立体映像を見上げる。
「なあケント、今日、独立宇宙軍からリクルーターがきてたんだがお前どうするよ?」
「俺のところにも来た。悩んでたところだよ、今ならパイロットになれるだろうが、負け戦になっちまえば、それこそ歩兵まっしぐらだろうしな」
ケント達の出た学校は、実務特化の専門学校だ。操縦に船外作業、鉱山機械操作、どれも危険な仕事ばかりで、卒業から二年で同期の連中の一割はすでに墓の下だ。
墓の下とは言うものの、葬式をしてもらって死体を再処理施設に送られるならマシな方で、大半は星屑になる奴の方が多かった。
「まあ、歩兵も悪かないけどな」
アンデルセンが腰から下げた博物館入り確実の四十五口径を抜くと、器用にクルクル回して見せる。
「銃で遊ぶとツキが落ちるぞ、ラグンフリズ。ほれ、ホットドッグとコーラだ」
「ひゃっほう、腹ペコなんだ俺」
仕上げとばかりに空中に放り投げた銃を左手でキャッチして、もう一度背中越しに投げて右手でつかみホルスターに戻す。
「ラグンフリズ! うちの娘がマネするから俺の店でそいつは禁止だ」
「オーケイ、オーケイ。あとアンデルセンでいいぜおやっさん、どうせみんなそう呼んでる」
アンデルセンは苗字だが、高名な童話作家がいるおかげで、『ラグンフリズ』という覚えにくいファーストネームより、『アンデルセン』と呼ばれることが多かった。
さらに縮めて『アンディ』なんて呼ばれることもあるが、当の本人はてんで気にしておらず、精々あだ名くらいに思っているようだ。
「まあ、なんでもいい。子供は悪いことほどマネしたがるんだ」
「わかったよ、シェリルの前ではやらねえ、約束する」
「わかりゃいいんだ」
腕を組み、アンデルセンをひと睨みしてからおやっさんが去っていく。
「娘の事となると、おっかねえんだから」
「まあな、可愛いんだろうさ」
口いっぱいにホットドッグを頬張りながら、うんうん、わかる! と、アンデルセンが力一杯うなづくのを見てケントは笑う。
一本目のホットドッグを、ろくすっぽ噛みもせず飲み込んでコーラで流し込み、アンデルセンも満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「だからなあ、せっかく飛べる俺たちが守ってやらないとって思うんだよ」
「おまえ長生きできないタイプだぜ、アンデルセン」
ケントの言葉に肩をすくめると、アンデルセンが二本目のホットドッグを一口かじってから親指を立てる。
「でもお前も来るだろ? 歩兵より戦闘機乗りの方が、女の子にはモテそうだ」
「まあ、悪くないな。星屑になるならその方が格好がつく」
――俺みたいな青二才にまで招集かけといて、何が外交チャンネルだ……。
思いながら、ケントはぬるくなったコーヒーで培養肉のコンビーフサンドを流し込んだ。港湾地区からほど近い場所にあるカフェ『アークライト』は、安いうえに美味いことで有名だ。ケントのように港湾関係者にとってはありがたい店だった。
「どうだ、様子は?」
「よくはねえよ。うちの会社にも独立宇宙軍のリクルーターが来やがった」
「そうか……ほらよ、コーヒーのおかわりだ、サービスしといてやる」
「ありがとう」
αケンタウリにある生命居住可能領域の岩石惑星、そのテラフォーミングという題目を掲げ、甘く勇ましい言葉とともに太陽系から送られた挙句、事実上見捨てられた二千数百万の移民達がいた、その第四世代がケント達だ。
「気にすんな、俺も若いときは貧乏暮らしだったからな」
近頃では一山当てようとやってくる山師や、太陽系に住めなくなった連中が流入して、人口は四倍近くに膨れ上がり、稼働するコロニーは大小合わせ二十八基を数える。
「ただ、給料はいいんだよな……」
「しかし戦争はかなわねえな、まともにやっちゃ勝てっこないんだから」
「違いない」
ゴリラみたいなゴツイ親父が、困った顔でそういうのをみて、ケントはうなずきながら笑った。男手一つで小さな娘を育てている彼にとっては、貧しくても平和であるほうがいいに決まっている。そう思いながらコーヒーに手を伸ばした時、ドアベルの音とともに陽気な声が響いた。
「おやっさーん、ホットドッグを二つとコーラのLサイズ、玉ねぎマシマシのピクルス抜きでー」
「はいよ、ちょっと待ってろ」
ケントと目が合ったアンデルセンが、片手をあげて向かいの席に座る。
「なんだケント、いたのか。相変わらず辛気臭いな」
「ほっとけ、お前こそ底抜けに能天気なツラしやがって」
技術学校で同期だったアンデルセンが、いつも通りの軽口をたたきながら握りこぶしを突き出した。ケントがそれにこぶしを合わせると、アンデルセンは人差し指でトレードマークのテンガロンハットのつばをチョイと上げ、棚の上に乗せられた立体映像を見上げる。
「なあケント、今日、独立宇宙軍からリクルーターがきてたんだがお前どうするよ?」
「俺のところにも来た。悩んでたところだよ、今ならパイロットになれるだろうが、負け戦になっちまえば、それこそ歩兵まっしぐらだろうしな」
ケント達の出た学校は、実務特化の専門学校だ。操縦に船外作業、鉱山機械操作、どれも危険な仕事ばかりで、卒業から二年で同期の連中の一割はすでに墓の下だ。
墓の下とは言うものの、葬式をしてもらって死体を再処理施設に送られるならマシな方で、大半は星屑になる奴の方が多かった。
「まあ、歩兵も悪かないけどな」
アンデルセンが腰から下げた博物館入り確実の四十五口径を抜くと、器用にクルクル回して見せる。
「銃で遊ぶとツキが落ちるぞ、ラグンフリズ。ほれ、ホットドッグとコーラだ」
「ひゃっほう、腹ペコなんだ俺」
仕上げとばかりに空中に放り投げた銃を左手でキャッチして、もう一度背中越しに投げて右手でつかみホルスターに戻す。
「ラグンフリズ! うちの娘がマネするから俺の店でそいつは禁止だ」
「オーケイ、オーケイ。あとアンデルセンでいいぜおやっさん、どうせみんなそう呼んでる」
アンデルセンは苗字だが、高名な童話作家がいるおかげで、『ラグンフリズ』という覚えにくいファーストネームより、『アンデルセン』と呼ばれることが多かった。
さらに縮めて『アンディ』なんて呼ばれることもあるが、当の本人はてんで気にしておらず、精々あだ名くらいに思っているようだ。
「まあ、なんでもいい。子供は悪いことほどマネしたがるんだ」
「わかったよ、シェリルの前ではやらねえ、約束する」
「わかりゃいいんだ」
腕を組み、アンデルセンをひと睨みしてからおやっさんが去っていく。
「娘の事となると、おっかねえんだから」
「まあな、可愛いんだろうさ」
口いっぱいにホットドッグを頬張りながら、うんうん、わかる! と、アンデルセンが力一杯うなづくのを見てケントは笑う。
一本目のホットドッグを、ろくすっぽ噛みもせず飲み込んでコーラで流し込み、アンデルセンも満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「だからなあ、せっかく飛べる俺たちが守ってやらないとって思うんだよ」
「おまえ長生きできないタイプだぜ、アンデルセン」
ケントの言葉に肩をすくめると、アンデルセンが二本目のホットドッグを一口かじってから親指を立てる。
「でもお前も来るだろ? 歩兵より戦闘機乗りの方が、女の子にはモテそうだ」
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