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最後の六隻
記されるは石壁 (2)
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その文字を指でなぞりながら、ケントは巨大な石板を見上げる。
「久しぶりだな、みんな」
小さくつぶやいて、ケントはジャケットの内ポケットからスキットルを取り出して一口飲むと、墓石の前にそっと置いた。
「シャイアだ。こいつは艦長の奢りだぜ」
『シャイア』は戦前に、ケンタウルスⅡで作られていたウィスキーだ。亡霊を追いかける仕事を頼みに来た際に、軍警察長官、アルフレッド・リシュリュー艦長が持ってきた物を、少しばかりガメていたのはこの日のためだ。
「まあ、俺ももうそこにいるんだがな」
ケントはそう行って笑いながら、もう一度モニュメントに触れてから目を閉じた。空母ラファイエット飛行隊、終戦の六時間前に全滅した飛行隊の名簿のトップにはこう刻まれている。
KENT MTSUOKA MAJ
指さした先にケントの名を見つけてシェリルが固まった、それはそうだろうとケントも思う。初めてこの場所を訪れた時、二階級特進で少佐になっている自分自身の名を見つけ、ケントは腹が痛くなるまで笑い、そして泣きながら吐いた。
「ケント?」
「知らなかったのか? 誰だか知らないが事務所でズボンのケツをすり減らしてるやつのミスで、俺はもうあそこにいるんだ。笑っちまうだろ? ひどい話だ」
眼の前に立っている人間が戦死者リストに並んでいるという状況は、冗談にしてもなかなかに酷いものだ。
「ケント……大丈夫、大丈夫だから」
自分がどんな顔をしていたのかわからない。だが、名を呼びながらギュッと抱きしめてくるシェリルに身を任せケントは目を閉じる。ひと呼吸、ふた呼吸。
「大丈夫だシェリル。ほら、みんなに笑われるしセシリアに妬かれちまう」
抱きしめられたぬくもりが、心の隅に湧いて出た黒いものを溶かしてゆく。ああ、俺はまだ生きてる大丈夫だ。それだけを確かめ、ケントはシェリルを抱きしめ返してから身体を離した。
「ごめんなさい、わたしが取り乱しても仕方ないのに」
初めて出会った子供の頃のようにうつむくシェリルの肩を、ポンと叩いてケントは広場の隅にある飲食スタンドを指さした。
「あそこのワッフル、セシリアが好きだったんだ」
「うん」
顔を上げたシェリルにケントは笑ってみせた。
「行こう、それでな」
「うん」
「食いながら、少し話をしよう」
「話?」
子供にするようにシェリルの手を引いて、ケントはスタンド目指して歩き出した。
「ああ、お前が恋してたアンデルセンの話」
「ちょ……ちょっとなんで知ってるのよケント」
――ラブレター見せてもらったからだよ。
ラファイエットのベッドに座ってラブレターを読む、アンデルセンの嬉しそうな顔を思い出してケントは笑う。
「それに、セシリアの話」
「う…うん」
「あとは、そうだな、俺があそこに名前を刻まれることになった理由も……かな」
「あの、えーと」
戸惑うシェリルにケントは小さく笑ってから言葉を継いだ。
「誰かに聞いておいてほしいんだよ、シェリル」
「久しぶりだな、みんな」
小さくつぶやいて、ケントはジャケットの内ポケットからスキットルを取り出して一口飲むと、墓石の前にそっと置いた。
「シャイアだ。こいつは艦長の奢りだぜ」
『シャイア』は戦前に、ケンタウルスⅡで作られていたウィスキーだ。亡霊を追いかける仕事を頼みに来た際に、軍警察長官、アルフレッド・リシュリュー艦長が持ってきた物を、少しばかりガメていたのはこの日のためだ。
「まあ、俺ももうそこにいるんだがな」
ケントはそう行って笑いながら、もう一度モニュメントに触れてから目を閉じた。空母ラファイエット飛行隊、終戦の六時間前に全滅した飛行隊の名簿のトップにはこう刻まれている。
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指さした先にケントの名を見つけてシェリルが固まった、それはそうだろうとケントも思う。初めてこの場所を訪れた時、二階級特進で少佐になっている自分自身の名を見つけ、ケントは腹が痛くなるまで笑い、そして泣きながら吐いた。
「ケント?」
「知らなかったのか? 誰だか知らないが事務所でズボンのケツをすり減らしてるやつのミスで、俺はもうあそこにいるんだ。笑っちまうだろ? ひどい話だ」
眼の前に立っている人間が戦死者リストに並んでいるという状況は、冗談にしてもなかなかに酷いものだ。
「ケント……大丈夫、大丈夫だから」
自分がどんな顔をしていたのかわからない。だが、名を呼びながらギュッと抱きしめてくるシェリルに身を任せケントは目を閉じる。ひと呼吸、ふた呼吸。
「大丈夫だシェリル。ほら、みんなに笑われるしセシリアに妬かれちまう」
抱きしめられたぬくもりが、心の隅に湧いて出た黒いものを溶かしてゆく。ああ、俺はまだ生きてる大丈夫だ。それだけを確かめ、ケントはシェリルを抱きしめ返してから身体を離した。
「ごめんなさい、わたしが取り乱しても仕方ないのに」
初めて出会った子供の頃のようにうつむくシェリルの肩を、ポンと叩いてケントは広場の隅にある飲食スタンドを指さした。
「あそこのワッフル、セシリアが好きだったんだ」
「うん」
顔を上げたシェリルにケントは笑ってみせた。
「行こう、それでな」
「うん」
「食いながら、少し話をしよう」
「話?」
子供にするようにシェリルの手を引いて、ケントはスタンド目指して歩き出した。
「ああ、お前が恋してたアンデルセンの話」
「ちょ……ちょっとなんで知ってるのよケント」
――ラブレター見せてもらったからだよ。
ラファイエットのベッドに座ってラブレターを読む、アンデルセンの嬉しそうな顔を思い出してケントは笑う。
「それに、セシリアの話」
「う…うん」
「あとは、そうだな、俺があそこに名前を刻まれることになった理由も……かな」
「あの、えーと」
戸惑うシェリルにケントは小さく笑ってから言葉を継いだ。
「誰かに聞いておいてほしいんだよ、シェリル」
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