グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

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赤竜の城塞

微笑むは戦友 (2)

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 軍産複合体プルートスの名が出た途端、全員がどよめいた。独立戦争では年老いた社員の大半は前線で戦っており、年若い社員のなかには親や親類を失ったものも多い。
 今なお、明に暗にケンタウリに圧力をかけてくる軍産複合体プルートスへの反感に、場の空気ががらりと変わるのを感じたミルドレッドが狼狽する。

「大体なにを証拠に、軍産複合体プルートスなどと。そもそもこんな安い合成麻薬ごとき、彼らが売ってなんの儲けになるというのです?」

 確かにも筋は通っていた。出回っている半値程度の合成麻薬を売ったところで、大した儲けにはならない。

「金ではないのじゃよ、ミルドレット」

 そう言ってから、自分の後ろに立っていた白ひげの老社員を見上げてスカーレットが問いかける。

「整備部長、コロニーの水資源リサイクルについて、ざっと説明をしてくれるかの」

 ほほに大きな傷のある老社員が、うなづいてボソボソと語り始めた。

「遠心力沈殿、生物処理、高電圧処理でのミネラルの除去、酸化触媒での有機物分解、蒸留機での水蒸気化、イオン交換膜での精製といったところですかな」
「飲み水はそうじゃな。では、水耕栽培工場で使う水は?」
「配管詰まりを防ぐために、高電圧処理でのミネラル除去までは同じですが、殺菌もろ過も甘いので、基本的にはドブの水より少々マシなもの……といったところです」

 もういい、と手をヒラヒラさせてスカーレットが対面にすわるミルドレッドを見つめた。

「さて、所長殿よ」
「?」
「よくもまあ気長にと、妾も最初に聞いたときには笑ったのじゃが」

 細い指でつまんだ『ブラッドロック』をテーブルに置いて、スカーレッが所長にむけて弾き飛ばす。テーブルの上を滑っていった赤い結晶が、ミルドレッドに当たって床に転がり、乾いた音を立てた。

「人間が摂取した『ブラッドロック』は、体内で代謝される際にタンパク質を取り込み、廃水処理で行われる高電圧処理の工程で変質、起動するナノマシンを含んでおる」

 フッ! と指についた粉を吹きながら、スカーレットが笑う。

「ヤク中の人間が一度に排出する量は微量じゃが、処理工程が甘い農業用水系に蓄積されたそれは、植物の根に取り付き、細胞壁に小さな穴をあけ、植物に癌細胞を発生させ浸潤を引き起こす」

 言いたいことが見えてきた……。

「彼奴らの目的は、そのナノマシンによるケンタウリの農業自給の破壊よ。気長なことじゃ、ざっと四半世紀はかかろうがの」

  スカーレットの言葉に、その場にいる全員が怒りの唸り声をあげた。終戦から十三年、生活がそれなりの復興は果たすには十分な時間だ。だが、心の奥底に押し込められた、怨嗟を癒すには短すぎる。

「ま、待ってください社長、私はそんなつもりは……」
「知らぬまま仕入れたと申すか?」

 ミルドレットの周りから一斉に社員たちが離れる。

「そ、それは……」
「よい、チャンスをやろう。妾を倒して逃げおおせれば、お主の勝ちという事にしてやる。みな手を出すでないぞ、リディもな」

 小さなざわめきが上がり、みなが武器を下す。

「くっ……」
「なに、簡単なことじゃ。抜いて撃つ、妾が死ねばお主の勝ち。もっとも、しくじったお主を軍産複合体プルートスがどうするかは知らぬがな」

 額に汗を浮かべたミルドレッドが目を伏せる。
 次の瞬間。

「うぉおおおっつ!」

 雄たけびを上げ、脇の下からケントにはなじみ深い四十五口径リボルバーを引き抜き、スカーレットに突き付けた。

 チチッ、
 撃鉄ハンマーを起こす音が、感触が、ケントの五感によみがえる。
 チャキン!
 金属がこすれあい、ロックする音が響く。

 ――すまんな、アンデルセン。

 銃を託してくれた戦友に謝りながら、ケントは腰に下げたホルスターから熱線銃ブラスターを抜き、迷うことなく引鉄を引いた。
 スカーレットの肩越しに伸ばした腕の先で、紅の銃が地獄の業火を吐いて轟と吠える。ほぼ同時に放たれた四十五口径の鉛弾をき飛ばし、炎がすべてを飲み込んだ。

 すべてが終わったあと、ミルドレッドの背後の壁ごと消えていた。

     §

「馬鹿者、少しは加減せぬか」

 ため息交じりにそういって、スカーレットが背もたれに体を預けてケントを見上げる。

「すまん、初めてなんでな」
「くくく、まあよい」

 手の中で銃をくるりと回し、ケントは銃把グリップをスカーレットに差し出した。

「ふむ」

 鼻を鳴らしてスカーレットがあたりを見回す。

「ほかに撃たれたい者がおらねば、これで手打ちとする。ほれ、みな仕事に戻れ」

 ぴょん、と可愛らしいしぐさで椅子から飛び降り、パンパンと手をたたく。会議室の扉が開き、各々が片付けに動き出した。

「ケントよ?」
「ん?」

スカーレットが通信機コミュを差し出して、にこりと笑った。

「返すぞ」
「ああ……。っとなんだ、スカーレット」

 受け取ろうと伸ばした左手を力強く引かれ、ケントがバランスを崩した。

「無くした銃の詫びに、その熱線銃ブラスターはお主にくれてやる」

 耳元でそうささやいてから、スカーレットの唇がほほに触れる。

「これは、まあ礼みたいなもんじゃ」

 手の中の熱線銃ブラスターと、スカーレットを交互に見ながらケントが口を開こうとした時。

「まぁすぅたぁ……」

 恨めしげな声が開けっ放しのドアから響いた。

「ノエル? まて、ちょっとまて」
呵々かか、ほれ、ヤキモチ妬きのお人形が参ったぞ、わらわはさっさと逃げるとするか」
「スカーレット!」
「あらあら、まあまあ」

 安全装置セーフティをかけた熱線銃ブラスターをホルスターに戻しながら、ケントは水色の髪の少女にじりじりと追いつめられる。

「ずるいです、ちゃんと整備してきたから、私にもキスしてください。いい子にしてたら、お願いを聞いてくれるっていいました!」
「まて、落ち着けノエル」
「嘘つきには反物質燃料飲ましていいって、昔から……」
「だから殺す気か? 俺をそんなに星屑にしたいのか!」

 ――なあ、アンデルセン。俺は何とかやってるよ。

 飛びついてくるノエルを片手でいなしながら、ケントはプレハブに空いた大穴に目をやる。懐かしい戦友の笑顔がそこに見えた気がした。
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