46 / 66
赤竜の城塞
微笑むは戦友 (2)
しおりを挟む
軍産複合体の名が出た途端、全員がどよめいた。独立戦争では年老いた社員の大半は前線で戦っており、年若い社員のなかには親や親類を失ったものも多い。
今なお、明に暗にケンタウリに圧力をかけてくる軍産複合体への反感に、場の空気ががらりと変わるのを感じたミルドレッドが狼狽する。
「大体なにを証拠に、軍産複合体などと。そもそもこんな安い合成麻薬ごとき、彼らが売ってなんの儲けになるというのです?」
確かにも筋は通っていた。出回っている半値程度の合成麻薬を売ったところで、大した儲けにはならない。
「金ではないのじゃよ、ミルドレット」
そう言ってから、自分の後ろに立っていた白ひげの老社員を見上げてスカーレットが問いかける。
「整備部長、コロニーの水資源リサイクルについて、ざっと説明をしてくれるかの」
ほほに大きな傷のある老社員が、うなづいてボソボソと語り始めた。
「遠心力沈殿、生物処理、高電圧処理でのミネラルの除去、酸化触媒での有機物分解、蒸留機での水蒸気化、イオン交換膜での精製といったところですかな」
「飲み水はそうじゃな。では、水耕栽培工場で使う水は?」
「配管詰まりを防ぐために、高電圧処理でのミネラル除去までは同じですが、殺菌もろ過も甘いので、基本的にはドブの水より少々マシなもの……といったところです」
もういい、と手をヒラヒラさせてスカーレットが対面にすわるミルドレッドを見つめた。
「さて、所長殿よ」
「?」
「よくもまあ気長にと、妾も最初に聞いたときには笑ったのじゃが」
細い指でつまんだ『ブラッドロック』をテーブルに置いて、スカーレッが所長にむけて弾き飛ばす。テーブルの上を滑っていった赤い結晶が、ミルドレッドに当たって床に転がり、乾いた音を立てた。
「人間が摂取した『ブラッドロック』は、体内で代謝される際にタンパク質を取り込み、廃水処理で行われる高電圧処理の工程で変質、起動するナノマシンを含んでおる」
フッ! と指についた粉を吹きながら、スカーレットが笑う。
「ヤク中の人間が一度に排出する量は微量じゃが、処理工程が甘い農業用水系に蓄積されたそれは、植物の根に取り付き、細胞壁に小さな穴をあけ、植物に癌細胞を発生させ浸潤を引き起こす」
言いたいことが見えてきた……。
「彼奴らの目的は、そのナノマシンによるケンタウリの農業自給の破壊よ。気長なことじゃ、ざっと四半世紀はかかろうがの」
スカーレットの言葉に、その場にいる全員が怒りの唸り声をあげた。終戦から十三年、生活がそれなりの復興は果たすには十分な時間だ。だが、心の奥底に押し込められた、怨嗟を癒すには短すぎる。
「ま、待ってください社長、私はそんなつもりは……」
「知らぬまま仕入れたと申すか?」
ミルドレットの周りから一斉に社員たちが離れる。
「そ、それは……」
「よい、チャンスをやろう。妾を倒して逃げおおせれば、お主の勝ちという事にしてやる。みな手を出すでないぞ、リディもな」
小さなざわめきが上がり、みなが武器を下す。
「くっ……」
「なに、簡単なことじゃ。抜いて撃つ、妾が死ねばお主の勝ち。もっとも、しくじったお主を軍産複合体がどうするかは知らぬがな」
額に汗を浮かべたミルドレッドが目を伏せる。
次の瞬間。
「うぉおおおっつ!」
雄たけびを上げ、脇の下からケントにはなじみ深い四十五口径を引き抜き、スカーレットに突き付けた。
チチッ、
撃鉄を起こす音が、感触が、ケントの五感によみがえる。
チャキン!
金属がこすれあい、ロックする音が響く。
――すまんな、アンデルセン。
銃を託してくれた戦友に謝りながら、ケントは腰に下げたホルスターから熱線銃を抜き、迷うことなく引鉄を引いた。
スカーレットの肩越しに伸ばした腕の先で、紅の銃が地獄の業火を吐いて轟と吠える。ほぼ同時に放たれた四十五口径の鉛弾を灼き飛ばし、炎がすべてを飲み込んだ。
すべてが終わったあと、ミルドレッドの背後の壁ごと消えていた。
§
「馬鹿者、少しは加減せぬか」
ため息交じりにそういって、スカーレットが背もたれに体を預けてケントを見上げる。
「すまん、初めてなんでな」
「くくく、まあよい」
手の中で銃をくるりと回し、ケントは銃把をスカーレットに差し出した。
「ふむ」
鼻を鳴らしてスカーレットがあたりを見回す。
「ほかに撃たれたい者がおらねば、これで手打ちとする。ほれ、みな仕事に戻れ」
ぴょん、と可愛らしいしぐさで椅子から飛び降り、パンパンと手をたたく。会議室の扉が開き、各々が片付けに動き出した。
「ケントよ?」
「ん?」
スカーレットが通信機を差し出して、にこりと笑った。
「返すぞ」
「ああ……。っとなんだ、スカーレット」
受け取ろうと伸ばした左手を力強く引かれ、ケントがバランスを崩した。
「無くした銃の詫びに、その熱線銃はお主にくれてやる」
耳元でそうささやいてから、スカーレットの唇がほほに触れる。
「これは、まあ礼みたいなもんじゃ」
手の中の熱線銃と、スカーレットを交互に見ながらケントが口を開こうとした時。
「まぁすぅたぁ……」
恨めしげな声が開けっ放しのドアから響いた。
「ノエル? まて、ちょっとまて」
「呵々、ほれ、ヤキモチ妬きのお人形が参ったぞ、妾はさっさと逃げるとするか」
「スカーレット!」
「あらあら、まあまあ」
安全装置をかけた熱線銃をホルスターに戻しながら、ケントは水色の髪の少女にじりじりと追いつめられる。
「ずるいです、ちゃんと整備してきたから、私にもキスしてください。いい子にしてたら、お願いを聞いてくれるっていいました!」
「まて、落ち着けノエル」
「嘘つきには反物質燃料飲ましていいって、昔から……」
「だから殺す気か? 俺をそんなに星屑にしたいのか!」
――なあ、アンデルセン。俺は何とかやってるよ。
飛びついてくるノエルを片手でいなしながら、ケントはプレハブに空いた大穴に目をやる。懐かしい戦友の笑顔がそこに見えた気がした。
今なお、明に暗にケンタウリに圧力をかけてくる軍産複合体への反感に、場の空気ががらりと変わるのを感じたミルドレッドが狼狽する。
「大体なにを証拠に、軍産複合体などと。そもそもこんな安い合成麻薬ごとき、彼らが売ってなんの儲けになるというのです?」
確かにも筋は通っていた。出回っている半値程度の合成麻薬を売ったところで、大した儲けにはならない。
「金ではないのじゃよ、ミルドレット」
そう言ってから、自分の後ろに立っていた白ひげの老社員を見上げてスカーレットが問いかける。
「整備部長、コロニーの水資源リサイクルについて、ざっと説明をしてくれるかの」
ほほに大きな傷のある老社員が、うなづいてボソボソと語り始めた。
「遠心力沈殿、生物処理、高電圧処理でのミネラルの除去、酸化触媒での有機物分解、蒸留機での水蒸気化、イオン交換膜での精製といったところですかな」
「飲み水はそうじゃな。では、水耕栽培工場で使う水は?」
「配管詰まりを防ぐために、高電圧処理でのミネラル除去までは同じですが、殺菌もろ過も甘いので、基本的にはドブの水より少々マシなもの……といったところです」
もういい、と手をヒラヒラさせてスカーレットが対面にすわるミルドレッドを見つめた。
「さて、所長殿よ」
「?」
「よくもまあ気長にと、妾も最初に聞いたときには笑ったのじゃが」
細い指でつまんだ『ブラッドロック』をテーブルに置いて、スカーレッが所長にむけて弾き飛ばす。テーブルの上を滑っていった赤い結晶が、ミルドレッドに当たって床に転がり、乾いた音を立てた。
「人間が摂取した『ブラッドロック』は、体内で代謝される際にタンパク質を取り込み、廃水処理で行われる高電圧処理の工程で変質、起動するナノマシンを含んでおる」
フッ! と指についた粉を吹きながら、スカーレットが笑う。
「ヤク中の人間が一度に排出する量は微量じゃが、処理工程が甘い農業用水系に蓄積されたそれは、植物の根に取り付き、細胞壁に小さな穴をあけ、植物に癌細胞を発生させ浸潤を引き起こす」
言いたいことが見えてきた……。
「彼奴らの目的は、そのナノマシンによるケンタウリの農業自給の破壊よ。気長なことじゃ、ざっと四半世紀はかかろうがの」
スカーレットの言葉に、その場にいる全員が怒りの唸り声をあげた。終戦から十三年、生活がそれなりの復興は果たすには十分な時間だ。だが、心の奥底に押し込められた、怨嗟を癒すには短すぎる。
「ま、待ってください社長、私はそんなつもりは……」
「知らぬまま仕入れたと申すか?」
ミルドレットの周りから一斉に社員たちが離れる。
「そ、それは……」
「よい、チャンスをやろう。妾を倒して逃げおおせれば、お主の勝ちという事にしてやる。みな手を出すでないぞ、リディもな」
小さなざわめきが上がり、みなが武器を下す。
「くっ……」
「なに、簡単なことじゃ。抜いて撃つ、妾が死ねばお主の勝ち。もっとも、しくじったお主を軍産複合体がどうするかは知らぬがな」
額に汗を浮かべたミルドレッドが目を伏せる。
次の瞬間。
「うぉおおおっつ!」
雄たけびを上げ、脇の下からケントにはなじみ深い四十五口径を引き抜き、スカーレットに突き付けた。
チチッ、
撃鉄を起こす音が、感触が、ケントの五感によみがえる。
チャキン!
金属がこすれあい、ロックする音が響く。
――すまんな、アンデルセン。
銃を託してくれた戦友に謝りながら、ケントは腰に下げたホルスターから熱線銃を抜き、迷うことなく引鉄を引いた。
スカーレットの肩越しに伸ばした腕の先で、紅の銃が地獄の業火を吐いて轟と吠える。ほぼ同時に放たれた四十五口径の鉛弾を灼き飛ばし、炎がすべてを飲み込んだ。
すべてが終わったあと、ミルドレッドの背後の壁ごと消えていた。
§
「馬鹿者、少しは加減せぬか」
ため息交じりにそういって、スカーレットが背もたれに体を預けてケントを見上げる。
「すまん、初めてなんでな」
「くくく、まあよい」
手の中で銃をくるりと回し、ケントは銃把をスカーレットに差し出した。
「ふむ」
鼻を鳴らしてスカーレットがあたりを見回す。
「ほかに撃たれたい者がおらねば、これで手打ちとする。ほれ、みな仕事に戻れ」
ぴょん、と可愛らしいしぐさで椅子から飛び降り、パンパンと手をたたく。会議室の扉が開き、各々が片付けに動き出した。
「ケントよ?」
「ん?」
スカーレットが通信機を差し出して、にこりと笑った。
「返すぞ」
「ああ……。っとなんだ、スカーレット」
受け取ろうと伸ばした左手を力強く引かれ、ケントがバランスを崩した。
「無くした銃の詫びに、その熱線銃はお主にくれてやる」
耳元でそうささやいてから、スカーレットの唇がほほに触れる。
「これは、まあ礼みたいなもんじゃ」
手の中の熱線銃と、スカーレットを交互に見ながらケントが口を開こうとした時。
「まぁすぅたぁ……」
恨めしげな声が開けっ放しのドアから響いた。
「ノエル? まて、ちょっとまて」
「呵々、ほれ、ヤキモチ妬きのお人形が参ったぞ、妾はさっさと逃げるとするか」
「スカーレット!」
「あらあら、まあまあ」
安全装置をかけた熱線銃をホルスターに戻しながら、ケントは水色の髪の少女にじりじりと追いつめられる。
「ずるいです、ちゃんと整備してきたから、私にもキスしてください。いい子にしてたら、お願いを聞いてくれるっていいました!」
「まて、落ち着けノエル」
「嘘つきには反物質燃料飲ましていいって、昔から……」
「だから殺す気か? 俺をそんなに星屑にしたいのか!」
――なあ、アンデルセン。俺は何とかやってるよ。
飛びついてくるノエルを片手でいなしながら、ケントはプレハブに空いた大穴に目をやる。懐かしい戦友の笑顔がそこに見えた気がした。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる