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赤竜の城塞
あざ笑うはキャベツ (1)
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「っく……」
殴られて気を失ったケントが目を覚ましたのは、タマネギの匂いが立ちこめる、ほこりっぽいコンテナの中だった。
「若いの、大丈夫か?」
「ああ、多分な……ケントだ、ケント・マツオカ」
身体を転がすと壁に預けて上半身を起こす。
「ケント? お嬢がお気に入りの最後の六隻の生き残りってのはお前さんか」
「お気に入りかどうかは知らないが、生き残りってのは俺のことだろう」
幸い歯は折れていないようだ。口を開けて顎の動きを確認しながら、ケントはタナカ総務部長の質問に答えた。
「で、ここは?」
「こいつに押し込められて、かれこれ三十分といったところかねえ」
足下に転がっていたタマネギを、両足のつま先で挟んだナカマツ課長が器用に放り上げる。不自然な軽さでタマネギが宙に舞い、ケントの足もとにゆっくりと落ちてきた。
「この低重力は倉庫ブロックだな、少なくともエレベーターで二階層は降りた」
フンと鼻を鳴らしてグエン主任が笑う。
「で、どうするケント君。きみ一人くらいなら我々で逃がしてやれるとは思うが」
部長の言葉に少し考えてから、ケントは首を横に振った。負け戦なのは承知の上で残った戦いだ。連絡手段がないのは痛いがスカーレットに通信機を渡したのは、こうなった時の事も考えての対応だ。
身分証明に財布、事務所に船の認証キーとオールインワンの通信機を取られてしまっては、あとあと面倒この上ない。
「いや、いい。スカーレットのことだ、これだけやられてタダで済ませるわけがない」
そう言って軽金属製の壁にもたれ、ケントは目を閉じる。
「肚の座った若いのが、まだいるものだな少尉殿」
「部長だ、グエン。それに階級で言えば、その若いのは中尉殿だぞ立体映画の通りならな」
「ほっ、そいつは失礼した中尉殿。俺たちゃ民兵だからな勘弁してくれ」
ケンタウルスⅡの青果市場攻防戦は、防衛艦隊を突破した太陽系星系軍の強襲揚陸艦が送り込んだ空間騎兵を相手に、運送会社と青果組合を中心に編成された民兵が徹底抗戦、あげくに空間騎兵を撃退したという独立戦争最大の地上戦闘だ。
地の利を生かし、文字通り冷凍ニンジンすら武器にして反撃してくる民兵に、空間騎兵は大損害を出して一度は撤退する羽目になった。
敵の主力艦隊が到着してコロニーごと吹き飛ばすぞ、と脅しをかけて降伏を迫るまでの間、民兵たちは実に十三日間戦い続け、降伏した時にはコロニーの三分の二が真空状態だったという。
「まあ、僕らがなんとか守ってあげますから大丈夫ですよ」
「お前はほんと優しいな、ナカマツ」
「だからハゲるんだぞ」
ナカマツ課長の一言を、タナカ部長とグエン主任がまぜ返してツワモノたちが声を上げて笑う。
目を閉じたままケントも小さく笑った、少しばかり胃のあたりが温かい気がするのは、スカーレットに飲まされた数珠のせいだろうか。
彼女の柔らかな唇の感触をふと思い出す。
――ノエルにバレたら、大変なことになるな……。
§
「やあ諸君、調子はどうかな?」
体中に玉ねぎの匂いがすっかり染み付いてしまい、風呂に入ったらオニオンスープができるんじゃないかと思い始めた頃、コンテナが開いてミルドレッドの声がした。
「どうもこうも、タマネギでマリネにされた魚の気分だぜ所長。魚なんて生鮮食品で食ったのは母ちゃんの腹の中にいたころだがな」
グエン主任が吐き捨てるように言い放った下級労働者お決まりのジョークに、集光ライフルを持った営業部員からも笑い声が上がる。
見たところ軍警察の姿はなかった、なるほどミルドレットに……というより、その背後にいる何かに与する派閥もいれば、スカーレットに与する派閥もいて、今のところ綱引きは引き分けといったところか。
「それで、俺たちはどうなるんだ?」
営業部員に引き起こされながら、ケントはミルドレッドに尋ねた。
「赤竜公女だの千年女王だの言われていても、所詮は彼女も女だねケント君」
ミルドレットが小脇に抱えた携帯端末をこちらに向ける。
「恋人の命と引き換えに取引を申し出たら、二つ返事で受け入れてくれたよ」
そう言って下卑た顔でニヤリと笑った。
「それを、送ったのか?」
「ああ、メールに付けてね」
携帯端末の画面で、ドローンから撮られたらしいスカーレットとのキスシーンの動画が、繰り返し再生されるのを見てケントは眉をひそめる。
「いやあ、君の命とケンタウルスⅡの権益の半分、それに、輸送ギルドのルートを使っての麻薬取引の権利と交換するというんのだから、羨ましい限りだ」
条件を聞いて、グエンが後ろで口笛を吹く。
「それで、俺達は帰してもらえるのか?」
「もちろん、彼女がこれにサインしてくれさえすれば、そのままケンタウルスⅢに帰ってもらって結構。ああ、そうそう、気の毒だが総務部の三人はリストラさせてもらうよ」
それを聞いたナカマツ課長が困った顔をしてぼやいた。
「こまったなあ、もう少しで退職金もらえたのになあ……。仕方ないからケント君に口添えしてもらって、ケンタウルスⅢで働き口をみつけないと」
課長の所帯じみたぼやきに、その場にいた全員が笑った。
殴られて気を失ったケントが目を覚ましたのは、タマネギの匂いが立ちこめる、ほこりっぽいコンテナの中だった。
「若いの、大丈夫か?」
「ああ、多分な……ケントだ、ケント・マツオカ」
身体を転がすと壁に預けて上半身を起こす。
「ケント? お嬢がお気に入りの最後の六隻の生き残りってのはお前さんか」
「お気に入りかどうかは知らないが、生き残りってのは俺のことだろう」
幸い歯は折れていないようだ。口を開けて顎の動きを確認しながら、ケントはタナカ総務部長の質問に答えた。
「で、ここは?」
「こいつに押し込められて、かれこれ三十分といったところかねえ」
足下に転がっていたタマネギを、両足のつま先で挟んだナカマツ課長が器用に放り上げる。不自然な軽さでタマネギが宙に舞い、ケントの足もとにゆっくりと落ちてきた。
「この低重力は倉庫ブロックだな、少なくともエレベーターで二階層は降りた」
フンと鼻を鳴らしてグエン主任が笑う。
「で、どうするケント君。きみ一人くらいなら我々で逃がしてやれるとは思うが」
部長の言葉に少し考えてから、ケントは首を横に振った。負け戦なのは承知の上で残った戦いだ。連絡手段がないのは痛いがスカーレットに通信機を渡したのは、こうなった時の事も考えての対応だ。
身分証明に財布、事務所に船の認証キーとオールインワンの通信機を取られてしまっては、あとあと面倒この上ない。
「いや、いい。スカーレットのことだ、これだけやられてタダで済ませるわけがない」
そう言って軽金属製の壁にもたれ、ケントは目を閉じる。
「肚の座った若いのが、まだいるものだな少尉殿」
「部長だ、グエン。それに階級で言えば、その若いのは中尉殿だぞ立体映画の通りならな」
「ほっ、そいつは失礼した中尉殿。俺たちゃ民兵だからな勘弁してくれ」
ケンタウルスⅡの青果市場攻防戦は、防衛艦隊を突破した太陽系星系軍の強襲揚陸艦が送り込んだ空間騎兵を相手に、運送会社と青果組合を中心に編成された民兵が徹底抗戦、あげくに空間騎兵を撃退したという独立戦争最大の地上戦闘だ。
地の利を生かし、文字通り冷凍ニンジンすら武器にして反撃してくる民兵に、空間騎兵は大損害を出して一度は撤退する羽目になった。
敵の主力艦隊が到着してコロニーごと吹き飛ばすぞ、と脅しをかけて降伏を迫るまでの間、民兵たちは実に十三日間戦い続け、降伏した時にはコロニーの三分の二が真空状態だったという。
「まあ、僕らがなんとか守ってあげますから大丈夫ですよ」
「お前はほんと優しいな、ナカマツ」
「だからハゲるんだぞ」
ナカマツ課長の一言を、タナカ部長とグエン主任がまぜ返してツワモノたちが声を上げて笑う。
目を閉じたままケントも小さく笑った、少しばかり胃のあたりが温かい気がするのは、スカーレットに飲まされた数珠のせいだろうか。
彼女の柔らかな唇の感触をふと思い出す。
――ノエルにバレたら、大変なことになるな……。
§
「やあ諸君、調子はどうかな?」
体中に玉ねぎの匂いがすっかり染み付いてしまい、風呂に入ったらオニオンスープができるんじゃないかと思い始めた頃、コンテナが開いてミルドレッドの声がした。
「どうもこうも、タマネギでマリネにされた魚の気分だぜ所長。魚なんて生鮮食品で食ったのは母ちゃんの腹の中にいたころだがな」
グエン主任が吐き捨てるように言い放った下級労働者お決まりのジョークに、集光ライフルを持った営業部員からも笑い声が上がる。
見たところ軍警察の姿はなかった、なるほどミルドレットに……というより、その背後にいる何かに与する派閥もいれば、スカーレットに与する派閥もいて、今のところ綱引きは引き分けといったところか。
「それで、俺たちはどうなるんだ?」
営業部員に引き起こされながら、ケントはミルドレッドに尋ねた。
「赤竜公女だの千年女王だの言われていても、所詮は彼女も女だねケント君」
ミルドレットが小脇に抱えた携帯端末をこちらに向ける。
「恋人の命と引き換えに取引を申し出たら、二つ返事で受け入れてくれたよ」
そう言って下卑た顔でニヤリと笑った。
「それを、送ったのか?」
「ああ、メールに付けてね」
携帯端末の画面で、ドローンから撮られたらしいスカーレットとのキスシーンの動画が、繰り返し再生されるのを見てケントは眉をひそめる。
「いやあ、君の命とケンタウルスⅡの権益の半分、それに、輸送ギルドのルートを使っての麻薬取引の権利と交換するというんのだから、羨ましい限りだ」
条件を聞いて、グエンが後ろで口笛を吹く。
「それで、俺達は帰してもらえるのか?」
「もちろん、彼女がこれにサインしてくれさえすれば、そのままケンタウルスⅢに帰ってもらって結構。ああ、そうそう、気の毒だが総務部の三人はリストラさせてもらうよ」
それを聞いたナカマツ課長が困った顔をしてぼやいた。
「こまったなあ、もう少しで退職金もらえたのになあ……。仕方ないからケント君に口添えしてもらって、ケンタウルスⅢで働き口をみつけないと」
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