グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

文字の大きさ
上 下
35 / 66
赤竜の城塞

奉じられるはリンゴ酒 (1)

しおりを挟む
「あらあら、大勢で」

 1Gの人工重力と宇宙放射線防護、「人」ではなく「作物」のために環境が整えられた、贅沢な区画に建つ屋敷にリムジンが到着すると、メイド服に身を包んだ長い黒髪の少女が玄関の前で待っていた。

「クリス姉さま!」
「まあまあ、ノエルどう? その筐体ボディは?」

 駆け寄ったノエルを抱きとめて、クリスがノエルの頬を両手で挟むと顔を覗き込む。

「ばっちりです! マスターにご飯だって作ってあげられるし、喜んでもらっています!」
「そう、よかったわね。せっかく来たのだから、ちゃんと整備して帰るんですよ?」
「むぅ、どこも悪くないです。ね、マスター?」

 病院につれてこられた犬のように、情けない顔で助けを求めるノエルに、ケントは首を横に振ってみせた。

「ついでだからきっちり整備してもらえ、この間、機動甲冑パワードスーツと殴り合ったばかりだろ」
「まあ、この子ったらほんとにお転婆てんばさんなんですから、それでそちらの方は?」

 ケントの後ろに控えていたスカーレットを見て、クリスが小首をかしげる。

「ふむ、お主たちの父君の古い知り合いじゃよ。赤竜が借りを取り立てにきたと、ルドルフに伝えるが良い」

 カラカラと笑うスカーレットに、クリスが眉をひそめる。

「スカーレットさんはマスターの会社の社長さんでいい人です。クリス姉さま」
「いい人……ねえ、っつ!」

 尻をつねられて、ケントが飛び上がった。

「聞こえておるわ、馬鹿者」
「今のはマスターが悪いと思います」

     §

「ほっ、なるほどなるほど、確かに赤竜公女。久しぶりですなスカーレット嬢、お若いままで羨ましいことだ」

 客間に通された一行を見るなり、ツイードのジャケットを着た老人が嬉しそうに笑った。芝居がかったしぐさでスカーレットの手を取ると、そっとくちづける。

「ああ、久しぶりじゃなルドルフ。見つけたらケツに噛み付いてやろうと思っておったのじゃが、そうも老いぼれては、喰ってもまずそうじゃからやめておいてやろう」

 スカーレットが真面目くさった顔でそういってから、破顔一笑する。

「知り合いなのか?」
「いや、まあ、どちらかというと」
「腐れ縁じゃな」

 ケントの問いにそうこたえて、今度は二人してニカリと満面の笑みをうかべた。スカーレットの過去に関しては、正直ケントも良く知らない。初めて彼女と出会ったのはまだ軍の訓練生だったころだ。

「ルドルフの爺さん」

 ちょいと手招きして、ケントはルドルフに小声で尋ねる。

「なにかな、若いの」
「スカーレットって幾つ?」

 真面目くさった顔で首を横に振るルドルフの顔を見て、そうかと小さくうなずいたケントの腰に、スカーレットがしがみつき、ぐいと体を押し付ける。

わらわの愛銃で灼かれたいようじゃの?」

 抱きつかれた上半身の軟かな感触とは対称に、緋色のドレス越しに太腿にゴツンと当たる硬いものを感じて、ケントはスカーレットの細い腰に手を回した。体に似合わずいつも手放さないでいる、あのバカでかい熱線銃ブラスターで灼かれては、骨も残らない。

「ん?」

 意外だ、という顔をして見上げる少女の脇腹に、ケントはついと手をすべらせて思い切りくすぐってやる。

「ひゃっ! やめぬか、くすぐったいわ」
「マスター、エッチなのはいけないとおもいます」

 腹いせとばかりにヒールでケントの足の甲を踏みつけ、身体を離すスカーレットにルドルフが手を叩いて大笑いした。

「あらあら、みなさん楽しそうで何よりです」

 その時、奥から出てきたクリスが冷えた林檎酒シードルを持ってやってきた。みるみる結露してゆくほどに冷やされたグラスに、泡立つ液体を注いで回る。

「あれからもう二十五年になりますか」
「もうそんなになるかの」

 昔話に花を咲かせる二人の話をまとめると、その昔、ルドルフの艦載型転送門シップド・ゲート開発に多額の投資を行ったのがスカーレットの会社だったらしい。

「結局、わらわから金を引き出すだけ引き出してドロンじゃからな。酷い話じゃ」
「スカーレット嬢が欲しがる、星系間を単独で飛べる性能には、程遠いものしか作れませんでしたからなあ。」
「まあそれは水に流してやろう、息災でなによりじゃよ。ルドルフ」

 グラスを一度かかげてから傾け、スカーレットが目を丸くする。

「うちの林檎で作った林檎酒シードルです」
「うむ、絶品じゃな。気に入った。妾にいくらか譲ってくれ」
「お気に召したのでしたら、お詫びに一樽さしあげましょう」
「くくく、半個艦隊が買える値の林檎酒シードルか、奮っておるの」

 二人のやり取りを聞きながら、ケントは黙って林檎酒シードルのグラスを傾けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

3024年宇宙のスズキ

神谷モロ
SF
 俺の名はイチロー・スズキ。  もちろんベースボールとは無関係な一般人だ。  21世紀に生きていた普通の日本人。  ひょんな事故から冷凍睡眠されていたが1000年後の未来に蘇った現代の浦島太郎である。  今は福祉事業団体フリーボートの社員で、福祉船アマテラスの船長だ。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。

処理中です...