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赤竜の城塞
奉じられるはリンゴ酒 (1)
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「あらあら、大勢で」
1Gの人工重力と宇宙放射線防護、「人」ではなく「作物」のために環境が整えられた、贅沢な区画に建つ屋敷にリムジンが到着すると、メイド服に身を包んだ長い黒髪の少女が玄関の前で待っていた。
「クリス姉さま!」
「まあまあ、ノエルどう? その筐体は?」
駆け寄ったノエルを抱きとめて、クリスがノエルの頬を両手で挟むと顔を覗き込む。
「ばっちりです! マスターにご飯だって作ってあげられるし、喜んでもらっています!」
「そう、よかったわね。せっかく来たのだから、ちゃんと整備して帰るんですよ?」
「むぅ、どこも悪くないです。ね、マスター?」
病院につれてこられた犬のように、情けない顔で助けを求めるノエルに、ケントは首を横に振ってみせた。
「ついでだからきっちり整備してもらえ、この間、機動甲冑と殴り合ったばかりだろ」
「まあ、この子ったらほんとにお転婆さんなんですから、それでそちらの方は?」
ケントの後ろに控えていたスカーレットを見て、クリスが小首をかしげる。
「ふむ、お主たちの父君の古い知り合いじゃよ。赤竜が借りを取り立てにきたと、ルドルフに伝えるが良い」
カラカラと笑うスカーレットに、クリスが眉をひそめる。
「スカーレットさんはマスターの会社の社長さんでいい人です。クリス姉さま」
「いい人……ねえ、っつ!」
尻をつねられて、ケントが飛び上がった。
「聞こえておるわ、馬鹿者」
「今のはマスターが悪いと思います」
§
「ほっ、なるほどなるほど、確かに赤竜公女。久しぶりですなスカーレット嬢、お若いままで羨ましいことだ」
客間に通された一行を見るなり、ツイードのジャケットを着た老人が嬉しそうに笑った。芝居がかったしぐさでスカーレットの手を取ると、そっとくちづける。
「ああ、久しぶりじゃなルドルフ。見つけたらケツに噛み付いてやろうと思っておったのじゃが、そうも老いぼれては、喰ってもまずそうじゃからやめておいてやろう」
スカーレットが真面目くさった顔でそういってから、破顔一笑する。
「知り合いなのか?」
「いや、まあ、どちらかというと」
「腐れ縁じゃな」
ケントの問いにそうこたえて、今度は二人してニカリと満面の笑みをうかべた。スカーレットの過去に関しては、正直ケントも良く知らない。初めて彼女と出会ったのはまだ軍の訓練生だったころだ。
「ルドルフの爺さん」
ちょいと手招きして、ケントはルドルフに小声で尋ねる。
「なにかな、若いの」
「スカーレットって幾つ?」
真面目くさった顔で首を横に振るルドルフの顔を見て、そうかと小さくうなずいたケントの腰に、スカーレットがしがみつき、ぐいと体を押し付ける。
「妾の愛銃で灼かれたいようじゃの?」
抱きつかれた上半身の軟かな感触とは対称に、緋色のドレス越しに太腿にゴツンと当たる硬いものを感じて、ケントはスカーレットの細い腰に手を回した。体に似合わずいつも手放さないでいる、あのバカでかい熱線銃で灼かれては、骨も残らない。
「ん?」
意外だ、という顔をして見上げる少女の脇腹に、ケントはついと手をすべらせて思い切りくすぐってやる。
「ひゃっ! やめぬか、くすぐったいわ」
「マスター、エッチなのはいけないとおもいます」
腹いせとばかりにヒールでケントの足の甲を踏みつけ、身体を離すスカーレットにルドルフが手を叩いて大笑いした。
「あらあら、みなさん楽しそうで何よりです」
その時、奥から出てきたクリスが冷えた林檎酒を持ってやってきた。みるみる結露してゆくほどに冷やされたグラスに、泡立つ液体を注いで回る。
「あれからもう二十五年になりますか」
「もうそんなになるかの」
昔話に花を咲かせる二人の話をまとめると、その昔、ルドルフの艦載型転送門開発に多額の投資を行ったのがスカーレットの会社だったらしい。
「結局、妾から金を引き出すだけ引き出してドロンじゃからな。酷い話じゃ」
「スカーレット嬢が欲しがる、星系間を単独で飛べる性能には、程遠いものしか作れませんでしたからなあ。」
「まあそれは水に流してやろう、息災でなによりじゃよ。ルドルフ」
グラスを一度かかげてから傾け、スカーレットが目を丸くする。
「うちの林檎で作った林檎酒です」
「うむ、絶品じゃな。気に入った。妾にいくらか譲ってくれ」
「お気に召したのでしたら、お詫びに一樽さしあげましょう」
「くくく、半個艦隊が買える値の林檎酒か、奮っておるの」
二人のやり取りを聞きながら、ケントは黙って林檎酒のグラスを傾けた。
1Gの人工重力と宇宙放射線防護、「人」ではなく「作物」のために環境が整えられた、贅沢な区画に建つ屋敷にリムジンが到着すると、メイド服に身を包んだ長い黒髪の少女が玄関の前で待っていた。
「クリス姉さま!」
「まあまあ、ノエルどう? その筐体は?」
駆け寄ったノエルを抱きとめて、クリスがノエルの頬を両手で挟むと顔を覗き込む。
「ばっちりです! マスターにご飯だって作ってあげられるし、喜んでもらっています!」
「そう、よかったわね。せっかく来たのだから、ちゃんと整備して帰るんですよ?」
「むぅ、どこも悪くないです。ね、マスター?」
病院につれてこられた犬のように、情けない顔で助けを求めるノエルに、ケントは首を横に振ってみせた。
「ついでだからきっちり整備してもらえ、この間、機動甲冑と殴り合ったばかりだろ」
「まあ、この子ったらほんとにお転婆さんなんですから、それでそちらの方は?」
ケントの後ろに控えていたスカーレットを見て、クリスが小首をかしげる。
「ふむ、お主たちの父君の古い知り合いじゃよ。赤竜が借りを取り立てにきたと、ルドルフに伝えるが良い」
カラカラと笑うスカーレットに、クリスが眉をひそめる。
「スカーレットさんはマスターの会社の社長さんでいい人です。クリス姉さま」
「いい人……ねえ、っつ!」
尻をつねられて、ケントが飛び上がった。
「聞こえておるわ、馬鹿者」
「今のはマスターが悪いと思います」
§
「ほっ、なるほどなるほど、確かに赤竜公女。久しぶりですなスカーレット嬢、お若いままで羨ましいことだ」
客間に通された一行を見るなり、ツイードのジャケットを着た老人が嬉しそうに笑った。芝居がかったしぐさでスカーレットの手を取ると、そっとくちづける。
「ああ、久しぶりじゃなルドルフ。見つけたらケツに噛み付いてやろうと思っておったのじゃが、そうも老いぼれては、喰ってもまずそうじゃからやめておいてやろう」
スカーレットが真面目くさった顔でそういってから、破顔一笑する。
「知り合いなのか?」
「いや、まあ、どちらかというと」
「腐れ縁じゃな」
ケントの問いにそうこたえて、今度は二人してニカリと満面の笑みをうかべた。スカーレットの過去に関しては、正直ケントも良く知らない。初めて彼女と出会ったのはまだ軍の訓練生だったころだ。
「ルドルフの爺さん」
ちょいと手招きして、ケントはルドルフに小声で尋ねる。
「なにかな、若いの」
「スカーレットって幾つ?」
真面目くさった顔で首を横に振るルドルフの顔を見て、そうかと小さくうなずいたケントの腰に、スカーレットがしがみつき、ぐいと体を押し付ける。
「妾の愛銃で灼かれたいようじゃの?」
抱きつかれた上半身の軟かな感触とは対称に、緋色のドレス越しに太腿にゴツンと当たる硬いものを感じて、ケントはスカーレットの細い腰に手を回した。体に似合わずいつも手放さないでいる、あのバカでかい熱線銃で灼かれては、骨も残らない。
「ん?」
意外だ、という顔をして見上げる少女の脇腹に、ケントはついと手をすべらせて思い切りくすぐってやる。
「ひゃっ! やめぬか、くすぐったいわ」
「マスター、エッチなのはいけないとおもいます」
腹いせとばかりにヒールでケントの足の甲を踏みつけ、身体を離すスカーレットにルドルフが手を叩いて大笑いした。
「あらあら、みなさん楽しそうで何よりです」
その時、奥から出てきたクリスが冷えた林檎酒を持ってやってきた。みるみる結露してゆくほどに冷やされたグラスに、泡立つ液体を注いで回る。
「あれからもう二十五年になりますか」
「もうそんなになるかの」
昔話に花を咲かせる二人の話をまとめると、その昔、ルドルフの艦載型転送門開発に多額の投資を行ったのがスカーレットの会社だったらしい。
「結局、妾から金を引き出すだけ引き出してドロンじゃからな。酷い話じゃ」
「スカーレット嬢が欲しがる、星系間を単独で飛べる性能には、程遠いものしか作れませんでしたからなあ。」
「まあそれは水に流してやろう、息災でなによりじゃよ。ルドルフ」
グラスを一度かかげてから傾け、スカーレットが目を丸くする。
「うちの林檎で作った林檎酒です」
「うむ、絶品じゃな。気に入った。妾にいくらか譲ってくれ」
「お気に召したのでしたら、お詫びに一樽さしあげましょう」
「くくく、半個艦隊が買える値の林檎酒か、奮っておるの」
二人のやり取りを聞きながら、ケントは黙って林檎酒のグラスを傾けた。
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