33 / 66
赤竜の城塞
秘めたるは口づけ (1)
しおりを挟む
「それで、なんでケンタウルスⅡなんだ?」
ケントとノエル、それにスカーレットを乗せた巨大なリムジンがヨットの貨物室のスロープをゆっくりと降りてゆく。低重力エリアにもかかわらず、何事もないように通常走行しているのは、磁力式の吸着装置のおかげだろう。
「ケンタウルスⅡの役目はなんじゃなケント?」
「農業だな」
ふむ、となずいてから、スカーレットが小さく笑う。
「三十五点じゃ」
「落第ですね、マスター」
「うるせえ」
肘で脇腹をつつくノエルに、そう言ってケントはポケットからタバコを出してスカーレットの顔を見た。
「構わんよ。リディ?」
「イエス、マム」
自分も秘書代わりのアンドロイドから、赤い羅宇の小さな煙管を受け取ると片手で器用に葉を詰める。
「はいよ」
星系軍のマークの入ったライターを出すと、火を小さく絞ってケントが差し出す。
「気が利くの」
スカーレットは火皿を横にして遠火で着けると、紫煙を吐き出す。
「それで、残りの六十五点は?」
「妾がわざわざ出張ってきたのは何故じゃな?」
「ブラッドロックとかいう、合成麻薬の出処を探るためだろ」
うむ、ともう一服してから、スカーレットが口を開いた。
「軍警が押収したブラッドロックの量は、ここケンタウルスⅡが一番多いのじゃよ」
「貧乏人が多いからな」
十三年前の独立戦争で真っ先に狙われた食料生産拠点のコロニーは、最盛期には星系の七割の食料を生産していた。
超大型の小惑星をくり抜いて作られたという特殊な構造と、空間騎兵の白兵戦で決着がついたため、施設自体の被害は少なかったおかげで、早期に復興して、今では星系の五割の食料を生産している。
「自動化を後回しにして、最優先で復興したからの」
「人力勝負の宇宙一効率の悪い農場らしいが、おかげでメシが食えてる連中も多い。」
「ゆえに麻薬の押収量に関して言えば、終戦直後から常にワーストではあるがの」
港を出て農業地区に車が入ってゆく、殺風景な軽合金の建物は水耕栽培施設だ。休憩時間らしく、作業着を着た労働者たちが建物の外でくつろいでいるのが見える。
「それで?」
「じゃがブラッドロックに関して言えば、面妖なのじゃよ」
「ノエル?」
肘掛けの灰皿にトンと灰を落として、ケントはノエルの顔を見る。
「軍警察のネットにアクセス、アクセス権限は一般職員、セキュリティレベルC、情報取得と分析に二〇秒ください」
タン! と火皿を逆さまにして灰を落とし、スカーレットが煙管をリディに手渡した。代わりに差し出されたブランデーグラスを手に取って傾ける。
「便利なお人形じゃな、リディにも出来ぬかの?」
「すみません私は近接戦闘特化型ですので、マム」
「冗談じゃ、忘れるがよい」
「イエス、マム」
スカーレットほど金があるなら、アンドロイドなど幾らでも新しくできそうなものだが、型遅れのリディは彼女のお気に入りだった。
フリルの効いた立て襟のブラウスにロングスカート、アンドロイドには必要ない丸メガネ、後ろで結われた一本のお下げ髪。生真面目な仏頂面の女性型だが、護衛としてはとても優秀で格闘戦ならノエルといい勝負をする。
「マスター」
「なにかわかったか?」
「ケンタウリ星系で押収された合成麻薬ですが、総量はここ二年で大きな変化はありません」
ノエルの答えに、ケントは右の眉を上げてスカーレットを見る。
「押収された全ての麻薬に対するブラッドロックの占める割合の推移をいうてみよ」
「九十三日前に初めて押収されてから、急激に押収量が増えています。直近三十日を見る限り、全押収量の一八%です」
押収量が多いということは、それだけ市場に流通しているという事だ。それにしたってたった九十日で市場の二割とは、なかなかに奮っている。
「ケンタウリ星系内のコロニーごとに情報を整理してみるがよい」
「ブラッドロックの八割がケンタウルスⅡで押収されています」
ノエルの回答に違和感を覚えて、ケントはタバコを灰皿に放り込み、スカーレットに一口くれと手を伸ばす。
「気づいたかの?」
「なんでジャンプアウト宙域に近いケンタウルスⅤでも、最大人口を抱えるケンタウルスⅢでもなく、ここなんだ?」
「今ひとつわからぬな。だから来たのじゃよ、ここへな」
スカーレットの小さな手からグラスを受け取り、ケントはブランデーを一口舐めるように飲むと、鼻に抜ける香りを楽しんだ。
「うまいな」
「阿呆のように頑なな方法で、千年ばかり作っておる地球製のコニャックじゃからの」
ケントとノエル、それにスカーレットを乗せた巨大なリムジンがヨットの貨物室のスロープをゆっくりと降りてゆく。低重力エリアにもかかわらず、何事もないように通常走行しているのは、磁力式の吸着装置のおかげだろう。
「ケンタウルスⅡの役目はなんじゃなケント?」
「農業だな」
ふむ、となずいてから、スカーレットが小さく笑う。
「三十五点じゃ」
「落第ですね、マスター」
「うるせえ」
肘で脇腹をつつくノエルに、そう言ってケントはポケットからタバコを出してスカーレットの顔を見た。
「構わんよ。リディ?」
「イエス、マム」
自分も秘書代わりのアンドロイドから、赤い羅宇の小さな煙管を受け取ると片手で器用に葉を詰める。
「はいよ」
星系軍のマークの入ったライターを出すと、火を小さく絞ってケントが差し出す。
「気が利くの」
スカーレットは火皿を横にして遠火で着けると、紫煙を吐き出す。
「それで、残りの六十五点は?」
「妾がわざわざ出張ってきたのは何故じゃな?」
「ブラッドロックとかいう、合成麻薬の出処を探るためだろ」
うむ、ともう一服してから、スカーレットが口を開いた。
「軍警が押収したブラッドロックの量は、ここケンタウルスⅡが一番多いのじゃよ」
「貧乏人が多いからな」
十三年前の独立戦争で真っ先に狙われた食料生産拠点のコロニーは、最盛期には星系の七割の食料を生産していた。
超大型の小惑星をくり抜いて作られたという特殊な構造と、空間騎兵の白兵戦で決着がついたため、施設自体の被害は少なかったおかげで、早期に復興して、今では星系の五割の食料を生産している。
「自動化を後回しにして、最優先で復興したからの」
「人力勝負の宇宙一効率の悪い農場らしいが、おかげでメシが食えてる連中も多い。」
「ゆえに麻薬の押収量に関して言えば、終戦直後から常にワーストではあるがの」
港を出て農業地区に車が入ってゆく、殺風景な軽合金の建物は水耕栽培施設だ。休憩時間らしく、作業着を着た労働者たちが建物の外でくつろいでいるのが見える。
「それで?」
「じゃがブラッドロックに関して言えば、面妖なのじゃよ」
「ノエル?」
肘掛けの灰皿にトンと灰を落として、ケントはノエルの顔を見る。
「軍警察のネットにアクセス、アクセス権限は一般職員、セキュリティレベルC、情報取得と分析に二〇秒ください」
タン! と火皿を逆さまにして灰を落とし、スカーレットが煙管をリディに手渡した。代わりに差し出されたブランデーグラスを手に取って傾ける。
「便利なお人形じゃな、リディにも出来ぬかの?」
「すみません私は近接戦闘特化型ですので、マム」
「冗談じゃ、忘れるがよい」
「イエス、マム」
スカーレットほど金があるなら、アンドロイドなど幾らでも新しくできそうなものだが、型遅れのリディは彼女のお気に入りだった。
フリルの効いた立て襟のブラウスにロングスカート、アンドロイドには必要ない丸メガネ、後ろで結われた一本のお下げ髪。生真面目な仏頂面の女性型だが、護衛としてはとても優秀で格闘戦ならノエルといい勝負をする。
「マスター」
「なにかわかったか?」
「ケンタウリ星系で押収された合成麻薬ですが、総量はここ二年で大きな変化はありません」
ノエルの答えに、ケントは右の眉を上げてスカーレットを見る。
「押収された全ての麻薬に対するブラッドロックの占める割合の推移をいうてみよ」
「九十三日前に初めて押収されてから、急激に押収量が増えています。直近三十日を見る限り、全押収量の一八%です」
押収量が多いということは、それだけ市場に流通しているという事だ。それにしたってたった九十日で市場の二割とは、なかなかに奮っている。
「ケンタウリ星系内のコロニーごとに情報を整理してみるがよい」
「ブラッドロックの八割がケンタウルスⅡで押収されています」
ノエルの回答に違和感を覚えて、ケントはタバコを灰皿に放り込み、スカーレットに一口くれと手を伸ばす。
「気づいたかの?」
「なんでジャンプアウト宙域に近いケンタウルスⅤでも、最大人口を抱えるケンタウルスⅢでもなく、ここなんだ?」
「今ひとつわからぬな。だから来たのじゃよ、ここへな」
スカーレットの小さな手からグラスを受け取り、ケントはブランデーを一口舐めるように飲むと、鼻に抜ける香りを楽しんだ。
「うまいな」
「阿呆のように頑なな方法で、千年ばかり作っておる地球製のコニャックじゃからの」
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる