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ガニメデの妖精

去り行くは老兵 (2)

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「小惑星帯、抜けます」

 三時間後、小惑星帯を抜けた『フランベルジュ』は小惑星帯外側の商用航路になんとか辿り着いた。

「もう大丈夫?」

 落ち着いたフリをしていても、次々と目前に迫る小惑星に緊張していたのだろう。ラーニアがぐったりとシートにもたれて力を抜いた。

「さてな、ノエル、全周哨戒、異常がなければラーニアを部屋に」
「アイ。ラーニア少し待っててくださいね。全周哨戒……船舶識別A I S照合、マスター!」

 ノエルの声と共に、メインスクリーンの輝点のうち一つが赤色に変わる。

「前方四万キロ、所属不明艦アンノウンです」
「さっきの奴か?」

 待ちぶせならステルスを使うだろう、だが船舶識別A I Sに載っていない以上、民間船でないことだけは確かだ。

「所属不明艦の電波情報分析中、パターン一致しません、別船舶です」
「この航路に他に船は?」
「二十万キロ前方に、コンテナ船、十二万キロ後方にガスタンカー」

 あれだけ派手に救難信号をぶちまけても、警備艦の一隻も来ないというのも気味が悪い。チラリと時計に目を走らせる。残り時間は五十五時間、最短でぶっ飛ばしてもスカーレットの指定した時間にギリギリといったところだろう。

「ケント?」
「安心しろ、ちゃんと連れて行ってやる。とりあえずアイツをやりすごし……うぉっ!」

 慣性制御装置イナーシャルが吸収しきれなかった横Gがいきなりかかり、ケントの肩にベルトが食い込む。途端、荷電粒子の光芒が『フランベルジュ』の翼端を吹き飛ばした。

「ノエル!」
「後方二千、フェンリル級です、ごめんなさいマスター、見つけられませんでした」

 ノエルがいくら優秀でも、ステルス状態の最新鋭艦相手に旧式の『フランベルジュ』のセンサー群では不利なのは確かだ。

「よく避けた、褒めてやる」
「えへへ」

 前門の虎、後門の狼……ならば……。

「ノエル、操縦は任せろ、全力でECM。狼さんフェンリルの鼻をぶん殴ってやれ」
「「アイ」」

 小気味よい返事にニヤリと笑って、ケントはスロットルを握りしめる。

「ラーニア、ちょっと我慢してくれ」

 スロットルをミリタリーパワーに叩きこむ。 
 『警告6G』の文字がメインスクリーンに踊る。
 メインスラスターに氷の粒子が放り込まれた。

「うぐぅ」

 ラーニアが小さく悲鳴をあげる。
 華奢な身体に堪えるのは承知だが、逃げ遅れては狼さんの腹の中だ。
 手動操作でバーニアをふかしながら、ケントは小刻みに回避機動をする。

「敵艦、ECCM」
「抑えられそうか?」
「あんなのには、負けません! まかせてください。 アンノウン前方、来ます!」

 ノエルの声にレーダーを見る。所属不明艦アンノウンも、こちらに向かって加速してくるのが見えた。

「さて、名無しの権兵衛ジョン・ドゥさんよ、お前はどっち側だ?」

 彗星のように尾を引いて『フランベルジュ』が距離を詰める。
 距離二万キロ。

一般周波数コモンで入電」
「つなげ」

 加速Gに耐えながらケントは絞りだすように言う。

「こちらは、ボーフォート・セキュリティ・サービス所属、警備艦ヴェノム、停船せよ」

 スクリーンに映しだされた目つきの鋭いメガネ美人が、冷たい声で言い放つ。

「お断りだ、急ぎの荷物なんでな」
「それは結構、それで軍艦二隻を相手にどうする気かしら?」

 ケントはカメラに向かって笑ってみせる。

「後ろのアレは仲間か?」
「違うと言ったら信じてもらえる?」
「ケツに噛み付こうとしてる狼だ、追い払ってくれりゃ信じるさ」

 やれやれと言いたげに、小さく息を吐いて、冷たく、それでいて妖艶な笑顔をみせて女が笑った。

「しかたない、赤ずきんを家に送る栄誉は譲ってあげるわ。白馬の騎士様」
「残念ながら、カボチャの馬車だがな」

 小さく敬礼してケントは通信を切る。

「マスター、また鼻の下をのばして! 美人なら誰でもいいんですね?」
「ケントは、ああいうのがタイプ?」

 二人のジト目を無視して、ケントは小刻みに回避運動をとりながら『フランベルジュ』を『ヴェノム』の射線上から外した。
 この速度での反航戦だ、一発いいのを貰った方が負けになる。騎士の馬上試合のように急速に距離を詰める二隻の軌道を見ながら、ケントは肚《はら》をくくった。

「ノエル慣性航法、必要なら減速して『ヴェノム』を電子支援」
「マスター、何を?」
「あいつは艦齢三十年のご老体ロートルだ、見覚えがある。以前の艦名は『ファラガット』」

 独立戦争終盤、ジリ貧のケンタウリ政府が名誉のために太陽系軍旗艦を狙って奇襲攻撃をかけた最後の六隻ラストシックスの突撃。
 後一歩と迫ったケント達の飛行隊の捨て身の一撃を、身を挺して防いだのが重装駆逐艦『ファラガット』だった。

「こんな所でまた会うとはな」

 ケント達の飛行隊が後部砲塔を吹き飛ばし、上部フレームが歪んだおかげで退役、どこかの博物館に飾られていたのを、モノ好きが買って民間企業で使われていると聞いてはいたが……。
 あの日、強引にフライパスしたケントが翼をぶつけて傾いた後部甲板のクレーンまでそのままとは酔狂なことだ。

「マスター?」
「つまらない感傷だ。だが、あんなボロ船でやろうってんだ、見捨てちゃ夢見が悪い」

 顔に出ていたのだろう。深い蒼色の瞳でケントを心配そうに見つめていたノエルが、小さくうなずく。

「アイ、電子妨害を継続。ピンポイント、全力発信マキシマム

 手をかえ品をかえ対抗しようとする敵艦のAIを、並列化された二人のノエルが性能差で押し切ってゆく。時折、荷電粒子砲の光芒が閃くが『ヴェノム』にも『フランベルジュ』にもかすりもしなかった。

「『ヴェノム』、発砲」

 艦首が光に包まれると、四連装の電磁投射砲レールガンが金属プラズマの尾を引いて星空を切り裂く。

「初弾外れます」

 相対距離は八千キロ、少しばかり軌道修正ができる誘導弾頭とは言え、実体弾が当たるような距離ではない。

「『ヴェノム』の誘導ガイドパルス解析完了、オーバーライドします」
「ケント!?」

 さらっととんでもないことを言ってのけるノエルに、ラーニアが小さく悲鳴のような声をあげた。

「二斉射目を確認、誘導ガイドパルスオーバーライド・砲弾誘導を開始。光学観測、予測位置確定。衝突コリジョンコース」

 ノエルが当たるといえば、当たるのだ。
 もうそれくらいの気持ちで、ケントはスクリーンから目を離しタッチパネルに航路を入力する。

「命中を確認」
「ちょっと! ケンつ……ぐぅ……」

 何か言おうとしたラーニアが、加速Gを受けて口をつぐむ。

「『ヴェノム』から入電」
「”一つ貸しにしといてやる、勇敢なご老体ブレイブ・オールド”と返信しとけ」
「アイ」

 懐かしい老兵との再会に、ケントは胸の中から何かがこぼれ落ちた気がした。
 それを星空に放り投げ、『フランベルジュ』は彗星のように白い尾を引いて加速する。
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