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ガニメデの妖精
去り行くは老兵 (1)
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「ノエル、電子戦を任せる」
「アイ・マスター」
ストン、と小さな筐体を副操縦士席におさめ、ノエルが小気味よく返事をする。
「レーダー波分析開始、電力もらいます」
「今日は腹いっぱい食べていいぞ、ラーニアのおごりだ、ノエル」
人類が地球の重力にしばられ大気圏内で戦争をしていたころより、宇宙では格段に電子戦能力が物を言う。有視界でできることなど今となっては非常時の対応くらいの物だ。
「お腹いっぱい食べていいから、ノエル」
「「任せてください、ラーニア」」
ラーニアの声援に、船のスピーカーと筐体の両方から、張り切った返事が帰ってくる。
「小惑星帯のアクティブスキャン完了、小惑星の軌道補正処理中、ECMを開始します」
敵のアクティブセンサーの分析をおえたノエルが電子妨害と電子攻撃を開始した。
「「来ます!」」
ノエルの声とほぼ同時に『フランベルジュ』を光の束が追い抜いてゆく。距離四〇〇メートル、お世辞にも至近弾とは言えない距離だが、なかなかに威力はありそうだ。
「荷電粒子砲だ? 警備用の巡航艦に、なんてもん積んでやがる」
ぼやきながらも、地球圏の兵器の進歩にケントは舌を巻いた。戦争が終わって十三年、確実に兵器の差は開きつつある、ケンタウリの独立なんてのは、夢また夢だ。
「大丈夫です、機関出力最大、指向性電子攻撃を開始。当てさせません、ぜったいにです」
「頼りにしてるぜ相棒」
だが、そんな最新鋭艦を電子戦で手玉に取るノエルの能力も常軌を逸していた。
「がんばって!ノエル」
「はい、ラーニア。お嫁さんにしてくれるまで、マスターは絶対に死なせません」
さらっと、ノエルがぶっちゃける。
「ノエルはケントのお嫁さんになりたいの?」
「はい!」
一発当たれば星屑《デブリ》確定の戦場の中、ラーニアの言葉に嬉々として返事をするノエルに、おいおいと、心の中で突っ込みながら、ケントは航路データの中から使える手駒を頭の中で並べてゆく。
「小惑星帯に逃げ込むぞ」
「このまま、電子戦で押し切れます、マスター」
副操縦士席で水色の髪をかきあげ、すねたようにいうノエルに、小さく首を振るとケントは操縦桿を握り直した。
「高エネルギー反応」
スピーカーからもう一人のノエルの声が響く。反射的にケントは操縦桿を前に倒しながら、四つあるペダルの真ん中二つを同時に踏みつける。
グイと沈み込んだ『フランベルジュ』の右上五〇メートルを粒子砲のきらめきが追い抜いていった。
「なんで!?」
「人間が乗ってるからだ」
「うう……くやしいです!」
目視補正ならいい腕だ、とケントは思った。とは言え宇宙戦闘だ、まぐれ以外で当てられるようなものではない。
本気になった一人と一隻のノエルに守られ、封鎖突破船『フランベルジュ』は有り余る推力でフェンリルを引き放しにかかった。
「ケント! ぶつかる!」
迫る小惑星帯にラーニアがちいさく悲鳴をあげる。
「大丈夫だ」
ラグランジェポイントに長く伸びる小惑星帯の密集空域が目の前に迫る。ノエルが提示した航路情報の中から一番小惑星の密度の高い場所にケントは機体を放り込んだ。
「撹乱爆雷片舷斉射」
「アイ」
小惑星帯の直前でケントは撹乱爆雷《ディスタブボム》をぶちまける。金属を核にした多面体の高偏光結晶が後方に分厚い銀色の雲を作り出した。
「高エネルギー反応!」
「素人が」
ケントの読み通り、威力は低いが命中精度と連射性に勝るレーザー砲に切り替えたフェンリルの一斉射が銀色の雲を切り裂く。
途端、ケント達の背後に光芒の嵐が巻き起こった。金属核を蒸発させ、乱反射したレーザーが連鎖反応を起こす。またたく間にケント達の背後にプラズマ混じりの金属蒸気の嵐が吹きすさぶ。
「きれい……」
後部モニターに青白い嵐が吹き荒れるのを見て、ラーニアがそうつぶやくのが聞こえた。
「つかまってろ、ラーニア」
ここまでやって、失探《ロスト》しないほど、相手が高性能なら勝ち目はない。ケントは船体を大きくロールさせ、小惑星の隙間に『フランベルジュ』をねじ込んだ。
「ノエル、ECM停止、デコイ射出、あるだけばらまけ」
他人の金で戦争ってのは久しぶりだ、制限がなくて実にいい。
「アイ、デコイ発射」
小さな振動を残し、四機のデコイが『フランベルジュ』の船腹から切り離された。
「アクティブセンサー全停止、全デコイから救難信号を発信しろ、最大出力」
電子的には『フランベルジュ』とまったく同じように見えるデコイが、光学観測を遮る白煙を広範囲にばらまきながら、救難信号を発信して四方へと散ってゆく。
「ノエル、ユーハヴ・コントロール、四番のデコイについてけ、自前の煙幕を忘れるな」
「アイ、マスター。アイハヴ・コントロール」
ケントの命令に、ノエルが目前に広がるデコイの煙幕の中に迷わず船を突っ込ませた。リンクしたデコイのレーダーを使い、小惑星を器用にすり抜けてゆく。
「四番デコイ、煙幕停止。本艦より煙幕を展開、デコイの上方二メートルに出ます」
直径八〇〇メートルの光学遮断煙幕に隠れて、四つのデコイが別ルートで逃走を始める。煙には撹乱爆雷のような金のかかる仕掛けはない。だが、先にあの威力を見せられれば闇雲な斉射をためらわせるだけの効果はある。
「いいぞ、ノエル、そのままデコイにくっついて小惑星帯を抜けちまえ」
ケントが知らない新技術でもなければ、四隻に増えた『フランベルジュ』を光学観測で追いかけるのは難しいはずだ。
小惑星の密度の低い空域を木星めがけて逃走する二隻と、高密度だが最短距離で商用航路目指して突っ切りにかかる二隻、敵がどちらを追いかけるかは神のみぞ知る……だ。
「アイ・マスター」
ストン、と小さな筐体を副操縦士席におさめ、ノエルが小気味よく返事をする。
「レーダー波分析開始、電力もらいます」
「今日は腹いっぱい食べていいぞ、ラーニアのおごりだ、ノエル」
人類が地球の重力にしばられ大気圏内で戦争をしていたころより、宇宙では格段に電子戦能力が物を言う。有視界でできることなど今となっては非常時の対応くらいの物だ。
「お腹いっぱい食べていいから、ノエル」
「「任せてください、ラーニア」」
ラーニアの声援に、船のスピーカーと筐体の両方から、張り切った返事が帰ってくる。
「小惑星帯のアクティブスキャン完了、小惑星の軌道補正処理中、ECMを開始します」
敵のアクティブセンサーの分析をおえたノエルが電子妨害と電子攻撃を開始した。
「「来ます!」」
ノエルの声とほぼ同時に『フランベルジュ』を光の束が追い抜いてゆく。距離四〇〇メートル、お世辞にも至近弾とは言えない距離だが、なかなかに威力はありそうだ。
「荷電粒子砲だ? 警備用の巡航艦に、なんてもん積んでやがる」
ぼやきながらも、地球圏の兵器の進歩にケントは舌を巻いた。戦争が終わって十三年、確実に兵器の差は開きつつある、ケンタウリの独立なんてのは、夢また夢だ。
「大丈夫です、機関出力最大、指向性電子攻撃を開始。当てさせません、ぜったいにです」
「頼りにしてるぜ相棒」
だが、そんな最新鋭艦を電子戦で手玉に取るノエルの能力も常軌を逸していた。
「がんばって!ノエル」
「はい、ラーニア。お嫁さんにしてくれるまで、マスターは絶対に死なせません」
さらっと、ノエルがぶっちゃける。
「ノエルはケントのお嫁さんになりたいの?」
「はい!」
一発当たれば星屑《デブリ》確定の戦場の中、ラーニアの言葉に嬉々として返事をするノエルに、おいおいと、心の中で突っ込みながら、ケントは航路データの中から使える手駒を頭の中で並べてゆく。
「小惑星帯に逃げ込むぞ」
「このまま、電子戦で押し切れます、マスター」
副操縦士席で水色の髪をかきあげ、すねたようにいうノエルに、小さく首を振るとケントは操縦桿を握り直した。
「高エネルギー反応」
スピーカーからもう一人のノエルの声が響く。反射的にケントは操縦桿を前に倒しながら、四つあるペダルの真ん中二つを同時に踏みつける。
グイと沈み込んだ『フランベルジュ』の右上五〇メートルを粒子砲のきらめきが追い抜いていった。
「なんで!?」
「人間が乗ってるからだ」
「うう……くやしいです!」
目視補正ならいい腕だ、とケントは思った。とは言え宇宙戦闘だ、まぐれ以外で当てられるようなものではない。
本気になった一人と一隻のノエルに守られ、封鎖突破船『フランベルジュ』は有り余る推力でフェンリルを引き放しにかかった。
「ケント! ぶつかる!」
迫る小惑星帯にラーニアがちいさく悲鳴をあげる。
「大丈夫だ」
ラグランジェポイントに長く伸びる小惑星帯の密集空域が目の前に迫る。ノエルが提示した航路情報の中から一番小惑星の密度の高い場所にケントは機体を放り込んだ。
「撹乱爆雷片舷斉射」
「アイ」
小惑星帯の直前でケントは撹乱爆雷《ディスタブボム》をぶちまける。金属を核にした多面体の高偏光結晶が後方に分厚い銀色の雲を作り出した。
「高エネルギー反応!」
「素人が」
ケントの読み通り、威力は低いが命中精度と連射性に勝るレーザー砲に切り替えたフェンリルの一斉射が銀色の雲を切り裂く。
途端、ケント達の背後に光芒の嵐が巻き起こった。金属核を蒸発させ、乱反射したレーザーが連鎖反応を起こす。またたく間にケント達の背後にプラズマ混じりの金属蒸気の嵐が吹きすさぶ。
「きれい……」
後部モニターに青白い嵐が吹き荒れるのを見て、ラーニアがそうつぶやくのが聞こえた。
「つかまってろ、ラーニア」
ここまでやって、失探《ロスト》しないほど、相手が高性能なら勝ち目はない。ケントは船体を大きくロールさせ、小惑星の隙間に『フランベルジュ』をねじ込んだ。
「ノエル、ECM停止、デコイ射出、あるだけばらまけ」
他人の金で戦争ってのは久しぶりだ、制限がなくて実にいい。
「アイ、デコイ発射」
小さな振動を残し、四機のデコイが『フランベルジュ』の船腹から切り離された。
「アクティブセンサー全停止、全デコイから救難信号を発信しろ、最大出力」
電子的には『フランベルジュ』とまったく同じように見えるデコイが、光学観測を遮る白煙を広範囲にばらまきながら、救難信号を発信して四方へと散ってゆく。
「ノエル、ユーハヴ・コントロール、四番のデコイについてけ、自前の煙幕を忘れるな」
「アイ、マスター。アイハヴ・コントロール」
ケントの命令に、ノエルが目前に広がるデコイの煙幕の中に迷わず船を突っ込ませた。リンクしたデコイのレーダーを使い、小惑星を器用にすり抜けてゆく。
「四番デコイ、煙幕停止。本艦より煙幕を展開、デコイの上方二メートルに出ます」
直径八〇〇メートルの光学遮断煙幕に隠れて、四つのデコイが別ルートで逃走を始める。煙には撹乱爆雷のような金のかかる仕掛けはない。だが、先にあの威力を見せられれば闇雲な斉射をためらわせるだけの効果はある。
「いいぞ、ノエル、そのままデコイにくっついて小惑星帯を抜けちまえ」
ケントが知らない新技術でもなければ、四隻に増えた『フランベルジュ』を光学観測で追いかけるのは難しいはずだ。
小惑星の密度の低い空域を木星めがけて逃走する二隻と、高密度だが最短距離で商用航路目指して突っ切りにかかる二隻、敵がどちらを追いかけるかは神のみぞ知る……だ。
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