グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

文字の大きさ
上 下
25 / 66
ガニメデの妖精

去り行くは老兵 (1)

しおりを挟む
「ノエル、電子戦を任せる」
「アイ・マスター」

 ストン、と小さな筐体ボディを副操縦士席におさめ、ノエルが小気味よく返事をする。

「レーダー波分析開始、電力もらいます」
「今日は腹いっぱい食べていいぞ、ラーニアのおごりだ、ノエル」

 人類が地球の重力にしばられ大気圏内で戦争をしていたころより、宇宙では格段に電子戦能力が物を言う。有視界でできることなど今となっては非常時の対応くらいの物だ。

「お腹いっぱい食べていいから、ノエル」
「「任せてください、ラーニア」」

 ラーニアの声援に、船のスピーカーと筐体ボディの両方から、張り切った返事が帰ってくる。

「小惑星帯のアクティブスキャン完了、小惑星の軌道補正処理中、ECMを開始します」

 敵のアクティブセンサーの分析をおえたノエルが電子妨害と電子攻撃を開始した。

「「来ます!」」

 ノエルの声とほぼ同時に『フランベルジュ』を光の束が追い抜いてゆく。距離四〇〇メートル、お世辞にも至近弾とは言えない距離だが、なかなかに威力はありそうだ。

荷電粒子砲パーティクルだ? 警備用の巡航艦に、なんてもん積んでやがる」

 ぼやきながらも、地球圏の兵器の進歩にケントは舌を巻いた。戦争が終わって十三年、確実に兵器の差は開きつつある、ケンタウリの独立なんてのは、夢また夢だ。

「大丈夫です、機関出力最大、指向性電子攻撃を開始。当てさせません、ぜったいにです」
「頼りにしてるぜ相棒」

 だが、そんな最新鋭艦を電子戦で手玉に取るノエルの能力も常軌を逸していた。

「がんばって!ノエル」
「はい、ラーニア。お嫁さんにしてくれるまで、マスターは絶対に死なせません」
 
 さらっと、ノエルがぶっちゃける。

「ノエルはケントのお嫁さんになりたいの?」
「はい!」

 一発当たれば星屑《デブリ》確定の戦場の中、ラーニアの言葉に嬉々として返事をするノエルに、おいおいと、心の中で突っ込みながら、ケントは航路データの中から使える手駒を頭の中で並べてゆく。

「小惑星帯に逃げ込むぞ」
「このまま、電子戦で押し切れます、マスター」

 副操縦士席コ・パイで水色の髪をかきあげ、すねたようにいうノエルに、小さく首を振るとケントは操縦桿を握り直した。

「高エネルギー反応」

 スピーカーからもう一人・・・・のノエルの声が響く。反射的にケントは操縦桿を前に倒しながら、四つあるペダルの真ん中二つを同時に踏みつける。
 グイと沈み込んだ『フランベルジュ』の右上五〇メートルを粒子砲のきらめきが追い抜いていった。

「なんで!?」
「人間が乗ってるからだ」
「うう……くやしいです!」
 
 目視補正ならいい腕だ、とケントは思った。とは言え宇宙戦闘だ、まぐれ以外で当てられるようなものではない。
 本気になった一人と一隻のノエルに守られ、封鎖突破船ブロッケードランナー『フランベルジュ』は有り余る推力でフェンリルを引き放しにかかった。

「ケント! ぶつかる!」
 
 迫る小惑星帯にラーニアがちいさく悲鳴をあげる。

「大丈夫だ」

 ラグランジェポイントに長く伸びる小惑星帯の密集空域が目の前に迫る。ノエルが提示した航路情報ナビの中から一番小惑星の密度の高い場所にケントは機体を放り込んだ。

撹乱爆雷ディスタブボム片舷斉射」
「アイ」

 小惑星帯の直前でケントは撹乱爆雷《ディスタブボム》をぶちまける。金属を核にした多面体の高偏光結晶が後方に分厚い銀色の雲を作り出した。

「高エネルギー反応!」
「素人が」

 ケントの読み通り、威力は低いが命中精度と連射性に勝るレーザー砲に切り替えたフェンリルの一斉射が銀色の雲を切り裂く。
 途端、ケント達の背後に光芒の嵐が巻き起こった。金属核を蒸発させ、乱反射したレーザーが連鎖反応を起こす。またたく間にケント達の背後にプラズマ混じりの金属蒸気の嵐が吹きすさぶ。

「きれい……」

 後部モニターに青白い嵐が吹き荒れるのを見て、ラーニアがそうつぶやくのが聞こえた。

「つかまってろ、ラーニア」

 ここまでやって、失探《ロスト》しないほど、相手が高性能なら勝ち目はない。ケントは船体を大きくロールさせ、小惑星の隙間に『フランベルジュ』をねじ込んだ。
 
「ノエル、ECM停止、デコイ射出、あるだけばらまけ」

 他人の金で戦争ってのは久しぶりだ、制限がなくて実にいい。

「アイ、デコイ発射ラウンチ

 小さな振動を残し、四機のデコイが『フランベルジュ』の船腹から切り離された。

「アクティブセンサー全停止、全デコイから救難信号を発信しろ、最大出力」

 電子的には『フランベルジュ』とまったく同じように見えるデコイが、光学観測を遮る白煙を広範囲にばらまきながら、救難信号を発信して四方へと散ってゆく。

「ノエル、ユーハヴ・コントロール、四番のデコイについてけ、自前の煙幕を忘れるな」
「アイ、マスター。アイハヴ・コントロール」

 ケントの命令に、ノエルが目前に広がるデコイの煙幕の中に迷わず船を突っ込ませた。リンクしたデコイのレーダーを使い、小惑星を器用にすり抜けてゆく。

「四番デコイ、煙幕停止。本艦より煙幕を展開、デコイの上方二メートルに出ます」

 直径八〇〇メートルの光学遮断煙幕オプティカルジャマーに隠れて、四つのデコイが別ルートで逃走を始める。煙には撹乱爆雷ディスタブボムのような金のかかる仕掛けはない。だが、先にあの威力を見せられれば闇雲な斉射をためらわせるだけの効果はある。

「いいぞ、ノエル、そのままデコイにくっついて小惑星帯を抜けちまえ」

 ケントが知らない新技術でもなければ、四隻に増えた『フランベルジュ』を光学観測オプチカルで追いかけるのは難しいはずだ。
 小惑星の密度の低い空域を木星めがけて逃走する二隻と、高密度だが最短距離で商用航路目指して突っ切りにかかる二隻、敵がどちらを追いかけるかは神のみぞ知る……だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

kabuto

SF
モノづくりが得意な日本の独特な技術で世界の軍事常識を覆し、戦争のない世界を目指す。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

鉄錆の女王機兵

荻原数馬
SF
戦車と一体化した四肢無き女王と、荒野に生きる鉄騎士の物語。 荒廃した世界。 暴走したDNA、ミュータントの跳梁跋扈する荒野。 恐るべき異形の化け物の前に、命は無残に散る。 ミュータントに攫われた少女は 闇の中で、赤く光る無数の目に囲まれ 絶望の中で食われ死ぬ定めにあった。 奇跡か、あるいはさらなる絶望の罠か。 死に場所を求めた男によって助け出されたが 美しき四肢は無残に食いちぎられた後である。 慈悲無き世界で二人に迫る、甘美なる死の誘惑。 その先に求めた生、災厄の箱に残ったものは 戦車と一体化し、戦い続ける宿命。 愛だけが、か細い未来を照らし出す。

処理中です...