グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

文字の大きさ
上 下
24 / 66
ガニメデの妖精

現れたるは狼 (2)

しおりを挟む
 十五分ほどして、あたりに航路局の巡視船が居なくなった所で、ノエルが水色の髪を揺らすと、んんんっと、伸びをして立ち上がり、副操縦士席に座る。

「マスター」
「なんだ?」

 膝の上からラーニアをどかしてケントはノエルに視線をうつした。

「なんで、ハッキングばれちゃったんでしょう? 完璧だったのに」
「アンジェラの携帯が盗聴されてた証拠だろう」
「ああ、なるほど……そうですね」

 膝の上からどかされて、猫のようにすねた顔で、膨れ面をする少女の頬を人差し指でつつくと、ケントはコンソールに足をのせる。

「ラーニアは客室キャビンで寝てろ、どうせ忙しくなる」
「ケントは?」
「俺はこの椅子がいちばん落ち着くんだ、ノエル、着替えを手伝ってやれ」

 気密スーツを一人で脱いだり着たりするのは、慣れないと難しい。

「行きましょう、ラーニア」
「一人で大丈夫なのに」

 与圧空間の方が少ない殺風景な船内に、申しわけ程度に設けられた客室キャビンに連れられてゆくラーニアを横目で見ながら、ケントは右手にあるサブスクリーンでニュースサイトを眺める。

「今のところ、軍警察も正式な発表はしてないようです、マスター」
「ああ、奴らの無駄に慎重なところを俺達が利用しているわけだがな」

 筐体ボディのノエルがラーニアに付き添っていても、艦載AIののノエルの方は独立して動いている。筐体ボディを操り人形にしているわけではなく、パラレルで動作しながら、情報を共有化しつつ、それぞれの自我を一つに保つというのはどんな感じなんだろうと、ふとケントは思う。

「ノエル、ルートBの詳細図を頼む、最新の障害物の情報もだ」

 さて、こっちが太陽系にやってきたのはもうバレている、あとは相手がどう出るかだ。ケントは胸ポケットからタバコを取り出し、くわえると火をつけた。

「マスター、コックピットは禁煙です」
「勘弁してくれ。子供がいるから、しばらく吸ってねえんだ」
「煙は故障の元なんですよ? マスターはわたしが壊れちゃってもいいんですね?」

 文句を言いながらも、ノエルが空調をいじったのだろう、ケントの前方から風が吹き始め、後方へと紫煙が吹き流され始める。

「おまえ、なんだかんだで、優しいのな」
「えへへ、もっと頼ってくださっていいんですよ?」

 そんな典型的ステロタイプなダメ男製造機みたいな台詞を、一体どこで覚えてくるんだと思いながら、ケントは苦笑いする。大きく吐き出した煙が、立ち上るまもなくダクトに吸われて消えていった。

     §

「マスター、マスター」
「んん? なんだ?」

 小惑星帯を突っ切って木星への最短航路を進むこと三十八時間、標準時間で夜中の三時、ノエルがゆさゆさとケントを揺さぶった。

「どうした?」
「光学観測で後方にゆらぎをみつけました、つけられてます」
「明かりを」

 コンソールから足をおろし、ケントは航路情報と、レーダーをチェックする。十五年落ちとはいえ、元々が逃げ足と索敵勝負の封鎖突破船ブロッケードランナーだ。

「電波はひと通り試しました、指向性のはやってません、気づかれてもダメだと思ったので」
「いい子だ、それで何で気付いた」

 夜間を示すコックピットの赤い光が、徐々に白へと変わると、各モニターが一斉に光を取り戻す。

「だって、マスターがこれを」
「ん? ああ」

 自分が襲うならどこか?を考えながら、いくつかのポイントに丸印を打った航路図がメインモニターに映しだされる。
 今いる地点は二番目に赤丸を打った地点だった。機動回避がしにくい小惑星の隘路だ、枝分かれした一番細い航路で、ほかに通る船もいない。

「すごいです、マスター、なんでここだってわかったんですか?」
「すごいのはお前だよ、あれを信じて、ずっと全天光学観測してたのか?」
「「だって、わたしは、電気があれば動けますし」」

 スピーカーと筐体ボディからハモって声が聞こえる。

「「……それに、マスターが喜んでくれると、うれしいです」」

 やれやれ……思いながら、ケントはコンソールと筐体ボディの頭を、ポンポンと、交互に撫でてやる。

「撫でるのは筐体ボディだけで、いいですよ、わたしは触られてもわかりませんから」
「そういうのは先に言え! ノエル、ラーニアを連れて来い、できれば気密服を着せてやれ」

 スピーカーからの声に、照れ隠しに大声をだしてケントはコキリと首を鳴らした。そもそも、何が狙いなのかで対応は変わってくる。

「アイ・マスター、いってきます」

 呑気な返事をして、筐体ボディの方のノエルがコックピットを出てゆく。

「いずれにせよ、先に一発かまさせてもらうさ。機関出力最大、いつでも逃げ出せるようにしとけ」
「アイ・マスター」

 スピーカーから聞こえる乾いた声を聞きながら、ケントはキーボードを叩いて、メッセージを打ち込む。

「レーザー通信、最大出力、ゆらぎを発見した範囲に連続送信」
「アイ、連続送信、文面どうぞ」
「『頭をかくしてても、ケツが見えてるぜ、お嬢さん』だ」
「マスター、品が無いです」
「そりゃもとからだ、来るぞ」
「……光学迷彩の解除を確認、艦影、データベース照合、旧データに適合なし、ネット検索……該当率八七%、フェンリル級巡航艦です!」

 軍事サイトのトップを先月飾ってたような、最新鋭艦がお出ましとは、そりゃまた大した歓迎だ。ケントはニヤリと笑って操縦桿を握りしめる。

「ケント、どうしたの?」

 眠そうに目をこすりながらラーニアが現れた。 

「鬼ごっこだ、揺れるから座ってろ! ヘルメットのバイザーを下ろして、ベルトを締めろ」

 さあ、本領発揮と行こうか。

「逃げるぞ、ノエル、出力最大、一番めんどくさいルートでぶっ飛ばせ」
「アイ、マスター、全力で逃げます」

 何ともしまらない台詞をはいて、ケントは木星を目指して加速を開始した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンゴムシになったら

YPNPC
ファンタジー
転生したらダンゴムシだった話。 全13話。 生成AIが書いたものをそのまま掲載。

入れ替わりのモニター

廣瀬純一
SF
入れ替わりに実験のモニターに選ばれた夫婦の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ
大衆娯楽
ワンマンライブを目前に控えたバンドマンの主人公は、ある夜に酔いつぶれた女を家まで連れて行き介抱した。コートのポケットには「ジョニー・ウォーカー」と書かれた名刺があった。翌朝、女の姿は無く、さらに愛用しているギター、リッケンバッカーも無くなっていた。手がかりはジョニー・ウォーカーという名刺のみ。ギターを取り戻そうと主人公は動き出すが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

AIが人間の代わりに働くことになり、あれもこれもやらされてついには世界がバグってしまった話

Algo Lighter
SF
AIが人間の代わりに働く未来――それは理想的な世界でしょうか? 効率的で快適な社会の中にも、思わずクスッと笑ってしまう瞬間があるはずです。本作では、そんな「最適化された未来」の中に潜むユーモアを、一話完結の短編でお届けします。 通勤・通学のひとときに、電車やバスの中で気軽に読めるちょうどいい長さ。 どうぞ、物語の世界をお楽しみください。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...