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ガニメデの妖精
現れたるは狼 (2)
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十五分ほどして、あたりに航路局の巡視船が居なくなった所で、ノエルが水色の髪を揺らすと、んんんっと、伸びをして立ち上がり、副操縦士席に座る。
「マスター」
「なんだ?」
膝の上からラーニアをどかしてケントはノエルに視線をうつした。
「なんで、ハッキングばれちゃったんでしょう? 完璧だったのに」
「アンジェラの携帯が盗聴されてた証拠だろう」
「ああ、なるほど……そうですね」
膝の上からどかされて、猫のようにすねた顔で、膨れ面をする少女の頬を人差し指でつつくと、ケントはコンソールに足をのせる。
「ラーニアは客室で寝てろ、どうせ忙しくなる」
「ケントは?」
「俺はこの椅子がいちばん落ち着くんだ、ノエル、着替えを手伝ってやれ」
気密スーツを一人で脱いだり着たりするのは、慣れないと難しい。
「行きましょう、ラーニア」
「一人で大丈夫なのに」
与圧空間の方が少ない殺風景な船内に、申しわけ程度に設けられた客室に連れられてゆくラーニアを横目で見ながら、ケントは右手にあるサブスクリーンでニュースサイトを眺める。
「今のところ、軍警察も正式な発表はしてないようです、マスター」
「ああ、奴らの無駄に慎重なところを俺達が利用しているわけだがな」
筐体のノエルがラーニアに付き添っていても、艦載AIののノエルの方は独立して動いている。筐体を操り人形にしているわけではなく、パラレルで動作しながら、情報を共有化しつつ、それぞれの自我を一つに保つというのはどんな感じなんだろうと、ふとケントは思う。
「ノエル、ルートBの詳細図を頼む、最新の障害物の情報もだ」
さて、こっちが太陽系にやってきたのはもうバレている、あとは相手がどう出るかだ。ケントは胸ポケットからタバコを取り出し、くわえると火をつけた。
「マスター、コックピットは禁煙です」
「勘弁してくれ。子供がいるから、しばらく吸ってねえんだ」
「煙は故障の元なんですよ? マスターはわたしが壊れちゃってもいいんですね?」
文句を言いながらも、ノエルが空調をいじったのだろう、ケントの前方から風が吹き始め、後方へと紫煙が吹き流され始める。
「おまえ、なんだかんだで、優しいのな」
「えへへ、もっと頼ってくださっていいんですよ?」
そんな典型的なダメ男製造機みたいな台詞を、一体どこで覚えてくるんだと思いながら、ケントは苦笑いする。大きく吐き出した煙が、立ち上るまもなくダクトに吸われて消えていった。
§
「マスター、マスター」
「んん? なんだ?」
小惑星帯を突っ切って木星への最短航路を進むこと三十八時間、標準時間で夜中の三時、ノエルがゆさゆさとケントを揺さぶった。
「どうした?」
「光学観測で後方にゆらぎをみつけました、つけられてます」
「明かりを」
コンソールから足をおろし、ケントは航路情報と、レーダーをチェックする。十五年落ちとはいえ、元々が逃げ足と索敵勝負の封鎖突破船だ。
「電波はひと通り試しました、指向性のはやってません、気づかれてもダメだと思ったので」
「いい子だ、それで何で気付いた」
夜間を示すコックピットの赤い光が、徐々に白へと変わると、各モニターが一斉に光を取り戻す。
「だって、マスターがこれを」
「ん? ああ」
自分が襲うならどこか?を考えながら、いくつかのポイントに丸印を打った航路図がメインモニターに映しだされる。
今いる地点は二番目に赤丸を打った地点だった。機動回避がしにくい小惑星の隘路だ、枝分かれした一番細い航路で、ほかに通る船もいない。
「すごいです、マスター、なんでここだってわかったんですか?」
「すごいのはお前だよ、あれを信じて、ずっと全天光学観測してたのか?」
「「だって、わたしは、電気があれば動けますし」」
スピーカーと筐体からハモって声が聞こえる。
「「……それに、マスターが喜んでくれると、うれしいです」」
やれやれ……思いながら、ケントはコンソールと筐体の頭を、ポンポンと、交互に撫でてやる。
「撫でるのは筐体だけで、いいですよ、わたしは触られてもわかりませんから」
「そういうのは先に言え! ノエル、ラーニアを連れて来い、できれば気密服を着せてやれ」
スピーカーからの声に、照れ隠しに大声をだしてケントはコキリと首を鳴らした。そもそも、何が狙いなのかで対応は変わってくる。
「アイ・マスター、いってきます」
呑気な返事をして、筐体の方のノエルがコックピットを出てゆく。
「いずれにせよ、先に一発かまさせてもらうさ。機関出力最大、いつでも逃げ出せるようにしとけ」
「アイ・マスター」
スピーカーから聞こえる乾いた声を聞きながら、ケントはキーボードを叩いて、メッセージを打ち込む。
「レーザー通信、最大出力、ゆらぎを発見した範囲に連続送信」
「アイ、連続送信、文面どうぞ」
「『頭をかくしてても、ケツが見えてるぜ、お嬢さん』だ」
「マスター、品が無いです」
「そりゃもとからだ、来るぞ」
「……光学迷彩の解除を確認、艦影、データベース照合、旧データに適合なし、ネット検索……該当率八七%、フェンリル級巡航艦です!」
軍事サイトのトップを先月飾ってたような、最新鋭艦がお出ましとは、そりゃまた大した歓迎だ。ケントはニヤリと笑って操縦桿を握りしめる。
「ケント、どうしたの?」
眠そうに目をこすりながらラーニアが現れた。
「鬼ごっこだ、揺れるから座ってろ! ヘルメットのバイザーを下ろして、ベルトを締めろ」
さあ、本領発揮と行こうか。
「逃げるぞ、ノエル、出力最大、一番めんどくさいルートでぶっ飛ばせ」
「アイ、マスター、全力で逃げます」
何ともしまらない台詞をはいて、ケントは木星を目指して加速を開始した。
「マスター」
「なんだ?」
膝の上からラーニアをどかしてケントはノエルに視線をうつした。
「なんで、ハッキングばれちゃったんでしょう? 完璧だったのに」
「アンジェラの携帯が盗聴されてた証拠だろう」
「ああ、なるほど……そうですね」
膝の上からどかされて、猫のようにすねた顔で、膨れ面をする少女の頬を人差し指でつつくと、ケントはコンソールに足をのせる。
「ラーニアは客室で寝てろ、どうせ忙しくなる」
「ケントは?」
「俺はこの椅子がいちばん落ち着くんだ、ノエル、着替えを手伝ってやれ」
気密スーツを一人で脱いだり着たりするのは、慣れないと難しい。
「行きましょう、ラーニア」
「一人で大丈夫なのに」
与圧空間の方が少ない殺風景な船内に、申しわけ程度に設けられた客室に連れられてゆくラーニアを横目で見ながら、ケントは右手にあるサブスクリーンでニュースサイトを眺める。
「今のところ、軍警察も正式な発表はしてないようです、マスター」
「ああ、奴らの無駄に慎重なところを俺達が利用しているわけだがな」
筐体のノエルがラーニアに付き添っていても、艦載AIののノエルの方は独立して動いている。筐体を操り人形にしているわけではなく、パラレルで動作しながら、情報を共有化しつつ、それぞれの自我を一つに保つというのはどんな感じなんだろうと、ふとケントは思う。
「ノエル、ルートBの詳細図を頼む、最新の障害物の情報もだ」
さて、こっちが太陽系にやってきたのはもうバレている、あとは相手がどう出るかだ。ケントは胸ポケットからタバコを取り出し、くわえると火をつけた。
「マスター、コックピットは禁煙です」
「勘弁してくれ。子供がいるから、しばらく吸ってねえんだ」
「煙は故障の元なんですよ? マスターはわたしが壊れちゃってもいいんですね?」
文句を言いながらも、ノエルが空調をいじったのだろう、ケントの前方から風が吹き始め、後方へと紫煙が吹き流され始める。
「おまえ、なんだかんだで、優しいのな」
「えへへ、もっと頼ってくださっていいんですよ?」
そんな典型的なダメ男製造機みたいな台詞を、一体どこで覚えてくるんだと思いながら、ケントは苦笑いする。大きく吐き出した煙が、立ち上るまもなくダクトに吸われて消えていった。
§
「マスター、マスター」
「んん? なんだ?」
小惑星帯を突っ切って木星への最短航路を進むこと三十八時間、標準時間で夜中の三時、ノエルがゆさゆさとケントを揺さぶった。
「どうした?」
「光学観測で後方にゆらぎをみつけました、つけられてます」
「明かりを」
コンソールから足をおろし、ケントは航路情報と、レーダーをチェックする。十五年落ちとはいえ、元々が逃げ足と索敵勝負の封鎖突破船だ。
「電波はひと通り試しました、指向性のはやってません、気づかれてもダメだと思ったので」
「いい子だ、それで何で気付いた」
夜間を示すコックピットの赤い光が、徐々に白へと変わると、各モニターが一斉に光を取り戻す。
「だって、マスターがこれを」
「ん? ああ」
自分が襲うならどこか?を考えながら、いくつかのポイントに丸印を打った航路図がメインモニターに映しだされる。
今いる地点は二番目に赤丸を打った地点だった。機動回避がしにくい小惑星の隘路だ、枝分かれした一番細い航路で、ほかに通る船もいない。
「すごいです、マスター、なんでここだってわかったんですか?」
「すごいのはお前だよ、あれを信じて、ずっと全天光学観測してたのか?」
「「だって、わたしは、電気があれば動けますし」」
スピーカーと筐体からハモって声が聞こえる。
「「……それに、マスターが喜んでくれると、うれしいです」」
やれやれ……思いながら、ケントはコンソールと筐体の頭を、ポンポンと、交互に撫でてやる。
「撫でるのは筐体だけで、いいですよ、わたしは触られてもわかりませんから」
「そういうのは先に言え! ノエル、ラーニアを連れて来い、できれば気密服を着せてやれ」
スピーカーからの声に、照れ隠しに大声をだしてケントはコキリと首を鳴らした。そもそも、何が狙いなのかで対応は変わってくる。
「アイ・マスター、いってきます」
呑気な返事をして、筐体の方のノエルがコックピットを出てゆく。
「いずれにせよ、先に一発かまさせてもらうさ。機関出力最大、いつでも逃げ出せるようにしとけ」
「アイ・マスター」
スピーカーから聞こえる乾いた声を聞きながら、ケントはキーボードを叩いて、メッセージを打ち込む。
「レーザー通信、最大出力、ゆらぎを発見した範囲に連続送信」
「アイ、連続送信、文面どうぞ」
「『頭をかくしてても、ケツが見えてるぜ、お嬢さん』だ」
「マスター、品が無いです」
「そりゃもとからだ、来るぞ」
「……光学迷彩の解除を確認、艦影、データベース照合、旧データに適合なし、ネット検索……該当率八七%、フェンリル級巡航艦です!」
軍事サイトのトップを先月飾ってたような、最新鋭艦がお出ましとは、そりゃまた大した歓迎だ。ケントはニヤリと笑って操縦桿を握りしめる。
「ケント、どうしたの?」
眠そうに目をこすりながらラーニアが現れた。
「鬼ごっこだ、揺れるから座ってろ! ヘルメットのバイザーを下ろして、ベルトを締めろ」
さあ、本領発揮と行こうか。
「逃げるぞ、ノエル、出力最大、一番めんどくさいルートでぶっ飛ばせ」
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