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ガニメデの妖精
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「なるほどの、それで妾のところに?」
「そう、ケントが契約するならあなたとって言うから」
朝食後、輸送ギルドを訪れた一行が向ったのはスカーレットの元だった。悲しいかな『フランベルジュ』はギルドの船だ。個人で勝手に契約を結ぶというわけにもいかない。
「そうじゃな、じゃが妾もいきなり殺しに来るような輩を相手にして、はいそうですかと言うわけにもいかぬ」
チラリとケントを見て、スカーレットが右の口角を上げる。見た目、童女のスカーレットが良からぬことを考えている時の顔だ。
「私の名前は、ラーニア・ボーフォート。フレデリック・ボーフォートの次女」
「軍産複合体の運輸部門、トップ企業の娘御というわけじゃな」
名乗ってから心配そうな顔でラーニアがケントを見あげる。出掛けに羽織ってきたケントのジャケットの腕には宇宙空母ラファイエットのワッペンが貼られたままだ。
宇宙軍、最後の戦いとなった最後の六隻の突撃は、その凄惨さから太陽系で映画になるほどだった。
「ラーニアが生まれる前の戦争だ、お前が気にすることじゃない」
ポン、と少女の頭に手を置いて、ケントはワシャワシャとかき混ぜる。
「マスター、女の子の髪にそれはいけないと思います」
「そうじゃな、妾ならぶっ飛ばしておるところじゃ」
赤面するラーニアはさておき、二人から怒られてケントは肩をすくめる。何だかんだ言っても大損さえしなければ面倒見がいいスカーレットだ、悪いようにはしないだろう。
「それで、なんであんな所で漂流しておったのじゃ?」
「……」
琥珀色の瞳が宙を泳ぎ、助けを求めるようにノエルからケントへと視線が注がれる。
「大丈夫だ、少なくともクレジットカード会社よりは口が固いさ」
誰を信じ、何を信じればよいかわからない、それゆえの無表情の仮面。昨日の夜、それを脱ぎ捨てて泣いたラーニアは幼い一人の少女でしかなかった。それは皆、目のあたりにしている。
「フレデリック・ボーフォートが亡くなったことは知っておる、おぬしの家の家族構成、ボーフォート・ロジティクス・システムの役員構成もあらかたはな」
スカーレットの言葉に、再び無表情の仮面で自分を覆うラーニアに、スカーレットはニコリと笑ってツインテールの金髪を指でもてあそぶ。
「ほんとに、お人形さんみたいに可愛い人ですね、マスター?」
ぼそり、と場違いな感想を呟くノエルに、緋色のドレスの下に馬鹿でかい熱線銃《ブラスター》をぶら下げた、お人形さんってのもな……と、ケントは思う。そんな黙っていればスカーレットが、次の瞬間ドラゴンのように炎を吐いた。
「お主にいくら父君の遺産が転がり込んだかは知らぬが、それの取り分に文句のある者の仕業じゃろ?」
「……」
ラーニアは黙りこむが、この場面で沈黙は肯定でしかない。
「図星か、当然、心当たりはあるのじゃろ?」
「……」
無表情の仮面によろわれ、しかし目に涙を浮かべていたラーニアの瞳から、ポロリと涙がこぼれおちる。
「別にいじわるをしておるわけではないぞ、誰が敵かがわからぬ状態で、妾の可愛いケントを、貸してやるわけにもいかぬ、そういう事じゃ」
「まて、スカーレット、いま最後が色々おかしかったぞ」
すかさずツッコミを入れるケントに、スカーレットが小首をかしげる。
「なんじゃ、妾はお主にゾッコンじゃというのに、つれない男じゃの」
「……マスター、やっぱりそういう関係なのですね?」
炎を吐いた後で、冗談を言って気持ちを揺さぶる。古臭い手口だ。だが、今のラーニアにはそれですら救いになったのだろう。ペロリと舌を出すスカーレットに、全てを投げ出すように言葉を吐いた。
「私を狙ったのは、多分アルフレッド・ボーフォート、父の弟」
「ボーフォート・ロジティクス・システムの、専務が敵だそうじゃ、ケントよ」
……まあ、ろくでも無い予感は最初からしていたが、大の大人がこんな少女相手に、何をやってるんだ……というのが正直な感想だ。
「それで、ラーニア、俺に何をして欲しい?」
軍産複合体の一角、数万の社員を抱える大企業相手に、ポンコツ宇宙船一隻で何が出来るのか、ケントには正直、見当もつかない。
「私をガニメデまで運んで欲しい」
「ガニメデ? 木星のか?」
「お姉様の会社がそこにある、そこまで行けば安全、あとはお姉様がなんとかしてくれる」
ラーニアの言葉にケントは首を傾げる、ラーニアの姉というならいくら離れていても年齢はたかが知れているだろう。
「アンジェラ・ボーフォートは、フレデリックの先妻の娘じゃよ、歳は二十二、飛び級で十七で大学を出た後、社内ベンチャーでボーフォート・セキュリティ・サービスを設立、そこの社長じゃ」
「十七で社長?」
「ああ、ちなみに警備会社とはいいつつ、実際は民間軍事会社じゃがな」
携帯端末《ターミナル》を眺めながら、スカーレットがケントの疑問に答えてくれる。
「なら、アンジェラに電話の一本で済むんじゃねーか? 迎えに来てもらえよ」
「もう試した、姉様の携帯、繋いでもらえなかった」
……電話回線のブロック? 公衆回線でそんなことが?
「マスター、情報量が多すぎて星系内通信は無理ですが、星系間通信の傍受とブロックなら、私でも出来ますよ? 多分電子戦艦一隻くらいの能力で出来ると思います」
ケントの疑問にノエルがいう。まあ言っていることが途方もないのはいつもの事だ。
「ましてやケンタウリから軍産複合体傘下の社長に電話する奴は、そういない?」
「そういうことです、マスター」
なら、残る疑問はひとつだ。だが、それを聞くのはあまりに残酷で、ケントは小さくため息をついた。……なぜ、ラーニアの叔父は、初手で彼女を殺さなかったのか? 真空中に放り出せばそれでおしまいだ。
「まあ、よい、ラーニア、まだ疑問はあるが、妾の忠実な下僕を貸してやろう、ただし、お主のカードはすでに止められておる。支払いはどうするかの?」
同じ疑問を持つはずのスカーレットが、それをすっ飛ばして条件交渉に入る。ちょっと待て誰が下僕だと思いながらも、ケントは突っ込む気すら失せていた。
「五日後にボーフォート・ロジティクスの株主総会がある」
「なるほどの」
ぼそり、と呟くように言ったラーニアの言葉に、スカーレットがうなずく。スカーレットの手を離れ、携帯端末が磨き上げられたマホガニーのテーブルを滑ってくる。
「よかろう、ラーニア・ボーフォート、お主の輸送契約書じゃ、ケントで良ければ好きに使え、こやつと船舶に関する必要経費は後払いで良い、末締めの翌末払い、太陽系通貨の一括」
それを聞いてケントは目を丸くした。スカーレットにしては大盤振る舞いにも程が有る。
「スカーレット?」
「なんじゃ、ケント、妾とて鬼ではないぞ? か弱い少女は助けてやるものじゃろう」
スカーレットの右の口角が上がっている。
「お前、ベッドの上で死ねないタイプだぞ、スカーレット」
「よく言われるが、妾にそういった奴は、たいてい先に墓の下じゃ」
オーケイ、敵がどうあっても荷物を運ぶだけだ。呵々と笑うスカーレットに両手を上げて降参してからケントはラーニアに目をやった。
「まかせとけ、ちゃんと運んでやる」
銀色の髪にポンと手を置くと、ケントはそう言って笑ってみせた。
「そう、ケントが契約するならあなたとって言うから」
朝食後、輸送ギルドを訪れた一行が向ったのはスカーレットの元だった。悲しいかな『フランベルジュ』はギルドの船だ。個人で勝手に契約を結ぶというわけにもいかない。
「そうじゃな、じゃが妾もいきなり殺しに来るような輩を相手にして、はいそうですかと言うわけにもいかぬ」
チラリとケントを見て、スカーレットが右の口角を上げる。見た目、童女のスカーレットが良からぬことを考えている時の顔だ。
「私の名前は、ラーニア・ボーフォート。フレデリック・ボーフォートの次女」
「軍産複合体の運輸部門、トップ企業の娘御というわけじゃな」
名乗ってから心配そうな顔でラーニアがケントを見あげる。出掛けに羽織ってきたケントのジャケットの腕には宇宙空母ラファイエットのワッペンが貼られたままだ。
宇宙軍、最後の戦いとなった最後の六隻の突撃は、その凄惨さから太陽系で映画になるほどだった。
「ラーニアが生まれる前の戦争だ、お前が気にすることじゃない」
ポン、と少女の頭に手を置いて、ケントはワシャワシャとかき混ぜる。
「マスター、女の子の髪にそれはいけないと思います」
「そうじゃな、妾ならぶっ飛ばしておるところじゃ」
赤面するラーニアはさておき、二人から怒られてケントは肩をすくめる。何だかんだ言っても大損さえしなければ面倒見がいいスカーレットだ、悪いようにはしないだろう。
「それで、なんであんな所で漂流しておったのじゃ?」
「……」
琥珀色の瞳が宙を泳ぎ、助けを求めるようにノエルからケントへと視線が注がれる。
「大丈夫だ、少なくともクレジットカード会社よりは口が固いさ」
誰を信じ、何を信じればよいかわからない、それゆえの無表情の仮面。昨日の夜、それを脱ぎ捨てて泣いたラーニアは幼い一人の少女でしかなかった。それは皆、目のあたりにしている。
「フレデリック・ボーフォートが亡くなったことは知っておる、おぬしの家の家族構成、ボーフォート・ロジティクス・システムの役員構成もあらかたはな」
スカーレットの言葉に、再び無表情の仮面で自分を覆うラーニアに、スカーレットはニコリと笑ってツインテールの金髪を指でもてあそぶ。
「ほんとに、お人形さんみたいに可愛い人ですね、マスター?」
ぼそり、と場違いな感想を呟くノエルに、緋色のドレスの下に馬鹿でかい熱線銃《ブラスター》をぶら下げた、お人形さんってのもな……と、ケントは思う。そんな黙っていればスカーレットが、次の瞬間ドラゴンのように炎を吐いた。
「お主にいくら父君の遺産が転がり込んだかは知らぬが、それの取り分に文句のある者の仕業じゃろ?」
「……」
ラーニアは黙りこむが、この場面で沈黙は肯定でしかない。
「図星か、当然、心当たりはあるのじゃろ?」
「……」
無表情の仮面によろわれ、しかし目に涙を浮かべていたラーニアの瞳から、ポロリと涙がこぼれおちる。
「別にいじわるをしておるわけではないぞ、誰が敵かがわからぬ状態で、妾の可愛いケントを、貸してやるわけにもいかぬ、そういう事じゃ」
「まて、スカーレット、いま最後が色々おかしかったぞ」
すかさずツッコミを入れるケントに、スカーレットが小首をかしげる。
「なんじゃ、妾はお主にゾッコンじゃというのに、つれない男じゃの」
「……マスター、やっぱりそういう関係なのですね?」
炎を吐いた後で、冗談を言って気持ちを揺さぶる。古臭い手口だ。だが、今のラーニアにはそれですら救いになったのだろう。ペロリと舌を出すスカーレットに、全てを投げ出すように言葉を吐いた。
「私を狙ったのは、多分アルフレッド・ボーフォート、父の弟」
「ボーフォート・ロジティクス・システムの、専務が敵だそうじゃ、ケントよ」
……まあ、ろくでも無い予感は最初からしていたが、大の大人がこんな少女相手に、何をやってるんだ……というのが正直な感想だ。
「それで、ラーニア、俺に何をして欲しい?」
軍産複合体の一角、数万の社員を抱える大企業相手に、ポンコツ宇宙船一隻で何が出来るのか、ケントには正直、見当もつかない。
「私をガニメデまで運んで欲しい」
「ガニメデ? 木星のか?」
「お姉様の会社がそこにある、そこまで行けば安全、あとはお姉様がなんとかしてくれる」
ラーニアの言葉にケントは首を傾げる、ラーニアの姉というならいくら離れていても年齢はたかが知れているだろう。
「アンジェラ・ボーフォートは、フレデリックの先妻の娘じゃよ、歳は二十二、飛び級で十七で大学を出た後、社内ベンチャーでボーフォート・セキュリティ・サービスを設立、そこの社長じゃ」
「十七で社長?」
「ああ、ちなみに警備会社とはいいつつ、実際は民間軍事会社じゃがな」
携帯端末《ターミナル》を眺めながら、スカーレットがケントの疑問に答えてくれる。
「なら、アンジェラに電話の一本で済むんじゃねーか? 迎えに来てもらえよ」
「もう試した、姉様の携帯、繋いでもらえなかった」
……電話回線のブロック? 公衆回線でそんなことが?
「マスター、情報量が多すぎて星系内通信は無理ですが、星系間通信の傍受とブロックなら、私でも出来ますよ? 多分電子戦艦一隻くらいの能力で出来ると思います」
ケントの疑問にノエルがいう。まあ言っていることが途方もないのはいつもの事だ。
「ましてやケンタウリから軍産複合体傘下の社長に電話する奴は、そういない?」
「そういうことです、マスター」
なら、残る疑問はひとつだ。だが、それを聞くのはあまりに残酷で、ケントは小さくため息をついた。……なぜ、ラーニアの叔父は、初手で彼女を殺さなかったのか? 真空中に放り出せばそれでおしまいだ。
「まあ、よい、ラーニア、まだ疑問はあるが、妾の忠実な下僕を貸してやろう、ただし、お主のカードはすでに止められておる。支払いはどうするかの?」
同じ疑問を持つはずのスカーレットが、それをすっ飛ばして条件交渉に入る。ちょっと待て誰が下僕だと思いながらも、ケントは突っ込む気すら失せていた。
「五日後にボーフォート・ロジティクスの株主総会がある」
「なるほどの」
ぼそり、と呟くように言ったラーニアの言葉に、スカーレットがうなずく。スカーレットの手を離れ、携帯端末が磨き上げられたマホガニーのテーブルを滑ってくる。
「よかろう、ラーニア・ボーフォート、お主の輸送契約書じゃ、ケントで良ければ好きに使え、こやつと船舶に関する必要経費は後払いで良い、末締めの翌末払い、太陽系通貨の一括」
それを聞いてケントは目を丸くした。スカーレットにしては大盤振る舞いにも程が有る。
「スカーレット?」
「なんじゃ、ケント、妾とて鬼ではないぞ? か弱い少女は助けてやるものじゃろう」
スカーレットの右の口角が上がっている。
「お前、ベッドの上で死ねないタイプだぞ、スカーレット」
「よく言われるが、妾にそういった奴は、たいてい先に墓の下じゃ」
オーケイ、敵がどうあっても荷物を運ぶだけだ。呵々と笑うスカーレットに両手を上げて降参してからケントはラーニアに目をやった。
「まかせとけ、ちゃんと運んでやる」
銀色の髪にポンと手を置くと、ケントはそう言って笑ってみせた。
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