グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

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ガニメデの妖精

たなびくは戦塵 (1)

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 甲高いタービン音に車が到着した事に気がついて、ケントはバーの扉を開いた。スカーレットの愛車の大型セダンは、星系軍の装甲車も裸足で逃げ出すレベルの防弾性能を誇っている。
 一度ライバル会社の雇ったならず者に襲われたことがあったが、対物ライフルどころか、携帯式の対戦車ビーム砲を食らって平気だった・・・というバケモノだ。

「遅かったな、何かあったのか?」
「すまない、買い物をしていた、この家には食料がないと聞いたので」

 着心地の良さそうな白いブラウスに黒のジャンパースカートに身をつつみ、クール……というには少々無表情が過ぎるラーニアがそう言うと手ぶらで部屋に入ってくる。

「荷物はこちらでよろしいですか? マツオカ様」
「マスター、ごちそうですよー、どれもこれも生鮮食品《ナチュラル》です」

 それぞれが両手に一杯の荷物を持って、リディとノエルが後に続いて入ってくる。紙袋はケンタウルスⅢ随一の高級デパートのマーク入りだ。あの量だとケントの一月分の稼ぎでは効かないだろう。

「おいおい、パーティでもおっぱじめるつもりか」
「だいじょうぶ、半分は服」

 で、誰が払ったんだ……? と、嫌な予感がしてケントはノエルに目配せする。

「全部、フレデリックさんが」
「ラーニアでいい」
 
 少女がそう言ってノエルを見上げた、背丈で言うとノエルの肩ほどといったところだろうか。

「んと、お支払いは全部ラーニアさんが、お礼だそうです」

 ノエルが取り出した食品をてきぱきとより分け、リディが冷蔵庫に詰めてゆく。いつもは缶ビールしか入っていない冷蔵庫が珍しく食品であふれる。

「えらい豪勢に買ったものだな、高かったろうに」
「助けてもらったから当然のこと。それに、大した額じゃない」
「そいつは律儀なこった。リディ、ビール取ってくれ」

 最後のベーコンを冷蔵庫に詰め終わり、ドアを閉めようとするリディにケントは声をかけた。

「ほどほどになさいませ、マツオカ様」
「ああ、今日はこいつを最後にするさ、ありがとよ」

 スナップを効かせ、リディがビールを投げてよこす。

「?」

 ラーニアがケントを見上げた。

「それでは、これで」
 
 一礼して、リディが店を出てゆく。

「ああ、ありがとう、リディ」
「ありがとうございます、リディさん」
「……」

 アンドロイドにごく自然に礼を言う自分とノエルを、再び不思議そうに見上げる少女に、ケントはひょいと眉をあげて答えると、冷えたビールを流し込んだ。

     §

「ノエル、お前すごいな」
「材料があれば何だって作れるのです」

 テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々に、ケントは驚きを隠せない。

「……おいしい」
 
 ぼそり、とラーニアが呟く。

「気に入ってもらえてなによりです」

 考えてみれば単純な話で、ノエルの性能スペックなら材料さえ豊富に揃えばネットワークに転がっている無限の料理本レシピからそのとおりの料理が作れる。なにせ、計量スプーンなどなくても、目分量でコンマ三桁まで調味料が測れるというのだから恐ろしい。

「材料は合成シンセでいいので、マスターはもっと沢山、私にお料理をさせるべきです」
「考えとく、いや、すごいな大したものだ」
「えへへ」

 ほめられて、照れ笑いするノエルをラーニアが不思議そうに見つめる。そりゃそうだろう、すくなくとも感情・・を込めて笑うアンドロイドなんてものは、ケントも今のところニ体しか見たことがない。

「それで、ラーニア、どうするんだ」
「どうする、とは?」

 牛の頬肉ジュードブフ小玉葱ペコロスのワイン煮をつつきながら、問いかけるケントに、ラーニアが小首を傾げる。

「事情を話してみろよ」
「それは興味?」

 口を拭って、グラスから水を一口飲むと、ラーニアがやはり無表情に言う。

「とりたてて興味はないさ。厄介事はゴメンだ、命に関わるならなおのことな」
「命にかかわる……厄介……私……」

 グイとテーブルの上で拳を握り、頑なに無表情を貫いてきた少女の表情が曇った。

「二日やる、どうしたいか決めればいい」
「それを過ぎたら?」
「軍警察に、迷子を拾いましたと届けて出るさ。さあ、飯だ、こんな美味いもの残しちゃバチがあたるからな」

 二人のやりとりにオロオロするノエルに皿を突きつけ、おかわりを要求すると、ケントは目の前のバゲットをつまむ。
 少なくとも、一生に一度喰えるかどうかわからないようにあ、ごちそうを残す気はケントには微塵も無かった。

          §


 その日の深夜、トトトと軽い足音がしてケントの枕元で立ち止まった。

「……ノエル……今日はお前は奥で子守だ」

 店のソファーに転がって眠っていたケントは、目を閉じたままそう言って眠りの淵に身を任せる。そんなケントの毛布の中に、無言のまま小さな体が猫のように潜り込んできた。胸のあたりにコテンと頭を載せ、小さくため息をつく。

「あったかい」

 安堵したような声に、ケントの意識が眠りから引き剥がされた。

「……ラーニア?」
「さむい、あと、ノエルは息をしないから落ち着かない」

 片目を開けたケントの目に、昼間、ギルドの医務室で見せた不安げな少女が映る。

「わかった」

 一度開けた目を閉じてからラーニアの頭にポンと手を置くと髪を撫でてやる。

「だが」
「きゃっ!」

 体を入れ替え、ケントはラーニアに覆いかぶさった。
 カンカンカン、と地下に続く階段を何かが転がってくる金属音がする。
 ドンッ!
 爆発音がして店がゆらぎ、棚から酒瓶が転がり落ちた。

「お客さんだ、っつ、イテッ」

 壁際の棚から落ちてきた酒瓶を何本か背で受け止める。空き瓶だったのが幸いだ。

「マスター!」
「ノエル、スカーレットに緊急連絡エマージェンシー
「アイ! って……またちっちゃい子に!、マスターのバカ、不潔、ロリコン!」

 見ようによっては、ラーニアを組み敷いた形になっているケントにノエルが詰め寄る。

「ノエル、バカをやってるとみんな死ぬ、多分真っ先に俺が死ぬ」

 目を三角にして詰め寄るノエルに、ケントはそう言いながら起き上がった。

「うう、マスターが死ぬのはイヤです……」

 その一言でショボンとするノエルに苦笑しながら、ケントはソファーから立ち上がり、ラーニアを横抱きに抱き上げた。

「……自分で歩ける」

 腕の中で少女がぶっきらぼうに言って、みじろぎする。

「裸足だと怪我をする」

 ケントの言葉に、ラーニアが足元を見る。落ちた瓶だのグラスの破片が見事に床一面に散らばっていた。

「……ありがとう」
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