18 / 66
ガニメデの妖精
拾いたるは子猫 (2)
しおりを挟む
シェリルから習った上に、材料まで貰ったというホットドッグをかじりながら、二人乗りしたポンコツスクーターが事務所についたのは〇八五五時だった。
五階建てのオフィスの最上階、三インチの対爆ドアを二枚くぐり、マホガニー製の扉を開けると、ヴィクトリア調の家具でまとめられた豪奢なオフィスが現れる。
「おはよう、リディ」
「おはようございます、マツオカ様」
ロングスカートにスタンドカラーのブラウスと、およそ今風とはかけ離れた服装のアンドロイドが無機質な挨拶を返した。
「スカーレットは?」
「オーナーでしたら三階の医務室です」
「ありがとよ」
片手をあげ、ケントが踵《きびす》を返す。
「あの、リディさん」
「なんでしょう?ノエル」
「この間は、ごめんなさい」
ノエルの声にケントは後ろを振り返った。ノエルがぴょこんとリディに頭を下げている。
「問題ありません、時間のあるときに格闘訓練に付き合って下さい、格闘戦能力の向上を希望します」
「はい!喜んで」
初対面で投げ飛ばしたノエルと、投げ飛ばされたリディ、二人のちぐはぐな会話に苦笑しながらケントはエレベーターへと向った。
「スカーレット?」
「開いとるよ」
インコムから声が返ってくると同時に自動扉が開く。
「それで、中身は?」
「通常睡眠まで回復した、じきに目が覚めるじゃろ」
ベッドの横に置かれた椅子に座っていたスカーレットが、サイドテールに結んだ金髪を揺らして、立ち上がる。
「わあ、可愛い、お人形さんみたいです」
「お人形のお主にそう言われるのも面はゆいことじゃな」
「わたしはマスターのお人形さんです、今朝はベッドの中でも」
「そういう誤解を生む発言はやめろ、どこで覚えてくるんだ」
ジト目で睨むスカーレットに肩をすくめて、ノエルの額にデコピンを食らわすと、ケントはベッドに横たわる少女を覗きこんだ。
肩より少しばかり長い銀髪、褐色の肌、見た目でいうとスカーレットと同じくらいだろう。中身が普通であれば、十二、三といったところだろうか。
「で、身元は?」
「フレデリック・ボーフォートの名を聞いたことは?」
「いや、ノエル?」
ケントは興味深そうに少女の顔を覗きこむノエルに目配せする。
「検索……フレデリック・ボーフォート、木星ガニメデに本社を置く運送業者の社長です、二週間前に心臓発作で死亡しています」
ネットから拾ったのだろう、ノエルが答える。
「運送業者といえば聞こえはいいがの」
紅玉の瞳がすうっと縦に細くなった。生身なのか、義体なのか、時折この目に睨まれるとケントなどは蛇に睨まれたカエルの気分になる。
「星系間輸送を軸とした軍事複合企業、まあ、平たく言えば死の商人じゃよ」
「で、この眠り姫は?」
ポケットに手を突っ込んだまま、ケントは少女の顔を覗きこんだ。なるほど美少女には違いない。
「ん…うん……」
途端、パチリと目を開いた琥珀色の瞳と目があった。
「やあ、おはよう」
何とも間抜けな挨拶だとは思ったが、突然のことに他に言いようもなく、ケントは少女に片手をあげて挨拶する。
「……」
何がなんだかという顔で少女があたりを見回す。ケント、ノエル、スカーレットと順に視線を移して小さく息を吐いた。
「ここはどこ?」
「ケンタウルスⅢ、俺はケント、君は?」
「ラーニア」
だ、そうだ。と、ケントはスカーレットを振り返った。
「さて、ラーニアとやら、妾はスカーレットここの責任者じゃ」
「助けてくれたの?」
首を横に振って、スカーレットが言葉を継いだ。
「お主の入ったポッドを、こやつが拾ってきた、どこに届けるかは妾はあずかり知らぬ」
くそっ、厄介事を丸投げしやがった……。心の中で毒づきながら、ケントは琥珀色の瞳でこちらを見つめるラーニアに肩をすくめてみせる。まあ、最悪、軍警察に届けてしまえば良いことだ。
「ということでな、取り敢えずお主は拾得物ということで、拾ってきたこやつに預ける、よいな?」
「ちょっと待て、スカーレット」
「リディに車を用意させる、家まで送らせよう」
有無を言わせずスカーレットが席を立つ。
「それで、私はどうすれば?」
違和感を覚えるほどの無感情な声でそう言って、半身を起こした少女がケントを見つめた。
「ああ、くそっ。 ノエル、着替えを手伝ってやれ、俺は先に戻る、リディと後で車で来い」
無感情な声とは裏腹に、路地裏の箱に詰められた子猫のような目で見つめられ、ケントは頭をかいて部屋の外にでる。
「スカーレット、ちょっと待ってくれ」
エレベータ前で、緋色のドレスを纏ったスカーレットに追いついたケントは強引に片足を突っ込む。ガシャン、と音を立てて安全装置が働きエレベーターが再度開いた。
「ケント、あれは中々に厄介事の種じゃ、気をつけるが良い」
「判ってて放り出さないでくれよ」
途端、ガツン! とドレスと同じ色のヒールでスネを蹴られ、ケントが飛び上がった。
「甘えるな。金になるようなら助けてやろうぞ、せいぜい頑張ることじゃ」
「スカーレット!」
ケントを残して、笑いながらアカンベエをするスカーレットを載せたエレベーターのドアが閉まる。
「……マジかよ」
痛って……蹴られたスネを抱えて、ケントは涙目で今後どうするか思いを巡らせた。
五階建てのオフィスの最上階、三インチの対爆ドアを二枚くぐり、マホガニー製の扉を開けると、ヴィクトリア調の家具でまとめられた豪奢なオフィスが現れる。
「おはよう、リディ」
「おはようございます、マツオカ様」
ロングスカートにスタンドカラーのブラウスと、およそ今風とはかけ離れた服装のアンドロイドが無機質な挨拶を返した。
「スカーレットは?」
「オーナーでしたら三階の医務室です」
「ありがとよ」
片手をあげ、ケントが踵《きびす》を返す。
「あの、リディさん」
「なんでしょう?ノエル」
「この間は、ごめんなさい」
ノエルの声にケントは後ろを振り返った。ノエルがぴょこんとリディに頭を下げている。
「問題ありません、時間のあるときに格闘訓練に付き合って下さい、格闘戦能力の向上を希望します」
「はい!喜んで」
初対面で投げ飛ばしたノエルと、投げ飛ばされたリディ、二人のちぐはぐな会話に苦笑しながらケントはエレベーターへと向った。
「スカーレット?」
「開いとるよ」
インコムから声が返ってくると同時に自動扉が開く。
「それで、中身は?」
「通常睡眠まで回復した、じきに目が覚めるじゃろ」
ベッドの横に置かれた椅子に座っていたスカーレットが、サイドテールに結んだ金髪を揺らして、立ち上がる。
「わあ、可愛い、お人形さんみたいです」
「お人形のお主にそう言われるのも面はゆいことじゃな」
「わたしはマスターのお人形さんです、今朝はベッドの中でも」
「そういう誤解を生む発言はやめろ、どこで覚えてくるんだ」
ジト目で睨むスカーレットに肩をすくめて、ノエルの額にデコピンを食らわすと、ケントはベッドに横たわる少女を覗きこんだ。
肩より少しばかり長い銀髪、褐色の肌、見た目でいうとスカーレットと同じくらいだろう。中身が普通であれば、十二、三といったところだろうか。
「で、身元は?」
「フレデリック・ボーフォートの名を聞いたことは?」
「いや、ノエル?」
ケントは興味深そうに少女の顔を覗きこむノエルに目配せする。
「検索……フレデリック・ボーフォート、木星ガニメデに本社を置く運送業者の社長です、二週間前に心臓発作で死亡しています」
ネットから拾ったのだろう、ノエルが答える。
「運送業者といえば聞こえはいいがの」
紅玉の瞳がすうっと縦に細くなった。生身なのか、義体なのか、時折この目に睨まれるとケントなどは蛇に睨まれたカエルの気分になる。
「星系間輸送を軸とした軍事複合企業、まあ、平たく言えば死の商人じゃよ」
「で、この眠り姫は?」
ポケットに手を突っ込んだまま、ケントは少女の顔を覗きこんだ。なるほど美少女には違いない。
「ん…うん……」
途端、パチリと目を開いた琥珀色の瞳と目があった。
「やあ、おはよう」
何とも間抜けな挨拶だとは思ったが、突然のことに他に言いようもなく、ケントは少女に片手をあげて挨拶する。
「……」
何がなんだかという顔で少女があたりを見回す。ケント、ノエル、スカーレットと順に視線を移して小さく息を吐いた。
「ここはどこ?」
「ケンタウルスⅢ、俺はケント、君は?」
「ラーニア」
だ、そうだ。と、ケントはスカーレットを振り返った。
「さて、ラーニアとやら、妾はスカーレットここの責任者じゃ」
「助けてくれたの?」
首を横に振って、スカーレットが言葉を継いだ。
「お主の入ったポッドを、こやつが拾ってきた、どこに届けるかは妾はあずかり知らぬ」
くそっ、厄介事を丸投げしやがった……。心の中で毒づきながら、ケントは琥珀色の瞳でこちらを見つめるラーニアに肩をすくめてみせる。まあ、最悪、軍警察に届けてしまえば良いことだ。
「ということでな、取り敢えずお主は拾得物ということで、拾ってきたこやつに預ける、よいな?」
「ちょっと待て、スカーレット」
「リディに車を用意させる、家まで送らせよう」
有無を言わせずスカーレットが席を立つ。
「それで、私はどうすれば?」
違和感を覚えるほどの無感情な声でそう言って、半身を起こした少女がケントを見つめた。
「ああ、くそっ。 ノエル、着替えを手伝ってやれ、俺は先に戻る、リディと後で車で来い」
無感情な声とは裏腹に、路地裏の箱に詰められた子猫のような目で見つめられ、ケントは頭をかいて部屋の外にでる。
「スカーレット、ちょっと待ってくれ」
エレベータ前で、緋色のドレスを纏ったスカーレットに追いついたケントは強引に片足を突っ込む。ガシャン、と音を立てて安全装置が働きエレベーターが再度開いた。
「ケント、あれは中々に厄介事の種じゃ、気をつけるが良い」
「判ってて放り出さないでくれよ」
途端、ガツン! とドレスと同じ色のヒールでスネを蹴られ、ケントが飛び上がった。
「甘えるな。金になるようなら助けてやろうぞ、せいぜい頑張ることじゃ」
「スカーレット!」
ケントを残して、笑いながらアカンベエをするスカーレットを載せたエレベーターのドアが閉まる。
「……マジかよ」
痛って……蹴られたスネを抱えて、ケントは涙目で今後どうするか思いを巡らせた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる