グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯

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ケンタウルスの亡霊

微笑むは小悪魔 (2)

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「開始まで二十秒」
「悪いなクリス、面倒ごとにつきあわせちまって」
「かまいませんよ、可愛い妹のためですもの」

 ノエルが交通管制局の信号に割り込みをかけて、ちょっと借りてきた自動運転車オートカーのドアを開け、ニコリと笑うとクリスが降りてゆく。
 ケントが非常ボタンを押して手動運転マニュアルに切り替えると、収納されていたハンドルとペダルが、ニョキリと展開した。

「さて……と」

 アクセルに足を乗せ、ケントは深呼吸する、一つ、二つ。
 ドンッ!と音がして『タルパ』の建物から複数の煙が上がる、同時にけたたましい警報音と警告音声が鳴り響く。

「火災が発生しました、火災が発生しました、各階の気密扉閉鎖まで三百秒、避難を開始して下さい」

 警報を鳴らしながら、ガレージのシャッターが降りてゆく。宇宙空間では気密漏れと火災は大災害につながる。特に鉱山関係のように爆発物を取り扱うとなればなおのことだ。

「気密扉閉鎖後、消火ガスを注入します、各員は直ちに最寄りの非常口から脱出して下さい」

 そして、残念ながら宇宙では人の命はなによりも安い。限られた生存空間を守るためなら、ひとりやふたり、サビたナットでも捨てるようなものだ。
 エアロックを閉鎖しての真空消火、ブロックごと切り離しパージしての投棄、恐ろしさをよく知る鉱山関係者だからこそ、過敏に反応する。

「いましたウラジミールです、確保まで十二秒」

 通信機コミュから聞こえるクリスの声に、ケントは車を出した。きっちり十秒でビルの前に車をつける。ひときわ大きな爆発音がして屋上の電力設備が吹き飛んだ。
 破片の降り注ぐ混乱の中、ノエルが後部ドアを自動で開ける。自分より頭ひとつ半は大きな男を、クリスが車内に投げ込んだ。

 「発進」デパーチャ

 クリスの声に、ケントは確認もせずアクセルを踏みつけた。
 
    §

「お前たちは誰だ! 何をするつもりだ!」

 車を走らせるケントに、後ろからウラジミールが怒鳴り声を上げる。

「相棒、運転を頼むユーハヴコントロール
「アイ」

 パタリパタリとハンドルがたたまれると、ダッシュボードに収納されシートが回転した。

「そいつは、あんた次第だ」

 クリスに抱きつかれるように、上半身をガッチリと押さえつけられたウラジミールに見せつけるようにケントは四十五口径リボルバーをスイングアウトさせると、弾を取り出した。

「くそ、放せ! グギッ!」

 ミシリと骨のきしむ音がして、ウラジミールが悲鳴をあげた。小さな筐体ボディで大した馬鹿力だ。

「殺すなよ」
「あら、こんなに可愛い女の子に抱き殺されるなんて、おじさまも本望ですよね?」

 冷たい目で微笑んで、クリスがウラジミールを見上げる。長い黒髪と切れ長の目がゾクリとするほど美しかった。

「くそっ、貴様ら誰だ! 何が目的だ?」
「質問があるのはこっちなんだよ、ウラジミールさん」

 六連発の弾倉に一発だけ弾を戻し、撃鉄をハーフコック、ルーレットのように弾倉を回してウラジミールの上腹部に向ける。

「そんなおど……ひっ!」

 ウラジミールが口を開きかけたところで、ケントは無造作にトリガーを引いた。カチリ、と音がして撃鉄がおちる。

「まず、はその情報端末ターミナルを渡してもらえますかね?」

 ニコリと笑って、ケントはウラジミールが小脇に抱えたままの端末を指さすと、再度撃鉄を起こし、額に突きつけた。

「わかった! やめてくれ! 何が聞きたい! グギギッ」
「大きな声を出すのは、お行儀がわるいですよ、おじさま」
「殺すなよ?」
「頼む、助けてくれ」

 冷たい目で微笑みながら、馬鹿力で締め上げるクリスは、ケントからみても恐ろしい異質の何かだ。美しいという点では曇りがない分、なおのことその怖さが際立っていた。

情報端末ターミナルのオンラインを確認、パスワード解析中、口座間の資金移動を確認中、火星に籍を置く企業から、二週間前に三千万クレジットの振込があります」

 ウラジミールが車内のオーディオを通して流れるノエルの声に目を剥いた。数秒とかからずに端末から銀行にアクセスされては、たまったものではない。

「企業は軍産複合体プルートス傘下の鉱物商社です」
「ふむ、で、ラグランジュⅡで発掘した荷物はどこだ?」

 額につきつけられた銃口とケントの間をウラジミールの目が泳ぐ。

「お前、軍警察か? いくら欲し、ひっ!」

 最後まで言わさず、ケントは再びトリガーを引く。チッ、カチリと音がして撃鉄が落ちた。

「まて、わかった! わかった。荷物はうちのボスが引渡しに云った! 取引は明日の午後だ!」
「場所は?」

 言いながら、ケントは再び撃鉄を起こした。

「ステンガルド岩礁の浮きドッグ、くそ、これでいいだろ、もう助けてくれ」

 涙目のウラジミールの隣にケントは情報端末ターミナルを畳んで放り投げた。

「他に何かあるか、お嬢様方」
「あ、一つありますわね」
「な……なんだ……」

 すっかり怯えきったウラジミールが、意地の悪い笑顔を浮かべるクリスを見つめる。

「ずいぶん、鉱山ギルドから横領してるみたいですけど、私達の事を誰かに話したら、ミハイルさんに告げ口しちゃいますからね? 鉱山ギルドは裏切り者はどうなるんでしたっけ?」

 怖すぎだろ、この姉妹……。張り子のトラのように首をカクカク縦に降るウラジミールを見て、ケントはしみじみそう思った。
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