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プロローグ

飛び出すはニンジン(1)

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※表紙絵は、過去にFAとして、47AgDragon しるどら先生からの頂き物です


「停船せよ! 停船せよ! さもなくば撃沈する」

 太陽系辺境軍のコルベット艦から、合成音声シンセ・ボイスの警告音が鳴り響く。共通周波数コモンでの強制割り込みで、繰り返される停船命令に、ケントは叩きつけるように無線機ラジオのスイッチを切った。
 透き通るようなエメラルドグリーンの火星ウィスキーを四〇〇ケース、こいつを密輸して、四〇〇万クレジットそいつで借金チャラのハズ……だったのだ。

「しつこいな、太陽系の転移門ゲートでバレなかったのが、辺境宙域ケンタウリ臨検ガサとかザケんな」

 ゴンッ!

 スロットルレバーのボタンを押しながら、ケントは叩きつけるようにスロットルを押し上げた、
 非常大加速オーバーブーストモード、排気炎に氷の粒子が投げ込まれる。
 ドスン!
 衝撃とともに船体をきしませた『フランベルジュ』が彗星のように尾を引いて加速する。

「警告四G」

 メインディスプレイに赤い文字が躍る。
 中和しきれなかった加速Gがケントの身体をシートに押し付けた。
 ケントの駆る『フランベルジュ』は旧ケンタウリ星系軍の高速輸送船を改造した密輸船だ。

 もとより独立戦争時に封鎖突破船ブロッケードランナーとして設計された剛構造の船体に、違法改造で巡航艦用の大出力エンジンを搭載した『フランベルジュ』がデタラメな加速でコルベット艦を引き離しにかかる。

「後方より熱源反応、ミサイルの発射を確認、命中まで四五秒」

 セントラル・コンピューターの『ノエル』がミサイルの発射を報告する。

「CIWS起動!近接防御!」

 輸送船とは言え、先の戦役では宇宙要塞への封鎖突破船ブロッケードランナーとして活躍した軍艦だ、自衛用の近接防御火器くらいは積んでいる。

「先月チャンバーが焼き切れて、そのままです、マスター」

 少女のような、と言えばよいだろうか、合成音声シンセ・ボイスにしては、いささか人間臭いトーンで「ノエル」が返答する。

「あー、くそう、貧乏はつらいな」

 投げやり気味にケントはつぶやいた。

「知りません、毎回貧乏クジ引いてくるのが悪いんです。命中まで三十二秒」

 冷静にノエルに返され、ケントは額に手を当てる。

「今回の仕事が済んだら借金は返せるはずだったんだがなあ」

 ケンタウリ軍警察の依頼で、小惑星帯の海賊の根拠地に、食料コンテナに偽装した反応弾をプレゼントしてきた帰り、追撃してきた海賊の粒子砲を食らった補助バーニアの修理代が六〇〇万クレジット、まったくもって貧乏クジだった。

「命中まで二十二秒、衝突コースです。指示を」

 加速だけなら、質量の小さいミサイルの方が上だ、燃料切れを狙ってみたが引き伸ばしにしかならないらしい。

「しょうがない、荷物をぶつけちまえ」

 火星ウィスキーを四〇〇ケース、依頼者のスカーレット婆さんが怒る顔が脳裏にチラリと浮かんだが、命あってのモノダネってやつだ……。
 いや、婆さんに殺されるかな? ……ま、何とかなんだろ。ケントは自分に言い聞かせてノエルにコントロールを渡した。

「アイ、マスター、アイ・ハヴ・コントロール」

 貨物室のエアロックの半分を閉鎖、後ろ半分の荷物を後部ドアから電磁射出、カウントダウン。

「命中まで十二秒、射出まで四秒。コンテナは射出後コンマ七秒で爆破します。」

 こうなると祈ることくらいしか出来ないケントに、律儀に報告しながら、ノエルがコンテナを宇宙空間に放り出す。
 後部カメラが、回転しながら小さくなっていく六つのコンテナを追いかける。ミサイル手前で爆破ボルトが弾け、コンテナの中身を放射状にまき散らした。
 『フランベルジュ』の後方にオレンジ色の雲が広がり、凄まじい相対速度で雲に突っ込んだミサイルが爆発する。

「目標を完全破壊、コルベット艦は回頭、あきらめたようです。」

 そーか、あきらめたか。あとはオレンジ色の雲になった積荷の言い訳だな……。安堵しながら頭を抱え、ケントはため息を一ついて婆さんへの言い訳を考え始める。

「って、オレンジだ? ノエル、いまの積荷……お前には何に見えた?」

 別の密輸船の囮に使われたな……。直感で思いながらケントはノエルに尋ねた。

「Daucus carotaに見えました。」

 ノエルが答える。

「なんだって?」

 聞きなれない単語にケントが再度聞き返した。

「ニンジンです。先ほどの映像を解析しますか?」
「いや……いい」

 あんのババア……。冷蔵トラック代わりに俺を使いやがって……。囮に使われたのをさとって、ケントは舌打ちする。

「慣性航法でケンタウルスⅢに進路をとります。ユー・ハヴ・コントロール、マスター」

 コントロールがケントに戻される

「頼む、ノエル」
「イエス、マスター。 アイ・ハブ・コントロール」

 次からはノエルに積荷を報告させよう……。質量計算で簡単にわかるはずだ。

 あとはそうだな、一眠りしてから考えるか……。ケントはベルトを外すとシートをリクライニングさせ、コンソールに脚をのせて目を閉じる。

 Cut off this console. 
 
 チカリ、とメインディスプレイに小さく文字がまたたいた。

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