恋は遠い日の花火 ~ 恋愛小説掌編集 ~

尾野 灯

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スゥィングバイ

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「ねえねえ、京子、結局、部長とはどうだったの?」

 新学期が始まって最初の昼休み、同じクラスの忍が興味津々、ネコ缶をあける音を聞きつけたうちのネコみたいな顔をして後ろから抱き付いてきた。

「秘密」
「えーいいじゃん。教えるまで離さないんだから」

 私の名前は佐々山京子。天文部所属の二年生。なんとなく友達に誘われて入った天文部で、なんだか狐を思わせる色白の部長の、フチ無しメガネの奥で糸みたいに細くなる目と、天体望遠鏡の合焦ハンドルをまわす白くて長い指に恋をした。

 そんな私にお星様がくれた大チャンス、そう八月十四日、天文部の合宿で月の金星掩蔽の観察。ただでさえ五人しかいない部員のうち、参加者は部長と私の二人だけ。
 星空の下で大好きな人と二人きり。せめて彼女がいるかどうかぐらいは聞きたい。告白まではできなくったって……。
 
「じゃーなんかあったら電話しろー」

 文化部独特のゆるい顧問がそういい残して駐車場に帰ってく、何かあったらどうするんだろ……そう思いながら部長を見上げる。

「京子ちゃんこれ持ってね」

 文房具や小物の入ったリュックを私に渡すと部長が望遠鏡と三脚を担いで歩き出す。鼻歌まじりで楽しそう。

「部長、待ってくださいよ」

 頭ひとつ大きな部長の後ろを私はトテトテと追いかける。夏の夜、街中と違って涼しくて優しい風が頬をなでてくすぐったい。

「じゃあ、組み立てるから待っててね」

 私が懐中電灯で照らす光の中で、部長の白くて長い指が望遠鏡をケースから取り出して組み立ててゆく。あるべき部品があるべき場所に収まって星空を覗く魔法の筒になる。うん、じゃあ部長はきっと魔法使いだ。

「あの……部長」

 白くて長い指が魔法の筒を組み立てるのを見つめながら、私はドキドキがとまらなかった。

「んー?」

 大きな鏡筒を赤道儀に固定しながら部長が生返事を返す。

「部長……好きな……人とかいますか?」

 ありったけの勇気を出して私は聞いてみる。どうしよう……彼女がいたら……どうしよう。

「んー、ジョン・ヘヴィスとか好きかな」
「じょん?」
「イギリスの天文学者でね、初めてカニ星雲を見つけた人で……」

 そうじゃない、そうじゃないでしょ、このトーヘンボク、ボクネンジン。漢字でどう書くのかはしらないけれど。

「よし、できた。京子ちゃん覗いてごらん、もうすぐ隠れちゃうから」

 むくれる私に部長は望遠鏡を覗く権利をくれる。ホントは自分が一番星を見るのが好きなのに。

「でも」
「いいからいいから」 

 スウィングバイ。
 彼がいつもの笑顔で私の好意をかわすたび、私の恋は加速する。
 かわされて、加速して、時々イヤになって……遠く離れたくなって。

「隠れちゃいましたね」
「んー」

 高校2年の夏休み、月に隠れてゆく金星を見ながら私はひとつため息をついた。
 はずしたファインダーを手に月を覗く部長の横顔と長い指を見ながら、やっぱりドキドキして。

 スウィングバイ。
 彼がいつもの笑顔で私の好意をかわすたびに、私の恋は加速する。
 かわされて、加速して、時々イヤになって……遠く離れたくなって。

 優しくされて、長楕円軌道でまた彼の元に戻るのだ。
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