恋は遠い日の花火 ~ 恋愛小説掌編集 ~

尾野 灯

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パイナップル

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「この町も、祭りも久しぶりだな」

 学生の頃故郷を出て以来だから、もう十五年にもなるだろうか。祖父の葬儀で久しぶりに帰郷した俺は子供のころと変わらない風景と祭囃子を聞きながら、参道を歩いていた。Tシャツ一枚では少し肌寒い風が参道の林の中を吹き抜けてゆく。

「あいつ、元気にしてるんだろうか」

 人恋しくなるそんな風に吹かれて、俺はふと幼馴染の顔を思い出した。ショートカットの似合うボーイッシュなそいつは、この時期いつも小麦色に日焼けして麦わら帽子をかぶっていたっけ。
 参道を登り切り本殿へと近づくと、境内には子供の頃と変わらず夜店がひしめいていた。なぜだか夜店は毎年出る場所が決まっていて、橋を渡った左には刃物屋、右には綿あめ、そこから金魚すくい、射的と続いていた。

「よお、ケン坊ひさしぶりじゃねえか、爺さんの事は残念だったなあ」

 時折、良い加減に出来上がった地元のおっさんたちに絡まれながら、ガキの頃から何十年も同じ風景なんじゃないだろうか?と錯覚させる懐かしい喧噪の中を歩く。
 そういえば、中学のころだったろうか、いつもTシャツにジーンズのあいつが一度だけ浴衣を着て祭りに来たことがあったっけ。
 家まで誘いに来たあいつの浴衣姿に妙にどぎまぎして、なんだかぶっきらぼうな態度を取って怒らせてて……。ああ、そうだ夜店でパイナップルを奢って許してもらったっけな。

 ふと昔の事を思ったとき、ごうっと風が鳴った。バタバタとテントの揺れる音。目に風が入り俺は目を閉じる。

「けーんたっ」

 そして、名前を呼ばれて目を開くと……そいつがそこにいた。

 ボタンを留めずに羽織った俺のシャツの裾をチョイチョイと引っ張って、記憶の中の朝顔の柄の浴衣を来たそいつは、何だかネコを思わせる悪戯っぽい笑顔でニッと笑っていた。

「パイナップル食べたいな」

 本殿へ続く夜店の列、りんご飴屋の隣にいつも出ていたパイナップル屋、思い出の中と同じ場所にある夜店。

「え?ちょっ」

 状況が呑み込めない俺の手を引いて、少女が俺の手を引いて走り出す。

「はーやーくー」

 狐につままれたような気持ちのまま、パイナップルの代金を夜店の親父に払いながら、少女の横顔をマジマジと眺めた。日に焼けた顔、ショートボブの髪、まるで思い出の中のあいつそのままだ。

「え、えっと……」

 ニコニコとパイナップルを頬張る少女に俺は混乱しながら声をかける。

「んっ」

 声をかけられた少女が、ニュっとパイナップルの串を俺に突き付ける。

「ひとくちあげる」

 話の腰を折られて、俺は一瞬固まる。

「んーっ」

 意地になったような顔で串を突き出す少女の手から、意を決して一口パイナップルをかじる。あの日と同じ甘酸っぱい味が口に広がる。

「おいしい?」

 昔と同じ、やっぱりなんだかネコを思い出させる得意げな笑顔。

「うん、じゃなく……、ひまわり……だよな?話を聞きたいんだが」

 遠藤ひまわり そう、夏の似合う、むしろ夏の為に生まれてきたような幼馴染の名を呼んで俺は状況を整理しようと口を開く。

 チョイチョイ

 その時、今度は後ろから裾を誰かが引っ張られて、俺はゆっくりと振り向いた。水色の生地に涼やかな紺で朝顔を染め抜いた少女と同じ浴衣を着たそいつがそこにいた。

「何の話を聞きたいのかしら?あと、娘の日向ひなたを口説くのやめてくれないかな?」

 ごうっ再び風がなった。風が目に入ったフリをして俺は目を閉じる。まったくもって変わらない風景とやっぱり少しだけ変わった世の中。

 目を開いて、悪戯が見つかった猫のように笑う親子を見ながら、俺は小さくため息をついて微笑んだ。懐かしいい笑顔、朝顔の浴衣、祭囃子、昔の思い出はパイナップルの味がした。

 
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