上 下
2 / 26
第零訓「勇者を自称する存在は疑ってかかるべし」

勇者は最初のボスとして魔王と出会ってしまった。

しおりを挟む
「畜生、畜生……冗談じゃねぇ、冗談じゃねぇ……!」

さる王国の秘術により勇者として召喚された男は、この世界で初めての苦痛と恐怖に苛まれていた。
男は前世ではごく普通の家庭で生まれ、ブラック企業で薄給の中激務を負わされストレスを抱え、
楽になりたい一心で、つい、ふっとトラックに撥ねられて死んだはずだった。
しかし、人生の今際の際になって、天は遂に彼に味方をしたのだ。

『嗚呼、可哀想に……なんて哀れで、救われなきゃいけない命なのかしら』

彼の目の前に現れたのは豊満で官能的な女神だった。
彼の人生を憐れみ、現世での記憶を宿したまま異世界へと転生されたばかりか、
触れただけで相手を即死させる奇跡を宿した剣を共に託してくれたのだった。

『これは私からの祝福……その力を使って、勇者となって世界を救ってね?』

勇者として召喚された彼は、その剣を使って彼に生意気な態度を見せた近衛師団20人を一瞬で葬り、その無双ぶりを王女にまざまざと見せつけた。
だからこそ、この周辺に出没する魔女の退治を王女から直接頼まれ、
成功した暁には付き合ってくれると順風満帆な生活を期待していた。

「なのに……なのに……なんで、なんで最初から魔王が襲ってくるんだよ!
 なんだよこれ・じゃねぇかああっ!」

魔女の家を目前とした矢先に現れた特徴的な耳をした黒い髪のエルフのガキ、
こいつがすべての元凶だった。

「おじさん、ここは拳聖の魔女さんの所有地だよ?」
「薬を貰いに来た……って感じじゃないよね? 何しに来たの?」
「今は禁猟期だよ?
 それなのに勝手に動物殺し回ってるんだから、警戒するに決まってるよ……ね?」

へらへらとした生意気そうなツラをしながら、
そのエルフは勇者である俺様に向かって「何をしに来たのか」とか、
「なんで動物を殺したのか」だの一々、一々癪に障る言い方で言葉を投げつけてきやがった。
その言葉と態度が昔務めていた嫌味な上司を思い出して煩かったから
」と言った直後だった。
ダサい田舎の格好をしていたかと思ったら、突然その姿は禍々しい姿に変わって、
たった一発、たった一発股間に蹴りを喰らわされた。
その一発。一発を受けただけで股間に想像を絶する痛みがあふれ出してくる。

「あぁあああぁあああぁっ!
 こ、このクソガキがぁああああぁあぁあっ!」

痛みに悶絶して地面をのたうち回っている俺様を他所に、
目の前のエルフのガキは自分を魔王だの、仏がどうのこうのほざきやがる。
知るかっ、何で転生してまで偉そうな説教を受けなきゃならないんだ!
俺様はこれからこのチート能力でこの世界で好きに生きる勇者様だぞ!

「「魔王なんかが意見するじゃねぇ! このクソチート野郎が!
 俺が拷問なんかで口を開くとでも思ってるのか!」」

「っ!?」

なんだ!? 
なんでこいつ、

「あ、? じゃあはいこれ」

エルフのガキはまるで俺の考えが分かっているかのように、
懐から手鏡を取り出して、俺様の顔にかざしたのだった。

「『手鏡』って言うんだけど……おじさんの文化圏では知ってるかなぁ?
 ……いや、絶対知ってる……よねぇ?」

「っ!? うわ、うわぁああああっ!!?」

――◆

勇者を名乗った男の情けない絶叫が深夜の森に響き渡る――。
その情けない悲鳴を聞いて、周辺に潜んでいた獣達は恐怖に脅え逃げ出していた。

(なんだ!? なんだんだよこれ、俺の頭に紫色のエイのような何かが頭を貫いてる!?
 あれ? でもなんで痛みが無いんだ?
 っていうか何時から刺さってんだ? なんだんだ?
 なんなんだよこれぇえええっ!?)

勇者を名乗った男がそう考えていると、その考えを見透かしているかのように
魔王と名乗った森人エルフの少年は懐に手鏡を戻しながら、
意地悪そうにニィッと笑みを浮かべた。

「ごめーんね、
 今時さぁ、拷問なんかで情報奪うなんて古臭すぎるよねぇ?
 おじさんが金的で悶絶して気をそらしている間にそれ、刺させてもらったよ。
 今おじさんの頭に刺さっているのは俺の魔法で作り出した……『爪』、かな?
 他の奴は『ビット』って呼んでるけど……まぁ、そこはどうでもいいよね。
 今は『闇』属性の特性である『吸収』を応用して、おじさんの脳に突き刺して直接記憶を奪わせて貰ってるよ」

「き、記憶を奪うだと!? 
 くそっ! なんでそんなチートがありふれてるんだよ!?
 この世界でチートして無双するのは俺様の特権だろうがぁっ!」

「……は? 『』、だぁ……?」

それまで情けなく悶え打っていた勇者と名乗る男を、苦笑する感じで見下ろして魔王だったが、
その能力を軽はずみに『チート』と呼ばれた途端、目つきが鋭くなり、その瞳に明確な殺意が溢れ出した。

「ぎゃあぁああっ!」

それは突然の事だった。
魔王が勇者と名乗った男へ明確に殺意を見せてからは終始無言のまま、
彼の右肩を地面へめり込ませるかのように、勢いよく踏みつける。

「これが『チート』だって? ボケたこと抜かしてんじゃねぇよ。
 闇属性の魔法はこの吸収するという特性を総て基点にして開発されていくものだ。
 そんな初歩的な知識が『チート』? 『チート』だって……?
 お前が元々魔法が使えない世界から逃げ出してきたからって、
 その言い方はないよねぇえええええ?」

魔王の口調が早くなるのに合わせて、魔王が勇者と名乗った男の右肩を踏みつける速度も上昇していく。
そして、一瞬動きを止めた直後に、魔王は一際力を込めて勇者を名乗った男の右肩を踏み抜いた。
「ミシ」……「メキッ」……と、まるで生木を裂く様な音がしたのと同時に、勇者を名乗った男の右肩は砕かれ、
その右腕は跳ねるようにあらぬ方向へ飛んでいき、鈍い音を立てて地面へと転がっていた。

「あ゛ぁぁ゛あああ゛ぁああぁ゛ああ゛あぁああ゛あああああっ!」

勇者はただただ喧しくのたうち回る。愚かに、無様に、滑稽に。
その姿を見て、魔王はただ溜息を一つ吐くと、ぽつりと一言呟いた。

「あのさぁ、自称勇者さんよ」

次に紡がれる一言は、あまりにも突拍子の無い一言だった。

「股間と右肩バラされてるのに、?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...