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マッチ売りのおっさん
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今日の雨は朝から酷いものだった。
だというのに、何故かカゴを片手におっさんがマッチを売っている。
傘もないから全身ずぶ濡れだ。
「マッチいらんかねー? って、バカバカしい」
この雨で塗れたマッチが売れるはずもない。
飲みのツケが払えないからって、これはいやがらせに違いない。
軒先に避難してぶるりと身体を震わせると、目の前に傘を差した美男子が現れた。
「マッチはおいくらですか?」
「はあ? 濡れたので使えませんが」
「というのは口実で。マッチごと貴方をください」
「この小汚いおっさんを?」
出会ったばかりなのに、何を言ってるんだか。
美男子の隣には控えの騎士も立っているということは、それなりのご身分のお貴族様なのだろう。
俺には関係ないからどうでもいいが。
「話し相手になってくれるだけでいいですよ。ついでに貴方が借りたお金も返してさしあげます」
「それはずいぶんと好条件だな。借金まで返してくれるとは」
「僕はこう見えても、見る目があるんですよ。悪い話ではないと思いますが?」
身体も冷えたし茶飲みに付き合うくらいなら構わないが、隣に立ってる騎士はご不満そうだ。
「あちらに馬車を待たせているので。行きましょう」
「俺はまだ返事もしてないんだが?」
「ここで雨宿りしているよりはよっぽどいいのでは?」
一理ある。この場所にいるのも飽きたし、大人しくこの美男子と一緒に馬車へ乗り込んだ。
彼は見た目も良いがどうやら博識のようだ。
話も弾み、いつの間にか彼の家に着いてしまった。
「どうぞ、こちらです」
下りた先にあるのは大きな屋敷だ。
予想通り高い身分らしい。
迎えに出てきた召使たちも、俺を一目見て眉を顰める。
「この方をご案内しろ。湯の準備を」
「は、はいっ」
どうやら風呂まで入らせてくれるらしい。
今日は最悪かと思っていたが、意外とツイてるな。
「では、また後程お会いしましょう」
「悪いな。じゃあ遠慮なく」
俺のぶしつけな物言いにも全く動じない。
綺麗な笑顔を残して一旦分かれて、俺は用意してもらった風呂へ入って身綺麗にさせてもらった。
+++
「やはり……僕は間違っていなかったようですね」
暖炉のある客間に通されると、美男子が微笑しながら俺を迎えてくれた。
彼は綺麗な礼をして、俺へ席を勧めてきた。
「何がだ? 俺はただ身綺麗にしてもらっただけだってのに」
「一度お話してみたかったのです。お目にかかれて光栄です。王弟殿下」
「ハハハ! まさかお見通しだったとは思わなかったな。あの汚い恰好からどうして俺だと?」
「あの場所へ飲みに行かれていると聞いていたものですから。恰好が汚かろうと、王族の証である黄金の瞳をお持ちなのは陛下を覗いては姫様と殿下しかありえません」
「髪も伸びてきてボサボサだってのにな」
悪さをするために薬で瞳の色を変えている可能性だってあるはずだ。
だが、どうやら確信を持って俺に話しかけていたらしい。
兄や余計な柵に縛られるのが嫌で世捨て人のようにフラフラと生きていたというのに、見つかってしまうとは予想外だった。
「それで? 俺と話したいって言ってたな」
「ええ。僕は王弟殿下に興味がありまして。無礼だと思いましたが、貴方にどうしてもお会いしたかったのです」
「興味? 俺がしてやれることなんて何もない。正直その呼び名ですらとうに捨てた名だ」
「いいえ、失礼を承知で申し上げますが。ずっとお慕いしておりました」
「は? なんでまた」
突然の告白に驚いていると、この美男子は伯爵家の次男坊で俺の話を聞いたときから憧れを抱いていたらしい。
正直、今の俺はただのおっさんだし魅力の欠片もないと思うが……曇りのない瞳で見つめられると無下に扱うのも申し訳ない気になってくる。
「僕に殿下の話を聞かせてくれませんか?」
「話ねえ……別に楽しい話なんてないんだが」
「殿下は戦争のときも自ら先頭に立ち、剣を取って戦ったと。今の平和があるのも殿下のおかげなのですよね」
「誰がそんなこと吹き込んだんだか。その頃はそうせざるを得なかったってだけの話だ」
俺が何を言っても、良い反応しか返してこない。
適当にお茶に付き合って退散するつもりだったのに、純粋な好意を向けられると逃げ出しづらい。
それに、可愛い弟ができたみたいで悪くない。
人と接するのなんて、酒場で喋るくらいでちょうどいいと思っていたが――
(少しの間なら、滞在しても構わないかもな)
綺麗な顔を眺めながら話すってのも悪くないと思い始めた俺は、暫く屋敷に滞在させてもらうことになった。
+++
このあとなんやかんやあって、王弟殿下と名門貴族の次男坊が意気投合して仲良くなっていく。
殿下が受けで、純粋わんこ美男子×適当な王弟殿下の年の差ファンタジー。
だというのに、何故かカゴを片手におっさんがマッチを売っている。
傘もないから全身ずぶ濡れだ。
「マッチいらんかねー? って、バカバカしい」
この雨で塗れたマッチが売れるはずもない。
飲みのツケが払えないからって、これはいやがらせに違いない。
軒先に避難してぶるりと身体を震わせると、目の前に傘を差した美男子が現れた。
「マッチはおいくらですか?」
「はあ? 濡れたので使えませんが」
「というのは口実で。マッチごと貴方をください」
「この小汚いおっさんを?」
出会ったばかりなのに、何を言ってるんだか。
美男子の隣には控えの騎士も立っているということは、それなりのご身分のお貴族様なのだろう。
俺には関係ないからどうでもいいが。
「話し相手になってくれるだけでいいですよ。ついでに貴方が借りたお金も返してさしあげます」
「それはずいぶんと好条件だな。借金まで返してくれるとは」
「僕はこう見えても、見る目があるんですよ。悪い話ではないと思いますが?」
身体も冷えたし茶飲みに付き合うくらいなら構わないが、隣に立ってる騎士はご不満そうだ。
「あちらに馬車を待たせているので。行きましょう」
「俺はまだ返事もしてないんだが?」
「ここで雨宿りしているよりはよっぽどいいのでは?」
一理ある。この場所にいるのも飽きたし、大人しくこの美男子と一緒に馬車へ乗り込んだ。
彼は見た目も良いがどうやら博識のようだ。
話も弾み、いつの間にか彼の家に着いてしまった。
「どうぞ、こちらです」
下りた先にあるのは大きな屋敷だ。
予想通り高い身分らしい。
迎えに出てきた召使たちも、俺を一目見て眉を顰める。
「この方をご案内しろ。湯の準備を」
「は、はいっ」
どうやら風呂まで入らせてくれるらしい。
今日は最悪かと思っていたが、意外とツイてるな。
「では、また後程お会いしましょう」
「悪いな。じゃあ遠慮なく」
俺のぶしつけな物言いにも全く動じない。
綺麗な笑顔を残して一旦分かれて、俺は用意してもらった風呂へ入って身綺麗にさせてもらった。
+++
「やはり……僕は間違っていなかったようですね」
暖炉のある客間に通されると、美男子が微笑しながら俺を迎えてくれた。
彼は綺麗な礼をして、俺へ席を勧めてきた。
「何がだ? 俺はただ身綺麗にしてもらっただけだってのに」
「一度お話してみたかったのです。お目にかかれて光栄です。王弟殿下」
「ハハハ! まさかお見通しだったとは思わなかったな。あの汚い恰好からどうして俺だと?」
「あの場所へ飲みに行かれていると聞いていたものですから。恰好が汚かろうと、王族の証である黄金の瞳をお持ちなのは陛下を覗いては姫様と殿下しかありえません」
「髪も伸びてきてボサボサだってのにな」
悪さをするために薬で瞳の色を変えている可能性だってあるはずだ。
だが、どうやら確信を持って俺に話しかけていたらしい。
兄や余計な柵に縛られるのが嫌で世捨て人のようにフラフラと生きていたというのに、見つかってしまうとは予想外だった。
「それで? 俺と話したいって言ってたな」
「ええ。僕は王弟殿下に興味がありまして。無礼だと思いましたが、貴方にどうしてもお会いしたかったのです」
「興味? 俺がしてやれることなんて何もない。正直その呼び名ですらとうに捨てた名だ」
「いいえ、失礼を承知で申し上げますが。ずっとお慕いしておりました」
「は? なんでまた」
突然の告白に驚いていると、この美男子は伯爵家の次男坊で俺の話を聞いたときから憧れを抱いていたらしい。
正直、今の俺はただのおっさんだし魅力の欠片もないと思うが……曇りのない瞳で見つめられると無下に扱うのも申し訳ない気になってくる。
「僕に殿下の話を聞かせてくれませんか?」
「話ねえ……別に楽しい話なんてないんだが」
「殿下は戦争のときも自ら先頭に立ち、剣を取って戦ったと。今の平和があるのも殿下のおかげなのですよね」
「誰がそんなこと吹き込んだんだか。その頃はそうせざるを得なかったってだけの話だ」
俺が何を言っても、良い反応しか返してこない。
適当にお茶に付き合って退散するつもりだったのに、純粋な好意を向けられると逃げ出しづらい。
それに、可愛い弟ができたみたいで悪くない。
人と接するのなんて、酒場で喋るくらいでちょうどいいと思っていたが――
(少しの間なら、滞在しても構わないかもな)
綺麗な顔を眺めながら話すってのも悪くないと思い始めた俺は、暫く屋敷に滞在させてもらうことになった。
+++
このあとなんやかんやあって、王弟殿下と名門貴族の次男坊が意気投合して仲良くなっていく。
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