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37:王命
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「ふふふ、今日は特別に気分がいいわ!」
アメリアはとても気分が良かった。
ずっと疎ましいと思っていたものを処分できたのだ。
あの穢らわしい子供は今頃魔獣の餌になった事だろう。いい気味だ。卑しい出の子供が突然いなくなるのは珍しいことではない。暫くたって様子を見てから、アラスターを訪ねて慰めてあげればいい。恩知らずな子供などさっさと忘れるようにと。
先日はけんもほろろに追い返されたが、公爵家の令嬢を娶れるのだ。少し落ち着けば、その有り難味を理解して気が変わるはず。
香りの良い紅茶を口に含みながら、アメリアは新しいドレスを父親に強請ろうと考える。自分が一番美しく見えるとびきりのドレスを作るのだ。何しろ国の英雄である魔法使いと夜会に出るためのドレスをオーダーするのだ、いくら予算をかけても父親だって許してくれる。
あの美しい魔法使いにエスコートされる自分の姿を思い描いて、アメリアはほぅと溜息を零す。きっと夜会では誰もが注目して見惚れる事だろう。
「メゾン・アリエッタに夜会用のドレスをオーダーしてちょうだい。できるだけ早く仕立てて欲しい旨を忘れずに伝えて」
今、誰もが注目している人気のメゾンだ。早めに頼まなければ、次の夜会までに間に合わない。その上、手の込んだドレスであれば仕立て上がるまで時間がかかる。あの魔法使いに合わせた銀と宵闇の紫でドレスを仕立てよう。どうせすぐに婚約する事になるのだ。公爵家の力を使えば、魔法使い一人ぐらいどうとでもできる。
初めて銀の魔法使いを見たのは、建国記念の式典だった。
王国魔法師団の金の刺繍がされた黒いローブをまとった美しい青年が、凛とした佇まいで王族が並ぶ席の一段下で騎士団総長と共に控えていた。その麗しさに思わず見とれてしまったったが、聞けば最年少で魔法師団長に任命された人物だという。
美しい上に地位も力もある。これ以上自分にふさわしい男性がいるだろうか。
アメリアは一目でアラスターを気に入ってしまった。その後、社交の場では度々、魔法師団長の名は上がったけれど、実際に会った人は居なかった。
それならば、他家の令嬢達との格の違いを見せ付ける好機とも思い、父親のコネクションを使って知り合いになろうとしたけれど、どうやっても繋がりを作ることができない。魔法師団へはおいそれと入り込むことができない上、アラスターは転移を使って魔法師団本部に移動しているようで、偶然を装って会おうとしても無理だったのだ。
噂でアラスターに付き従っている黒い魔法剣士と恋仲だとも聞いたけれど、自分の方が美しく魅力的だ。しかも公爵家の娘でもある。将来を考えれば、アメリアを選んだ方がいいに決まっている。どうしても魔法剣士を側に侍らせたいのであれば、それくらい許してやれる心の広さを見せてやってもいい。魔法剣士も公爵家に仕えることができるのだから、感謝するだろう。とにかく、一度でもアラスターと会うことができればなんとかなる。そう考えていた矢先のことだ。
呪いの竜が王国を襲った。
討伐に出たのは魔法師団長であるアラスターと第一魔法師団。恐ろしい竜をアラスターは見事に討伐して見せた。さすが王国一の魔法使いだ。ますます自分に相応しい男性になってくれたとアメリアは喜んだ。
その上、討伐でアラスターのお気に入りだった黒い魔法剣士は亡くなった。実に都合がいい。優しい言葉をかけて慰めれば、銀の魔法使いはきっと自分に関心をよせるはず。
討伐から数ヶ月後。グリンデルバルド侯爵が、屋敷に届いた釣書をアラスターに送っていると言う話を耳にした。当然アメリアも釣書を用意して、直接アラスターの屋敷に届けさせようとしたけれど、特別な結界があるために屋敷の主に許されたもの以外は敷地に立ち入ることもできなかった。
なかなかうまくことが運ばない事に、アメリアは次第に焦り始めた。どうやっても、アラスターに近づくことができないのだ。
同時に、アラスターがとある子供の後見人になっているという話を耳にした。アメリアはすぐにアラスターの屋敷周囲に公爵家の手のものを潜ませ調べさせた。当然、提出されている書類も調べさせた。
まずは、アラスターが屋敷で面倒を見ているという子供をなんとかしなければならない。噂では亡くなった魔法剣士に生き写しだという。それではきっとアラスターから手放す事はないだろう。ならば、子供の方から離れるように仕向ければいい。
アメリアは養い子が毎日通っているいう王都の薬屋に足を運んだ。
子供は小柄で些か痩せていたけれど、珍しい黒髪に上質なグランディディエライトのような瞳を持った、美しい少年だった。
アメリアはアラスターの連れていた魔法剣士を近くで見た事はない。遠目で二人並んで歩いているところをちらりと見ただけだ。偶然、間近で見たという令嬢は、月と夜の闇のようだと称していた。なるほど、この少年が成長したらさぞ美しい青年となるだろう。アラスターとの仲を深める上で邪魔になるようなら排除しなければならない。
けれど、まずはアラスターと顔を合わせてからだと、アメリアは隠そうとしても浮かんでしまう笑みを扇子で隠した。
公爵が手を回し、漸くアラスターと顔を合わせる機会を設けることができた。少なくとも、アメリアの周りでアラスターと直接会ったという令嬢はいない。先手は打てた。
間近で見る魔法使いは、それはそれは麗しい男性だった。
月光の輝きを放つ銀の髪。複雑な色彩の宵闇の瞳。すらりと背は高く細身ではあるけれど、華奢ではない。魔法使いらしい神秘的な雰囲気を纏っている。
この美しい魔法使いを絶対に手に入れる。アメリアはこれまで、欲しいものは必ず手に入れてきたのだ。何より、アメリアには誰もが目を惹く美貌と、公爵家の令嬢というステータスがある。
だからアラスターの方からアメリアを望むと思っていた。
けれど、結果は思っていたものと全く違った。アメリアのプライドはひどく傷つけられたのだ。
きっとあの養い子がいるからだ。あの少年がアラスターの側にいる間は、彼の目がアメリアに向く事はない。ならばあの少年を排除すればいいのだ。
アメリアはすぐに行動に移した。公爵家の力を使えば、生まれの怪しい少年一人消す事など造作もない。
計画は面白いようにうまくいった。無抵抗の子供を魔獣の餌にするのは、多少の申し訳なさはあったが、彼は生まれも育ちも定かではない。突然いなくなっても仕方がないのだ。
目障りな存在を消して数日後。
アメリアは父であるメイフィールド公爵に呼ばれた。
「なんですの、お父様?」
アメリアを呼びつけた公爵の顔色は悪い。一体何があったのだろうか。アメリアは首を傾げる。
「お前の嫁ぎ先が決まった……」
「まぁ!」
アメリアは喜びの声を上げ、胸の前で手を合わせた。
やはりあの少年を捨てたのは正解だった。こんなに早く、婚姻の申し込みをしてくれるなんて。突然何も言わず姿を消した恩知らずの少年に執着するのは下らないと、アラスターは漸く目が覚めたのだろう。
「ふふふ、漸くアラスター様もわかってくださったのですね」
「違うんだ、アメリア」
「え? 何がですの?」
アメリアが不思議そうに問いかける。今このタイミングで婚姻の申し込みをするのはアラスターしかいないはずだ。
「お前の嫁ぎ先はグリンデルバルドの倅ではない」
「……え?」
公爵はアメリアの気持ちを知っている。だから、余計な縁談は断ってくれていたはずだ。
「……お、お相手は一体どなたですの?」
公爵は深いため息をひとつ吐くと、重い口を開く。
「極北の国、ノーザンニクス国の国王だ……お前を10番目の妃として迎えたいとの申し出だ」
怒りのせいで、急激に頭に血が昇ったアメリアの目の前が白くなった。
極北の国は一年のほとんどを雪と氷に閉ざされた国だ。その上、ノーザンニクスの民の先祖は海賊だと聞く。そんな野蛮な国に嫁ぐだけではなく10番目の妃だなんて、決して受け入れられるものではない。酷い侮辱だ。
「嫌ですわ! そんなのお断りになってください! なんで私がそんな蛮族の国へ嫁がなければならないのです!」
「アメリア、この縁談は断る事ができない……」
「なんでですの! お父様ならそんなお話、お断りすることができますでしょ!」
何よりも、アラスターとの婚姻を強く望んでいるアメリアに、何故そんな縁談をわざわざ持ってきたのか。
「……それが……できないのだよ」
「どうして!」
「この婚姻は王命なのだ、アメリア」
「そ、そんなっ……!」
王の命令では、たとえ公爵でも断ることはできない。
絶望で目の前が真っ黒になった。
アメリアはその場で崩れ落ちる。
アメリアはとても気分が良かった。
ずっと疎ましいと思っていたものを処分できたのだ。
あの穢らわしい子供は今頃魔獣の餌になった事だろう。いい気味だ。卑しい出の子供が突然いなくなるのは珍しいことではない。暫くたって様子を見てから、アラスターを訪ねて慰めてあげればいい。恩知らずな子供などさっさと忘れるようにと。
先日はけんもほろろに追い返されたが、公爵家の令嬢を娶れるのだ。少し落ち着けば、その有り難味を理解して気が変わるはず。
香りの良い紅茶を口に含みながら、アメリアは新しいドレスを父親に強請ろうと考える。自分が一番美しく見えるとびきりのドレスを作るのだ。何しろ国の英雄である魔法使いと夜会に出るためのドレスをオーダーするのだ、いくら予算をかけても父親だって許してくれる。
あの美しい魔法使いにエスコートされる自分の姿を思い描いて、アメリアはほぅと溜息を零す。きっと夜会では誰もが注目して見惚れる事だろう。
「メゾン・アリエッタに夜会用のドレスをオーダーしてちょうだい。できるだけ早く仕立てて欲しい旨を忘れずに伝えて」
今、誰もが注目している人気のメゾンだ。早めに頼まなければ、次の夜会までに間に合わない。その上、手の込んだドレスであれば仕立て上がるまで時間がかかる。あの魔法使いに合わせた銀と宵闇の紫でドレスを仕立てよう。どうせすぐに婚約する事になるのだ。公爵家の力を使えば、魔法使い一人ぐらいどうとでもできる。
初めて銀の魔法使いを見たのは、建国記念の式典だった。
王国魔法師団の金の刺繍がされた黒いローブをまとった美しい青年が、凛とした佇まいで王族が並ぶ席の一段下で騎士団総長と共に控えていた。その麗しさに思わず見とれてしまったったが、聞けば最年少で魔法師団長に任命された人物だという。
美しい上に地位も力もある。これ以上自分にふさわしい男性がいるだろうか。
アメリアは一目でアラスターを気に入ってしまった。その後、社交の場では度々、魔法師団長の名は上がったけれど、実際に会った人は居なかった。
それならば、他家の令嬢達との格の違いを見せ付ける好機とも思い、父親のコネクションを使って知り合いになろうとしたけれど、どうやっても繋がりを作ることができない。魔法師団へはおいそれと入り込むことができない上、アラスターは転移を使って魔法師団本部に移動しているようで、偶然を装って会おうとしても無理だったのだ。
噂でアラスターに付き従っている黒い魔法剣士と恋仲だとも聞いたけれど、自分の方が美しく魅力的だ。しかも公爵家の娘でもある。将来を考えれば、アメリアを選んだ方がいいに決まっている。どうしても魔法剣士を側に侍らせたいのであれば、それくらい許してやれる心の広さを見せてやってもいい。魔法剣士も公爵家に仕えることができるのだから、感謝するだろう。とにかく、一度でもアラスターと会うことができればなんとかなる。そう考えていた矢先のことだ。
呪いの竜が王国を襲った。
討伐に出たのは魔法師団長であるアラスターと第一魔法師団。恐ろしい竜をアラスターは見事に討伐して見せた。さすが王国一の魔法使いだ。ますます自分に相応しい男性になってくれたとアメリアは喜んだ。
その上、討伐でアラスターのお気に入りだった黒い魔法剣士は亡くなった。実に都合がいい。優しい言葉をかけて慰めれば、銀の魔法使いはきっと自分に関心をよせるはず。
討伐から数ヶ月後。グリンデルバルド侯爵が、屋敷に届いた釣書をアラスターに送っていると言う話を耳にした。当然アメリアも釣書を用意して、直接アラスターの屋敷に届けさせようとしたけれど、特別な結界があるために屋敷の主に許されたもの以外は敷地に立ち入ることもできなかった。
なかなかうまくことが運ばない事に、アメリアは次第に焦り始めた。どうやっても、アラスターに近づくことができないのだ。
同時に、アラスターがとある子供の後見人になっているという話を耳にした。アメリアはすぐにアラスターの屋敷周囲に公爵家の手のものを潜ませ調べさせた。当然、提出されている書類も調べさせた。
まずは、アラスターが屋敷で面倒を見ているという子供をなんとかしなければならない。噂では亡くなった魔法剣士に生き写しだという。それではきっとアラスターから手放す事はないだろう。ならば、子供の方から離れるように仕向ければいい。
アメリアは養い子が毎日通っているいう王都の薬屋に足を運んだ。
子供は小柄で些か痩せていたけれど、珍しい黒髪に上質なグランディディエライトのような瞳を持った、美しい少年だった。
アメリアはアラスターの連れていた魔法剣士を近くで見た事はない。遠目で二人並んで歩いているところをちらりと見ただけだ。偶然、間近で見たという令嬢は、月と夜の闇のようだと称していた。なるほど、この少年が成長したらさぞ美しい青年となるだろう。アラスターとの仲を深める上で邪魔になるようなら排除しなければならない。
けれど、まずはアラスターと顔を合わせてからだと、アメリアは隠そうとしても浮かんでしまう笑みを扇子で隠した。
公爵が手を回し、漸くアラスターと顔を合わせる機会を設けることができた。少なくとも、アメリアの周りでアラスターと直接会ったという令嬢はいない。先手は打てた。
間近で見る魔法使いは、それはそれは麗しい男性だった。
月光の輝きを放つ銀の髪。複雑な色彩の宵闇の瞳。すらりと背は高く細身ではあるけれど、華奢ではない。魔法使いらしい神秘的な雰囲気を纏っている。
この美しい魔法使いを絶対に手に入れる。アメリアはこれまで、欲しいものは必ず手に入れてきたのだ。何より、アメリアには誰もが目を惹く美貌と、公爵家の令嬢というステータスがある。
だからアラスターの方からアメリアを望むと思っていた。
けれど、結果は思っていたものと全く違った。アメリアのプライドはひどく傷つけられたのだ。
きっとあの養い子がいるからだ。あの少年がアラスターの側にいる間は、彼の目がアメリアに向く事はない。ならばあの少年を排除すればいいのだ。
アメリアはすぐに行動に移した。公爵家の力を使えば、生まれの怪しい少年一人消す事など造作もない。
計画は面白いようにうまくいった。無抵抗の子供を魔獣の餌にするのは、多少の申し訳なさはあったが、彼は生まれも育ちも定かではない。突然いなくなっても仕方がないのだ。
目障りな存在を消して数日後。
アメリアは父であるメイフィールド公爵に呼ばれた。
「なんですの、お父様?」
アメリアを呼びつけた公爵の顔色は悪い。一体何があったのだろうか。アメリアは首を傾げる。
「お前の嫁ぎ先が決まった……」
「まぁ!」
アメリアは喜びの声を上げ、胸の前で手を合わせた。
やはりあの少年を捨てたのは正解だった。こんなに早く、婚姻の申し込みをしてくれるなんて。突然何も言わず姿を消した恩知らずの少年に執着するのは下らないと、アラスターは漸く目が覚めたのだろう。
「ふふふ、漸くアラスター様もわかってくださったのですね」
「違うんだ、アメリア」
「え? 何がですの?」
アメリアが不思議そうに問いかける。今このタイミングで婚姻の申し込みをするのはアラスターしかいないはずだ。
「お前の嫁ぎ先はグリンデルバルドの倅ではない」
「……え?」
公爵はアメリアの気持ちを知っている。だから、余計な縁談は断ってくれていたはずだ。
「……お、お相手は一体どなたですの?」
公爵は深いため息をひとつ吐くと、重い口を開く。
「極北の国、ノーザンニクス国の国王だ……お前を10番目の妃として迎えたいとの申し出だ」
怒りのせいで、急激に頭に血が昇ったアメリアの目の前が白くなった。
極北の国は一年のほとんどを雪と氷に閉ざされた国だ。その上、ノーザンニクスの民の先祖は海賊だと聞く。そんな野蛮な国に嫁ぐだけではなく10番目の妃だなんて、決して受け入れられるものではない。酷い侮辱だ。
「嫌ですわ! そんなのお断りになってください! なんで私がそんな蛮族の国へ嫁がなければならないのです!」
「アメリア、この縁談は断る事ができない……」
「なんでですの! お父様ならそんなお話、お断りすることができますでしょ!」
何よりも、アラスターとの婚姻を強く望んでいるアメリアに、何故そんな縁談をわざわざ持ってきたのか。
「……それが……できないのだよ」
「どうして!」
「この婚姻は王命なのだ、アメリア」
「そ、そんなっ……!」
王の命令では、たとえ公爵でも断ることはできない。
絶望で目の前が真っ黒になった。
アメリアはその場で崩れ落ちる。
応援ありがとうございます!
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