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28:ユージーンの薬屋2

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 ユージーンの店で働くようになってから、フヨウは週一度の休みを除いて一日も休むことなく通っている。
 そしてアラスターも夕方になると必ずフヨウを迎えにきた。店への送迎はアリスンかメガンが付き添う事になっていたが、夕方は自分が行くとアラスターが譲らなかったのだ。セインは少し呆れていたようだったけれど、誰が行っても一緒なのでと、アラスターが夕方迎えに行くことが決まったらしい。
 フヨウはできるだけ早く一人でも通えるようになりたいと思っている。ここを出たら、誰も付き添ってはくれないのだ。
 屋敷へと戻る馬車の中で、アラスターは一日の事を詳しく聞きたがる。きっと、友人の店できちんと働けているのか、心配なのだろう。
 店での仕事は、想像していたよりもずっと楽しい。掃除も器具の片付けも、学校や施設でもやっていたことだから慣れている。最初は雑用のようなことを任されていたけれど、一週間も経つとユージーンはフヨウにお茶の合組を教えてくれるようになった。この店では、薬以外にも体に良いお茶も販売していて、それなりに人気があるという。

 「最初は二、三種類から初めて。慣れてくれば10種類以上の茶葉で合組できるようになるよ」

 「はい」

 最初はユージーンの書き記した配合票を見せてもらい、それ通りに合組してゆく。用意された茶葉それぞれの匂いを嗅いで違いを確認するけれど、慣れないフヨウには違いがよくわからない。何度匂いを確認しても違いがさっぱりわからずに落ち込んでいれば、慣れれば違いがわかるようになると励まされた。
 お茶を合わせる作業は薬作りの基礎だそうだ。合組ができるようなったら、薬作りに進むことができる。新しい事を学べる毎日に、フヨウは遣り甲斐を感じていた。今は何をやっていても楽しい。

 「……どうですか?」

 初めて合組したお茶をユージーンに飲んでもらう。
 自分ではうまく出来たと思うが、どうだろうか。固唾を飲んで、ユージーンがカップに口を付ける様子を見守る。

 「……うん、いい合組だね」

 ユージーンの感想に、フヨウは肩の力を抜いてほぅと息を吐いた。

 「この調子で合組する茶葉の数を増やしていこうか」

 「はい!」

 


 初歩のお茶に合格点をもらってから、フヨウは仕事の合間にお茶の種類を増やした合組をしている。
 最近のお茶の時間は、主にフヨウの合組したお茶の試飲会だ。今では基本のお茶は問題なく合組できるようになった。この基本のお茶をベースに、フレーバーを足して行く。
 ここまで出来るようになるまでにひと月かかったが、それでも早い方だとユージーンは言ってくれた。

 乾燥させた果物や花、ハーブを前にフヨウはじっと考え込む。今日はようやく基本のお茶にフレーバーを加える。うまく出来上がればアラスターにプレゼントできるかもしれない。
 アラスターに合うお茶にしたいと思い、フヨウは柑橘系の果実と薄荷のフレーバーを選んだ。お茶と合わせてみれば、香りは悪くなくすっきりとして爽やかな飲み心地だ。

 「……うん、いいね。これ、このまま店におけるんじゃないかな?」

 「本当ですか?」

 「気分が爽快になるよ。特に、気温の高い日に飲めば体調が整えられそうだ」

 完成したお茶を振る舞えば、ユージーンの評価は随分と良かった。

 「……あの、ユージーンさん、僕……このお茶、アルにプレゼントしたいです」

 「うん、いいと思うよ。フヨウの記念すべき初フレーバーティーだ」

 ユージーンはフヨウの合組したお茶を、綺麗な缶に詰めて渡してくれた。

 「あ、ありがとうございます……」

 今までアラスターから与えて貰っているだけだったフヨウに、ようやく渡せるもの一つできた。このお茶を渡したら、アラスターは一体どんな顔をするだろうか。
 期待と不安が入り混じり、フヨウは落ち着かない気持ちになった。

 「大丈夫、きっと喜ぶから」

 ユージーンは励ますように、フヨウの肩を叩いた。




 アラスターに今日一日のことを馬車の中で報告する。いつものように、正面に座ったアラスターは、始終笑顔でフヨウの話に耳を傾けた。
 フヨウは手に収めているお茶をいつアラスターに渡そうか迷っていた。緊張で喉が乾く。
 ユージーンが言うように、本当に喜んでくれるだろうか。

 「あ、あの、アル」

 「なんだ?」

 「こ、これ……僕が合組したお茶なんです……ア、アルをイメージしたお茶で……も、もらってくれますか?」

 大事に持っていた缶を、フヨウはおずおずと差し出す。

 「……俺にか?」

 アラスターが驚いた顔で動きを止めた。
 屋敷で出されるお茶は常に最高のものだと聞いている。いくら、ユージーンが店に出せると褒めてくれたとしても、こんな素人が合組したお茶は迷惑なだけかもしれない。

 「…………や、やっぱり、いらないですよね!」

 思い直したフヨウが差し出したお茶の缶を慌てて下げようとすれば、その手ごとアラスターの手に包み込まれた。少し冷たいアラスターの手に心臓が跳ねる。

 「ありがとう、フヨウ。有り難く頂く」

 優しい声になぜだか顔に熱が集まり、ひどく恥ずかしいような気持ちになった。こんな風にアラスターと触れ合うのは今に始まった事ではない。いつだってアラスターはフヨウを優しく抱き寄せてくれる。それなのに、なぜこんなに恥ずかしい気持ちになるのか。フヨウは自分の中の感情の変化に戸惑うばかりだ。

 アラスターは屋敷に戻ると、早速セインにフヨウのお茶をいれて貰っていた。フヨウはアラスターが紅茶を口にする様子を緊張して見ていたけれど、美味しいと笑ったその笑顔に漸く安堵した。




 「フヨウ、ちょっと納品に行ってくるから、一時間ほど留守を頼めるかな?」

 「はい、任せてください」

 「じゃぁ、よろしくね」

 昼間は閉まっているユージーンの店に、この時間客は来ない。閉まっている店の留守番くらいは、フヨウにも出来る。本当は接客もできた方がいいのだろうが、まだ薬の知識はからっきしで、何よりも対面で見知らぬ人と話せる自信がない。それでも、いずれは開店している時間にお手伝いできるようになりたいと目標は持っている。

 ユージーンの手伝いを始めて2ヶ月が過ぎる頃になると、フヨウも薬屋の仕事がすっかり板についた。最近では随分慣れたからと、薬草の仕分けもさせてもらえるようになった。ユージーンには、このまま薬師を目指したらどうかと言ってもらっている。
 フヨウに店を任せられるようになれば、長期に店を開けられるからね、とユージーンは言う。
 今は商人に依頼して手に入れ難い珍しい薬草などを仕入れているけれど、本当は自ら買い付けに行きたいのだそうだ。自分で見て選べるし、人を間に挟まない方が薬も安くできるらしい。
 どこまで本気で言ってくれているかはわからないけれど、ユージーンの言葉に成人後の展望が開ける気がした。
 そんな事を考えながら薬草の仕分けをしていると、扉のベルがちりりんと鳴った。ユージーンが出て行ってからまだ10分と経っていない。忘れ物でもして戻ってきたのだろう。

 「ユージーンさん、忘れ物ですか?」

 フヨウが顔を上げると、そこにはいかにも貴族のご令嬢らしい女性がいた。まさかの客に驚いてしまい、とっさの対応ができない。大きな男でなかったことが唯一の救いだ。

 「……あ、あの、お店はまだ……」

 「あら、まぁ! 本当にエヴァンス卿に生き写しですのね!」

  女性は耳に響く高い声でそう言った。
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