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26:フヨウのお願い

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 「アル、お願いがあります……」

 深刻な顔をしたフヨウが、お願いがあると話しを切り出したのは一週間前のことだ。
 フヨウの願いならなんでも叶えてやろうと思ったが、あろうことかフヨウは働きたいのだと言い出した。
 予想外の願いにアラスターは一瞬言葉を失ってしまった
 フヨウが働く必要などない。何も心配することなく、自分の腕の中で穏やかに過ごしていればいいのだ。

 「フヨウはまだ未成年だ。働く必要などないだろう」

 「……でも、今は未成年でも来年は成人します……」

 「成人してもフヨウはこの屋敷にいるんだ。何も問題ない」

 フヨウをこの屋敷から出すことなど出来るわけがない。嘗てサディアスに言われた言葉が脳裏をかすめたが、やはりそう簡単にフヨウを自分の目の届かないところに出すことはできなかった。
 フヨウはここではない世界から来てまだ一年しか経っていない。右も左も分からない幼い子供と同じだ。アラスターが後見人になる前のフヨウを知る者と合わないとも限らない。
 不安な理由を挙げたらきりがなく、万が一のことがあったらと思えば、一層慎重になる。

 「……でも、何もしないで、いつまでもアルのお世話になっているわけには……」

 「そんなことはフヨウが気にすることではない。それに、フヨウはこの国の事を何も知らないだろう。一体何をして働くというんだ」

 「掃除とか、皿洗いだとか、そういうのだったら僕でも出来ると思うんです。だからお願いです、アル……今からでも僕に出来る仕事をやらせてください」

 悲痛とも見える表情で訴えるフヨウに、アラスターは深いため息をつく。

 「……フヨウ、なんだってそんなに働きたいんだ? 何か欲しい物でもあるのか?」
 
 フヨウは今までわがままの一つも言ったことがない。与えられる物だけで満足し、何かを欲しいと強請ることもなかった。そんなフヨウが欲しい物ならば、どんな高価なものでも、手に入れることが難しい希少な物でも必ず用意する。
 けれど、フヨウはただ首を横に振るだけだ。

 「フヨウ……」

 「いい機会だと思いますよ。フヨウ様もそろそろ社会勉強をなさってもよろしい時期かと」

 今まで黙っていたセインが口を開く。

 「だが、」

 「アラスター様のご心配もわかっております。ですから、ユージーン様にお願いしてみては?」

 「ユージーン?」

 「はい。ユージーン様の店の営業は夜でございます。昼は主に薬の調合をなさっているそうですから、そのお手伝いをフヨウ様ができないかお尋ねになってみては? 見知らぬ人物と接触する機会もほとんどないでしょうし、何よりフヨウ様のご事情を知っておられます。最初の社会勉強の場としては最適なのではと」

 「なるほど」

 セインの提案に、アラスターはしばし黙考する。
 確かに、間も無く成人を迎えるフヨウを、このまま屋敷に閉じ込めておくことは難しくなる。体だけではなく、心も成長しているのだ。少しずつでも、外に出ることに慣れた方がいい。
 それならば、セインの言う通りユージーンに託すのが最善だろう。フヨウがキーランだという事も知っている彼なら、フヨウにとって危険だと思われる人物に合わせることはない。
 それにユージーンの店ならば、転移で行けばすぐだ。送り迎えは自分がやればいい。

 「アル……?」

 フヨウが不安げに、アラスターの答えを待っている。

 「わかった。ユージーンに頼んでみよう」

 「あ、ありがとうございます!」

 グリニッシュブルーの瞳を輝かせたフヨウは、ようやくその顔から不安の色を消した。

 「……おいで、フヨウ」

 素直に側に来たフヨウを、アラスターは強く抱きしめる。枯れ枝のようだったフヨウの体は、随分としっかりとして来た。それでも、この国の成人男子の平均的な体躯と比べればまだまだ小さい。
 このままずっと腕の中に閉じ込めて、一生外に出さずにおけたらと思わずにはいられなかった。

 「いいかい、フヨウ。無理だけはするな」

 「はい、アル」







 「……アラスター様、少し落ち着いてください」

 先ほどから部屋の中をうろうろとして、全く落ち着かないアラスターをセインが窘める。
 今日からフヨウはユージーンの店に通う事になった。
 フヨウの事をユージーンに相談してみれば、彼はあっさりと引き受けてくれた。ちょうど手伝いを一人雇おうと思っていたところだったらしい。ユージーンの店は騎士団に薬を下ろしていることもあり、適当な人間は雇えない。その点、フヨウならば身元がはっきりしているから問題ないと言うことだった。
 
 準備の整ったフヨウを早速転移で送ろうとしたが、社会勉強なのだからとセインに止められてしまった。初日くらいはと押し切ろうとしたが、結局、フヨウは屋敷の馬車でアリスンに付き添われてユージーンの店に向かった。
 笑顔で「行ってきます」と手を振ったフヨウを見送ってから、アラスターはずっと檻に入れられた狼のように、部屋の中をぐるぐると回っている。

 「フヨウは一人で王都に出るのは初めてなんだぞ」

 「誰でも初めてはございます。それに、お一人ではなくアリスンが付いております。フヨウ様もそろそろ色々なことを学ばれる時期でございますよ。ご自分から言い出したのは、大変立派なことでございました。アラスター様よりもよほど自覚をお持ちでおられる」

 確かに、来年成人を迎えるフヨウが何もできないのでは、フヨウ自身も辛いだろう。だから、セインの言うことも理解している。
理解していても心配の種は尽きない。フヨウの心が傷つく事の無いように、その身が僅かにでも血を流す事のないように。幾ら心を配っても足りないと思う。

 「夕刻には帰ってまいります。お戻りになられましたら、ゆっくりお話しを聞いて差し上げては?」

 「……いや、迎えには俺が行く」

 「何度も申し上げておりますが、これはフヨウ様の社会勉強と」

 「転移を使わなければいいのだろう? 迎えの馬車には俺が乗る。メガンにはそう伝えておいてくれ」

 「……承知いたしました」

 溜息を飲み込んだセインは、メガンに伝言を伝える為に部屋を出て行った。
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