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22:冒険者
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「フヨウ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です……」
アラスターに抱きしめられたフヨウは、すぐに落ち着きを取り戻した。大きな男は確かに怖かったけれど、この森には大賢者の結界があって、悪意のある人間や危険な獣は入ってこられないと前もって聞いていた。体の大きな男に対して恐怖はあったけれど、アラスターがすぐに来てくれると解っていたから、以前ほど恐ろしさは感じていなかった。ただ、突然声をかけられたので反射的に逃げようとして、足をもつれさせ尻餅をついてしまったのだ。
「さっきの男は、大賢者がこの塔にとどまることを許している冒険者だ。些か粗暴だが、悪い人間ではない。だが、あの男とは会わせないないようにするから、安心してくれ」
「あ、あの、僕、大丈夫です。むやみに怖がってさっきの人に失礼なことをしてしまったので、改めてちゃんと挨拶したいです」
「いいんだフヨウ、無理をする必要はない」
「……僕、大丈夫ですから。お願いします」
本当は少し怖い。けれど、怖いことから逃げてばかりでは駄目なのだ。少しずつ克服していかなければ、普通に生活してゆくことはきっと難しい。
フヨウのいた日本と違い、ここには体格の良い男が多い。今のままでは、屋敷を出ることすら出来ない。いつまでもアラスターが側にいるわけではないのだ。
アラスターが悪い人ではないと言っている、それに大賢者が認めている人物だ。きっと大丈夫だろう。
「……わかった。だが、無理はするな」
「はい、」
フヨウはアラスターと共に食堂に向かう。男はそこで大賢者に挨拶をしているらしい。
緊張をしながら階段を降りていれば、アラスターがフヨウの手を強く握った。その安心できる掌に励まされ、フヨウは体の力を少しだけ抜いた。
食堂に入れば、大賢者と先ほどの男が和やかに茶を飲んでいた。男はフヨウを見るとゆっくりと席を立つ。
「さっきは驚かせてすまなかったな」
フヨウを怖がらせないように気を遣っているのだろう、初対面の時のような大きな声ではなく、穏やかに話かけてくれた。
「いえ、僕の方こそごめんなさい……あんなに驚いてしまって」
「改めて自己紹介をさせてくれ。オレはサディアスという。冒険者をやっていて、ちょいちょいこの塔には世話になっているんだ。オレは剣士だから魔法はからっきしだが、まぁ、よろしく頼む」
サディアスは大きな手をフヨウの前に差し出す。ためらいながらも、フヨウはその手をそっと握った。アラスターとは違い、掌の皮が硬い。ずっと剣を握っているからなのだろう。
「ぼ、僕はフヨウと言います。こちらこそよろしくお願いします」
フヨウが緊張しながらも自己紹介をすれば、サディアスは白い歯を見せて笑った。日に焼けて逞ましい体つきをしているのに、笑顔は優しい。
体の大きな男に急に声をかけられて驚いてしまったが、落ち着いてくれば不思議とサディアスには親近感を感じる。
お互いに自己紹介をして少し打ち解けたフヨウは、サディアスから旅の話を聞いた。
彼は二本の剣を同時に使う剣士で、腰に二本の剣を差していた。彼の体格にあった大きな剣だ。その剣を武器に冒険者として各地を渡り歩いている。一つ所に落ち着くことのない彼は、時折この魔法の塔を訪れるそうだ。
「あの、冒険ってどんなところに行くんですか?」
「ああ、まぁ、どんなところっていうか、最近は魔獣討伐が殆どだ。あとは、貴重な薬草やなんかの素材集めだな」
「マジュウ?」
聞き慣れない言葉だ。
「魔獣とは、体の中に魔核という魔力の溜まる石をもつ獣のことだ」
魔獣を知らないフヨウに、アラスターが説明をしてくれた。
ここには魔獣という特殊な獣がいて、よく人を襲う。魔獣は例外なく凶暴で危険なので、人里付近に現れた場合は狩らなければらない。王都には魔獣を討伐する騎士団まであるそうだ。
ただ、魔獣は危険な反面、体内にある魔核は薬や特殊な道具の部品になったりするので、厄介なばかりではないという。
まさか、この森にも魔獣はいるのかと恐る恐る聞けば、勿論いると言われた。そんなことも知らず、一人で無防備に彷徨いていたフヨウが顔色を悪くすれば、この周辺は結界があるから魔獣は入ってはこれぬよと大賢者が笑ったので、そういえばそうだったと、ほっと胸をなでおろした。
魔法に魔獣。きっとそれだけではなく、ここにはフヨウの知らない事がまだ沢山あるのだろう。
それから、夜はサディアスが野営でよく作るというスープを振舞ってくれた。大きく切った野菜と兎の肉が入っている。兎は愛玩動物だと思っているフヨウにはだいぶ抵抗があったけれど、思い切って食べてみれば兎は鶏肉に近い味わいだった。
「兎は何処にでもいて、簡単に仕留められるからな。移動しているときは大体兎を食ってる」
王都では殆どの人が市場や肉屋で肉を買っているが、自ら獣を狩って肉を得るのはそう特別なことではないと教えてもらった。肉はお店で買う事が当たり前のフヨウには衝撃的な話だ。
早速、フヨウの知らなかった事を一つ学んでしまった。
サディアスとはまだ話す事があるからとアラスターは食堂に残ったので、フヨウは先に部屋に戻り、ひとり寝る支度を整えて、ベッドに潜り込む。
アラスターが側に居てくれたとは言え、初対面の大きな男の人とたくさん話す事が出来た。ほんの少しだけれど、一歩前に進んだ気がして嬉しくなる。
セインも、一度にできなくていいといつも言っていた。一歩でも半歩でも、全てはその積み重ねなのだと。
充足感とともにゆっくりと降りてきた眠気に身を委ねていると、フヨウに声をかけてきた時のサディアスの様子が思い出された。サディアスはまるで旧知の友にでも会ったかのように、親しげに声を掛けてきたのだ。
「……キーラン……」
サディアスはフヨウをそう呼んだ。
夢現のことだったから確かではないけれど、リアムもそう言っていたような気がする。
「……そういえば、以前お屋敷に来たあの人も、僕と誰かと勘違いしてるみたいだった」
アラスターの屋敷を訪ねてきた客人も、フヨウを誰かと間違えていたようだった。
此方ではフヨウのような黒髪は珍しいらしいが、キーランという人物も黒髪なのだろう。その所為で勘違いされているのかもしれない。
次第に重くなって行く瞼に、フヨウはそれ以上深く考えることをやめた。明日にでも、アラスターに尋ねればいい。
「は、はい、大丈夫です……」
アラスターに抱きしめられたフヨウは、すぐに落ち着きを取り戻した。大きな男は確かに怖かったけれど、この森には大賢者の結界があって、悪意のある人間や危険な獣は入ってこられないと前もって聞いていた。体の大きな男に対して恐怖はあったけれど、アラスターがすぐに来てくれると解っていたから、以前ほど恐ろしさは感じていなかった。ただ、突然声をかけられたので反射的に逃げようとして、足をもつれさせ尻餅をついてしまったのだ。
「さっきの男は、大賢者がこの塔にとどまることを許している冒険者だ。些か粗暴だが、悪い人間ではない。だが、あの男とは会わせないないようにするから、安心してくれ」
「あ、あの、僕、大丈夫です。むやみに怖がってさっきの人に失礼なことをしてしまったので、改めてちゃんと挨拶したいです」
「いいんだフヨウ、無理をする必要はない」
「……僕、大丈夫ですから。お願いします」
本当は少し怖い。けれど、怖いことから逃げてばかりでは駄目なのだ。少しずつ克服していかなければ、普通に生活してゆくことはきっと難しい。
フヨウのいた日本と違い、ここには体格の良い男が多い。今のままでは、屋敷を出ることすら出来ない。いつまでもアラスターが側にいるわけではないのだ。
アラスターが悪い人ではないと言っている、それに大賢者が認めている人物だ。きっと大丈夫だろう。
「……わかった。だが、無理はするな」
「はい、」
フヨウはアラスターと共に食堂に向かう。男はそこで大賢者に挨拶をしているらしい。
緊張をしながら階段を降りていれば、アラスターがフヨウの手を強く握った。その安心できる掌に励まされ、フヨウは体の力を少しだけ抜いた。
食堂に入れば、大賢者と先ほどの男が和やかに茶を飲んでいた。男はフヨウを見るとゆっくりと席を立つ。
「さっきは驚かせてすまなかったな」
フヨウを怖がらせないように気を遣っているのだろう、初対面の時のような大きな声ではなく、穏やかに話かけてくれた。
「いえ、僕の方こそごめんなさい……あんなに驚いてしまって」
「改めて自己紹介をさせてくれ。オレはサディアスという。冒険者をやっていて、ちょいちょいこの塔には世話になっているんだ。オレは剣士だから魔法はからっきしだが、まぁ、よろしく頼む」
サディアスは大きな手をフヨウの前に差し出す。ためらいながらも、フヨウはその手をそっと握った。アラスターとは違い、掌の皮が硬い。ずっと剣を握っているからなのだろう。
「ぼ、僕はフヨウと言います。こちらこそよろしくお願いします」
フヨウが緊張しながらも自己紹介をすれば、サディアスは白い歯を見せて笑った。日に焼けて逞ましい体つきをしているのに、笑顔は優しい。
体の大きな男に急に声をかけられて驚いてしまったが、落ち着いてくれば不思議とサディアスには親近感を感じる。
お互いに自己紹介をして少し打ち解けたフヨウは、サディアスから旅の話を聞いた。
彼は二本の剣を同時に使う剣士で、腰に二本の剣を差していた。彼の体格にあった大きな剣だ。その剣を武器に冒険者として各地を渡り歩いている。一つ所に落ち着くことのない彼は、時折この魔法の塔を訪れるそうだ。
「あの、冒険ってどんなところに行くんですか?」
「ああ、まぁ、どんなところっていうか、最近は魔獣討伐が殆どだ。あとは、貴重な薬草やなんかの素材集めだな」
「マジュウ?」
聞き慣れない言葉だ。
「魔獣とは、体の中に魔核という魔力の溜まる石をもつ獣のことだ」
魔獣を知らないフヨウに、アラスターが説明をしてくれた。
ここには魔獣という特殊な獣がいて、よく人を襲う。魔獣は例外なく凶暴で危険なので、人里付近に現れた場合は狩らなければらない。王都には魔獣を討伐する騎士団まであるそうだ。
ただ、魔獣は危険な反面、体内にある魔核は薬や特殊な道具の部品になったりするので、厄介なばかりではないという。
まさか、この森にも魔獣はいるのかと恐る恐る聞けば、勿論いると言われた。そんなことも知らず、一人で無防備に彷徨いていたフヨウが顔色を悪くすれば、この周辺は結界があるから魔獣は入ってはこれぬよと大賢者が笑ったので、そういえばそうだったと、ほっと胸をなでおろした。
魔法に魔獣。きっとそれだけではなく、ここにはフヨウの知らない事がまだ沢山あるのだろう。
それから、夜はサディアスが野営でよく作るというスープを振舞ってくれた。大きく切った野菜と兎の肉が入っている。兎は愛玩動物だと思っているフヨウにはだいぶ抵抗があったけれど、思い切って食べてみれば兎は鶏肉に近い味わいだった。
「兎は何処にでもいて、簡単に仕留められるからな。移動しているときは大体兎を食ってる」
王都では殆どの人が市場や肉屋で肉を買っているが、自ら獣を狩って肉を得るのはそう特別なことではないと教えてもらった。肉はお店で買う事が当たり前のフヨウには衝撃的な話だ。
早速、フヨウの知らなかった事を一つ学んでしまった。
サディアスとはまだ話す事があるからとアラスターは食堂に残ったので、フヨウは先に部屋に戻り、ひとり寝る支度を整えて、ベッドに潜り込む。
アラスターが側に居てくれたとは言え、初対面の大きな男の人とたくさん話す事が出来た。ほんの少しだけれど、一歩前に進んだ気がして嬉しくなる。
セインも、一度にできなくていいといつも言っていた。一歩でも半歩でも、全てはその積み重ねなのだと。
充足感とともにゆっくりと降りてきた眠気に身を委ねていると、フヨウに声をかけてきた時のサディアスの様子が思い出された。サディアスはまるで旧知の友にでも会ったかのように、親しげに声を掛けてきたのだ。
「……キーラン……」
サディアスはフヨウをそう呼んだ。
夢現のことだったから確かではないけれど、リアムもそう言っていたような気がする。
「……そういえば、以前お屋敷に来たあの人も、僕と誰かと勘違いしてるみたいだった」
アラスターの屋敷を訪ねてきた客人も、フヨウを誰かと間違えていたようだった。
此方ではフヨウのような黒髪は珍しいらしいが、キーランという人物も黒髪なのだろう。その所為で勘違いされているのかもしれない。
次第に重くなって行く瞼に、フヨウはそれ以上深く考えることをやめた。明日にでも、アラスターに尋ねればいい。
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