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18:魔法の塔
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転移魔法を何度か繰り返して、ようやく森の中の塔に到着した。
転移というものを生まれて初めて経験したフヨウは目を回し、すっかり乗り物酔いのような状態になってしまった。
転移魔法で移動している間は、恐ろしくてアラスターにしがみつきながら目を瞑っていたけれど、くらりとするような感覚がおさまる度に景色が変わる。途中、休憩を挟んでもらったけれど、随分アラスターを心配させてしまった。
本来ならば馬車で一週間以上かかる距離らしいが、転移魔法を使えばたった一日で魔法の塔までたどり着けるというのだから、これは凄い経験をしたのだ。
「フヨウ、大丈夫か?」
「は、い……」
ふらふらしながらも見上げた塔はあまりにも圧倒的で、具合の悪ささえも忘れ、フヨウはぽかんと口を開けてしまった。
石で組み上げられた高い塔には蔦が絡まり、見るからに怪しげな雰囲気が漂っている。けれど、不気味さよりも懐かしいような不思議な感覚が身体中に湧き上がって来た。
「……」
「よく来たな」
「師匠、お久しぶりです」
塔を見上げていれば、灰色のローブを纏い、口元に豊かな髭を蓄えた老人が現れた。その出で立ちはフヨウが想像する魔法使いそのものの姿だ。
思わず、じっと見つめていれば、フヨウの視線に気がついたのだろう。髭の老人はフヨウに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「お前さんが、フヨウか。遠いところをよくきてくれた。ここは不便なところだが、好きなだけ滞在するといい」
「ふ、フヨウと言います。大賢者様、お世話になりますが、何卒よろしくお願いいたします!」
この塔のことは、あらかじめアラスターから聞いていた。大賢者と呼ばれる、あらゆる知恵を持ち、数多の魔法を操る老人が塔の主人であり、アラスターが七年間、魔法を学んだ場所であると聞かされた。
王都を離れ、しばらく魔法の塔に滞在するとアラスターが言い出したのはつい一昨日のことだ。
セイン達は驚いてはいたけれど、すぐにそれは良いことだと、支度を手伝ってくれた。どれくらい屋敷を離れることになるのか解らないけれど、アリスンやメガンと離れることを寂しく思う反面、旅行に行くようなものだと考えれば、それは楽しみでもあった。
フヨウは旅行に行ったことがない。小学校の時の修学旅行も欠席をした。仲の良い友人がいたわけでもない。きっと行ったとしても楽しめなかっただろう。
大賢者に案内されて塔に入れば、フヨウたちを迎えたのは階段だった。
「俺たちの部屋はまだ残っていますか?」
螺旋状の長い階段を懸命に登るフヨウの耳に、大賢者とアラスターの会話が飛び込んでくる。俺たちということは、アラスターの他にもここで修行していた人がいるのだろう。
「残っておるぞ、滞在中はそこを使うといい」
「そうさせていただきます」
しばらく登っていると、窓が現れ外の景色が見えるようになった。外にはどこまでも続く森が見える。アラスターの屋敷も森で囲まれている。魔法使いは森が好きなのかもしれないと、そんなことをぼんやりと考えた。
塔には上にゆくほど色々な部屋があった。炊事場と水を必要とするような施設は下の階にあり、図書室は数階にわたって何部屋もあった。それから実験室のような部屋に、フヨウの見たことのないような道具や草が置いてある倉庫のような部屋。
アラスターの言っていた部屋は最上階にあった。部屋からの眺望はすばらしく、空と森が一望できた。大賢者の部屋は何処にあるのかと尋ねれば、実験室だと思っていた部屋がそうだと教えられた。
ここでの生活は、自給自足。全てのことは自分でしなければならない。それも修行の一環だという。
この塔で過ごす数日のことを思うと、フヨウはワクワクした。こんな風に、何かを楽しみに思う気持ちはもうずっと忘れていた。
夕食はアラスターと共に作った。野菜と保存肉のスープにパンと言う質素な食事だったけれど、フヨウにとっては特別な晩餐だった。何しろ、アラスターと一緒に作った料理だ。誰かと何かをするのは、とても楽しかった。
夜もすぐに寝てしまうのが惜しく思えて、窓から見える星空をずっと見つめていたが、流石に移動の疲れが出たのか、気がつけば眠りについていた。屋敷のベッドよりもずっと硬いベッドだったけれど、不思議と落ち着いて眠れたのだ。
翌朝目が覚めると、アラスターは既に部屋から居なくなっていた。フヨウはベッドを整えて部屋を出ると、長い階段を駆け下りて外に飛び出す。
森にはまだ靄が漂っていて静かだ。アラスターの姿は見えないが、不安にはならなかった。ここは優しい気配に満ちている。
近くに泉がある気がして歩いて行けば、果たしてそこには思った通りの泉があった。人が何度も歩いた跡があるので、きっと水はここから調達しているのだ。
フヨウは泉の水で顔を洗うと、深呼吸をして澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
何故か、ここを知っているような気がする。何処かで似たような景色を見たことがあるのだろうか。本か、あるいはテレビ。考えたけれど、思い当たるものはない。
「おはよう、フヨウ。もう起きたのか?」
「アル! おはようございます!」
「……よく泉がわかったな」
「あ、え? なんだか、ここに泉がある気がしたんです……なんでだろう?」
「そうか、」
アラスターは何故か嬉しそうに笑うと、塔に戻って行く。フヨウも慌てて後を追った。
昨夜に引き続き、アラスターと一緒に朝食を作る。朝のメニューは目玉焼きと焼いたベーコン。そして、茶色くて酸味があるパン。やはり質素な食事で、ここはまさに修行するための場所なのだと感じる。
朝食の後、大賢者が薬草のお茶をいれてくれた。不思議な味がするお茶を飲みながら、フヨウは機会があれば聞いてみたいと思っていたことを尋ねてみた。
「大賢者様、僕もここで修行をすれば魔法を使えるようになりますか?」
フヨウの問いに、大賢者は静かな表情で頷く。
「使えるか、使えないかで言えば、使えるだろう。しかし、まだ時ではない」
「時ではない?」
「そう。魔法を使うには魔力というものが必要だ。人間や動物が体を動かすのに体力が必要なようにな。そしてその、魔法を使うための魔力が、今のフヨウには足りぬ」
転移というものを生まれて初めて経験したフヨウは目を回し、すっかり乗り物酔いのような状態になってしまった。
転移魔法で移動している間は、恐ろしくてアラスターにしがみつきながら目を瞑っていたけれど、くらりとするような感覚がおさまる度に景色が変わる。途中、休憩を挟んでもらったけれど、随分アラスターを心配させてしまった。
本来ならば馬車で一週間以上かかる距離らしいが、転移魔法を使えばたった一日で魔法の塔までたどり着けるというのだから、これは凄い経験をしたのだ。
「フヨウ、大丈夫か?」
「は、い……」
ふらふらしながらも見上げた塔はあまりにも圧倒的で、具合の悪ささえも忘れ、フヨウはぽかんと口を開けてしまった。
石で組み上げられた高い塔には蔦が絡まり、見るからに怪しげな雰囲気が漂っている。けれど、不気味さよりも懐かしいような不思議な感覚が身体中に湧き上がって来た。
「……」
「よく来たな」
「師匠、お久しぶりです」
塔を見上げていれば、灰色のローブを纏い、口元に豊かな髭を蓄えた老人が現れた。その出で立ちはフヨウが想像する魔法使いそのものの姿だ。
思わず、じっと見つめていれば、フヨウの視線に気がついたのだろう。髭の老人はフヨウに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべた。
「お前さんが、フヨウか。遠いところをよくきてくれた。ここは不便なところだが、好きなだけ滞在するといい」
「ふ、フヨウと言います。大賢者様、お世話になりますが、何卒よろしくお願いいたします!」
この塔のことは、あらかじめアラスターから聞いていた。大賢者と呼ばれる、あらゆる知恵を持ち、数多の魔法を操る老人が塔の主人であり、アラスターが七年間、魔法を学んだ場所であると聞かされた。
王都を離れ、しばらく魔法の塔に滞在するとアラスターが言い出したのはつい一昨日のことだ。
セイン達は驚いてはいたけれど、すぐにそれは良いことだと、支度を手伝ってくれた。どれくらい屋敷を離れることになるのか解らないけれど、アリスンやメガンと離れることを寂しく思う反面、旅行に行くようなものだと考えれば、それは楽しみでもあった。
フヨウは旅行に行ったことがない。小学校の時の修学旅行も欠席をした。仲の良い友人がいたわけでもない。きっと行ったとしても楽しめなかっただろう。
大賢者に案内されて塔に入れば、フヨウたちを迎えたのは階段だった。
「俺たちの部屋はまだ残っていますか?」
螺旋状の長い階段を懸命に登るフヨウの耳に、大賢者とアラスターの会話が飛び込んでくる。俺たちということは、アラスターの他にもここで修行していた人がいるのだろう。
「残っておるぞ、滞在中はそこを使うといい」
「そうさせていただきます」
しばらく登っていると、窓が現れ外の景色が見えるようになった。外にはどこまでも続く森が見える。アラスターの屋敷も森で囲まれている。魔法使いは森が好きなのかもしれないと、そんなことをぼんやりと考えた。
塔には上にゆくほど色々な部屋があった。炊事場と水を必要とするような施設は下の階にあり、図書室は数階にわたって何部屋もあった。それから実験室のような部屋に、フヨウの見たことのないような道具や草が置いてある倉庫のような部屋。
アラスターの言っていた部屋は最上階にあった。部屋からの眺望はすばらしく、空と森が一望できた。大賢者の部屋は何処にあるのかと尋ねれば、実験室だと思っていた部屋がそうだと教えられた。
ここでの生活は、自給自足。全てのことは自分でしなければならない。それも修行の一環だという。
この塔で過ごす数日のことを思うと、フヨウはワクワクした。こんな風に、何かを楽しみに思う気持ちはもうずっと忘れていた。
夕食はアラスターと共に作った。野菜と保存肉のスープにパンと言う質素な食事だったけれど、フヨウにとっては特別な晩餐だった。何しろ、アラスターと一緒に作った料理だ。誰かと何かをするのは、とても楽しかった。
夜もすぐに寝てしまうのが惜しく思えて、窓から見える星空をずっと見つめていたが、流石に移動の疲れが出たのか、気がつけば眠りについていた。屋敷のベッドよりもずっと硬いベッドだったけれど、不思議と落ち着いて眠れたのだ。
翌朝目が覚めると、アラスターは既に部屋から居なくなっていた。フヨウはベッドを整えて部屋を出ると、長い階段を駆け下りて外に飛び出す。
森にはまだ靄が漂っていて静かだ。アラスターの姿は見えないが、不安にはならなかった。ここは優しい気配に満ちている。
近くに泉がある気がして歩いて行けば、果たしてそこには思った通りの泉があった。人が何度も歩いた跡があるので、きっと水はここから調達しているのだ。
フヨウは泉の水で顔を洗うと、深呼吸をして澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
何故か、ここを知っているような気がする。何処かで似たような景色を見たことがあるのだろうか。本か、あるいはテレビ。考えたけれど、思い当たるものはない。
「おはよう、フヨウ。もう起きたのか?」
「アル! おはようございます!」
「……よく泉がわかったな」
「あ、え? なんだか、ここに泉がある気がしたんです……なんでだろう?」
「そうか、」
アラスターは何故か嬉しそうに笑うと、塔に戻って行く。フヨウも慌てて後を追った。
昨夜に引き続き、アラスターと一緒に朝食を作る。朝のメニューは目玉焼きと焼いたベーコン。そして、茶色くて酸味があるパン。やはり質素な食事で、ここはまさに修行するための場所なのだと感じる。
朝食の後、大賢者が薬草のお茶をいれてくれた。不思議な味がするお茶を飲みながら、フヨウは機会があれば聞いてみたいと思っていたことを尋ねてみた。
「大賢者様、僕もここで修行をすれば魔法を使えるようになりますか?」
フヨウの問いに、大賢者は静かな表情で頷く。
「使えるか、使えないかで言えば、使えるだろう。しかし、まだ時ではない」
「時ではない?」
「そう。魔法を使うには魔力というものが必要だ。人間や動物が体を動かすのに体力が必要なようにな。そしてその、魔法を使うための魔力が、今のフヨウには足りぬ」
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