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17:昔話2

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 齢十九にして、アラスターは魔法の塔の大賢者を凌ぐ魔法使いに成長していた。
 その噂は王都まで届き、当然そのような人材を国が放っておくはずがない。父親からは戻ってこいと矢の催促だ。

 「……扱いに困って、塔に放り込んでおきながら、使えると分かった途端戻って来いだと? はっ、冗談じゃない」

 父親の手紙を手の上で燃やしたアラスターは、吐き捨てるように言った。その度に、キーランは少し困ったような顔をする。

 「きっとお父上は、アルの将来を心配してくれているんじゃないかな?」

 魔法士師団は優秀な魔法使いが集まっているという。けれど、ここには師匠がいて、キーランがいる。この塔以上に自分を鍛え上げられる場所はないと思っているし、今更堅苦しい生活を送るつもりはない。
 しかし、いよいよ父親の手紙を握りつぶす事が出来ない事態になった。
 アラスターが魔法士師団に出仕しなければ、魔法の塔の立場が悪くなると、半ば脅しにような内容の手紙が届いたのだ。
 大賢者は気にすることはないと言ったけれど、大恩ある師匠を微妙な立場には置きたくない。
 結局、アラスターは三年間だけという期限を付けて、魔法士師団に入団する事にした。

 「俺はまた塔に戻ってくる。だから、師匠と待っててくれ」

 「わかったよ、アル。気をつけてね」

 キーランに見送られ、アラスターは七年ぶりに塔を出た。
 転移魔法が使えるようになった今、馬車で一週間以上かかる距離も一日あれば移動できる。塔に戻ろうと思えば、すぐに帰ることができるはずだった。
 けれど、魔法士師団に所属したアラスターは、そう簡単には塔に戻ることは出来なかったのだ。苦々しく思いながら三年を過ごし、漸く塔へ帰れると思ったところに、国王から魔法士師団長に叙任されてしまった。
 三年の期限つきを認めることでうまく入団に誘導し、最終的には師団長に据えるつもりだったのかと怒りを露わにしたが、結局それを固辞することは出来なかった。さすがに国王を殺めてまで、塔に帰ることはできない。それこそ大賢者に迷惑をかける。
 だからアラスターは条件を出した。
 専任の魔法剣士を一人、側に置くことを許すなら師団長の役を引き受けると。その程度のことで、大魔法使いを魔法士師団に留め置けるならば安いものだと、アラスターの要求は容易に認められた。
 アラスターは家名のないキーランに、エヴァンスの名と騎士の称号を用意して塔に戻った。
 
 「キーラン、俺と来てくれ」

 三年ぶりに会ったキーランは、一層美しく成長していた。
 高まる胸の鼓動を抑えアラスターが差し出した手を、キーランはじっと見つめた。
 大賢者が、キーランを自身の後継にと考えていることは知っていた。穏やかで勤勉、そして才能豊かなキーランは確かに魔法の塔の主に相応しいだろう。
 けれど、アラスターはもうこれ以上、キーランと離れている事を我慢できなかった。
 アラスターにとって、キーランと過ごした七年間は、同じ師に学ぶ兄弟子と弟弟子、そして、共に笑い合う友人以上の感情を抱くのに充分な時間だった。
 キーランは困惑しているようで、大賢者を振り返る。大賢者は何も言わず、ただ穏やかな笑みを浮かべているだけだ。道は己で選べ、と言う事なのだろう。
 キーランはこの森を出た事がない。不安もあるだろう。けれど、どんな事からもキーランを守るつもりだ。だから、この手を取ってくれと願う。

 「……わかった。アルと行くよ」

 キーランは、差し出されたアラスターの手をぎゅっと握った。その手は、離れていた三年間、剣の稽古を怠らず続けていたことを物語っていた。


 王都に戻ったアラスターは、歴代最年少で魔法士師団長に就任した。隣には常に黒髪の魔法剣士が付き従う。
 公式の場に立ち合わせる事は無かったが、それ以外は決してキーランを側から離さなかった。
 口さがない連中が、新しい魔法士師団長は少年趣味で男妾を連れ回していると噂したが、わざわざ否定する労力が馬鹿らしく聞き流した。共に討伐に出れば、それがいかにキーランを侮辱した馬鹿げた噂であるかを思い知るのだ。
 恐らく、キーランは騎士団に所属するどの騎士よりも強い。
 及ばない処があるとすれば、華奢な体躯ゆえのスタミナのなさだろうが、それも魔力で補えてしまう。
 一度、噂を間に受けた数人の騎士が、武器倉庫にキーランを引きずり込もうとした事件があった。キーランを襲った騎士等は双剣で服を切り裂かれ、下履き一枚の姿で多くの騎士たちが鍛錬をしていた演習場に放り出された。下履きを残したのはキーランの情けだろうが、キーランを侮った愚かな男達は、裸同然の情けない姿を仲間たちに晒すことになった。十分痛い目を見ただろうが、それでも、キーランに不埒な真似をしようとした事に変わりない。激怒したアラスターは厳罰を求めた。彼らが処罰されないのであれば、自ら制裁を下すと騎士団本部に乗り込んだが、問題の騎士達が所属していた第二騎士団の団長と騎士団総長から、今後は斯様な無礼な振る舞いは絶対にさせないと直接の謝罪もあった事から、アラスターは漸く怒りを納めた。
 ともかく、件の事件以来、キーランに下心を持って近づく者はいなくなった。小柄でまだあどけなさが残るキーランだが、害のある者には容赦がないと言う認識が広まったからだ。



 つい懐かしい事を思い出していた。久々に部下の顔を見たからだろう。

 「思ったよりも引き篭もっていらっしゃるわけでは無さそうで、安心いたしました」

 「……ふん」

 人の生死は特別な事ではない。平常心であれ、それが大賢者の教えだ。腐竜討伐の結末を、師匠は淡々と受け止めただろう。けれど、悲しまなかったはずはない。キーランは師匠自ら名を付け、育てた弟子だったのだ。
 先刻、フヨウと交わした会話の中で、気になることがいくつかある。大賢人ならば知っていることもあるかもしれない。フヨウの様子に問題がなければ、一度、魔法の塔に行くべきだろう。
 魔法士師団にを退いたその時には、キーランと共に魔法の塔に戻るつもりでいた。今のアラスターは、名だけを残した師団長だ。王都に止まる必要はない。
 アラスターはまだ何か言いたげなサイラスを追い返すと、フヨウを連れて師匠である大賢者の元へ向かう事を決めたのだった。

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