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8:呪いの竜

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 『……我が命の焔よ、肉体の檻より解き放たれ、輝きて力の源となれ!』

 『やめろっ! キーランっ!!』

 自分の叫び声でアラスターは目覚めた。びっしょりと嫌な汗が背中を濡らしている。
 つい転寝をしてしまったようだ。

 「……はぁ」

 窓の外を見やれば、空は暗く夜明けまではまだ遠い。
 深い溜息をついたアラスターは、席を立つと汗を流すために浴室へと向かう。
 夜になると、あの日の悪夢が訪れる。幾度も幾度も。その度に、アラスターの心は千々に裂かれる。
 だから眠れない。眠らない。
 アラスターはあの日から、生きている意味を見出せずにいる。自らこの命を断つ事も考えたけれど、それが許されない事もわかっていた。守られた命だ。それを手前勝手に散らすわけにはいかない。彼はなんて重い楔を打ち込んで逝ったのか。今はただ、恨めしいばかりだ。
 ほんの数ヶ月前までは、こんな余生を送ることになるとは、思ってもいなかった。
 いつまでも、自分の傍にいると思っていたのに。



 
 この国の王は、智と武に長けた賢王と、国民から呼ばれている。
 外交手腕にも優れ、周囲の国々とは良好な関係を築き、国は安定していた。この国は盤石で、何の憂いもないように思えたが、しかし。この国の地盤を揺るがすものは、賢王のすぐ側に居た。
 凡庸な男だった王弟は、愚かな貴族達に唆され、自らの力を見誤った。禁じられた呪いの力を持ってして、王の座を手に入れようとした。呪いを意のままに操れると思い込んでいたのだ。
 太古の昔、多くの魔法使いの命を犠牲にして封印された強大な呪いは、数多の呪詛と血を得て、禍々しく醜悪な姿で地上に姿を現した。
 呪いの化身である腐竜は、剣や弓で倒せるものではない。その忌々しい竜の討伐を命じられたのは、魔法士師団だった。王家の尻拭いをやらせるのかと、アラスターは憤った。
 呪いの塊である腐竜を討伐することは、稀代の魔法使いと呼ばれるアラスターの力を持ってしてもできるかどうかわからない。
 唯一方法があるとすれば、消滅の極大魔法だ。魔法陣に竜を閉じ込め、呪いごと消し去る。
 けれど、腐竜を捕らえるだけの巨大な魔法陣を敷くには莫大な魔力が必要で、準備がいる。
 腐竜の攻撃を避けながら、消滅の魔法陣を展開するための、魔力の種を地に埋めなければならないのだ。
 魔法士の誰もが、それは無理だと首を振った。
 それも当然だろう。誰だって命は惜しい。
 しかも、先人が眠らせていたものを、わざわざ揺り起こしたのだ。そんなものは、アラスターの与り知るところではない。 

 しかし、その方法に手を挙げた者が一人だけ居た。魔法剣士のキーランだ。

 「アルと僕の魔力は相性もいい。種さえ埋められれば、魔法陣は確実に発動する。他に方法があるなら聞くけど?」

 魔法陣で腐竜さえ捕らえることが出来れば、恐らくは仕留めることができる。
 けれど、消費する魔力量を考えれば、機会はたった一回。失敗すれば国は呪いによって滅ぶ。
 
 かくして、作戦は実行され成功した。
 ただ一つ。計算違いだったのは、腐竜の呪いはアラスターの魔力よりも僅かに強かったということだ。
 瀕死の腐竜は、残滓のような力で、己を倒した魔法使いを道連れにしようとした。
 横倒しとなった腐竜は、虚ろな目でぱかりと口を開く。竜の咆哮だ。禍々しい呪いが放出される。
 魔力を使い果たしたアラスターに、身を守る術はない。最早これまでと覚悟を決めた時だ。
 アラスターの前に飛び出し、吐き出された衝撃を受け止めたのはキーランの双剣だった。魔力を纏っていない剣では、到底受け止められる衝撃ではない。もし仮に、魔力を帯びていたとしても、腐竜の咆哮だ。呪いとともに、消し飛ぶだろう。
 細身の剣がミシリと嫌な音を立てる。

 「……我が命の焔よ、」
 
 その詠唱は、己の命を魔力に変える禁術。

 「っ! よせっ!」

 「肉体の檻より解き放たれ、輝きて力の源となれ!」
 
 「やめろっ! キーランっ!!」

 双剣が青い魔力を纏い、竜の咆哮を相殺すると同時に砕け散った。光の破片が舞い散る。



 知っていた筈だった。
 キーランはいかなる時も、最悪を予想して行動をする。だからこそ、どんな想定外が起きても落ち着いていた。
 万が一、腐竜の呪いがアラスターの力を超えていたら……
 キーランは、それすらも想定していた。だからこそ、自らの命を魔力に変えるための力を残し、最悪が起きた場合を覚悟していたのだ。





 アラスターは、湯を浴びながら、浴室の壁に拳を打ち付ける。
 やり場のない怒りと後悔が、身の内で暴れまわり、ただ苦しいのだ。

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