上 下
170 / 176
連載

伴侶を得ると、何かが変わるらしい?

しおりを挟む
 優しく髪を梳かれている感触に、ふっと意識が浮上する。
「んん……パーシヴァル? おはよ」
「ああ、おはよう。体は大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
 体を起こしても痛い所はどこにもない。まぁ、ちょっと尻に違和感があるけどそれは仕方がない。だいぶ無理をさせたからな。許せ、俺の尻。だけど、想像していたような流血の惨事にはならなかった。パーシヴァルがこれでもかってくらいに、慣らしてくれたからね。
 それによく寝たからか、泥のような体の重さはすっかりなくなっている。
「喉は乾いていないか?」
「少し何か飲みたいかも」
 俺がそういえば、パーシヴァルは洋盃に水を注いで手渡してくれた。
「ありがとう」
 あ、レモネのいい香り……
 水にはレモネの果汁が絞ってあって、ほんのり甘い。この甘さは蜂蜜だな。美味しかったので一息に飲み干せば、何も言わなくてもパーシヴァルはすかさずおかわりを注いでくれた。
「……」
 パーシヴァルがとても甲斐甲斐しい。元々面倒見が良い男ではあったけれど、今はさらに輪をかけてだ。事が終わってからずっと、下にも置かない扱いをされている。
 たとえでもなんでもなく、俺はパーシヴァルにすっかり骨抜きの体にされてしまった。自分の意思で体を動かせなくなる事があるなんて信じられるか?
 最中の俺といえば、寝台の上でひたすらにされるがままだった。そんな状態を沼の底に棲んでる大きな鯰に例えることがあるんだけど、俺はまさにそれだった。だけど、俺の出る幕なんてどこにもなかったんだから仕方がない。
 パーシヴァルは指さえ動かせなくなった俺を抱えて風呂に入ると、汗やら何やら香油でベタベタになった体を隅々まで洗ってくれた。
 ……そう、隅々まで、だ。散々痴態を見せた後とはいえ体から熱が引いて仕舞えば、あんなところやそんなところを冷静に触られれば恥ずかしい。いくら自分で出来るからと言っても、パーシヴァルはそれを許してはくれない。
 真面目な男の性なのか、丁寧に洗ってくれる。それこそ、足の指の間までも。いや、いや、そこは関係ないだろうと思ったけれど、俺に拒否することはできない。指の間を撫でられるたびに、くすぐったいようなムズムズするような感覚に、思わずあげてしまいそうになる声を堪えるのに必死だった。
 それから、いつの間に付けられていたのか身体中に残る赤い痕には正直ぎょっとした。当分は着替えや入浴の度に羞恥に悶えることになりそうだよ。
 そんなとんでもなく恥ずかしい状況だというのに、俺の下半身が健気に反応をしていて、それがまた情けない気持ちに輪をかける。こんな時に? とも思ったけれど、全く仕事をしないわけではないことが分かって、言いようのない複雑な気持ちだ。
 そして、何の修行かなと思うような湯浴みを終えて一眠りした後も、こうして何から何までお世話してもらっている。
「……そういえば、今何刻かな?」
 外はまだ薄暗いから、夜明け前くらいかな?
「ちょうど日が沈んだ頃だ」
「え⁉︎ 」
 驚きすぎて思わず声が出てしまった。
 薄暗いのは夜明けじゃなくて日暮だったからか! いくら何でも寝過ぎだろう。
 しかも俺が寝ている間、パーシヴァルはずっと付き合ってくれていたみたい。きっと退屈だっただろうに、申し訳ないことをしてしまった。
「ごめん……だいぶ寝過ぎちゃった。起こしてもよかったのに」
「気持ちよさそうに寝ていたからな。起こすのが忍びなかった」
「でも、退屈だっただろ?」
 きっと初夜だったから気を遣ってくれたんだな。初夜の翌日に目覚めたら、寝台に1人放置されていた新妻ってのは稀に聞く話だとはいえ、俺の場合はどう考えても寝過ぎだろう。放って置かれても仕方がない。
「いいや、退屈ではなかったな。寝ているサフィラスを見ているのも悪くはなかった」
「そ、そう?……ならいいんだけど」
 いや、よくないだろ。それって、ずっと寝顔を見られていたってことだろ? かなり恥ずかしいじゃないか。まさか間抜け面して寝ていなかっただろうな?
 今更だけど、手の甲で口元を拭う。よだれなんか垂らしていたら最悪だ。
「そろそろ夕食の時間だが、起きられそうか? 今夜はサフィラスのために肉料理が用意されているはずだ」
 夕食と聞いて、俺の腹が盛大に空腹を訴えた。この時間まで寝ていたってことは、丸っと2食食いっぱぐれている。それに肉と聞いてしまった以上は、いつまでも寝台でモタモタしていられないよ。
「もちろん、すぐに起きるよ!」
「それだけ元気なら、大丈夫そうだな」
 パーシヴァルはそう言って俺の頬に手を添えると、優しく口付けた。
「っ!」
 ……こ、これが新婚! お、俺にこの甘酸っぱいくすぐったさが耐えられるだろうか……



 「……サフィラス様、雰囲気が変わられましたわね」
 無事に神殿で誓いを済ませたことをアウローラに報告するために、午後のカフェテリアで待ち合わせをしていたんだけど、アウローラは俺の顔を見るなり驚いたような表情を浮かべた。
「え? 雰囲気って?」
 朝しっかり鏡を見て身だしなみを整えてきたし、クラスのみんなも特に何も言わなかった。別にいつもと何も変わってないと思うけど?
「サフィラス様らしいと言えばそれまでですけど。ご自覚がおありではないようですので、パーシヴァル様が気をつけなければなりませんわ」
 アウローラはため息と共に少し困ったような笑みを浮かべた。
「ああ、それは重々承知している」
「えーっと、自覚って何のこと?」
 いや、ちょっと待てよ。
 そういえば、ベリサリオ家の晩餐でもそんなようなことをアデライン夫人が言っていたような気がするな。
 あの時は俺が寝過ぎたせいで、パーシヴァルと2人で少し遅れて席についたんだけど、俺を迎えてくれたアデライン夫人もアウローラと同じような顔をしていた。
 その時は目の前に並ぶ豪華な肉料理の数々にすっかり意識を持って行かれてあまりよく考えなかったけど、アデライン夫人はパーシヴァルに気をつけろだとか何だとかしきりに言っていた気がするぞ……
 もしかして、俺が知らなかっただけで伴侶を得ると何かが変わるのか? だけど、俺自身に何かが変わった感じはない。魔力だっていつもと何も変わらないし、ヴァンダーウォールで美味しいものをたくさん食べてきたからむしろ調子がいいくらいだ。万が一、何者かに襲撃されても問題なく返り討ちにしてやれる。
 それに、パーシヴァルだって変わった所はどこにもないけどな?
「サフィラス! 聞いたぞ! ヴァンダーウォールに行っていたんだってな!」
 カフェテリアに響き渡る大きな声に俺は顔を顰める。そういえば、赤髪には学院を数日休んでヴァンダーウォールに戻ることを言ってなかったなぁ。最近顔を見ていなかったから、すっかりあいつの存在を忘れていたよ。
 赤髪は俺たちの座っている席までやってくると、テーブルにドンと手をついた。その振動でティーカップが音を立てたので、アウローラが扇子を広げ口元をすっと隠す。
 うん、気持ちはわかるよ。悪いやつじゃないんだけど、とにかく存在がうるさいんだよな。
「水臭いぞ! 俺に一言もないなん……て……」
 勢いよくやってきたはずの赤髪の声が、急に尻すぼみになったかと思うと顔を真っ赤に染め上げた。
 ん? 一体どうした?
「……何だよ、急に静かになって?」
「なっ……なっ……!」
「な?」
「なんでそんなに綺麗になってるんだ!」
「はあぁ?」
 唐突に何を言い出すんだ?
 赤髪の意味不明の叫びに、俺は呆気に取られる。 
「くそーっ! ベリサリオ、お前を恨むからな!」
 赤髪はそう叫ぶと、カフェテリアから走り去ってしまった。和やかにお茶を楽しんでいた学生たちが何事かと、彼の背中を見送る。
「な、なんだあいつ……」
 元々おかしなやつだったけど、ますますおかしくなっているじゃないか。悪態を吐かれるよりはよっぽどいいけど、綺麗になったって全く意味がわからないし、どうしてパーシヴァルを恨むのかもさっぱりわからん。
「……こう言っては大変失礼かもしれませんが、ハーヴァード様は思ったほど鈍い方ではなかったのですね」
「それは、相手がサフィラスだからだろう」
「え?」
 ちょっと待ってくれ。何で2人は赤髪のことをわかったように会話してるの?
 俺にもわかるように説明して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。