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女神は天にいまし、全て世は事も無し
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なかなか話し合いはまとまらず、散々悩んだ挙句に俺はみんなに一つの提案をした。
「寸劇をやろう」
「寸劇?」
「今回の魔法演技はきっと、攻撃系と魅せる系で分かれると思うんだよ。だから、その両方の良いとこどりをするのさ!」
「両方?」
俺の提案にみんなは顔を見合わせ揃って首を傾げた。
そしていよいよ迎えた魔法演技当日。
案の定、去年のCクラスのような演技を見せるクラスが多く見られた。これはこれでなかなか華やかで楽しいものだ。その中で、パーシヴァルのBクラスは正統派の攻撃魔法で演技を見せた。緊張感のある大胆な演技ながらも魔法操作にも無駄がなく、教師たちを唸らせる。当然観客も大盛り上がりだ。
そしていよいよ我らがCクラス、魅せる魔法演技開拓者の登場に剣技場が湧き立つ。
魔法を披露する三人が登場すると観客たちに戸惑いの空気が流れた。それもそうだろう。なぜなら演技者が制服ではなく、魔法使いと聖女の姿で現れたのだから。
魔法使いの衣装を身に纏った2人が睨み合うように対峙して詠唱をすると、水の狼と炎の狼が現れた。二頭は空中へと駆け上がり、激しい戦いを繰り広げる。水と炎が渦を巻き、相手を消し去ろうとぶつかり合う。
そう、魅せる系魔法と攻撃系魔法を組み合わせた寸劇だ。大まかな筋書きを俺が作って、細かな演出はクラスのみんなで考えた。
物語は敵対し合う水の魔法使いと炎の魔法使いが激しい戦い繰り広げ、それを光の聖女が諌め仲を取り持つという単純な話だ。魔法使い役の2人は大技を使うので、複雑で細かいことはできるだけ避けた。見栄えを補う演出的な部分は聖女役の子が担い、魔法使いの2人には狼に集中してもらう。
とにかく迫力のある大型の狼を水と炎で創り上げて激しく動かすのだから、並大抵のことではない。魔法使い役の2人は、無理だ出来ないと泣き出したほどだ。それをクラスみんなで励まし、アドバイスをして、なんとか今日までに仕上げることができた。
頃合いを見て演出のサポートをしていた聖女役の令嬢が杖を振って二頭の狼を消し去ると、空から光のシャワーを降らせて虹をかける。最後は光をまとい神々しさを演出した聖女に2人の魔法使いが跪いてフィナーレだ。
演技が終わると観客は総立ちの拍手の嵐。どうやら今年も楽しんでもらえたようだ。
だけど今回は派手さに重きを置いて、繊細な魔法操作は二の次だったから星は無理だろう。上級生のクラスに星が獲れそうな模範演技を見せたクラスがあったけど、俺の予想では今年の星はパーシヴァルのクラスじゃないかな。
全ての魔法演技が終わり星を得たのは、やっぱりパーシヴァルのクラスだった。だけど、俺たちCクラスの演技も星にこそ手は届かなかったけれど、魔法の見せ方については大層評価してもらえた。星を得られなかった理由は、案の定魔法操作の荒さだったけど、そこについては演技の内容を決めるときに派手さを最も重視したのでみんなも納得の結果だ。
どちらのクラスに星を与えるのか審査員はかなり悩んだそうだが、魔法実技の授業の一環でもあることを前提に審査したとガブリエルさんは総評した。
星こそ獲れなかったけど、クラスのみんなで協力して魔法演技をやり切ったので、誰もが満足の笑顔を浮かべているし仲間との結束もいっそう強まった。
どこかで見た覚えのある令息が、評価されなかったことを演技者のせいにしている姿をちらっと見たけど、そういうクラスはきっと来年も星は獲れないと思う。
後期の一大イベントだった魔法演技が終わると、次に来るのは到達度試験だ。周囲が試験に向けての備えを始めている中、俺はといえば試験のことなど忘却の彼方ですっかり呑気に過ごしていた。そんな俺を戦慄させたのはパーシヴァルだ。
「サフィラス、2学年の芸術の試験内容は音楽にまつわる知識だ。まずは作曲家と代表的な曲を覚えるところから始めよう」
そういって持ってきたのは音楽史の本。
「お、音楽……?」
歌だったら嫌いじゃない。だいたいの酒場に行けば、酔っ払っていい具合に出来上がった連中は歌を歌って盛り上がる。誰もが知る定番の歌から、その地域で伝わる伝承歌だ。俺はよく調子っぱずれの歌を歌っては、この酔っぱらいめ! ってウルラに錫杖で叩かれたっけ。
そんな俺が音楽の試験だって?
「……まさか、歌ったりとか楽器を演奏したりとかってある?」
「いいや、そこまではない。家によっては楽器を用意したり、音楽の教師を雇うことができないからな。音楽会や演奏会に招かれたときに困らない程度の知識を身につけていれば問題ない試験内容だ」
よかった、それなら安心だ。ただ覚えるだけなら、なんとかなりそうだな……なんて思っていた俺でした!
ところが、蓋を開けてみればそんな単純なことばかりではなく、曲ができた背景だとか解釈だとか、とにかく覚えることがただ事ではなかったのだ。音楽なんてみんな好きなように楽しめばよくないか?
毎夜、解釈違いは許さないと指揮棒を持って襲ってくる作曲家と魔法の杖で戦う夢を見て頭を抱える俺のために、アウローラが公爵家で音楽会を開いてくれたり、連夜にわたりパーシヴァルの教えを受けたりと、とにかく俺は頑張った。
パーシヴァルは自分の勉強だってあるのに、俺に付き合ってくれたのだ。これで追試だったりしたら、パーシヴァルの顔向けができないじゃないか。
そうして受けた芸術のテストは、相変わらずギリギリの及第点。追試にならなかったのはよかったが、あれだけやってこの点数だとは……この結果には、毎夜勉強に付き合ってくれたパーシヴァルに申し訳なくてさすがに落ち込んだ。目的は達成できているんだから問題ないってパーシヴァルは言ってくれたけどさ。最大限の努力をして、最低の結果しか得られないって、ちょっと意味がわからない。
俺はきっと魔法の祝福と引き換えに芸術のセンス全てを女神の元に置いてきたに違いない。きっとそうだ。
それでも全体の順位は20位以内にとどまっているので、芸術のテストが壊滅的なだけで、そのほかの教科については誰かに後ろ指を差されるような点はとっていない。公爵家の後援を受けている学生としての面目だけは保ったと言える。
ちなみにアウローラとパーシヴァルは不動の1位、2位だった。もしかしなくても、この2人には誰も敵わないんじゃない?
ともかく。多少の憂いは残ったものの、これで心置きなくヨールの休暇を迎えることができる。やれやれだ。
「パーシィ、サフィ! お帰りなさい、待っていたわ!」
「ふぎゅっ……!」
パーシヴァルと一緒に転移でヴァンダーウォールに着いた俺は、早速アデライン夫人の抱擁に迎えられた。
「ただいま戻りました。母上、サフィラスが苦しそうなのでほどほどにお願いします」
「あら、まぁ、まぁ……」
この出迎えもすっかり恒例となったな。ヴァンダーウォールに戻ってきたって実感するよ。
そう。戻ってきた、だ。ヴァンダーウォールはすっかり今世での俺の故郷となった。それはパーシヴァルの婚約者になったからでもあるけれど、そうなる前からここの人たちは俺を受け入れてくれていたし、何よりも風土がかつて冒険者だった俺に合っているんだよな。
部屋ではアンナさんとクララベルさんから心地よいマッサージと髪の手入れの歓迎を受けた。パーティに向けて今からしっかり下地を作るんだって。美の魔法使い達は働き者だ……
「そういえば、パーティの衣装って……」
「去年お召しになった、双翼のお衣装をお直しいたしますので、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」
それを聞いて俺は胸を撫で下ろす。去年のヨールの衣装は立派だったから、一回しか着ないなんて勿体無いもんな。
衣装あわせはお針子さん達も大変だけど、立っているだけの俺も大変なんだよね。あからさまに安堵していれば、アンナさんとクララベルさんに笑われてしまった。
そういえば前回のパーティではフラヴィアに髪の毛を毟られたけど、そのフラヴィアはいまだに神殿にいる。夏にもいなかったけれど、年越しを迎える時期になっても家に戻る目処は立っていないらしい。ミラー伯爵はもうそろそろフラヴィアを迎えに行ってもいいんじゃないかと言っているそうだけど、エブリン夫人はジュルースさんの婚約がまとまるまでは迎えに行くつもりはないそうだ。
俺はなんとなく、エブリン夫人の気持ちがわかる。フラヴィアがいたら、まとまる縁談もまとまらなさそうだからな。それに中途半端に戻ってきても、彼女のためにならない。
すっかり生家の如くとなったベリサリオ家で、俺はパーシヴァルと一緒に年末の準備を手伝ったりモッリス村のクレオに会いに行ったりと充実した休日を過ごしている。クレオは1年見ない間にすっかり成長して、しっかりお母ちゃんを支えていた。子供の成長って凄いな。村も活気に満ちていて、今年は俺がヨールの精霊をしなくても本物の精霊がお菓子を用意してくれるだろう。
「サフィラス、準備はできたか?」
「もちろん、上から下まで隙無しだよ」
白狼の毛皮が付いたフエルトの上着を着込み、足元も暖かいブーツを履いて防寒には抜かりなし。
「やはりそのコートはサフィラスによく似合っているな。黒髪と青い瞳がよく映える」
パーシヴァルはそう言って、柔らかい笑みを浮かべる。
「そ、そっかな?」
……まいったな。
太陽の騎士の微笑みにはすっかり慣れたと思っていたけど、相変わらず攻撃力が高くて、なんとも言いようのない、いても立ってもいられない気持ちになる。
寧ろ攻撃力でいえば高くなっている気がしなくもないんだが?
そんな俺たちのやりとりを、ジェイコブさんに笑顔で見守られているのがまたなんとも。
「え、えっと、じゃぁ行こうか!」
「そうだな。では、行ってくる」
「はい。お気をつけていってらしゃいませ」
慌てて城を出たけれど、今日はこれからパーシヴァルと2人でオリエンスに遊びに行く。ノマドのお婆さんに会えたら嬉しいし、屋台も楽しみだ。でも一番の楽しみはギルドの見学。
来年にはようやく冒険者登録ができる。その前にヴァンダーウォールのギルドを見てみたいと、パーシヴァルにお願いしたら快諾してくれたのだ。
ギルドはフォルティスだった時は散々お世話になった。地域ごとに結構雰囲気が違うものだったけれど、何より150年後のギルドって一体どんな感じなんだろうなぁ!
「寸劇をやろう」
「寸劇?」
「今回の魔法演技はきっと、攻撃系と魅せる系で分かれると思うんだよ。だから、その両方の良いとこどりをするのさ!」
「両方?」
俺の提案にみんなは顔を見合わせ揃って首を傾げた。
そしていよいよ迎えた魔法演技当日。
案の定、去年のCクラスのような演技を見せるクラスが多く見られた。これはこれでなかなか華やかで楽しいものだ。その中で、パーシヴァルのBクラスは正統派の攻撃魔法で演技を見せた。緊張感のある大胆な演技ながらも魔法操作にも無駄がなく、教師たちを唸らせる。当然観客も大盛り上がりだ。
そしていよいよ我らがCクラス、魅せる魔法演技開拓者の登場に剣技場が湧き立つ。
魔法を披露する三人が登場すると観客たちに戸惑いの空気が流れた。それもそうだろう。なぜなら演技者が制服ではなく、魔法使いと聖女の姿で現れたのだから。
魔法使いの衣装を身に纏った2人が睨み合うように対峙して詠唱をすると、水の狼と炎の狼が現れた。二頭は空中へと駆け上がり、激しい戦いを繰り広げる。水と炎が渦を巻き、相手を消し去ろうとぶつかり合う。
そう、魅せる系魔法と攻撃系魔法を組み合わせた寸劇だ。大まかな筋書きを俺が作って、細かな演出はクラスのみんなで考えた。
物語は敵対し合う水の魔法使いと炎の魔法使いが激しい戦い繰り広げ、それを光の聖女が諌め仲を取り持つという単純な話だ。魔法使い役の2人は大技を使うので、複雑で細かいことはできるだけ避けた。見栄えを補う演出的な部分は聖女役の子が担い、魔法使いの2人には狼に集中してもらう。
とにかく迫力のある大型の狼を水と炎で創り上げて激しく動かすのだから、並大抵のことではない。魔法使い役の2人は、無理だ出来ないと泣き出したほどだ。それをクラスみんなで励まし、アドバイスをして、なんとか今日までに仕上げることができた。
頃合いを見て演出のサポートをしていた聖女役の令嬢が杖を振って二頭の狼を消し去ると、空から光のシャワーを降らせて虹をかける。最後は光をまとい神々しさを演出した聖女に2人の魔法使いが跪いてフィナーレだ。
演技が終わると観客は総立ちの拍手の嵐。どうやら今年も楽しんでもらえたようだ。
だけど今回は派手さに重きを置いて、繊細な魔法操作は二の次だったから星は無理だろう。上級生のクラスに星が獲れそうな模範演技を見せたクラスがあったけど、俺の予想では今年の星はパーシヴァルのクラスじゃないかな。
全ての魔法演技が終わり星を得たのは、やっぱりパーシヴァルのクラスだった。だけど、俺たちCクラスの演技も星にこそ手は届かなかったけれど、魔法の見せ方については大層評価してもらえた。星を得られなかった理由は、案の定魔法操作の荒さだったけど、そこについては演技の内容を決めるときに派手さを最も重視したのでみんなも納得の結果だ。
どちらのクラスに星を与えるのか審査員はかなり悩んだそうだが、魔法実技の授業の一環でもあることを前提に審査したとガブリエルさんは総評した。
星こそ獲れなかったけど、クラスのみんなで協力して魔法演技をやり切ったので、誰もが満足の笑顔を浮かべているし仲間との結束もいっそう強まった。
どこかで見た覚えのある令息が、評価されなかったことを演技者のせいにしている姿をちらっと見たけど、そういうクラスはきっと来年も星は獲れないと思う。
後期の一大イベントだった魔法演技が終わると、次に来るのは到達度試験だ。周囲が試験に向けての備えを始めている中、俺はといえば試験のことなど忘却の彼方ですっかり呑気に過ごしていた。そんな俺を戦慄させたのはパーシヴァルだ。
「サフィラス、2学年の芸術の試験内容は音楽にまつわる知識だ。まずは作曲家と代表的な曲を覚えるところから始めよう」
そういって持ってきたのは音楽史の本。
「お、音楽……?」
歌だったら嫌いじゃない。だいたいの酒場に行けば、酔っ払っていい具合に出来上がった連中は歌を歌って盛り上がる。誰もが知る定番の歌から、その地域で伝わる伝承歌だ。俺はよく調子っぱずれの歌を歌っては、この酔っぱらいめ! ってウルラに錫杖で叩かれたっけ。
そんな俺が音楽の試験だって?
「……まさか、歌ったりとか楽器を演奏したりとかってある?」
「いいや、そこまではない。家によっては楽器を用意したり、音楽の教師を雇うことができないからな。音楽会や演奏会に招かれたときに困らない程度の知識を身につけていれば問題ない試験内容だ」
よかった、それなら安心だ。ただ覚えるだけなら、なんとかなりそうだな……なんて思っていた俺でした!
ところが、蓋を開けてみればそんな単純なことばかりではなく、曲ができた背景だとか解釈だとか、とにかく覚えることがただ事ではなかったのだ。音楽なんてみんな好きなように楽しめばよくないか?
毎夜、解釈違いは許さないと指揮棒を持って襲ってくる作曲家と魔法の杖で戦う夢を見て頭を抱える俺のために、アウローラが公爵家で音楽会を開いてくれたり、連夜にわたりパーシヴァルの教えを受けたりと、とにかく俺は頑張った。
パーシヴァルは自分の勉強だってあるのに、俺に付き合ってくれたのだ。これで追試だったりしたら、パーシヴァルの顔向けができないじゃないか。
そうして受けた芸術のテストは、相変わらずギリギリの及第点。追試にならなかったのはよかったが、あれだけやってこの点数だとは……この結果には、毎夜勉強に付き合ってくれたパーシヴァルに申し訳なくてさすがに落ち込んだ。目的は達成できているんだから問題ないってパーシヴァルは言ってくれたけどさ。最大限の努力をして、最低の結果しか得られないって、ちょっと意味がわからない。
俺はきっと魔法の祝福と引き換えに芸術のセンス全てを女神の元に置いてきたに違いない。きっとそうだ。
それでも全体の順位は20位以内にとどまっているので、芸術のテストが壊滅的なだけで、そのほかの教科については誰かに後ろ指を差されるような点はとっていない。公爵家の後援を受けている学生としての面目だけは保ったと言える。
ちなみにアウローラとパーシヴァルは不動の1位、2位だった。もしかしなくても、この2人には誰も敵わないんじゃない?
ともかく。多少の憂いは残ったものの、これで心置きなくヨールの休暇を迎えることができる。やれやれだ。
「パーシィ、サフィ! お帰りなさい、待っていたわ!」
「ふぎゅっ……!」
パーシヴァルと一緒に転移でヴァンダーウォールに着いた俺は、早速アデライン夫人の抱擁に迎えられた。
「ただいま戻りました。母上、サフィラスが苦しそうなのでほどほどにお願いします」
「あら、まぁ、まぁ……」
この出迎えもすっかり恒例となったな。ヴァンダーウォールに戻ってきたって実感するよ。
そう。戻ってきた、だ。ヴァンダーウォールはすっかり今世での俺の故郷となった。それはパーシヴァルの婚約者になったからでもあるけれど、そうなる前からここの人たちは俺を受け入れてくれていたし、何よりも風土がかつて冒険者だった俺に合っているんだよな。
部屋ではアンナさんとクララベルさんから心地よいマッサージと髪の手入れの歓迎を受けた。パーティに向けて今からしっかり下地を作るんだって。美の魔法使い達は働き者だ……
「そういえば、パーティの衣装って……」
「去年お召しになった、双翼のお衣装をお直しいたしますので、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」
それを聞いて俺は胸を撫で下ろす。去年のヨールの衣装は立派だったから、一回しか着ないなんて勿体無いもんな。
衣装あわせはお針子さん達も大変だけど、立っているだけの俺も大変なんだよね。あからさまに安堵していれば、アンナさんとクララベルさんに笑われてしまった。
そういえば前回のパーティではフラヴィアに髪の毛を毟られたけど、そのフラヴィアはいまだに神殿にいる。夏にもいなかったけれど、年越しを迎える時期になっても家に戻る目処は立っていないらしい。ミラー伯爵はもうそろそろフラヴィアを迎えに行ってもいいんじゃないかと言っているそうだけど、エブリン夫人はジュルースさんの婚約がまとまるまでは迎えに行くつもりはないそうだ。
俺はなんとなく、エブリン夫人の気持ちがわかる。フラヴィアがいたら、まとまる縁談もまとまらなさそうだからな。それに中途半端に戻ってきても、彼女のためにならない。
すっかり生家の如くとなったベリサリオ家で、俺はパーシヴァルと一緒に年末の準備を手伝ったりモッリス村のクレオに会いに行ったりと充実した休日を過ごしている。クレオは1年見ない間にすっかり成長して、しっかりお母ちゃんを支えていた。子供の成長って凄いな。村も活気に満ちていて、今年は俺がヨールの精霊をしなくても本物の精霊がお菓子を用意してくれるだろう。
「サフィラス、準備はできたか?」
「もちろん、上から下まで隙無しだよ」
白狼の毛皮が付いたフエルトの上着を着込み、足元も暖かいブーツを履いて防寒には抜かりなし。
「やはりそのコートはサフィラスによく似合っているな。黒髪と青い瞳がよく映える」
パーシヴァルはそう言って、柔らかい笑みを浮かべる。
「そ、そっかな?」
……まいったな。
太陽の騎士の微笑みにはすっかり慣れたと思っていたけど、相変わらず攻撃力が高くて、なんとも言いようのない、いても立ってもいられない気持ちになる。
寧ろ攻撃力でいえば高くなっている気がしなくもないんだが?
そんな俺たちのやりとりを、ジェイコブさんに笑顔で見守られているのがまたなんとも。
「え、えっと、じゃぁ行こうか!」
「そうだな。では、行ってくる」
「はい。お気をつけていってらしゃいませ」
慌てて城を出たけれど、今日はこれからパーシヴァルと2人でオリエンスに遊びに行く。ノマドのお婆さんに会えたら嬉しいし、屋台も楽しみだ。でも一番の楽しみはギルドの見学。
来年にはようやく冒険者登録ができる。その前にヴァンダーウォールのギルドを見てみたいと、パーシヴァルにお願いしたら快諾してくれたのだ。
ギルドはフォルティスだった時は散々お世話になった。地域ごとに結構雰囲気が違うものだったけれど、何より150年後のギルドって一体どんな感じなんだろうなぁ!
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