上 下
160 / 176
連載

俺が運命の人だって? 違います その1

しおりを挟む
 「運命のお方。どうか私と共に生涯を歩んでください」 
 目の前で跪いた少年は真紅の薔薇を一輪差し出しながら、新緑を彷彿とさせる瞳をキラキラと輝かせて俺を見上げている。
 「……は?」
 食べていたレモネ風味の鶏肉パイが、俺の口からポロリとこぼれ落ちる。
 それはベリサリオ家次期当主、テオドールさんの結婚パーティでのことだった。



 大人になれないかもしれない騒動ですっかり取り乱してしまった俺だが、魔法でどうにでもできない事をあれこれ悩んでも仕方がない。
 パーシヴァルも大丈夫だと言ってくれたので、俺はベリサリオの勘に全てを委ねることにした。学院を卒業する頃になっても今のままだったら、その時にまた考えればいいだろう。大陸中探せば、俺の成長を助けてくれる薬があるかもしれないし。
 そんなわけで、ようやく平常心を取り戻した俺は、いつもと違う周囲の様子に今更ながらに気がついた。どうにも城のみんなが忙しそうなのだ。俺のお世話をしてくれているアンナさんとクララベルさんもソワソワとしている。しかも商人が頻繁に城に出入りしているのだ。
 マテオの世話をして厩舎から戻る道すがら、気になったのでパーシヴァルに尋ねる。
「ねぇ、パーシヴァル。みんな忙しそうだけど何かあるの?」
「ああ、サフィラスにはまだ言ってなかったか。来月二度目の太陽の日にテオドール兄上の結婚式があるんだ。皆その準備をしている」
「え、結婚式?」
「本来ならもう少し早い予定だったんだが、昨年森から魔獣が溢れただろう? 領内が落ち着くまではと、先延ばしになっていたんだ」
「そうだったんだ……」
 確かに婚約者のサンドリオンさんはすでにこの城で一緒に暮らしてるし、そろそろ籍を入れても不思議じゃなかった。なんともおめでたい!
「俺にも何か手伝えることないかな? なんだってやれるよ」
 力仕事でもお使いでも。なんなら、王都にだって行ってくるけど。
「それはありがたいが、その前にサフィラスはそろそろ母上から声がかかるんじゃないか?」
「え?」
 パーシヴァルのその言葉通り、城に戻るなり大変ご機嫌なアデライン夫人から声をかけられた。
「ふたりとも一緒にいたのね。丁度よかったわ。先ほど注文していた衣装が届いたところなの。早速試着をしてもらえるかしら?」
「え、試着?」
 一体いつの間に? と思ったけれど、俺はベリサリオ家に何度か衣装を用意してもらっているので、俺のサイズ表はすでに仕立て屋に保管されているんだって。
 ほとんど着る機会がない俺には、これ以上の衣装は必要ないんじゃないかと思うんだけど……

 祝い事やおめでたいこと好きの俺としてはじっとしていられなくて、ちょこちょことお手伝いさせてもらったりしながら、いよいよテオドールさんとサンドリオンさんの結婚式の日を迎えた。二人の門出を祝福するように、雲ひとつない晴天だ。
 俺はパーシヴァルとお揃いの鈍色の衣装で誓いの場に立ち会った。白いドレスに身を包んだサンドリオンさんはそれはそれは綺麗だし、テオドールさんは騎士の正装で格好い。
 女神の前で生涯連れ添う事を誓った二人が神殿から出ると、次期当主の晴れ姿を一目見ようとオリエンスの人たちが大勢集まっていて、色とりどりの花びらを撒いてお祝いしてくれた。それに、テオドールさんとサンドリオンさんが笑顔で応える。
 俺は風と光を使って花びらを高く舞い上げると、二人の頭上に虹のアーチを架けた。光を纏った花びらがひらひらと舞い落ちて新郎新婦に降り注ぐと、集まった人たちからわっと歓声が上がる。
「女神の祝福だ!」
「女神もお二人を祝福しているぞ!」
「ヴァンダーウォールに栄光あれ!」
 テオドールさんとサンドリオンさんが驚いた顔をして俺の方を振り向く。
 ちょっと大袈裟になっちゃったけど、ささやかなお祝いです。
 
 そして、この後は城での披露パーティだ。特別なお祝いのご馳走が用意されているんだって。
 テオドールさんとサンドリオンさんをお祝いするために大勢のゲストが城を訪れているし、ベリサリオの騎士や兵士の皆さんにも特別なご馳走が振舞われるとか。間違いなく一晩中飲み明かすんだろうな。
「やぁ、ふたりとも久しぶりだな!」
「ディランさん!」
 パーティの会場に入れば、ディランさんがいた。
 ディランさんとは学院の卒業式以来だ。ディランさんは卒業後、王国騎士団に入団した。在学中は剣術大会でずっと優勝し続けていたので、当然騎士団からお声がかかったのだ。いずれは実家の騎士団に戻るつもりらしいけど、しばらくは王都で騎士を続けるそう。
「サフィラスは相変わらずあちこちで活躍しているそうじゃないか」
「活躍……」
 確かに色々あったけど、活躍と言っていいのかどうか。
 久しぶりの再会に話は盛り上がったけれど、俺はそろそろ……チラリと料理に視線を向ける。
「ちょっとごめんね。俺は料理をいただいてくるよ」
「久々の再会だっていうのに、サフィラスは相変わらず食い気優先だな」
 ディランさんが呆れたように肩をすくめる。
「だって、ディランさんは数日城に滞在するんだから、後でもゆっくり話ができるでしょ。だけど、あの料理は今日だけだからね」
「ならば俺も行こう」
「俺ひとりで大丈夫だよ。パーシヴァルはディランさんと話しててよ」
「だが……」
 パーシヴァルの眉間に皺が寄る。きっと俺が一人になることを心配しているんだろう。なにしろ、こういった場で一人になると、何かと絡まれがちだからな。
「おいおい、パーシィ。料理はすぐそこだし、ここから見えるんだ。そんなに心配することはないだろう」
「そうだよ、パーシヴァル。ちょっと食べたらすぐに戻ってくるからさ」
「……わかった。だが、できる限り見える範囲にいてほしい」
「うん。じゃ、行ってくる」
 大丈夫とは言ったものの、自分でもちょっと引くぐらいのトラブル体質だからな。十分気をつけないと。
「わぁ! 今日はいっそう豪華だ!」
 お祝いの席だけあって、どの料理も華やかだ。デザートも沢山ある。
 どれから食べようか迷いつつも、ひとまず表面が艶々と輝いているパイを皿に取ってもらい早速頂く。レモネとハーブを混ぜた塩で味をつけた鶏の挽肉がたっぷりと詰まっている。レモネの酸味が程よく爽やかで、パイはサクサク。
「うーん、美味しい……!」
 料理を堪能していると、数人のご令嬢が集まってちらりちらりとパーシヴァルとディランさんに視線を向けている。あの二人は目立つからなぁ。
「ねぇ、いつもパーシヴァル様にまとわりついている我儘姫の姿が見えないのだけれど、一体どうしたのかしら?」
「あの方なら神殿に入られたと聞いたわよ」
「まぁ……それならパーシヴァル様にお声掛けしても、嫌がらせをされることはないのね」
「ディラン様もいらっしゃるし、せっかくの機会だもの。ご挨拶しましょうよ」
 声を弾ませた令嬢達の会話が、俺のところまで聞こえてくる。
 すっかり忘れていたけれど、フラヴィアは結局神殿に入ることになったのか。学院入学までに、あの思い込みの激しさを治すことができなかったんだな。
 親族や多くの客人が集まるお祝いの場に出席することもできなくてちょっと可哀想な気もするけど、己の振る舞いが招いた結果だ。遅れてでも学院に入学して、ちゃんと卒業できればいいんだけどな。
 まぁ、彼女も俺なんかに心配されたくないだろうけど。
 少しばかり懐かしい人物に想いを馳せていれば、真っ直ぐこちらにに歩いてくる少年の姿が視界に入った。アクィラと同じくらいの年齢だろうか。一輪の赤い薔薇を握りしめている。
 もしかしたら、おしゃべりに花を咲かせているご令嬢たちの一人に告白でもするつもりなのかも。
 結婚式の場で想いを伝えることはそれほど珍しくはない。庶民の間では特に、知人の結婚式は出会いの場でもあったりする。素敵な花婿と花嫁の姿を見て気分も盛り上がっているし、何より招待されている人たちは身元がしっかりしているから安心だしな。
 とはいえ、貴族同士だとすでに婚約者がいたりすることもあるから、必ずしも想いが叶うとは限らなそうだが。その時は側に居たよしみで骨は拾ってやるからな。がんばれ少年。
 彼の健闘をひっそりと祈っていた俺だったが、何故かご令嬢の皆さんを素通りした少年はずんずんとこちらに迫ってくる。気のせいじゃなければ、少年は俺のことを見ているような気がするんだが。
 とうとう目の前までやってきた少年は困惑する俺の前で跪くと、ほんのり頬を染めながら手にした薔薇をずいっと差し出した。
 お? なんだ? 一体どうした? 
「運命のお方。どうか私と共に生涯を歩んでください」
「は?」
 キラキラとした新緑の瞳が俺を見上げ、薔薇を受け取るのを待っている。
 期待されているのに申し訳ないが、間違いなく俺は少年の運命の相手ではない。
「えーっと、ごめん。気持ちはありがたいんだけど」
「……え……」
 左手をあげて薬指にはめた指輪を見せると、頬を染めていた少年の表情が固まってしまった。気の毒だけど仕方がないよ。
 少年よ、これもまた人生だ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。