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騒動の後始末。今回の俺とパーシヴァルはただ座っているだけです。

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 「サフィラス様、パーシヴァル様、お寛ぎのところ大変申し訳ないのですが、ブラウ公爵家のご子息とご令嬢の件で王妃殿下が少々お時間をいただきたいとおっしゃっておりますの」 
 少しばかり困ったような呆れたような、なんとも微妙な笑みを浮かべたアウローラがやってきたのは、パーシヴァルと干し杏を買いに行こうと話していた時だった。
「ブラウ公爵?」
「ええ、例のご子息とご令嬢の……」
 アウローラの表情が気になりつつも、俺たちはトルンクスの騎士に案内され城内を移動する。
「もしかして、あのご令嬢が俺たちに乱暴されたと訴えたのかな?」
 こそりとパーシヴァルに話しかける。自分で剥いだとはいえ、胸がぼろんだもんね。部屋に入った侍女や騎士たちはさぞ対応に苦慮しただろうな。
「おそらくそうだろう」
 他人事のままにしておきたかったけど、やっぱり面倒は避けられなかったかと思わずため息をつけば、パーシヴァルが俺の手をぎゅっと握った。
「パーシヴァル?」
「心配はいらない。俺たちは黙って座っているだけでいい」
「そうなの?」
「ああ」
 パーシヴァルはなんだか涼しげな表情をしている。
 なるほど。よくわからないけど、すでに手は打ってあるってことか。



 「娘はそこの二人に乱暴されたと言っている! 嫁入り前の我が娘があのような屈辱的な目に遭わされたのだっ!  いくらソルモンターナ王国からの客人とはいえ、あまりにも許し難い! 私は彼らに厳重な処罰を望みますぞ!」
 傍若無人兄妹のお父上でソフィア妃殿下の弟であるところのブラウ公爵が、口角泡を飛ばさん勢いで捲し立てている。
 案内をされた部屋で大人しく待ってた俺たちに、ブラウ公爵は入室するなり怒鳴り散らした。あまりにも予想通りで驚きもしなかったけど。
 それにしても、こんな調子の公爵を相手に、少々の時間で片付くような気がしない。これじゃぁ、杏を買い行くのは無理そうだな。まぁ、いつでも買いに行けるからいいけど。
「おや? それはおかしな話ですね。ご息女の悲鳴を聞いて護衛と侍女が踏み込んだ時、部屋にはご息女が一人だけだったと私は聞いている。しかもご息女がおられたのは使用人の居住区だったとか……公爵家の令嬢がなぜ、そのような場所に?」
 ブラウ公爵に意を唱えたのは、我らがメルキオール殿下だ。
 この場にはブラウ侯爵だけではなく、トルンクス国王陛下とソフィア妃殿下。そしてメルキオール殿下も同席している。
「そこの男に無理やり連れ込まれたのだ! 相手は陛下の客人。断れなかったと娘は言っている!」
 ブラウ公爵がパーシヴァルを指差したが、当然パーシヴァルは顔色ひとつ変える事なく沈黙を保っている。無理やり連れ込まれたのはパーシヴァルの方だけど、あえて黙っているのは痴態を晒したご令嬢に対するせめてもの気遣いだ。そのことにブラウ公爵は気がつきもしないんだろうな。
「……無理やり? 陛下のおられる城中で、公爵家の、しかも王妃殿下の姪御殿が男とあのような場所に向かっていればどこかで必ず人目につくはず。当然、彼がご息女を無理やり西の居館へ連れてゆくところを見たという証言があるのでしょうね?」
「もっ! 勿論だ!」
「なるほど? ブラウ公爵がおっしゃられることが事実だとすれば、彼らに我が国の聖女の護衛を任命した私にも責任がある。なので、私の方でも調べさせていただきましたよ。勿論、国王陛下の許可を得てね。この場で私が受けた報告を申し上げてもよろしいが、いかがされるかな?」
「ぐっ……」
 王太子殿下にそう言われ、ブラウ公爵は顔を赤くして黙り込んだ。
 パーシヴァルは公爵家の侍女に王妃殿下が呼んでいると言われ、連れ出された。公爵家の侍女がなんで王妃殿下のお使いをやっているんだって話だけど、ご実家の侍女だし絶対無いとは言い切れない。怪しいと思いつつも、王妃殿下の名前を出され無視することができなかったパーシヴァルは、しっかりと万が一の対策をしていた。
 俺たち付きの使用人と警護の騎士に、訪問者が本当に公爵家の侍女なのか顔を合わせて確認したんだそうだ。これで王妃殿下の呼び出しが本当でも偽りでも、パーシヴァルを連れ出したのはブラウ公爵家側だと明らかにできる。
 頼りになる男パーシヴァルは、いつだって抜かりがない。俺だったら怪しいと思いつつも、きっと何もせずにのこのことついて行っただろう。
 それにしても、いくら姪だとはいえ、勝手に王妃殿下の名前を使うのはさすがにやりすぎだ。しかも俺たちはご令嬢が魅了魔法の使い手だってことに気がついている。あまり騒ぎ立てると、ご令嬢は恥の上塗りをすることになるだろう。例えば、魔法を使って男を使用人部屋に連れ込んだご令嬢、ってね。
 「……ところで、ブラウ公爵令息はサフィラス君を自らの専属魔法使いにすると宣った上、乱暴に腕を掴み強引に連れ去ろうとしたとか。私に一言の相談もなく、そのような勝手を申されても困るのですよ、ブラウ公爵。サフィラス君は然るべき時期に、我が国の最も重要な地の一つであるヴァンダーウォール辺境伯家へ籍を入れることになっている。そのような大事な時期にある彼を、辺境伯は私に伴うことを許してくれたのですよ。万が一にもサフィラス君が帰国しないような事態にでもなれば、我が王家は国を護る忠臣の信頼を失うことになる」
「そのことにつきましては、本当に申し訳ございません。メルキオール殿下」
 なかなか強引に話をすり替えた王太子殿下の抗議に、ブラウ公爵ではなく王妃殿下が頭を下げた。非公式な場とはいえ、トルンクスの王妃殿下がソルモンターナの王太子に頭を下げるなんて、これはちょっとだいぶ大ごとになちゃったんじゃないか?
 とはいえ、下手したらブラウ公爵令嬢のせいで俺たちはご令嬢暴行の罪人にされる所だったんだから、大ごとと言えば、大ごとなんだけど。
「どうかお顔をお上げください。王妃殿下に謝罪して頂く必要はございません。王妃殿下からトルンクスへの留学の話があったことは伺っております。そして、そのお話はその場でお断りし、王妃殿下にも納得していただいている。しかし、ブラウ公爵令息は強引にサフィラス君を連れ去ろうとした。本来謝罪するべき方は、ブラウ公爵でしょう」
「いいえ、わたくしの身内が引き起こしたこと。夜会であれほど美しい魔法を陛下に贈ってくださったサフィラスさんに、そのような無礼を働いたことを本当に申し訳ないと思っております」
 ソフィア殿下はいい方だ。それは間違いない。
 だけど……
「なぜ妃殿下が頭を下げるのです! 変わった魔法を使うとはいえ、相手はたかだか平民ですぞ! しかも辺境伯家と言っても、所詮は三男の婚約者だ! いささか大袈裟ではないかな⁉︎」
 全くこの状況がわかっていない人物が約一名。一国の王妃が頭を下げるってことの重大さを、まるで理解していないな。そもそも、国王陛下と他国の王太子の前でこれだけ感情的になるなんて、高位貴族としてどうなのかと思うけど。
 この男は本当にソフィア妃殿下と血の繋がりがあるの?
「我が公爵家は妃殿下のっ……!」
「ブラウ公爵、もうやめよ」
 今まで押し黙っていた国王陛下がとうとう口を開いた。明らかな怒りの気配に、喚き散らしていたブラウ公爵が口を閉じる。
「ソフィアの弟と思いこれまでは目を瞑っていたが、もはや看過できぬ。其方はしばらく領地で頭を冷やせ。それから、チャールズとエリザには無期限で城への立ち入りを禁ずる」
「なっ! なんですと? 陛下、一体何をおっしゃられるか!」
 王妃殿下と血の繋がりがある公爵家の息子と娘が無期限で城に上がることができないなんて、二人にも公爵家にとっては相当の痛手だろう。
「アーレント、弁えなさい。それ以上は不敬ですよ」
「姉上!」
 まだ納得できないブラウ公爵は姉弟の絆に訴えるつもりなのか、助けを求めるような視線を王妃殿下に向ける。
「……各地で魔獣の大発生が起きたことは、まだ記憶に新しいと思います。あなたも勿論覚えているわね、アーレント?」
「ええ、覚えておりますが……それがどうしたというのです?」
「あの時、我が国の危機にいち早く援軍を送ってくださったのはソルモンターナ王国です。どの国も自国の対応で他国に手が回らぬ中、ソルモンターナ王国が我が国に援軍を送ることができたのは、ヴァンダーウォール辺境伯がソルモンターナ王国を内から守り抜いたからこそ、ソルモンターナ国王陛下は王国軍を他国に送る決断ができたのです。おかげで我が国の被害は最小限ですみました。その大恩あるソルモンターナの王太子であるメルキオール殿下に、あなたは大変に失礼な態度をとっていることがわからないのですか? その上、大事の際に国を支えたヴァンダーウォール辺境伯家のご子息を侮辱するとも取られかねない発言まで……この国の王妃として、これ以上あなたの振る舞いを許すわけにはゆきません」
 散々甥と姪に好き勝手させてしまった王妃殿下のことだ。もしかしたら、彼らのためにならないと思いながらも、もう少し処罰を軽くしてあげてほしいと国王陛下にお願いすると思っていたけど。ただ優しいだけの人ではなかったんだな。
 頼りの姉にピシャリと言われて仕舞えば、もうブラウ公爵にはどうすることもできない。
 なんとも言えない表情になったブラウ公爵はがくりと肩を落とす。
「……国王陛下のご判断に従います。メルキオール王太子殿下、我が子らの無礼大変申し訳ございませんでした」
 ブラウ公爵は深々と頭を下げると、騎士に促されのろのろと退室していった。その姿が入室した時よりも随分小さく見えたのは、きっと気のせいじゃないだろうな。
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