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大舞台を前にしても、緊張したりはしません

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 「サフィラス様? 先ほどから何を召し上がっていらっしゃいますの?」
 それはそれは美しく装ったアウローラが首を傾げる。
 今日のアウローラは聖女を意識したのか、上質な生地の白いシンプルなドレスを身に纏っているけれど、王太子殿下から贈られた白金とダイヤモンドのティアラに揃いのイヤリングとネックレスで、公爵令嬢らしい気品に満ちている。
 アウローラの全身がほんのりと光を放っているように見えるよ。
 そして、その仄かに輝く聖女を護る俺とパーシヴァルは、公爵家の騎士の正装でしっかりと決めた。騎士のパーシヴァルはマント、魔法使いの俺はローブを羽織っていて、そこには双頭の鷲が金糸で刺繍されている。
 そんな俺たちを見て、アウローラは素敵だと褒めてくれた。何を着ても様になるパーシヴァルには敵わないけど、俺もそこそこ決まってる……と思う。
 アウローラの控室には、俺たちの他に女性騎士も2人控えているが、彼女たちは王国に属する騎士だ。
 まもなく始まる式典に、周囲の空気は否応もなくピリッとしている。
 そんな中で、俺は呑気にジャケットの隠しに潜ませていた干し杏を食べていた。
 一応朝食は提供されたんだけど、支度とか打ち合わせとかでほとんどまともに食べられなかったので、俺の腹は物足りないぞと騒いで仕方なかった。当然、式典中や夜会で護衛の俺たちは食事なんてできない。なので、空腹を落ち着かせるためにこうして干し杏を忍ばせていたのだ。
「ん、これ? 昨日街の見学に行った時に、出店のおばちゃんからもらった干し杏だよ」
 小腹が満たせればなんでもいいと思っていたんだけど、この杏がなんとも思った以上に美味しい。
 表面は天鵞絨のように滑らかで口触りが良く、中は程よくしっとりして酸味と甘みが絶妙なバランスだ。国に帰る前におばちゃんのお店に行って、是非ともお土産に買って帰るつもり。
「……干し杏、ですか?」
「うん。実は昨日パーシヴァルと街に遊びに行った時に、変な奴に会ったんだよね」
 杏をきっかけに、昨日出会ったどこぞの公爵家の迷惑男のことを話す。
 当然のことながら、件の男から俺とパーシヴァルの不敬を訴えるような書状が届く事はなかった。
「まぁ、そんなことが……お二人に何事もなくて、本当によかったですわ。ですが、その方が公爵家の方だとおっしゃったのでしたら、式典と夜会に参加される可能性は高いですわね」
 アウローラはそう言って、少し考え込むような仕草を見せた。
 まぁ、ちょっとおかしな奴だったから、公衆の面前で恥をかかされたと逆恨みして、俺たちに何かしらの嫌がらせを仕掛けて来る可能性もなくはない。アウローラが心配するのも当然だろう。
「大丈夫! 心配しないで。絶対にアウローラ嬢に迷惑をかけるようなことにはしないから!」
 そんなことにでもなったら、護衛の意味が全くないからな。
「いいえ、そうではありません。わたくし自身のことは心配しておりませんわ。むしろ、サフィラス様が心配なのです」
「え? 俺?」
「ええ。サフィラス様は本日の夜会で魔法を披露されますでしょう?」
「……なるほど。そうだな」
 なぜかパーシヴァルまで難しい顔になってしまった。
「何かまずいことでもある?」
「サフィラスが夜会で目立てば、あちらを刺激する可能性があるということだ」
「ああ……確かに。でも、俺なら心配ご無用だよ」
 いくらなんでも諸外国からの客人も多くいる夜会で正面切って絡んでくるようなことはないだろうし、縦しんば絡まれたとしても痛くも痒くもない。だけど公爵家の立場を利用して、難癖つけてきたらちょっと面倒くさいことになりそうだなぁ。
「どのようなお方かよくわかりませんし、とにかく、お二人は十分に警戒なさってくださいませ」
「うん、そうだね……」
 向こうがどれだけ絡んでこようとも、アウローラとついでに王太子殿下に恥をかかせるような事がないよう最善を尽くそう。
 そんな話をしていると、そろそろ時間だと案内係がアウローラを迎えに来た。俺は杏の小袋をジャケットの隠しにしまって、気持ちを引き締める。
 部屋の外では王太子殿下が待っていて、アウローラの姿を一目見るなり、あからさまに嬉しそうな表情を浮かべた。まぁ、気持ちはわかるよ。殿下の贈ったアクセサリーがよく似合っているものな。
 けど、そんな表情を見せたのもほんの一瞬。すぐに何を考えているのかわからない余所行きの顔になった。
「二人とも、今日はよろしく頼んだよ」
「お任せください」
 俺とパーシヴァルは声を揃える。
 国同士の仲が良いって言ったって、この国の貴族全員が善人ってわけじゃないからね。中には、聖女を狙う不埒な輩も紛れ込んでいるかもしれないし。昨日の男みたいなのもいる。
 とはいえ、どんな奴らが束になってかかってきたって、アウローラには指一本触れさせないよ。
 そう思っているのは、王太子殿下もだろうけど。なにしろ護衛の数が半端ない。俺とパーシヴァルの他にもさっき控え室にいた女性騎士を含め、四人もの護衛がついている。
 でもまぁ、これだけ厳重に警護していれば、公式に伝えていなくともアウローラがソルモンターナにとって重要な立場の女性だってことをアピールもできる。
 さすが王太子殿下、しっかり考えているな。

 厳かに始まった式典には、各国からの賓客もかなりの数が参列している。
 万が一が起きた時、すぐに防壁が張れるよう周囲を警戒しながら視線を巡らせていると、参列しているトルンクスの貴族の中に、昨日の男を見つけた。男の隣には似たような顔立ちの女性が立っている。どうやら姉か妹のようだけど、中身も同じような性格だったら最悪だな。
 パーシヴァルも気がついたようで、俺たちは視線で頷きあう。向こうはまだ、こちらには気がついていないみたい。それとも、もう俺たちの顔なんか忘れちゃっているのかな。ま、その方がありがたいけどね。
 式典は粛々と進み、延々と続く挨拶の途中でうっかり出てしまったあくびを誤魔化したりしながらも、なんとか乗り切った。
 このあとはいよいよ祝宴だ。アウローラと王太子殿下は休憩と夜会の準備ために控え室に戻る。着替え中は中に入れないので、俺たちは控え室前で待機だ。
 待機の間に、護衛騎士の人たちと交代で軽食とお茶を頂いた。
「サフィラス、疲れてはいないか?」
「全く大丈夫! 腹ごしらえもできたしね!」
 ただ立っていただけだから、全く疲れていない。それに、用意されていたサンドウィッチとお菓子を平らげた俺の腹はすっかり落ち着いた。夜会が終わるまで何も食べられないと覚悟していたけど、アウローラが軽食の手配をしてくれていたのだ。実に嬉しい気遣いだよね。
「それにしても、これから大舞台に立つというのに、サフィラスはずいぶん落ち着いているな」
 まぁ、普通は他国の国王陛下の前に立つとなったら、何も喉を通らないほど緊張していても不思議じゃないけど。あいにくと、俺はそれほど繊細な人間じゃないんだよね。
「別に命の危険があるわけじゃないし、ただ魔法を見せるだけだから。それに、魔法は俺が一番得意とするところだからね」
 パーシヴァルからもアイディアをもらって、いろいろ考え抜いた最高の魔法演技だ。王太子殿下に披露したら大絶賛だったからな。演技の内容は問題ないはず。
「……確かに、そうだな。サフィラスの魔法演技、楽しみにしている」
「うん! 任せといて!」
 薄っぺらい胸をドンと叩けば、パーシヴァルはふっと表情を緩めて俺の髪に触れた。
 ゔっ……! あ、甘い! 顔も雰囲気も甘いぞ! パーシヴァル!
 だけど、誰にでも公平で優しいパーシヴァルがこんな笑みを見せるのは、俺だけなんだよなぁ。ま、まぁ、パーティの仲間だし? 婚約してるし? 将来の伴侶だし? 伴侶だし……
「サフィラス、どうした?」
「な、なんでもない!」
 急に熱くなった顔に慌てた俺は、カップに残っていたお茶を一息に飲み干した。

 
 十分休憩が取れた俺とパーシヴァルは、華やかなドレスに着替えたアウローラと、彼女をエスコートする王太子殿下の後ろについてホールに入場する。
 各国から招かれた賓客や貴族が集い、ホールはこれでもかってくらいに豪華絢爛で、その眩しさに目が潰れそう。
 王太子殿下の他にも他国の王族が招かれているけれど、ソルモンターナはこの大陸で最も大きな国で、その国の王太子である殿下はもちろん正賓だ。招待客の誰よりも一番にトルンクスの国王陛下へ祝意を伝える。
「……トルンクス王国の末永い安寧と繁栄を。この佳き日に、特別な魔法で花を添えたく存じます」
 挨拶を終えた王太子殿下が俺に視線を向けた。それを合図にホールの中央に歩み出ると、トルンクス国王に深々とこうべを垂れる。
 さぁ、いよいよ俺の魔法演技を披露する時がやってきた。
 腕が鳴るぜ! いや、この場合は杖が鳴るのかな?
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