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気まぐれオルトロス

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 パーシヴァルと2人で美味しい朝食をたらふく食べた後、俺はヴァンダーウォール卿の執務室へ向かう。愛しているの件があるので些か気まずい気もするが、このままずっと顔を合わせないわけにも行かないだろうし……
 こうなったら腹を決めて、何事もなかった顔を貫き通すしかないだろう。あの場には、俺とパーシヴァルしかいなかった。そう、2人きりだった! ということにしておく。
「どうした、サフィラス? 何か気になることでも?」
 俺が拳を握って気合いを入れている隣で、パーシヴァルは相変わらず堂々としていて浮ついていない。俺が転移した後、あの場にひとり残ったパーシヴァルの方がよっぽど居た堪れなかったんじゃないかとも思うけど、全然そんな素振りはないんだよな。
 ……確かに、よく考えてみれば別に恥じることじゃないし。愛しているのは事実だし、それなら俺も堂々としていればいいんだ。
「いや、なんでもないよ!」
 

「サフィ、本当によく無事で帰ってきてくれました……! 女神フォルティーヌに心より感謝いたします」
 パーシヴァルを愛してますが何か? ってな風を装って執務室に入室した俺だったけど、帰還の挨拶を言う間も無くアデライン夫人の抱擁に迎えられ、柔らかくていい香りに包まれた。
「母上、独り占めはずるいですよ。俺たちもサフィラスの帰りをずっと待っていたんですから」
「カーティスのいう通りです、母上」
「ええ、ええ、そうだったわね。ごめんさい。嬉しくてつい……」
「よく帰ってきたな、サフィラス!」
「ああ、無事で良かった!」
 アデライン夫人が俺から離れると、今度はテオドールさんとカーティスさんが、代わる代わる俺を抱擁する。それから、ヴァンダーウォール卿が席から立ち上がって俺のところまで来ると、その大きな手を俺の肩に置いた。力強くて暖かい手だ。
「サフィラス、よく無事で帰ってきてくれた」
 みんなから優しい眼差しを向けられた。微笑みを浮かべているアデライン夫人の目元には光るものまである。
 ベリサリオ家のみんなが、俺の帰りを待っていてくれたんだ。この部屋の雰囲気でそれがひしひしと伝わってくる。
 なんだか気恥ずかしくもあったけれどやっぱり嬉しさが優った。
「えーっと、ただいま戻りました……あ、そういえば、ウェリタスはどうしてますか?」
 すっかり忘れていたけど、厄介者を預けていたんだった。おおかた地下牢にでも放り込まれているんだろうけど。
「ああ、アレなら厩舎に放り込んだ」
「え、厩舎?」
 カーティスさんから予想外の言葉が飛び出す。
「オルトロスが一緒だったからね、地下牢じゃなくて厩舎に収容した。ヴァンダーウォールの馬なら魔獣に慣れているので、オルトロスがいても驚いたりはしないからな。会いに行くか?」
「はい」
 一応どうしているかは気になる。
 カーティスさんに案内されて厩舎に向かうと、空いた馬房に相変わらず芋虫状態でウェリタスが転がっていた。そのウェリタスを見張るように、オルトロスがお行儀よく座っている。
「オルトロス、お疲れさま」
 声を掛ければ、オルトロスは千切れんばかりに尻尾を振った。しかし、ウェリタスが未だ芋虫なのはなんでだ?
「……おい! 貴様ら俺をこんな目に合わせてタダで済むと思うなよ!」
 呆れたな。シュテルンクルストの王太子と共謀して、インサニアメトゥスを復活させようとした奴が何を言っているんだ? それを言ったら、森をめちゃくちゃにされたエト・ケテラの国王や民こそお前をタダじゃおかないぞ。
「っていうかさ。お前こそ、このままで済むと持ってるの? ソルモンターナの貴族でありながら、王国を裏切っているし、それどころか大陸全土を敵に回しかけたんだ。それなのになんで、自分の方が優位だなんて思えるの?」
「か、彼のお方が大陸を支配すればっ……!」
「けしからん王太子は生きているかわからないよ。インサニアメトゥスに片腕を食われちゃったし、あの状況で無事に逃げられていれば奇跡だ。それに、インサニアメトゥスは俺が跡形もなく消し去ったからね。心の臓もクロウラーが残さず食べちゃったから、二度と復活はしない」
「お、俺が魔力を注いだ竜を……」
「そういえば……お前、もしかしていまだに魔力が戻っていないんじゃないの?」
 でなければ、自尊心の塊のようなウェリタスが芋虫のままなんておかしい。
「そ、そんなことはない!」
 ウェリタスは喚いたけれど、きっと彼の魔力は枯渇したままなんじゃないかと思う。これは俺の推測に過ぎないけど、インサニアメトゥスに魔力を吸い取られると、二度と魔力は湧いて来ないんじゃないだろうか。でなければ、魔力の回復に恐ろしく時間がかかるようになるんだと思う。いずれにせよ、これはある種の呪いだな。
「なら、なんでいまだに芋虫のままなの?」
「くそっ! くそっ! お前がっ! お前さえいなければっ! 役立たずで誰にも愛されていないお前なんか、とっとと死んでしまえば良かっ……!」
 カーティスさんが馬房の柵を足で思い切り蹴飛ばし、芋虫ウェリタスの喚き声を遮った。しかもヴァンダーウォールの大きな馬に合わせた、普通よりもずっと太い柵が折れかけているじゃないか。
 さ、さすがヴァンダーウォールの男……たったひと蹴りでこの威力。
 しかもなぜか、オルトロスがウェリタスの頭を思い切り踏みつけている。君たちウェリタスを気に入っていたんじゃないのか?
「口を慎め。サフィラスは我が一族の人間だ。侮ることは許さん」
 いつもはどこかお調子者の雰囲気を漂わせているカーティスさんが、低い声で言い放つ。
「くっ……」
 ウェリタスは悔しげに顔を歪めたが、もう何かを言い返す気力はないようだった。
「サフィラスには悪いが、この男の処遇は王国に委ねることになる。さすがにやらかしたことがことだけに、ここだけヴァンダーウォールで留めておける話ではなくなった」
 まぁ、そうだろうとは思う。いくら俺を見下したいからって、厄災竜を復活させるのはさすがにやりすぎだ。
 ウェリタスは傲慢ではあったけど、俺なんかに拘りさえしなければ、一応は魔法伯爵としてオルドリッジの名を継いでいたはずだ。
 こうなった元凶は間違いなく元父だが、同じ両親に育てられてもアクィラはウェリタスのようにはならなかった。チラリとウェリタスに視線を向ければ、ものすごい目で睨まれる。
 ……こりゃ、人としての資質の問題だな。
 オルドリッジがどうなろうと俺には毛の先ほども関係ないが、まともなアクィラができる限り巻き込まれ無いように、尽くせる手は尽くそう。
「さぁ、彼にはもう話すことはないようだ。パーシヴァル、サフィラスを屋敷へ」
「はい、兄上。行こう、サフィラス」
「え? あ、うん」
 俺はパーシヴァルとカーティスさんにやたらと気遣われてながら厩舎を出た。兄弟仲がいい彼等には、ウェリタスの言葉は些か信じられないものだったに違いない。特に初めて聞くカーティスさんには刺激が強かったんだと思う。俺は毎回同じことを言われているので、些か食傷気味だ。たまには意表をついた罵りを聞かせてもらいたかったけど、もうそんな機会はないんだろう。



 それは、長閑な昼下がりのお茶会での会話だ。
「そろそろお披露目のことも考えなければいけないわね」
「え? お披露目って、なんのですか?」
「勿論サフィよ」
 アデライン夫人がとってもいい微笑みで応えたので、お菓子を摘もうとしていた俺はその手をぴたりと止めた。
 ヴァンダーウォール卿は一連の出来事をまとめると王城へ風隼を飛ばし、ウェリタスはヴァンダーウォール預かりとなった。俺はしばらくのんびりするように言われているので、お言葉に甘えていつになく呑気に過ごしている。
 インサニアメトゥスを倒したからといって、特に疲れているとか魔力が不安定になっているとか、そういった不調は全くないんだけど、どうもベリサリオ家の皆さんは俺を過保護に扱いたがる。
 パーシヴァルが忙しそうにしている中、何もさせてもらえない俺がぼーっとしていたら、アデライン夫人とサンドリオンさんにお茶に誘われたので、一も二もなく頷いた。美味しいお茶とお菓子は、俺に必要不可欠なものだからね。
 明るいサロンでお茶を飲みながら和やかに他愛ない話をしていたはずが、なぜかいつの間にか俺のお披露目なんて話になっていた。ご婦人方の話の持って行き方ってすごい。
 だけど、一体俺の何をお披露目するの?
「サフィは間も無くパーシィの正式な伴侶となるでしょう。王家が2人の婚姻を大変歓迎してくださっていますから、そのような婚約に物言いをつける相手など滅多にいないのだけれど、中にはかなり強引な方もいらっしゃるので誰がどんな横槍を入れてくるかわからないの。ですからね、念には念を入れて周囲にはっきりと2人の関係を示しておかなければと思っているのよ」
 同席しているサンドリオンさんも深く頷いている。
 横槍ってつまりあれか。お前なんかパーシヴァルに相応しくないぞってやつだな。でも、俺は誰に何を言われても気にしない。そもそもパーシヴァル本人が俺でいいって言ってくれているわけだし。
「いや、俺は別にそこまでしてもらわなくても……」
 俺たちの仲を邪魔する奴らくらい自分で対処できる。お披露目なんて大袈裟なことになったら、また衣装だとかなんだとか色々と準備することになるんだろうし。あまり俺にお金をかけるのは勿体無いだろう。
「……サフィラス様、お披露目はパーシヴァルの為でもあるのですよ」
 え? パーシヴァルの為?

 
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