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やっぱりサフィラス無双 その1

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 いつものように学園の中庭に転移すると、そこには天幕がいくつも張られ怪我をした人たちが手当を受けていた。おそらく王都の人たちだ。治癒師や医師とともに、学院生も怪我人の手当を手伝っている。
「これは……」
「……思ったよりも深刻な事態になってる」
 目の前の状況に、俺とパーシヴァルはしばし立ち尽くす。
「アウローラ様、少しお休みになった方が……」
 覚えのある声に振り返ると、アウローラとリリアナがいた。アウローラは長い髪を一つにまとめ、動きやすい服を着ている。今は公爵家のご令嬢ではなく、聖女として怪我人の治癒にあたっているのだろう。
「わたくしは大丈夫です。リリアナこそ、少しお休みなさい」
「アウローラ嬢!」
「……まぁ! サフィラス様! パーシヴァル様! どうしてこちらに?」
「閣下から風隼で知らせが届いたんだ。それで戻ってきた」
 王都には王国騎士団や魔法師団がいるから、ある程度の魔獣なら大丈夫だと思っていたけれど、この状況は俺の予想をちょっと超えてるな。
「そうでしたのね。父は今、王城におりますの。ここではなんですので、ひとまずカフェテリアに移動いたしましょう。リリアナ、申し訳ないけれどお茶の用意をしてくださる?」
「はい」
 四人連れたってカフェテリアに向かうと、そこにはいつもの和やかな雰囲気は無かった。学院生に混じって、騎士や魔法使いが食事をしている。どうやら、学院を討伐の拠点として使用しているようだ。しっかりとした塀に囲まれて、広い敷地のある学院は、怪我人も収容できるし拠点として十分機能するだろう。それに将来の騎士や魔法使いという戦力も揃っているし。
 俺たちが空いているテーブルに着くと、リリアナがお茶を淹れてくれる。しかもこんな状況だと言うのに、焼き菓子まで用意してくれた。
「お二人とも、よく戻ってきてくださいました」
 そう言って微笑んだアウローラは、少し疲れているように見える。きっとこんな状態になってからずっと、怪我人の治癒を続けていたのだろう。真面目な治癒師にありがちだけど、休みなしに治癒を続けて自分が倒れちゃうんだ。リリアナの言う通り、アウローラは少し休まないとそのうち倒れるぞ。王太子殿下は一体何をやってるんだ?
「……魔獣があちこちで大量発生しているそうだけど」
「ええ。王都の森で魔獣が溢れ出し、あっという間にラエトゥスに傾れ込みましたの。城郭内に入り込んだ魔獣は、王太子殿下指揮の元、騎士団が対応しておりますが、クラウィス様もご自身の護衛騎士と共に民の避難誘導と怪我人の保護に当たってくださっています」
「クラウィスも?」
「はい。魔獣の発生は今も続いていて、発生源である王都の森には魔法師団と有志の冒険者の方々が向かっているのですが、魔獣が多すぎて深淵に近づくこともできないと……王都周辺の地でも魔獣が同じように大量発生して救援要請が届いておりますが、王都がこのような状況なので騎士団も魔法師団も、とても動ける状況ではないのです。しかも、近隣国でも魔獣が大量に発生していると報告が上がっておりますの」
 どこも自分のところで手が一杯になって、他に気を回してる場合じゃないんだな。しかし、これだけあっちこっちで魔獣が溢れている中、ヴァンダーウォールに異変がないって言うのは却って不気味だ。その静けさの裏にはきっと何かある。だから、その何かが起きる前に、こっちの収拾をつけてしまわないとね。
「なるほど。大体の状況はわかったよ」
 俺はリリアナの入れてくれたお茶を一気に飲み干すと、ついでに焼き菓子も二、三個口に放り込んで席を立つ。うん、牛酪が濃厚で美味しい。
「……よっし! 手始めに王都の魔獣を一掃しちゃおうか」
 パーシヴァルは丁寧にお茶を飲み干すと席を立つ。太陽の騎士はどんな時でも、所作が洗練されているなぁ……口に焼き菓子を頬張っている俺とは大違いだ。
「サフィラス様……」
 アウローラが心配げな眼差しで俺を見上げた。
「大丈夫。すぐに片付けてくる。それと、アウローラ嬢は少し休んだ方がいいよ。無理をして倒れたら元も子もない。俺が王都のお掃除している間に休んでて」
「ですが、」
「アウローラ嬢が休まなければ、リリアナ嬢も休めないのではないか? 今ここで治癒ができるのはアウローラ嬢だけではないんだ。一人で抱え込まずもっと周りに任せてもいいんじゃないか?」
 パーシヴァルの言葉に、アウローラはハッとしてリリアナを見た。
 そうそう。いくら主人が休めって言っても、そう言ってる主人が休んでいないんだから休めるわけがない。
「私は大丈夫です。ですが、サフィラス様の言う通り、アウローラ様は少しお休みになるべきです」
「……ええ、そうね、そうですわね。ごめんなさい、リリアナ。わたくし周囲が全く見えなくなっておりましたわ。駄目ですわね、余裕がなくて……」
 アウローラにはしっかり休んでもらわないとね。この後、少しばかり怪我人が増えるかもしれないし。
「この騒ぎだし、余裕なんてなくて当然だよ。でも、俺たちが来たからにはもう大丈夫。行こう、パーシヴァル」
「ああ」
「お二人とも、どうかお気をつけて」
 アウローラとリリアナに見送られて、カフェを出た俺はユニサスを召喚する。
「天翔る聖なる翼、ユニサス!」
 空から探せば、王太子殿下とクラウィスはすぐに見つけられる。
 俺とパーシヴァルが背に跨ると、ユニサスはそれを合図に一息に空高く駆け上がる。
 上空から見下ろすと、王都の被害の全容が見えた。そこかしこで、魔獣が群れで走り回っている。随分と荒らしてくれたな。
「思ったよりも城郭内に魔獣が入り込んでいるようだな」
「そうだね……」
 俺が資金稼ぎのために魔獣を狩っていた時よりも発生の規模が大きい。王都の人たちは避難しているか、建物の中に潜んでいるんだろう。魔獣と戦っている騎士や兵士以外は、人っこひとり見えない。
「サフィラス、いたぞ。クラウィスと王太子殿下だ」
 パーシヴァルの指差した方向に視線を向けると、魔狼に囲まれながら4メルテルはありそうな大きな魔熊と対峙しているクラウィスたちがいた。
「いやいや! 王太子二人が揃ってあんな魔獣と戦っているとか、どうかしているだろ!」
 護衛の騎士もなんとか二人の王太子を守ろうとしているが、次から次へと押し寄せる魔狼を切り伏せるだけで手一杯に見える。リベラが二人を守ろうと果敢に魔熊に切り掛かっているけれど、明らかに力負けしている。何より魔熊の硬い毛皮で、攻撃がほとんど効いていない。
 大きく吠えた魔熊が立ち上がり、両の前脚を振り上げた。あんなのを食らってしまったら、丈夫な獣人だってひとたまりもない。
 俺は迷わず巨大な魔熊の脳天に雷を落とす。強力な雷に頭を撃ち抜かれた魔熊は、今まさに鋭い爪を振り下ろそうとしていた格好のままひっくり返った。
「サフィラス!?」
「クラウィス、油断するな!」
「っ!」
 素早くユニサスから飛び降りたパーシヴァルが、クラウィスに襲いかかった魔狼をあっという間に斬り伏せる。
「揃いも揃ってこんな前線で戦っているとか、一体何をやっているんですか!」
 クラウィスたちの側に降りた俺は、堪らず怒鳴っていた。かたや獣王国、やたやソルモンターナの後継だ。万が一のことがあったら、取り返しがつかないんだぞ。そもそも、現場での直接の指揮は騎士団長の仕事だろう。
「す、すまない……」
 クラウィスはバツが悪そうに耳を倒し、尻尾を下げた。
「なかなか手厳しいな、サフィラス君。だが、これは不可抗力だ」
 危ない状況だったっていうのに平然としている王太子殿下の視線を追えば、騎士たちに守られて子供を抱いた女の人がしゃがみ込んでいた。すっかり腰を抜かしていて、離れていてもわかるほど震えている。腕に抱かれた子供は、唇を噛み締めて声を出さずに涙を流していた。逃げ遅れた王都の民だ。あんな魔熊と遭遇して、さぞ恐ろしかっただろう。
「どうやら逃げ遅れたみたいでね。我々も学院に戻るところだったのだが、気がついたら魔獣に囲まれていた。それよりも、君たちはシュテルンクルストにいたんじゃないのか?」
「俺の性根しょうねは冒険者ですよ。友と祖国の危機に駆けつけるのは当たり前です。とりあえず周囲の魔狼を片付けちゃうんで、クラウィスと殿下は後ろに下がっててください」
 焼き払っちゃえば楽だけど、こんな街中で広範囲の炎を使ったら家まで焼いちゃうかもしれないからね。それに雷なら後で魔狼の皮も回収できる。周辺の被害も考えると復興にはお金がかかるだろうし、資金源があるのはいいことだ。
 周囲の魔獣目掛けて、雨のように雷を落とす。
 激しい閃光と炸裂音が止んだ後には、魔狼の群れが薄い煙をあげて折り重なるように倒れていた。
「……凄まじいな……」
 思わず、と言った感じで王太子殿下が呟いた。
 そうでしょう、そうでしょう。でも、こんなのは序の口ですよ。俺はワーズティターズでも活躍してくれた召喚獣たちを召喚ぶ。
「オルトロス! アウルベア! ネメオス・レーオン! キャス・パリューグ!」
 召喚陣から次々と飛び出してきた大きな召喚獣に殿下の護衛騎士たちがどよめくが、獣王国の騎士たちには馴染みの召喚獣だ。特に驚いたりはしなかった。
「みんな、悪いけどそこらじゅうにいる魔獣を残らず片付けてくれる? 素材を手に入れたいから、できればあまり傷をつけないで。よろしく頼むよ」
 俺のお願いに、召喚獣たちはそれぞれ四方に駆け出して行った。
「王都に入り込んだ魔獣は、彼らに任せておけば大丈夫です。半日もあれば終わると思うので、後で素材を集めてください」
「本当に君は規格外の魔法使いだな……敵に回したら大変なことになりそうだ」
「ご安心ください。俺は友と祖国を大切にする男です。滅多なことでは裏切りませんよ」
 冒険者は世界を渡り歩くけれど、大体みんな祖国を愛してるもんだ。
「そうか。ならば、私はいずれこの国を導く者として、君を失望させるような事をしないようにしなければな」
「ぜひ、そうなさってください。それはひとまず置いておいて、王太子殿下は学院に戻ったらアウローラ嬢に面会してください」
「アウローラに何かあったのか?」
 さっきまで余裕を見せていた王太子殿下の表情が引き締まる。第二王子と違って、王太子殿下はまともな婚約者だな。
「何もないですが無理をしているようなので、労ってあげてください。聖女とはいえ、アウローラ嬢も普通のご令嬢ですから」
「そうか……わかった」
「おっと、そうだ。ケット・シー、クー・シー!」
 二つの召喚陣から、黒い猫と深緑の大きな犬が飛び出す。
「にゃーん、お呼びかにゃ?  あっ!? 何で妖精の犬までいるにゃ!」
 クー・シーと同時に呼び出された事に機嫌を損ねたケット・シーが、クー・シーの鼻先を前足で叩いた。クー・シーは迷惑そうに鼻先に皺を寄せたけれど、くんとも言わない。
「ケット・シーやめろって。これから二人には重要な仕事をしてもらうんだから」
 俺はケット・シーに叩かれた可哀想なクー・シーの鼻先を撫でてやる。
 クー・シーはケット・シーにやられても、やり返さないんだよな。お前も言いたいことがあるなら、遠慮せず言ってもいいんだからな。
「……重要な仕事? それなら、仕方がにゃいにゃ」
「ありがとう、ケット・シー。二人には、クラウィスたちの護衛をお願いしたいんだ。それで、変な笛の音が聞こえたら、その笛を吹いている奴を見つけ出して捕まえて欲しい」
「まさか、獣笛を使う奴がいるのか?」
 リベラが険しい表情を浮かべた。あの夜会での屈辱は忘れたくても忘れられないだろう。
「いいや。念の為だよ。騒動に乗じてよからぬ奴らがラエトゥスに入り込んでいるかもしれないから」
 というか、もうすでに入り込まれてのこの騒動だろうけども。どう考えたって、今回の魔獣の大量発生はシュテルンクルストが関わっているとしか思えない。あの城の地下に漂っていた異常な魔素は、魔獣の大量発生を促す何かを保管していたからだろう。
 そう考えると、前回の魔獣の大量発生もシュテルンクルストの仕業に違いない。おそらく実験でもしていたんだろうな。
 今頃各地の混乱にほくそ笑んでいるんだろうが、この程度魔獣の群れで大陸を混乱させられると思うなよ。どれだけ魔獣が湧いて出ようとこの俺が残らず狩ってやりますとも。
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