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サフィラス、あらぬことを心配される

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 突然城のエントランスホールに現れた俺たちに、警護していた騎士がざわつく。
 それもそうだよなぁ。パーシヴァルはボロボロだし、俺はパーシヴァルの上着を肩にかけているとはいえ、ほぼ全裸。当然何があった? ってなるよな。
「パーシヴァル様! サフィラス様!」
 騒ぎを聞きつけたのか、ジェイコブさんがすぐにやってきた。
「サフィラスが薬を飲まされている。すぐに診て貰いたい」
「いや、俺よりもパーシヴァルを先に手当てしてください」
 俺は怪我はしていない。最初こそ吐き気があったけれど今はなんともない。パーシヴァルは辛抱強いから、どこか痛くても黙っている可能性がある。
「ご安心ください、サフィラス様。すぐに医師がまいります。まずはお二人とも、お部屋の方へ」
 使用人が気を利かせて室内履きを持って来てくれたので、ありがたく使わせてもらう。

 パーシヴァルの部屋に案内されると、間も無く医師がやってきた。
「俺はどこも怪我をしていないから、まずはパーシヴァルから診てもらえますか?」
「ヴァンダーウォールの男は、この程度で根を上げるような体をしておりません。まずはサフィラス様、貴方から診させていただきますよ」
 医師はそう言って有無をもいわさぬ圧で俺を椅子に座らせると、耳の下で脈をとる。
「吐き気や頭痛などはありませんか?」
「目が覚めた時は吐き気がありましたが、今は全く」
 医師は難しい顔をして、熱を測ったり舌を見たりした後、ふっと表情を緩めた。
「特に薬の影響はないようですな。ですが念の為、毒を体の外に出す薬湯を飲んでいただきましょう」
 なるべく口に入れる量を少なくしていたのが功を奏した。おかげで短時間で目が覚めたし。できれば、こんな格好をさせられる前に起きたかったがな!
「パーシィ! サフィ!」
 突然扉がばーんと勢いよく開くと、俺がいつもお世話になっている侍女三人を引き連れたアデライン夫人が部屋に飛び込んできた。
 その勢いに呆気に取られていれば、眉間に深い皺を寄せた夫人に強く抱きしめられる。
「大丈夫よ、サフィ。貴方は何も心配することはありません。わたくしたちがいますからね……それで、デイヴィス?」
 ん? 俺は特に何も心配してないけど。医師の怪我人パーシヴァルに対する対応のそっけなさは些か気にはなったけど、騎士や兵士は訓練や遠征で常に傷だらけだもんな。もっと酷い怪我を見慣れている辺境の医師なんてこんなものだろう。そういえば、冒険者を診てくれる医師や白魔法使いも大体そんな感じだった。
 それはともかく、アデライン夫人の、とは?
「それはこれからでございます。まずは、皆様一度部屋の外に出ていただけますかな?」
 医師_デイヴィス先生_は何故かみんなを部屋から追い出しにかかった。訳がわからず周囲を見回せば、夫人を筆頭に部屋にいるみんながやけに神妙な顔をしている。
 え? なんで?
「……先生、俺は残っても構わないだろうか?」
 パーシヴァルがそういえば、デイヴィス先生は俺に視線を向けた。
 え? 俺? っていうか、何?
「パーシヴァル様はサフィラス様の伴侶となられるお方。ですが、サフィラス様のお体のことは、サフィラス様だけが知っておれば良いということもございます」
 俺を気遣うような眼差しを向けて、デイヴィス先生はそういった。
「…は? えーっと? 俺の体……って、ああ! そういうアレ!?」
 しばし首をかしげ、ようやく思い至る。
 パーシヴァルはボロボロだし、俺はなんとも言いようのない格好をしているからみんな誤解したのか。確かにこの有様では、色々とよくないことを想像してしまうだろう。
 確かに意識がなくて何をされたのか分からない空白の時間があるけど、ほぼ間違いなく俺の身は清いままだ。
 昔聞いたことがあるけど、初めての時はそれはそれは苦労するらしい。十分準備しても、事後の違和感はあるそうだし、乱暴に挿入れられでもしたら流血の惨事もあるのだとか。ちょっと想像した俺は、思わず震え上がる。
 ……うえぇっ、なんとも恐ろしいことだ。
 というわけで、それらを鑑みて尻に痛みもなければ違和感もない。フォルティスの時にだってそういう経験がないからわからないけど、万が一犯されていたとしたらこんなに普通にしていられないはずだ。それでも俺の純潔が奪われているのだとしたら、あの王太子の逸物はよっぽど控えめで慎ましいってことだ。笑えるな!
「みんなが心配しているような事はないです。体の何処にも違和感ないし……」
 俺の報告に、張り詰めていた部屋の気配が和らぐ。
「だけど、せっかく用意してもらった衣装だけじゃなく、杖や指輪まで取られてしまいました。ごめんなさい……でも、服は無理かもしれないけど、杖と指輪だけは必ず取り戻すので!」
 服はおそらく捨てられているだろうからな……でも、杖と指輪は誰が持っているかはっきりわかっているんだから、絶対に取り戻す。
「いいのよ、サフィ。気にしないで。貴方たちがこうして此処に戻ってきたことが、何よりの幸いです」
 アデライン夫人の指が俺の髪をそっと梳く。その指先から、俺を労る優しさが伝わってくる。
「サフィにいつまでもそんな格好をさせておくわけにはまいりません。スザンナ、入浴と着替えを」
「かしこまりました、奥様」
「サフィが着替えている間に、パーシィはデイヴィスに診てもらって。ひとまずの報告はわたくしからしておきます。詳しい話は晩餐の時でいいでしょう。二人はそれまでゆっくりと休んで」
 アデライン夫人はみんなにテキパキと指示を出すと、部屋を出ていった。ヴァンダーウォール卿のところに報告に行ったんだろう。
「さあ、サフィラス様。すぐにお湯を用意いたしますので、こちらへ」
 俺はスザンナさんたちに囲まれて、隣の部屋に移動する。
「本日からは、客間ではなくこちらのお部屋でお過ごしください」
「いつサフィラス様が戻ってこられてもいいように、お部屋を整えておきました」
 アンナさんとクララベルさんが弾んだ声でそう言った。
 え? でもいいのかな? ここは城の主人の家族が住まう場所じゃない?
  そんな疑問が顔に出ていたんだろう。
「サフィラス様はもうベリサリオ家の一員でございますよ。さぁさぁ、お湯の用意ができました。そのような忌々しいものは一刻も早く脱いで、ゆっくりとお湯に浸かって寛いでくださいませ」
 スザンナさんに促されるまま浴室に入ると、悪趣味極まりない服をようやく脱ぎ捨てた。脱いで改めて見ると、ただの布切れだ。ほんとこれが服だなんて烏滸がましい。というか、予算をケチって作った服じゃないの?
 見ているうちに腹が立ってきたので、ぐりぐりと思いっきり踏みにじってやった。それで気が済んだつもりだったけど、お湯に浸かったら手首の擦り傷が染みたので、おかしな衣装を着せられていた腹立ちが再燃した。焼き尽くしてやる! と意気込んで浴室から出たけれど、布切れはすっかり片付けられていて、代わりにちゃんとした服が置かれていた。
 それこそ昔は、マントの下は下履き一枚の時もあったけど、自分でそうしているのと他人に勝手にそうされたのでは全く意味が違う。まともな服のありがたみを感じながら着替えて部屋に行けば、なんとも言いようのない色合いのお茶を渡された。
「この薬湯を残さずお飲みください」
「……はい」
 これは飲まなくても、もう大丈夫なんだけどなぁ……そう思いながらも、独特の香りがするお茶を息を止めて一息に飲みきる……
 うーん、普通! 香りほど味は独特ではなかった。慣れれば案外美味しいかも?
 ゆっくりお休みくださいと言い残し、スザンナさんたちは部屋を出て行く。
 安心安全な服を着て気持ちが落ち着けば、パーシヴァルの怪我がどうだったのか気になったので、隣の部屋を訪ねようとしたら、パーシヴァルの方からきてくれた。
 パーシヴァルを招き入れて、二人並んでソファに座るとようやく心から一息ついた気がした。なんだか、今日1日だけで数日過ごしたような気分だ。
「はぁ~! やっと落ち着いたね。とんでもない1日だったよなぁ」
「……俺が至らなかったばかりに、サフィラスを危ない目に合わせてしまった。本当にすまない……」
「そういうと思った」
 俺はパーシヴァルに向き合って、その顔をじっと見つめる。夏の空のような澄んだ眼差しが綺麗だ。本当にまっすぐな男だよな。
 こうして明るいところで見ると、やっぱり切れている口の端が痛そうだ。
 綺麗な顔が……と思う反面、傷のある顔がまたなんともいえない野生味を添えている。傷すら魅力にしてしまうとは、太陽の騎士の実力はとどまるところを知らないな。
 パーシヴァルはあの状況で本当にすごく耐えてくれたんだと思う。でなければ、俺はもっと酷い目にあっていたかもしれない。それこそ意識が戻った時に、王太子の逸物が俺の中にって事もあったかもしれない。
 俺は男だから、万が一のことがあっても孕む事はない。だからと言って、失うものが無いわけじゃ無いからな。実に業腹だが、魔狼に噛みつかれたと思って、仕返しにシュテルンクルストの国民の面前で、ささくれだった太い棍棒をあの男王太子の尻に突っ込んで、二度と使い物にならないようにしてやることで、まぁなんとか溜飲を下げる事はできなくもない。だけどパーシヴァルは、そうは思わないだろう。ほんと、あんな下衆野郎に犯されてなくてよかった。
 今思えば、お茶なんか入れられる度に手が滑ったと言って、テーブルにぶちまけてやればよかった。四回も五回も零せばさすがにあいつらも諦めただろう。途中で不敬だと騒ぎ出したとしても、俺の意識さえあれば転移で何処にでも逃げられるんだ。僅かにでもあのクズ野郎の顔を立てなきゃならぬと思った俺が愚かだった。
 だがしかし。あのくだりがあったことで、あいつらには後ろ暗いところができただろうから、俺たちがいなくなったと大騒ぎはできないだろう。せいぜい地団駄を踏めばいいさ。
「至らなかったのは俺も同じだ。あの王太子をちょっと舐めてた。だけど、こうして無事に戻ってこられたしね……次はあいつらの顔に、熱いお茶をぶっかけてやる」
 まぁ、二度とあいつらの誘いには応じるつもりはないがな!
「……痛い?」
 俺は服の上からそっとパーシヴァルの体に触れる。きっとこの下だって相当の痣があるはずだ。下手したら、骨だって折れていたかもしれない。
「いいや、ヴァンダーウォールの男はそんな柔な鍛え方はしていない……それよりも、その手首は……」
 体に触れていた俺の手をがっしりと掴んだパーシヴァルが、眉間に深い皺を寄せた。そういえば、アデライン夫人もさっき眉間に皺を寄せていた。やっぱり親子だ、よく似ている。
「ん? これ? こんなの大したことはないよ」
「すぐに治癒師を呼ぼう、」
 そう言って、立ち上がりかけたパーシヴァルを引き止める。
「待った。ヴァンダーウォールの男は、これくらいで白魔法を使ったりしないんだろ? 俺はもう、ヴァンダーウォールの男だよ、必要ない」
 パーシヴァルはなんとも複雑そうな表情を浮かべる。
「……それは、そうだが、」
「いずれ伴侶になるんだ。俺だけ特別扱いは無しだよ」
「……」
 俺たちは顔を寄せ合い、自然に唇を重ねていた。幾度も柔らかく唇を喰まれ、心地よさに目を閉じる。
 ……接吻って気持ちがいいな。それに、すごく安心する……
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