上 下
127 / 177
連載

とっとと脱出小作戦

しおりを挟む
 敵地に入る前に視界に入れていた、城の中央に聳える一番高い尖塔の屋根から地上を見下ろす。
 庭園の植栽は賊が潜む事ができないように背の低いものばかりで、俺はともかく体の大きいクー・シーは隠れられなかった。屋根だと隠れる場所がないので姿は丸見えだけど、上というのは案外死角なんだよね。
 ただ、これだけ高いところにいると匂いはちょっとばかり辿り難いかもしれないけど、クー・シーの鼻は優秀だから問題ない。
「どう? パーシヴァルの匂いを見つけられそう?」
 クー・シーは数度鼻をヒクヒクさせると、屋根の上を軽快に走り出す。相変わらず、滑るような滑らかな走り。俺を乗せたまま急な屋根さえも危なげなく飛び渡り、城の端までくるとぴたりと止まった。その先に見えるのは、北の城壁塔。
「……あれか」
 のっぺりと聳える塔には小さな明かり取りの窓があって、そこから僅かに中が見えている。あの窓からなら転移は可能だけど、そこに見張の兵士がいないとも限らない。
 たとえ兵士が何百人いようと倒すのはわけないんだけど、俺が騒ぎを起こせば何処にいるのかわからないパーシヴァルが危険に晒される可能性がある。派手に暴れるとしても、パーシヴァルを助け出してからだ。
「クー・シー、パーシヴァルはあの塔の中だね?」
 改めて確認すれば、クー・シーはそうだとばかりに盛大に尾を振った。
「よし、わかった。ありがとう」
 クー・シーにはお礼の魔力をあげて、一旦幻獣界に帰ってもらう。クー・シーの鼻は優秀だけど、一緒に行動するにはちょっと目立ちすぎる。
 あの塔にいるって事さえわかれば、後は上か下かってだけだ。そして、逃したくない奴や外部に存在を知られたくない人物は、たいてい地下に隠すもんだ。
 ……それにしてもだ。着せられている服が動くたびにキラキラチャラチャラと本当に鬱陶しい。動きの妨げになるので、手首や足首、腰回りにこれでもかとばかりに付けられている飾りを残らず引き千切ると、その場にぽいと投げ捨てる。なんだか高そうな石がいっぱい付いていたけど、俺にその価値はわからないので知ったことではない。ついでに首輪も弾き飛ばしておく。
 砕け散った首輪も随分と凝った細工で飾られているけど、どんなにキラキラしたって隷属の首輪だぞ。本当に悪趣味だ。
 後はこの半分透けてる服だ……だけどこのぴらぴらの下はいかがわしい下履き一枚なんだよ。こんな腹を冷やしそうな下履きは俺の趣味ではないので、いっそ脱いでしまえばいいんだけど。昼間から全裸で彷徨く奴を世間はきっと許さないだろう。いや、冷静に考えたら、たとえ夜夜中よるよなかだろうと、全裸でうろうろする奴は許されない。俺だって全裸で彷徨いている奴にばったり出会ったら、問答無用で縛り上げて警邏に突き出す。
 とはいえ。この薄っぺらい服と履いていないのと大して変わらないような下履きは、変態加減で言ったら全裸と大差ないけどな。それでも、最低限隠していることが世間的に重要なことぐらい俺にもわかるので、非常に不愉快だけどパーシヴァルを探し出してここから脱出するまで、この屈辱に耐えるしかなさそうだ。
「よし! 早くパーシヴァルを助け出して、こんな国とはさっさとおさらばだ!」
 ここまでされて、学園に戻る必要もないだろう。獣笛のこととか、獣人奴隷については何も調べられなかったけど、ウェリタスとファガーソン卿がこの国にいて、王家と結託して何かとんでもないことをやらかしそうだって分かっただけでも収穫だ。
 決意を新たにして、北の塔と向き合う。
 見下ろせば塔の入り口には当然ながら兵士が立っているし、見回りもそれなりにいる。やっぱり塔の窓からの侵入が良さそうだ。万が一兵士がいたとしても、狭い塔内ならなんとかなるさ。階下に異変を知らせる前に全て倒せばいいんだ。
 小さな窓から見える塔の内部を目指し転移をした俺は、まっすぐ地下を目指そうとして思わず声を上げた。
「げっ、もう見つかった」
 なんとも運が悪い。まさか兵士の目の前に転移しちゃうとはね。突然現れた俺に驚いている兵士とバッチリ目が合ってしまったが、相手は二人。その程度ならばわけもない。咄嗟に杖を抜こうとした右手が、何も掴めずに滑り落ちる。
「ちっ! そうだった……」
 今の俺は杖なし魔法使いだった。我に返った兵士が剣に手を掛けたけれど、俺の魔法の方が早かった。蔦で兵士たちの口を塞ぎ、全身ぐるぐる巻きにする。せめてもの慈悲で、棘が無い蔦にしてやったから痛くはないだろう。俺って優しいな。
 もがもがと呻きながら芋虫の如く転がった兵士を残し、螺旋状の階段を慎重に降りる。
 幸いにも他の兵士と会う事なく下まで降りてきた俺は、壁に体を貼り付けてそっとその先を覗く。塔の一階には地下へと続くらしい入り口が黒くぽっかりと開いていた。その入り口を塞ぐ鉄格子の扉の前には、左右に一人ずつ見張の兵士が立っている。
「間違いなくあそこだ」
 鉄格子の向こう側に転移をしようとしたところで、塔の入り口の扉が開いたので、一旦階段の奥に引っ込んで様子を伺う。入ってきた誰かが見張の兵士に鉄格子を開けるように言っているが、あの声はウェリタスだ。
 気になったのでそっと覗くと、護衛なのかそれとも見張りなのか、騎士を二人連れてウェリタスが地下に降りて行くところだった。しかも図々しいことに、俺の杖を腰に下げている。あの様子だと、盟友の証も指に嵌めているんだろう。
 そういえばウェリタスはパーシヴァルを貰うとか言っていたけど、どういうつもりなんだろう? まさか、パーシヴァルに惚れているわけじゃないよな? 確かにパーシヴァルは誰が見たっていい男だ。ウェリタスが惚れたとしてもおかしくはない。
 ウェリタスは未だに俺を恥晒しの存在にしておきたいようだし、蔑んでいたい俺が優秀なパーシヴァルの側にいるって事が、そもそも気に入らないんだろう。本当に器が小さい。でもあの伯爵が自分の後継として熱心に育てたんだろうから、それも当然かもしれないが。離れに閉じ込められていた俺は、死にそうになった時もあったけど、今思えば放置してくれて感謝だな。伯爵のような人物になるなんて、絶対にお断りだ。
 すぐに後を追いたい気持ちを抑え、ウェリタスの姿が完全に見えなくなるのを待ってから、地下へと続く階段に転移する。見張りの兵士は俺が地下に向かったことに全く気がついていない。
「ふふん、見張りご苦労さん」
 弱々しい洋灯が照らす薄暗い階段を慎重に降りてゆく。俺がいた乾いた地下牢と違いジメジメとしていて、湿った石が裸足の足に不快だ。そして、相変わらずここにも結構な魔素が漂っている。
「この城は一体どうなってるんだ? まさか、城内に深淵があるわけじゃないよな……」
 鳥肌の立つ腕を擦りながら進んでゆくと、やがて最下層らしき場所に辿り着いた。そこは思ったよりも奥行きがあって広い。さっき降りて行ったウェリタスが、牢の前で誰かと話をしていて、断片的に私の騎士がとか、優秀な私が、とか聞きこえてくる。相変わらず偉そうだけど、何があったのか突然激昂した。
「後悔するなよ!」
 そう叫んで鉄格子を思い切り蹴りつけると、こちらに戻って来た。
「おっと、これはまずいな」
 さっきまで居た尖塔の屋根に一時退避して、北の塔からウェリタスが出てくるのを待つ。二人の騎士はぴったりとウェリタスに張り付いているが、あれは完全に見張りだな。
 彼らの姿が視界から完全に消えたことを確認して、俺は再び地下に戻る。
「パーシヴァル!」
「サフィラス!?」
 牢内には鎖で手足を拘束されて、石の壁に磔られているパーシヴァルがいた。俺はすぐさま中に転移して手足の鎖を砕く。結構な目に遭わされたのだろう。俺と揃いだった衣装はだいぶ汚れてヨレヨレだし、口の端が切れて血が出ている。
「切れてるじゃないか……」
 俺はそっと、口元の傷に触れる。端正な顔が台無しだ。何よりパーシヴァルがこんなにボロボロにされている……そう思ったら、言いようのない悔しさが湧き上がってきて涙が出た。
 俺の所為だ。あれだけ警戒してたのにも関わらず、何かを飲まされてしまった。それに、俺があの時もう少し耐えられれば、せめて転移するまで意識を保てていれば、パーシヴァルをこんな目には合わせなかった。
「くそぅ……アイツら、パーシヴァルをこんな目に合わせやがって」
「俺は大丈夫だ、この程度でどうにかなるような柔な体はしていない。それよりもサフィラス……その姿は……」
 パーシヴァルが戸惑った気配を漂わせる。それもそうだ。俺だって仰天したもん。
「ああ、これ? なんだか気がついたら、こんな格好をさせられてたんだ」
 パーシヴァルは素早く着ている上着を脱ぐと、全裸もどきの俺に着せかけた。その表情は薄暗がりでもわかるほど厳しい。というか、恐い……
 そりゃぁ、こんな悪趣味な格好をしていたら、そんな顔にもなるよなぁ……自分の格好を思い出して、滲んだ涙も一気に引っ込んだ。こんな滑稽な姿をパーシヴァルに見られるなんて……やっぱり全裸の方がマシだったかもしれない。
「と、とりあえず、ここを出よう」
 居た堪れなくなった俺は、パーシヴァルと一緒にヴァンダーウォールの城へと転移したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

黄金 
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。 恋も恋愛もどうでもいい。 そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。 二万字程度の短い話です。 6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて、やさしくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。