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よろしい、受けて立つ!

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「サフィラス、そろそろ起きないと朝食を食べ損ねてしまうぞ」

「んー……」

 パーシヴァルに声をかけられて目を覚ます。半分寝ぼけながら寝台から這い出せば、パーシヴァルはすっかり身支度が整っていた。きっといつも通り早起きして、体を動かしてきたんだろうな。どんな時も自分を律していて立派だ。俺も見習いたいが、多分続かない。
 ぼーっとしながら洗面室に向かい、顔を洗って適当に手櫛で髪を整えていれば、アンナさんとクララベルさんの顔が脳裏を過ぎった。

「……初日だし、オイルだけでもつけておこうかな」

 俺は鏡の前に並べてある瓶を手に取ると、オイルを掌に垂らして髪に撫で付ける。ついでに二、三回櫛を通せば髪が艶を帯びて、レモネの爽やかな香りで頭がすっきりとした。
 広い寝台はなかなか寝心地が良くてぐっすりと眠れたけど、昨夜は色々あって寝るのが遅かったから、正直ちょっと寝不足。
 まずは俺の部屋に運んでいた私物の半分をパーシヴァルの部屋に移した。基本はパーシヴァルの部屋で過ごすことにしたからね。それから、今後の対策を話し合って、さぁ寝ようとしたらパーシヴァルがソファーで寝ると言い出した。いや、いや、こんなに広い寝台なんだから、二人で十分寝られるだろう。俺はそんなに寝相は悪くない。一緒に寝ればいいだろといえば、なぜかパーシヴァルは頑なに拒んだ。いや、本当になぜ?
 だけど、これから毎日ソファで寝るわけにはいかないだろうと諭せば、ようやく申し訳なさそうにしながら同じ寝台に入ったのだ。
 旅をしている最中は小さな天幕の中で枕を並べていたんだから、今更遠慮する仲でもないだろうに。変なパーシヴァル。
 とにかく、そんなやり取りをしていたら、すっかり寝るのが遅くなってしまった。それでも早起きできるパーシヴァルは凄いよな。
 着慣れない異国の学校の制服に袖を通して、俺たちは朝食のために学園のカフェに向かう。まだ早い時間なのか、席に着く生徒はまばらだ。朝食のトレイを受けとって、目立たない一番隅のテーブルに座る。

「部屋どころか、クラスまで分けられるなんて。しかもAとDって。教室も端と端だろ。まぁ、予想はしてたけど」

 案の定、俺たちは部屋だけではなくクラスまでも別々にされた。できるだけこの国の学生と交流を深めて欲しいという最もらしい理由を言われたら、こちらも否とはいえない。異性が婚約者なら当然寮は別だし、節度を持った距離を取るのはあたり前だ。だから、将来の伴侶であることを理由に一緒にして欲しいとは言えない。
 誰に対する忖度かはともかく、学園側は俺とパーシヴァルをなんとしても引き離したいようだ。

「一応は従うけど…… そもそもシュテルンクルスの王太子の懇請こんせいなのに、招かれた側の要望が今の所一個も通っていないじゃん。なーにが丁重にお迎えするだよ。普通だったら、すぐ母国に訴えるレベルの扱いだ」

 まぁ、この程度で訴えないけどね。俺はそんなお子様じゃないからさ。

「……それで、サフィラスは何を調べようとしてるんだ?」

「あれ? バレてた?」

「勿論だ」

 俺は向学心に富んでいるわけじゃないから、わざわざ留学するなんて他に目的があるって思われても当たり前か。

「実はさ、件の夜会での獣人奴隷と獣笛が気になってて。どうもこの国が関わっているような気がしてるんだ。できれば獣笛の出所だけでもはっきりさせたい……それに、この国には転移できるようにしておいた方がいいと思って。留学生って身分なら、大手を振って歩き回れるだろ?」

「なるほど、わかった……俺もサフィラスが動きやすいよう協力しよう。だから、無理なことはできるだけしないで欲しい」

「大丈夫、大丈夫! ここには遊びに来たようなものだから、無茶はしないよ」

 俺は焼きたての温かい麺麭に齧り付く。香ばしくて柔らかくて美味しい。卵料理は口に入れると、消えちゃうくらいにふわふわだ。食べ物はなかなか悪くないな。これなら昼と夜の食事も楽しみだ。ケルサスでの食べ歩きも期待できる。
 俺はご機嫌で朝食を平らげた。



「今日からこの学園で学ぶことになりましたサフィラスさんです。サフィラスさんは留学生として、ソルモンターナ王国からいらっしゃいました」

 このクラスの担任が俺を紹介する。学生達に注目される中、俺は愛想良く笑顔を浮かべた。何処であれ、第一印象は大事だからな。

「サフィラスです。ソルモンターナの王立クレアーレ高等学院から来ました。どうぞよろしく」

 反応はない。みんなただ黙って俺を見ているだけだ。なんだ、感じが悪いな。

「サフィラスさんはあちらの席に座って下さい」

 教師が指さしたのは、教室の一番後ろの隅。小柄な男子学生が座っている席の隣だ。目立たなそうな席でありがたい。あそこなら、居眠りしてても気が付かれないだろう。
 俺が席に向かおうと足を踏み出すと、通路側の学生が本を落とした。

「……落ちましたよ」

 目の前の落ちてきて無視するわけにもいかないので、拾って机に乗せてあげる。しかし、本を落とした本人は前を向いたまま俺を見ようともしない。
 なんなんだ? 首を傾げながらも通り過ぎようとしたら、最初に本を落とした学生の後ろの席に座っていた何人かが、立て続けに本を落とす。教室内がしん、と静まり返った。

「?」

 なんじゃ、こりゃ? 通路に落ちる数冊の本。落としておきながら、拾う様子もない学生達。ますます首を傾げれば、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
 ……あ! なるほど! これが洗礼とかいうやつか! 分かりにくいぞ! 足を出して転ばせようとするとか、もっと俺にもわかるようにしてくれよ。本を落とすだけじゃ俺自身には全くダメージがないんだから、何をしたいのかわからないじゃないか。
 よし、理解した。わざと落としたのなら、俺が拾う必要はないな。それに、外つ国の留学生だって紹介されているのに、地味な嫌がらせをするあたり。高位貴族しか通ってない学校って割には程度が低い。
 まぁ、俺は小柄でおとなしそうだし、家名を名乗っていないから侮られたんだろうけど。
 
「拾いたまえよ」

 本を無視して通り過ぎようとしたら、嘲るような声が俺に向けられた。
 はぁ? 拾いたまえよ、だって? どの口がそんな偉そうな事を言っている? 退屈凌ぎに丁度いい獲物を見つけたつもりにでもなっているのか。
 ちょっとイラっとしたので、落とした本を二度と読めないように遥か彼方まで蹴り飛ばしてやろうかと思ったけど、物言わぬ賢者である本には敬意を示したい。
 この国の貴族がどんなものかは知らないが、本を落とした奴らは軒並み頭の悪そうな顔をしているじゃないか。教師にも注意する様子がないので、この状況を容認してるってことと判断する。この学校の程度が知れるってもんだ。パーシヴァルのクラスは大丈夫なのか心配だけど、彼のことだ。俺よりずっと上手くやるだろう。
 俺の中の大人気ない部分がむくむくと湧き上がる。いいだろう、その洗礼とやらに付き合ってやろうじゃないか。初日からなんだか面白いことになってきたぞ。
 思わず笑ってしまいそうになる口元をなんとか引き締めて、俺は本を拾いながら自分の席へと向かった。勘違いしたら奴らは、立場を分からせてやったとでも思っているだろうな。

「今日からよろしくね」

 席に着いて、隣の席の少年に挨拶をする。

「……よ、よろしく」

 少年は今にも消え入りそうな声で、小さく頭を下げた。おどおどした感じから察するに、このクラスで立場が弱い子なんだろうな。なんだか、嘗てのサフィラスを彷彿とさせる。
 そうじゃなくても身の置き場がないのに、標的になった俺なんかが隣の席でいっそう肩身が狭いことだろう。でも安心して欲しい。君に被害が飛び火するようなことにはしないからさ。



「お昼に行かない?」

 ようやく午前の授業が終わり、ランチの時間がやってきた。学習内容はカフェに向かおうとして、一応隣の少年に声をかけた。

「ご、ごめん……せ、先約があって……」

 俺と目を合わせないように俯いた少年は、今にも消え入りそうな声でそう言った。まぁ、そうだろうな。標的になっている俺と一緒に行動するのはリスクが高い。

「そうなんだ。じゃぁ、またの機会にね」

 周囲の学生がにやにやと俺と少年のやりとりを見ている。孤立している俺が面白いんだろう。俺からしたら、こんなことで喜んでいるお前らの方が面白いけど。まぁ、しばらくは静観だな。すぐに本性を現しちゃうのもつまらないし。
 俺は鼻歌混じりでカフェに向かう。ランチは何が食べられるのかな?

「……うわ、」

 カフェに入るなり、思わず声が上がってしまった。
 なんだか人だかりができてるなって思ったら、その中心はパーシヴァルだった。周囲は賑やかで楽しそうだけど、囲まれているパーシヴァルは無の表情だ。
 なるほど? 俺とは逆の攻撃を受けているのか。黒幕は徹底して俺を孤立させるつもりらしい。
 俺がいることに気がついたのかパーシヴァルと視線が合ったので、パチンと片目を瞑って見せた。多分、今はお互いに接触しない方がいいだろう。そんな俺の意図はしっかりパーシヴァルに伝わったようで、微かに首を縦に振った。
 頑張れ、パーシヴァル……
 俺は心の中でエールを送ると、ランチのプレートを受け取って、今朝二人で座った隅っこのテーブルに着いた。
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