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そう簡単に好きとは言えないお年頃なのです

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「サフィラス……? どうした? 何処か痛むのか?」

 パーシヴァルが珍しく慌てている。
 だけど俺が一番慌てている。だって勝手に涙が出てくるんだ。恥ずかしさも、限界を超えるとこんなことになるのか! 驚いたな!

「ご、ごめん! なんか勝手に涙が……」

「待て、強く擦るのは良くない」

 袖で顔をゴシゴシと擦れば、すかさずハンカチーフを取り出したパーシヴァルは、俺の腕を押さえて濡れた頬をそっと拭う。
 すぐにハンカチーフが出てくるなんてスマートだなとちょっと感心してしちゃったけど、ボロボロになっている手袋の下がどうなってるのか分からないんだから、俺の心配なんかしている場合じゃないぞ。

「お、俺のことはいいから……早く手を治癒して貰おうよ!」
 
「ええ、そうね。ベリサリオ君は早く治癒をしてもらって」

 ガブリエルさんが呼んでくれた白魔法使いが、パーシヴァルの治癒を始める。案の定手袋の下の皮膚は赤く爛れていたけど、幸いにもそれほど重度の火傷ではなく治癒はすぐに終わった。魔法師団所属の白魔法使いだから腕は間違いないと思うけど、念のため治癒の済んだパーシヴァルの手をしっかりと確かめる。

「どこも痛くないか? 引き攣るような感じはない?」

「ああ、大丈夫だ。これまでと全く変わりない」

 パーシヴァルは治癒した手を力強く、ぐっと握ってから開いて見せた。その動きにぎこちなさはない。

「……よかった」

 ほっと安堵の息を吐きながら、今更ながら俺を心配していたパーシヴァルの気持ちが解ってしまった。それはもう幾度となく無理をするなとか、大丈夫か? だとか言われてたよな俺。パーシヴァルはいつだってこんな気持ちだったのか。どうでもいい相手ならともかく、大切な相手なら心配せずにはいられないよ。
 そう……大切な、相手、なら……

「っ!」

 迂闊に再確認して、ようやく落ち着いたはずの熱がぶり返した。俺は両手で顔を覆って天井を仰ぐ。む、無理だ……これ以上の恥ずかしさには到底耐えられない。

「サフィラス? 本当に大丈夫か?」

「むり……」

「……はい、はい。貴方たちは早く帰って、2人でゆっくり話した方がいいんじゃないかしら?」

 ガブリエルさんがちょっと呆れながら、締め上げられて意識を失っている伯爵を難なく肩に担ぎ上げた。何とも逞しい魔法使いだと感心しながらも、気遣いに甘えさせて貰い俺たちはその場を辞した。俺はかつてない程ぽんこつになっているし、ここにいても邪魔になるだけだろう。



 そんなわけで、多分俺だけが感じている落ち着かない空気が漂う部屋で、パーシヴァルと向かい合って立っている。パーシヴァルに大切にされていることを自覚してしまった俺は、まず彼に言わなければならない事があるのだ。

「サフィラス? さっきから様子が変だがどうしたんだ?」

 様子が変って、パーシヴァルの所為でこんな事になっているんだけどな。無茶な荒技を繰り出して、その上で全く気負うことなくあんな事を言っちゃうんだから、太陽の騎士様のそういうとこだぞ。
 思い返してみれば、パーシヴァルは出会った時から俺のやりたい事を尊重してくれた。面倒見のいい彼は何も言わないけど、その度にきっと無茶をしていたんだと思う。なにしろ俺ときたら、前世の記憶があるもんだから初っ端から暴走していた。フォルティスの時は誰も俺を止めなかったし、仲間も相当ぶっ飛んでいたからね。
 俺が魔法でゴリ押しすれば、本来なら冷静沈着なパーシヴァルは俺に付き合う羽目になる。いくら剣の腕が立つと言ったって、魔法使いの俺と同じことはできないのにな。

「パーシヴァル……今まで無鉄砲なことばっかりしててごめん。俺は反省した。これからはもうちょっと考えて行動する様にする」

「何故反省しているのかわからないが、サフィラスはそんな事を気にしなくてもいい」

「だけど俺が軽はずみな事をすると、パーシヴァルに皺寄せが行くだろ」

 心配する側の気持ちがわかっちゃったしさ。

「俺はいつだってサフィラスと共に戦える相棒でありたいと思っている。そのための努力を惜しむつもりはないし、それを苦だとも思わない。寧ろ、自分はどこまで成長出来るのだろうかと楽しくもある。だから、サフィラスは振り返らずに、思うまま進めばいい。俺は必ずサフィラスの背中を守る。それがサフィラスの伴侶となる俺の在り方だ。それに、本当に危険だと思った時は全力で止める」

 ……人の器が大きすぎないか? 本当に俺と同じ歳なの? 中身は俺の方が年上だけど!?
 転生の経緯を鑑みたって騒動に飛び込んでゆくのはもはや俺の本質みたいなもので、自重しようと思ったところで結局できやしないんだろう。パーシヴァルは俺のそういうところを俺以上に理解してくれている。
 短絡的で何でも魔法で解決しようとする俺には、パーシヴァルみたいな懐が深くて思慮深い伴侶が必要なんだ。でなければ、いくら魔力があって魔法が使えても、前世のようにくだらない事でうっかり早死にしかねない。
 そんな俺はどんなに頑張っても、パーシヴァルには到底敵わないんだろうなぁ。そう思ったら何だかくすぐったくなって、パーシヴァルの胸にぽすんと顔を埋めた。すっかり慣れたレモネとミンタの香りが、気持ちを穏やかにしてくれる。

「……パーシヴァルって俺に甘すぎじゃない?」

「好きな相手に甘くなるのは仕方がないだろう」

「すっ……!」

 またしても俺の顔は沸騰したように熱くなる。せっかく落ち着いたっていうのに! 太陽の騎士様の追撃は半端ないな!
 俺だってパーシヴァルを信頼してるし、一緒にいて落ち着くし、勿論、すっ、好きだ……  だけど、そう簡単には言えやしない。だって、照れ臭いじゃないか。
 俺は好きだと言葉にする代わりに、パーシヴァルの胸にグリグリと額を押し付ける。そのうちにちゃんと言葉で伝えるからさ、それまで待っててくれ……
 そんな心の呟きに答えるように、パーシヴァルは俺の背中を優しく撫でた。

 その日の夜、公爵家の使用人がお菓子が届けにやってきた。そういえば、残したお菓子を持たせてくれると言っていたっけ。衝撃的なことがあったせいで、すっかり忘れていたよ。
 俺はパーシヴァルの淹れてくれたお茶で、有り難くお菓子を頂いた。お城のお菓子はやっぱり美味しい。
 それにしても、わざわざ寮まで届けてくれるなんて公爵閣下は律儀な人だな。



 数日後。俺とパーシヴァルは改めて魔法師団の屯所に赴いた。
 伯爵は無辜の学院生を害する意図を持って魔法を使ったとして、魔法を封じる呪具を付けられ収監された。俺が誘拐された時に使われたあの呪具だ。この時代で本当に呪具を使うことがあるんだな。そんなものを着けられて、伯爵は相当屈辱的な思いをしている事だろう。
 こうなって仕舞えば、元父であるオルドリッジ伯爵は完全に終わりだろう。伯爵家自体もどうなるか怪しい。せっかく忌々しい俺を家から追い出したんだから放っておけばよかったものを、わざわざ自分から絡んできて墓穴を掘るんだから意味がわからない。いったい何がしたかったんだか。
 伯爵家がどうなろうと知ったことではないが、アクィラのことは少し気に掛かっている。あまり悪い扱いをされないようにと、心の隅で祈っておく。
 それから第二王子だが、ファガーソン侯爵に言われた通りにしただけで、自分は何も知らないの一点張りだそうだ。見事な傀儡っぷりである。当然、あんな騒ぎを起こしておいて知らないでは済まされない。小さな子供じゃあるまいし、そんなことくらいちょっと考えれば分かりそうなものだけど。
 この国の王子教育はどうなっているんだと疑いたくもなるが、王太子殿下はたいそうまともだから第二王子個人の資質の問題なんだろう。
 そしてファガーソン侯爵は、騎士団の留置室から忽然と消えた。自らの意思で逃げ出したのか、それとも連れ去られたのか。とにかく留置室には何の痕跡も残っていなかったとか。
 考えられるとしたら転移魔法だ。侯爵自身が転移魔法を使えたのか、それとも転移魔法を使える魔法使いが手を貸したのかはわからない。騎士団と魔法師団が懸命に探しているらしいけど、捜索は難航しているとのこと。
 もしかしたら、逆恨みによる報復も考えられるから気をつけて欲しいとガブリエルさんに言われた。そんなこともあって、当分は騎士と魔法使いが学院に派遣されるそうだ。だけど、もし侯爵が来たら返り討ちにしてやるから問題ない。
 それで俺はというと、どうして獣笛に気がついたのかと聞かれた。奴隷制度が廃止されて長いこの国では、獣笛を知っている者はほとんどいない。それなのに年若い俺が獣笛を知っているなんて不自然だと思ったらしい。そんな時は、本で読んだと答えて即解決だ。大事なことは全部本に書いてあるってね。だけど、それはあながち嘘でも無い。書物は語らぬ賢者だからね。
 そしてもう一つ。残念な事にワーズティターズとの同盟は、締結を目前にして足踏み状態となった。だけど、クラウィスが頑張って祖国に働きかけてくれている。ソルモンターナは獣人を陥れようとした訳じゃなく、あくまでも侯爵一派の企てた奸計だ。とはいえ、この国の貴族がやらかしたことなので、ごめんね許して? 仕方がないな許そう、という訳にはいかないようだ。うまい落とし所が見つかればいいけど。

 それにしても、侯爵は一体何処に行っちゃったんだろうな……?
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