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閑話 書籍化感謝短編
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「パーシヴァル誕生日だったんだ……」
四の月の初めにヴァンダーウォールから荷物が届いた。
箱の中には誕生日を祝うカードと、それは見事な刺繍の剣帯が入っていた。きっとアデライン夫人が刺したんだろう。
そして、パーシヴァルの誕生日の贈りものだというのに、なぜか俺あての品物も入っていた。丁寧に仕立てられたシャツの襟には、繊細な蔦の紋様を刺繍がしてあった。一見豪華な意匠だけど、白い糸で刺繍されているので普段でも十分に着られる。
このシャツを着たら、俺もどこかの貴族子息に見えるだろう……というか、去年の今頃までは貴族の子息だったんだけど。こんな上等な服は一着たりとも持っていなかったがな!
でも、そうか……パーシヴァルは誕生日か。
確か婚約者や恋人の誕生日には贈り物をして、日頃の感謝を伝えるんだったっけ? だったら俺も何か用意しないと。パーシヴァルには色々とお世話になっているし。
彼に相応しい何か特別なものってなんだろう……? とりあえずオリエンスに行けば、あのジプシーのお婆さんに会えるかもしれない。また何か掘り出し物があるかも。
そうと決まれば、まずは資金集めだな。
「……よし! 俺、ちょっと魔獣が、」
「サフィラス、待て」
魔獣狩りに行ってくると言い終わる前に、パーシヴァルに肩を掴まれて止められてしまった。
「まさか、今から魔獣狩りに行くつもりじゃないだろうな?」
「大丈夫だって。夕食には間に合うように、さっと行ってさっと戻ってくるから」
魔狼か魔蛇の数匹手に入れる程度なら、すぐに戻ってこられる。それだけの素材があれば遺跡級は無理でも、ささやかなお護りになるくらいの品物ならきっと買えるんじゃないか? パーシヴァルは剣士だし魔法防御力を上げる魔法具とか、そういうの持っていた方が良いと思う。
「どうして急に魔獣狩りに行こうと思ったのかはわからないが、今行く必要はないだろう。どうしても行くというのなら、俺も一緒に行く」
え? いや、パーシヴァルへの贈り物を手に入れるための狩りに、贈られる本人が付いてきたらダメだろう。
「……そういえば、サフィラスはいつ生まれなんだ? 母上が祝いたいと手紙に書いてきたが」
「え? 俺の誕生日?」
あれ、俺の誕生日っていつだろう? フォルティスの時は九の月だったな。家を出るまでは、家族みんなで祝ってくれてた。
サフィラスはいつなんだろう? 多分魔力鑑定を受けた時だと思うけど、いつだったかなんて全く覚えていないや。
普通、貴族の家に生まれて誕生日がわからないなんてことはない。子供が誕生すれば、神殿に必ず届け出るし、きっと毎年お祝いをする。5歳より前はどうだったか分からないが、離れに押し込まれてからは当然祝ってなんかもらっていない。そもそもペルフェクティオにとって俺は、生まれて来てはならない存在だったからな。むしろ呪っていた可能性があるぞ。女神の強運がなければ、どうなっていたことやらだ。
生まれ月は神殿で調べればわかるんだろうけど、平民になった俺の記録なんてとっくに抹消されてるだろう。まぁ、生まれ年がわかっていれば、月がわからなくても別に困らない。
「ごめん。ちょっと分からないや」
「……そうか」
パーシヴァルがそんな申し訳なさそうな顔をする必要はないのに。誕生日が分からなくたって、俺は毎日楽しく生きているんだ。
なんとなく微妙な空気が漂ってしまったけど、こういう時は話題を変えるに限る。
「そうだ、パーシヴァル。今度の休息日にバザールに出かけないか?」
たまには学院の外に出るのも悪くないだろう。
「バザールか? それはいいな」
陰っていたパーシヴァルの表情が緩む。
う……相変わらず笑みが眩しい……
さすがに慣れてきたけどさ。相変わらず美少年だよなぁ……というか、最近はますます背も伸びたし、体つきだってもう青年って感じだ。俺がいくら頑張って背を伸ばしても、全く追いつかない。きっと体の根本からして違うんだろう。でも、諦めたわけじゃないからな! 俺だって、まだまだ成長するぞ!……きっと、多分……
そして本日の休息日。
俺はパーシヴァルとバザールをそぞろ歩きだ。目的なんかなくても、バザールは色々なものが見られて楽しいよな。
相変わらずラエトゥスは人が多くて賑やか。前回来たときは、パーシヴァルとはぐれておかしな男に声をかけられたっけ。だからなのかも知れないけど、以前にもましてしっかりと手を握られている。
「……なんだかいい匂いがする」
鼻先を何かを焼く香ばしい匂いが掠めてゆく。これは間違いなく肉だ。
匂いの元を探して首を巡らせれば、串焼きの屋台が出ていた。
「食べるか?」
「当然!」
こんなにいい匂いがしているのに、食べないなんてそんなの無理だ。
脂の滴る肉串を皮切りに、俺は次から次へと屋台料理を食べてゆく。水で溶いた小麦粉に細かく刻んだ野菜と薄く切った肉を混ぜて平たく焼いたものや、遠い南の島の珍しい果物を干したもの、それから玉蜀黍を炙ったもの、珍しい物から屋台の定番まで。次から次へと食べてしまった。
「……サフィラス、あまり食べすぎると夕食に響くぞ」
他に何か美味しそうなものは無いかなと屋台を覗き込んでいたら、さすがにパーシヴァルに止められた。
確かにちょっと調子に乗って食べすぎちゃったかも。まだまだ気になる屋台はあったけど、それは次の機会だ。でも次に来た時には、また別の珍しい食べ物を売る屋台が出ているに違いない。
俺の屋台への挑戦に終わりはなさそうだ。
「この先に、変わったものを売っている店があるらしい。遺跡から出てきたものも売っているそうだ。行ってみるか?」
「遺跡の? それは是非とも行こう!」
その店はバザールの奥の、少しだけ静かな一角にあった。
狭い店内には思った以上に色々な品が並んでいる。中にはちょっと怪しいものもあるが、それはご愛嬌。小物ばかりだけど、ほとんどは遺跡から出てきたものに間違いないだろう。
「へぇ、すごいな!」
雑多に色々なものが並ぶ棚の上で何かがキラリと光る。目についたそれを摘み上げると、鎖が二本繋がった青い透き通った石だった。石は複雑で繊細な銀細工で包むように装飾されている。
「??」
何かのアクセサリーのようだけど、二本の鎖に首を傾げていれば店主が声をかけてきた。
「それは遺跡から出てきたペンダントだよ。ちょっと貸してみな?」
「うん」
「ほら、こうすると石は二つに割れる」
店主は渡した石をちょちょいと弄ると、ペンダントを容易く二つに分けた。
なるほど、鎖が二本付いている理由がわかった。銀細工の複雑さは、石を繋げるものだったんだ。だけど、一見して二つに別れるようには全くみえないんだから、さすが遺跡から出てきたものだけある。
「どうだい、面白いだろ?」
「うん。随分見事な仕掛けだ」
「ま、色々あるからゆっくり見て行っておくれ」
不思議なペンダントを矯めつ眇めつ眺める。かなり気にはなったけれど、細工の精巧さや石の綺麗さを鑑みても結構なお値段に違いない。縁がなかったと棚に戻すと、他に気になる品物をあれこれ手に取った。
何が書いてあるのか全く分からないけどやけに豪華な装丁の謎の書とか、こういうなんだか分からないもの程魅力的に見えるんだよな。他にも魔法具やなんの役にも立たなそうなガラクタ。
あれこれ見たけれど、結局何も買わずに店を出た。
気になるものはいくつかあったけど、金額的に手を出せる感じじゃない。値段は相談に乗るとは言ってくれたけど、今の俺には過ぎたものだろう。
あわよくば、パーシヴァルへの贈り物を……と思ってたけど、なかなか手頃な品物は見つからないな。
その後もいろんな店を冷やかして十分バザールを楽しんだ俺たちは、学院に戻ってカフェテリアで夕食を食べた。
案の定、屋台で食べ過ぎた俺はあまり食が進まなかった。
そんな俺を、パーシヴァルはまるで困った子供をみるような目で見ていたが、仕方がないさ。屋台の誘惑にはどうしたって勝てない。
「サフィラス、これを」
いつものように部屋まで送ってくれたパーシヴァルが、制服の隠しから何かを取り出した。
「これって、あの店の……」
パーシヴァルの掌には、バザールで見た不思議な細工のペンダントの片方が乗っている。
「婚約したというのに、これまで俺はサフィラスに何も贈っていなかった。少し遅くなってしまったが、受け取って欲しい」
「え? 俺は指輪をもらっているけど」
俺の左手の中指には、盟友の証がしっかりとはまっている。
「その指輪は、盟友の証で俺からというよりはベリサリオ家からのものだ。これは俺から婚約者殿に贈る、伴侶の証だと思って欲しい」
「は、伴侶……」
確かに伴侶になるんだけど、改めて言われると照れるな。
そ、そりゃ、朝と夜は額に、せ、接吻とかもらってるけどさ。それ以外は、今までと何も変わらない距離感を保っている。だから、普段はパーシヴァルが将来の伴侶だって意識することはないんだけど。
「少しは婚約者らしいことをさせてくれないか?」
迷いのない眼差しに真っ直ぐに見つけられて、俺は何も言えなくなる。ここまで真摯に言われて断れるだろうか。いや、断れない。断れる奴はきっと心がない奴だ。
「……うん。パーシヴァルの気持ちはよくわかった」
「首に掛けても?」
俺が頷くと、パーシヴァルは青い石のペンダントを俺の首にかけてくれた。石が光を弾いてきらりと光る。
半分になっている石を見詰めながら、これの片方はどうしたのかなと考える。
「サフィラス」
穏やかな声で名を呼ばれ顔を上げれば、まるで俺の心を読んだかのようにパーシヴァルは襟元から細い鎖を引き出した。鎖の先には、石の片割れが揺れている。
……そっか。そうだよな。二つで一つになるアクセサリーを、片方だけ買うなんて普通はしない。
真面目なパーシヴァルが俺と揃いのペンダントを身に付けている事がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。
だけど、パーシヴァルが婚約者として贈り物をくれたのなら、俺も何か贈らないと。なにしろパーシヴァルは誕生日でもある訳だし。となると、やっぱり魔獣を狩って贈り物の資金を……
「魔獣を狩る必要はない」
「え? 俺、もしかして口に出してた?」
「顔に出ている」
なんてことだ。どうにも俺は、思ったことがすぐに顔に出てしまう。
それはともかく。パーシヴァルは魔獣狩りに反対らしい。それなら仕方がないよな。パーシヴァルが望んでいない方法で贈り物をされても嬉しくはないだろう。
「俺に何かを贈ろうと思ってくれるその気持ちは嬉しい。だが、それは形のあるものじゃなくてもいい」
まぁ、パーシヴァルの言う事も一理ある。誠意や気持ちを伝えるものは、品物である必要はないからな。
「……もし、サフィラスが許してくれるのなら、一つ願いを叶えてくれないだろうか」
「なになに? なんでも遠慮なく言って! 俺のできることならなんでもするよ」
「本当に?」
「勿論! 魔法使いに二言はない!」
「では、口付けを……」
滅多にないパーシヴァルの願いだ。さぁ、さぁ、なんでも…言ってくれ……?
は? 口付けだって?
パーシヴァルの整った顔が間近に迫る。なんだ? いつものあれか? 額の接吻か?
それにしてはいつもより近いなと思っていれば、ふにっとくちびる同士が触れ合う。
……ん? んん??
今、どこに接吻をしてる? くちびる? え? もしかして、くちびる?
密かに混乱していれば、追い打ちをかけるように強く抱きしめられた。より深く、くちびるが重なり合う。
どれくらいそうしていたのか分からない。一瞬だったのか、それとももっと長かったのか。
やがて、そっと温もりが離れてゆく。
「おやすみ、サフィラス……また明日、迎えに来る」
混乱で硬直している俺の耳元にそう言い残し、パーシヴァルは部屋から出て行った。
扉がパタンと閉まる音で、はっと我に返る。
1人残された俺のくちびるには、温かくて柔らかな感触が余韻のように残る。それを意識した瞬間、顔にブワッと熱が集まった。
「う、う、うわぁ……!」
俺は堪らずに床に転がる。
確かになんでもって言ったよ? だけど! だけど……! 不意打ちはずるい! 俺にも心の準備ってものが必要なんだ!
その夜、恥ずかしさと照れ臭さに散々床を転げ回っていれば、気が付けば朝になっていた。
人生二度目の俺だけど、恋愛耐性が全くなくて我ながら呆れるな。こればかりは、得意の魔法も全く役にたたない。
すっかり疲れ切った俺は、床に転がったまま窓の外で白み始めた空を見上げ深いため息をついたのだった。
四の月の初めにヴァンダーウォールから荷物が届いた。
箱の中には誕生日を祝うカードと、それは見事な刺繍の剣帯が入っていた。きっとアデライン夫人が刺したんだろう。
そして、パーシヴァルの誕生日の贈りものだというのに、なぜか俺あての品物も入っていた。丁寧に仕立てられたシャツの襟には、繊細な蔦の紋様を刺繍がしてあった。一見豪華な意匠だけど、白い糸で刺繍されているので普段でも十分に着られる。
このシャツを着たら、俺もどこかの貴族子息に見えるだろう……というか、去年の今頃までは貴族の子息だったんだけど。こんな上等な服は一着たりとも持っていなかったがな!
でも、そうか……パーシヴァルは誕生日か。
確か婚約者や恋人の誕生日には贈り物をして、日頃の感謝を伝えるんだったっけ? だったら俺も何か用意しないと。パーシヴァルには色々とお世話になっているし。
彼に相応しい何か特別なものってなんだろう……? とりあえずオリエンスに行けば、あのジプシーのお婆さんに会えるかもしれない。また何か掘り出し物があるかも。
そうと決まれば、まずは資金集めだな。
「……よし! 俺、ちょっと魔獣が、」
「サフィラス、待て」
魔獣狩りに行ってくると言い終わる前に、パーシヴァルに肩を掴まれて止められてしまった。
「まさか、今から魔獣狩りに行くつもりじゃないだろうな?」
「大丈夫だって。夕食には間に合うように、さっと行ってさっと戻ってくるから」
魔狼か魔蛇の数匹手に入れる程度なら、すぐに戻ってこられる。それだけの素材があれば遺跡級は無理でも、ささやかなお護りになるくらいの品物ならきっと買えるんじゃないか? パーシヴァルは剣士だし魔法防御力を上げる魔法具とか、そういうの持っていた方が良いと思う。
「どうして急に魔獣狩りに行こうと思ったのかはわからないが、今行く必要はないだろう。どうしても行くというのなら、俺も一緒に行く」
え? いや、パーシヴァルへの贈り物を手に入れるための狩りに、贈られる本人が付いてきたらダメだろう。
「……そういえば、サフィラスはいつ生まれなんだ? 母上が祝いたいと手紙に書いてきたが」
「え? 俺の誕生日?」
あれ、俺の誕生日っていつだろう? フォルティスの時は九の月だったな。家を出るまでは、家族みんなで祝ってくれてた。
サフィラスはいつなんだろう? 多分魔力鑑定を受けた時だと思うけど、いつだったかなんて全く覚えていないや。
普通、貴族の家に生まれて誕生日がわからないなんてことはない。子供が誕生すれば、神殿に必ず届け出るし、きっと毎年お祝いをする。5歳より前はどうだったか分からないが、離れに押し込まれてからは当然祝ってなんかもらっていない。そもそもペルフェクティオにとって俺は、生まれて来てはならない存在だったからな。むしろ呪っていた可能性があるぞ。女神の強運がなければ、どうなっていたことやらだ。
生まれ月は神殿で調べればわかるんだろうけど、平民になった俺の記録なんてとっくに抹消されてるだろう。まぁ、生まれ年がわかっていれば、月がわからなくても別に困らない。
「ごめん。ちょっと分からないや」
「……そうか」
パーシヴァルがそんな申し訳なさそうな顔をする必要はないのに。誕生日が分からなくたって、俺は毎日楽しく生きているんだ。
なんとなく微妙な空気が漂ってしまったけど、こういう時は話題を変えるに限る。
「そうだ、パーシヴァル。今度の休息日にバザールに出かけないか?」
たまには学院の外に出るのも悪くないだろう。
「バザールか? それはいいな」
陰っていたパーシヴァルの表情が緩む。
う……相変わらず笑みが眩しい……
さすがに慣れてきたけどさ。相変わらず美少年だよなぁ……というか、最近はますます背も伸びたし、体つきだってもう青年って感じだ。俺がいくら頑張って背を伸ばしても、全く追いつかない。きっと体の根本からして違うんだろう。でも、諦めたわけじゃないからな! 俺だって、まだまだ成長するぞ!……きっと、多分……
そして本日の休息日。
俺はパーシヴァルとバザールをそぞろ歩きだ。目的なんかなくても、バザールは色々なものが見られて楽しいよな。
相変わらずラエトゥスは人が多くて賑やか。前回来たときは、パーシヴァルとはぐれておかしな男に声をかけられたっけ。だからなのかも知れないけど、以前にもましてしっかりと手を握られている。
「……なんだかいい匂いがする」
鼻先を何かを焼く香ばしい匂いが掠めてゆく。これは間違いなく肉だ。
匂いの元を探して首を巡らせれば、串焼きの屋台が出ていた。
「食べるか?」
「当然!」
こんなにいい匂いがしているのに、食べないなんてそんなの無理だ。
脂の滴る肉串を皮切りに、俺は次から次へと屋台料理を食べてゆく。水で溶いた小麦粉に細かく刻んだ野菜と薄く切った肉を混ぜて平たく焼いたものや、遠い南の島の珍しい果物を干したもの、それから玉蜀黍を炙ったもの、珍しい物から屋台の定番まで。次から次へと食べてしまった。
「……サフィラス、あまり食べすぎると夕食に響くぞ」
他に何か美味しそうなものは無いかなと屋台を覗き込んでいたら、さすがにパーシヴァルに止められた。
確かにちょっと調子に乗って食べすぎちゃったかも。まだまだ気になる屋台はあったけど、それは次の機会だ。でも次に来た時には、また別の珍しい食べ物を売る屋台が出ているに違いない。
俺の屋台への挑戦に終わりはなさそうだ。
「この先に、変わったものを売っている店があるらしい。遺跡から出てきたものも売っているそうだ。行ってみるか?」
「遺跡の? それは是非とも行こう!」
その店はバザールの奥の、少しだけ静かな一角にあった。
狭い店内には思った以上に色々な品が並んでいる。中にはちょっと怪しいものもあるが、それはご愛嬌。小物ばかりだけど、ほとんどは遺跡から出てきたものに間違いないだろう。
「へぇ、すごいな!」
雑多に色々なものが並ぶ棚の上で何かがキラリと光る。目についたそれを摘み上げると、鎖が二本繋がった青い透き通った石だった。石は複雑で繊細な銀細工で包むように装飾されている。
「??」
何かのアクセサリーのようだけど、二本の鎖に首を傾げていれば店主が声をかけてきた。
「それは遺跡から出てきたペンダントだよ。ちょっと貸してみな?」
「うん」
「ほら、こうすると石は二つに割れる」
店主は渡した石をちょちょいと弄ると、ペンダントを容易く二つに分けた。
なるほど、鎖が二本付いている理由がわかった。銀細工の複雑さは、石を繋げるものだったんだ。だけど、一見して二つに別れるようには全くみえないんだから、さすが遺跡から出てきたものだけある。
「どうだい、面白いだろ?」
「うん。随分見事な仕掛けだ」
「ま、色々あるからゆっくり見て行っておくれ」
不思議なペンダントを矯めつ眇めつ眺める。かなり気にはなったけれど、細工の精巧さや石の綺麗さを鑑みても結構なお値段に違いない。縁がなかったと棚に戻すと、他に気になる品物をあれこれ手に取った。
何が書いてあるのか全く分からないけどやけに豪華な装丁の謎の書とか、こういうなんだか分からないもの程魅力的に見えるんだよな。他にも魔法具やなんの役にも立たなそうなガラクタ。
あれこれ見たけれど、結局何も買わずに店を出た。
気になるものはいくつかあったけど、金額的に手を出せる感じじゃない。値段は相談に乗るとは言ってくれたけど、今の俺には過ぎたものだろう。
あわよくば、パーシヴァルへの贈り物を……と思ってたけど、なかなか手頃な品物は見つからないな。
その後もいろんな店を冷やかして十分バザールを楽しんだ俺たちは、学院に戻ってカフェテリアで夕食を食べた。
案の定、屋台で食べ過ぎた俺はあまり食が進まなかった。
そんな俺を、パーシヴァルはまるで困った子供をみるような目で見ていたが、仕方がないさ。屋台の誘惑にはどうしたって勝てない。
「サフィラス、これを」
いつものように部屋まで送ってくれたパーシヴァルが、制服の隠しから何かを取り出した。
「これって、あの店の……」
パーシヴァルの掌には、バザールで見た不思議な細工のペンダントの片方が乗っている。
「婚約したというのに、これまで俺はサフィラスに何も贈っていなかった。少し遅くなってしまったが、受け取って欲しい」
「え? 俺は指輪をもらっているけど」
俺の左手の中指には、盟友の証がしっかりとはまっている。
「その指輪は、盟友の証で俺からというよりはベリサリオ家からのものだ。これは俺から婚約者殿に贈る、伴侶の証だと思って欲しい」
「は、伴侶……」
確かに伴侶になるんだけど、改めて言われると照れるな。
そ、そりゃ、朝と夜は額に、せ、接吻とかもらってるけどさ。それ以外は、今までと何も変わらない距離感を保っている。だから、普段はパーシヴァルが将来の伴侶だって意識することはないんだけど。
「少しは婚約者らしいことをさせてくれないか?」
迷いのない眼差しに真っ直ぐに見つけられて、俺は何も言えなくなる。ここまで真摯に言われて断れるだろうか。いや、断れない。断れる奴はきっと心がない奴だ。
「……うん。パーシヴァルの気持ちはよくわかった」
「首に掛けても?」
俺が頷くと、パーシヴァルは青い石のペンダントを俺の首にかけてくれた。石が光を弾いてきらりと光る。
半分になっている石を見詰めながら、これの片方はどうしたのかなと考える。
「サフィラス」
穏やかな声で名を呼ばれ顔を上げれば、まるで俺の心を読んだかのようにパーシヴァルは襟元から細い鎖を引き出した。鎖の先には、石の片割れが揺れている。
……そっか。そうだよな。二つで一つになるアクセサリーを、片方だけ買うなんて普通はしない。
真面目なパーシヴァルが俺と揃いのペンダントを身に付けている事がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。
だけど、パーシヴァルが婚約者として贈り物をくれたのなら、俺も何か贈らないと。なにしろパーシヴァルは誕生日でもある訳だし。となると、やっぱり魔獣を狩って贈り物の資金を……
「魔獣を狩る必要はない」
「え? 俺、もしかして口に出してた?」
「顔に出ている」
なんてことだ。どうにも俺は、思ったことがすぐに顔に出てしまう。
それはともかく。パーシヴァルは魔獣狩りに反対らしい。それなら仕方がないよな。パーシヴァルが望んでいない方法で贈り物をされても嬉しくはないだろう。
「俺に何かを贈ろうと思ってくれるその気持ちは嬉しい。だが、それは形のあるものじゃなくてもいい」
まぁ、パーシヴァルの言う事も一理ある。誠意や気持ちを伝えるものは、品物である必要はないからな。
「……もし、サフィラスが許してくれるのなら、一つ願いを叶えてくれないだろうか」
「なになに? なんでも遠慮なく言って! 俺のできることならなんでもするよ」
「本当に?」
「勿論! 魔法使いに二言はない!」
「では、口付けを……」
滅多にないパーシヴァルの願いだ。さぁ、さぁ、なんでも…言ってくれ……?
は? 口付けだって?
パーシヴァルの整った顔が間近に迫る。なんだ? いつものあれか? 額の接吻か?
それにしてはいつもより近いなと思っていれば、ふにっとくちびる同士が触れ合う。
……ん? んん??
今、どこに接吻をしてる? くちびる? え? もしかして、くちびる?
密かに混乱していれば、追い打ちをかけるように強く抱きしめられた。より深く、くちびるが重なり合う。
どれくらいそうしていたのか分からない。一瞬だったのか、それとももっと長かったのか。
やがて、そっと温もりが離れてゆく。
「おやすみ、サフィラス……また明日、迎えに来る」
混乱で硬直している俺の耳元にそう言い残し、パーシヴァルは部屋から出て行った。
扉がパタンと閉まる音で、はっと我に返る。
1人残された俺のくちびるには、温かくて柔らかな感触が余韻のように残る。それを意識した瞬間、顔にブワッと熱が集まった。
「う、う、うわぁ……!」
俺は堪らずに床に転がる。
確かになんでもって言ったよ? だけど! だけど……! 不意打ちはずるい! 俺にも心の準備ってものが必要なんだ!
その夜、恥ずかしさと照れ臭さに散々床を転げ回っていれば、気が付けば朝になっていた。
人生二度目の俺だけど、恋愛耐性が全くなくて我ながら呆れるな。こればかりは、得意の魔法も全く役にたたない。
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※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。
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※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。
全8話。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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