いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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1巻

1-3

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 ☆ ☆ ☆


 魔法の授業の最中、教師の話は適当に聞き流してパラパラと教科書をめくっていれば、俺のかつての名前を見つけてしまった。何を書かれているのか、非常に気になる。


 フォルティス・シニストラ 享年二十五歳
 無詠唱の魔法使い
 ソルモンターナ王国サルトゥス出身 商家の三男として生まれる
 厄災の黒炎竜インサニアメトゥスを仲間と共に討伐後、事故により没する


 ……よかった、自ら馬車に飛び込み死亡とか記されていなくって。
 歴史書に載るような大魔法使いが、そんな間抜けな死に方をしたなんて……いや、書けなかったからこそのこの記述なのかもしれない。
 でも、ある意味俺らしい最期だったよ。きっとあいつらも驚きすぎて、少しも悲しまなかっただろう。
 それにしても、あれから百五十年も経ったのか。
 俺にしてみればつい数日前のような感覚だけど、さすがに『風見鶏』のみんなはもう生きてはいないだろうな。あの頃は本当に大変だったけど、毎日が底抜けに楽しかった。
 豪快な獣人のバイロン、勇敢な剣士のエヴァン、そして稀有けうな聖魔法使いで、大聖女のウルラ。
 どんな危険な依頼も、四人だったらあっさり片付いた。笑ったり、泣いたり、時には喧嘩もしたけど。それすらも、俺たちの絆を深めるエッセンスだった。
 俺がいなくなった後、みんなはどんな人生を歩んだんだろうか。
 彼奴あいつらから付き合ってる奴がいるとか、好きな奴がいるとか、そんな話は聞かなかったけど、みんなの子孫はこの世界のどこかにいるんだろうか。
 ぼんやりと回想しているうちに、気がつけば魔法史の講義は終わってしまっていた。
 何となくしんみりした気持ちになってしまったな。
 俺は一人でも平気だけど、だからと言って一人が好きなわけじゃない。
 フォルティスの人生の半分以上は仲間と一緒だった。みんなで楽しく過ごす方が俺には向いているんだ。だから、いつまでもこの一人ぼっちの状況に甘んじるつもりはない。
 ……ただ、今のサフィラスはまだ未成年で、閉じ込められていたせいもあってあまりにも世間知らずだ。
 百五十年前の俺の知識が今の時代で役に立つとは限らない。この状況から抜け出すにしても、先立つものがない十四歳のサフィラスが不安を感じているのも理解できる。
 でも、人生なんてなるようになるものだ。学院にいる意味がなければ、さっさと出てゆけば良いさ。俺は、貴族のしきたりとやらに縛られる必要はないんだ。
 気分を切り替えようとふと窓の外に視線を向ければ、渡り廊下を歩いている二つ上の兄を見つけた。ギリアムと同じ年齢の彼は、第三学年では優秀な生徒らしい。
 俺が学院に入学する時、兄には迷惑を掛けるなと父親に強く言われたけれど。兄と言っても俺からすれば他人のようなものだから、今後も関わることはないだろう。


 さらっと魔法の歴史を学んだ後は、魔法実技だ。
 演習場にゾロゾロと移動して、まずは例の水晶による魔力鑑定。前世を思い出してからの俺は、こいつは実にナンセンスな鑑定方法だと思っている。事実、めちゃくちゃ魔力を持っている俺が魔力なしになるんだから、ポンコツ以外の何物でもない。
 魔法を使って目が潰れるほど光らせることもできるけれど、俺はこの水晶がどういった仕組みで光るのか、一度はっきりと確かめたかった。
 魔力の質が違うという俺の仮説が正しいのか、それとも別の何かがあるのか。
 光の強さは様々あれど、クラスのみんなは次々と水晶を光らせている。さすがは貴族の学校だ。
 いよいよ俺の番になって水晶に触れば、水晶はチカリともしなかった。ただ、水晶の中を魔力がサラーっと流れてゆく感覚はある。
 なるほど。前世を思い出す前と同じく、俺の魔力じゃ水晶は光らない。
 やはり、俺の魔力はみんなとは違う性質を持っているのだろう。
 しばし黙考していれば、ケイシーが、まるでオーガの首でも取ったかのように笑い出した。

「はっ! 魔力なしとは、やっぱりお前はペルフェクティオの恥さらしだな!」

 周りの生徒が哀れなものを見るような目で俺を見ている。
 実は幼い『僕』を窮地きゅうちに陥れた元凶のケイシー・モルガンは同じクラスだったのだ。
 顔を見るとその顔面に一発食らわせたくなるので極力接触を避けていたんだけど、厄介なことにケイシーの方からわざわざ絡んできた。

「ペルフェクティオ君、気にすることはない。魔力がなくとも、この学園には学ぶことは沢山ある」

 教師もペルフェクティオの恥さらしのことは知っているのだろう、同情的な態度だ。

「……先生、水晶が光らないからと言って、魔力なしと判断するのは早計かと思います」

 俺はにやりと笑ってみせる。そもそも水晶が光る原理が解っていないのに、そんな曖昧あいまいなものを判断材料にしていることがおかしいのだ。
 俺は無詠唱で掌に炎を出す。高温の青く透明な炎だ。どよりと周囲がざわめく。
 炎の魔法にも位があって、魔力の強さで温度が変わる。低温の赤から中温のオレンジ、そして高温の青。炎が透明であるほどその温度は高く、青の炎は鋼さえも溶かす。

「あいつ今、詠唱したか?」
「嘘でしょ、青の炎だなんて……」

 無詠唱で魔法を使う魔法使いなんて見たことがないだろう。
 ほれほれよく見よ。遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。あっ、無詠唱だから聞くのは無理か。みんな、普通に寄ってとくと見てくれ。
 俺は演習場の端に設置してある的に向けて青い炎を放つ。高速で飛んだ炎は寸分も違うことなく的の中心にあたり、土台ごと燃やし尽くした。

「そ、そんなのいかさまだ! 魔力がないのに魔法が使えるわけがない! ましてや無詠唱だと! ペルフェクティオの恥さらしめ、今度は嘘で家名に泥を塗るつもりか!」

 なんでモルガン家のお前がペルフェクティオ家のことを心配してるんだよ。関係ないだろう。
 大体魔力がない奴がどうやってこれだけの仕掛けを作れるっていうんだ? いかさま呼ばわりするなら、先にネタを見破るべきだ。
 そもそも、仕込みであれだけのことができるならむしろ教えてほしい。それでひと商売するから。

「……皆さん、お静かに。授業を続けます。ペルフェクティオ君は、後で学院長室へ行くように」

 教師の言葉にクラスメイトの視線が俺に向けられたが、そのどれもが好意的なものではなかった。
 何だかつまらないな。百五十年経ってもう少し魔法も面白くなっているのかと思ったけど。
 すっかり鼻白んだ俺はあからさまに嘆息した。


 放課後、クラスメイトに好奇の視線を投げられながら学院長室に向かう。
 特にケイシーの奴は底意地の悪い笑みを浮かべていたが、お前、一度その顔を鏡で見た方がいいぞ。
 絶対女の子にモテない。

「サフィラス・ペルフェクティオです」

 学院長室の重厚そうな扉をノックすれば、中から入るようにと声がかかった。

「失礼します」

 一歩室内に踏み入れば、随分と重苦しい空気が漂っている。
 執務机にどんと座る学院長と、その両脇には気難しそうな顔の教師が数人立っていた。
 学院長はちょっと厳しそうな高齢の女性だ。入学式の時に遠くから見ただけだったけど、近くで見ると威圧感が半端ない。細身の眼鏡が、マナーに厳しいお堅い家庭教師みたいな印象を与えている。
 この空気の重苦しさ、並みの生徒だったら気怖じしてまともな話もできないだろう。
 たかだか水晶が光らないぐらいで、大騒ぎしすぎじゃないのか?

「さて、あなたの担任から本日の魔法実技の授業について報告を受けています。あなたは何か細工を施し、あたかも魔法を使えるかのように偽ったそうですが、本当ですか?」

 いきなり本題ですか。しかも、俺が細工をしたってのは決定事項なわけ? 
 既成概念にとらわれすぎだ。
 魔法は本来自由の翼で、好奇心や探究心の旺盛な奴ほど自在に操れるようになる。基礎的な考え方や、制御の仕方を学ぶことを否定はしないが、ありえない、から始まる考え方は魔法を停滞させる。
 この時代にもなって魔法への理解が百五十年前と変わりないどころか、後退しているようにさえ感じるんだが。

「……なぜ、私が細工をしたと決めつけているのですか?」
「君には魔力がない。そもそも魔法が使えるわけがないのだ」
「君の家の事情は存じているがね。境遇に同情しなくもないが、嘘はいけない」
「正直に話さなければ、我々は君になんらかの処分を下さねばならん」

 教師陣が代わる代わる意見を言っているが、俺からしたらなんでみんな盲目的に水晶を信じているんだろうと、そっちの方が不思議でならない。
 世の中に絶対なんてない。例外ってものは必ず存在する。

「同情は結構ですし、そもそも私は嘘などついておりません。ところで学院長。学院長はなぜ魔力を流すと水晶が光るのか、その仕組みをご存知なのですか?」
「なっ! 君! 学院長に対してそのような質問をするなど、失礼ではないか!」

 授業で俺にいらん同情を向けた小太りの教師が、青筋を立てて怒鳴る。
 いや、失礼なのはお前の方だ。教師なら生徒の素朴な疑問に答えるべきだろう。

「……学院長のお考えをお聞かせください」

 俺は小太り教師を無視して、学院長に再び問いかける。

「……水晶が光る仕組みは未だ解明されてはおりません。ですが、魔力を流せば光る水晶の特徴を利用して、魔力の有無を判定する方法は古くから確立している、国も認める鑑定法です」
「そうですか。つまり、仕組みはわかっていないのですね……。私は、水晶が光る理由にある仮説を持っています」
「仮説、ですか?」

 学院長が胡乱うろんげに眼鏡の奥の目を細めた。

「はい。私の魔力は皆の魔力と性質が違うのではないかと考えています。水晶に触れた時、何かが流れてゆくのを私は確かに感じるのです。そしてそれは、私の魔力であることに間違いはないと思っています。きっと私の魔力には水晶を光らせる力はないのでしょう。けれど、その違いこそが、魔法を発動させる際に詠唱を必要とするか否かなのではないかと私は考えています」

 何を言っているんだと言わんばかりに、教師たちがざわついた。
 だけど、既に白魔法っていう明らかに種類の違う魔法があるんだから、第三の魔力があっても不思議じゃないだろう?
 白魔法というのは、回復に特化した魔法だ。この魔法を使える者が水晶に魔力を流すと、透き通った水晶は白く曇り、ぼんやりと光る。その白く光る様から、この魔力を持つ者を白魔法使いと呼ぶのだ。
 さらに、この魔力がより強いと、白く光った水晶はついには金色に光を放つ。それができる者は聖魔法使いと呼ばれ、最早聖女や聖人の域だ。
 俺は、金色の粉をいたように光った水晶を、前世で一度だけ見たことがある。
 それは、俺のパーティに所属していた大聖女ウルラが水晶に触れた時だ。神殿にいた連中がどよめいたのを今でも覚えている。

「あなたは自分の魔力が人と違うものだと考えているのですか?」
「はい。白魔法のように、通常の魔力とは異なる魔力があるのですから、第三の魔力があってもおかしくはないと、私は愚考します」 

 俺はここで、詠唱なしに青の炎を右の掌に浮かべてみせる。
 教師たちが一様にぎょっとした顔をした。

「これが細工か、それともまやかしか何かの類いかどうか、どうぞ存分にお調べください」

 さらに、左手には水球を乗せた。
 学院長室を破壊までするつもりはないからね。ここは一年生らしい魔法で。
 水球と炎を次から次へと複雑な形に変えてみせる。炎や水の形を変えるためには、それなりに微妙な魔力制御が必要になる。
 学院長室を壊す気はないが、力を出し惜しみするつもりもない。
 小細工などしなくとも、それなりに魔法を使いこなせることを認めてもらわなければならないからね。
 俺は水で鳥かごを作ると、その中に青い炎の小鳥を閉じ込めた。水のかごの中で、青い小鳥は燃え続ける。
 火と水。相反するものを同時に破綻させることなく操るのは、相当の手練てだれでなければ無理だ。
 自分で言うのもなんだけど、美しい芸術作品だと思う。

「必要なら、他の魔法もお見せいたしますが?」
「……いいえ、結構です」

 他の教師は驚いたまま固まっているけれど、学院長だけは何かを考え込んでいるようだった。
 まぁ、これで退学になるならそれでもいい。俺は別にこの学院で学ぶことにこだわっているわけじゃないし、なんなら今更勉強することもないからな。
 改めて魔法を学ぶのもちょっと面白そうだなって思っていたけど、教師も古い考え方の保守的な人ばかりのようだし。
 大体、百五十年も前の人間の俺の方が柔軟な考え方してるって、ちょっとどうだろうか。
 もう少し魔法は面白くなってるのかなって期待していたけど、案外そうでもなかったな……
 だったら、俺にはお上品な魔法の使い方を習う必要はない。冒険者として、依頼をこなせる確実な力があればそれでいいんだから。
 せっかくの学生生活を楽しめなかったことだけは残念だけど……

「わかりました。あなたはもう下がってよろしい」

 学院長に退室を促されたので、俺は炎と水を消すと一礼をしてきびすを返したけれど、ふと思い立ち、扉を開ける直前に足を止めて振り返った。一応俺の気持ちは伝えておく。

「私は学院の意向に従います。特に温情的な措置も求めておりません」

 とりあえず、俺的には別にこの学院には未練もないし、退学ならそれでもいいという意思を告げた。
 後から恩着せがましく、学院に残してやったんだ風な空気をかもし出されるのもあまり気分はよくない。釘を刺しておかなくてはね。
 学院長室を出ると、なぜかパーシヴァルが廊下で心配そうな顔をして待っていた。

「サフィラス……!」
「あれ、パーシヴァル。どうしたの?」
「サフィラスが学院長室に呼び出されたと聞いたんだ」

 俺を心配してわざわざ来てくれたのか。
 パーシヴァルは本当にいい奴なんだな。俺が退学になって学院を離れても、パーシヴァルが危機の時には必ず駆けつけるよ。

「大丈夫だったのか?」

 パーシヴァルは、俺がなんで学院長室に呼び出されたのかをきっと知っている。
 気遣わしげな顔をしているのは、それについて聞いていいのか迷っているのだろう。

「うん。まぁ、どうなるかはわからないけど。それはそうと、夕飯にはちょっと早いけど、カフェテリア行かない? 俺、お腹減っちゃった」

 学院を辞めることになったら、ここの美味しい食事も食べられなくなっちゃうからね。今のうちに堪能しておかないと。


「おい」

 パーシヴァルと並んでカフェテリアに向かっていると、後ろから声をかけられた。
 おいって、それだけじゃ一体誰を呼んでいるのかわからない。しかし、おぼろげながらもこの声には聞き覚えがあるので、呼ばれているのはたぶん俺だ。
 このまま聞こえなかったことにしてもいいんだけど、無視しても面倒臭いことになりそうだ。仕方なく足を止めて、作り笑顔で振り向く。

「……お久しぶりですね。兄上」

 俺がにっこり笑って挨拶をすると、ペルフェクティオの長兄ウェリタスは僅かに驚いた様子を見せた。いつも薄暗い顔をしていた俺が笑っているのが意外だったんだろう。

「全く、この国の慈悲深い教育制度のせいで、お前のような恥さらし者にも、我が家は無駄な金をかけなければならない」
「はぁ……」

 なんじゃそりゃ。そんなことを言うためにわざわざ呼び止めたのか?

忌々いまいましいことに、お前の無能さはこの学院にも知れ渡っている。しかも魔法実技で下らない小細工をしたそうだな。二年後にはお前と違って優秀な弟のアクィラもこの学院に入学するんだ。これ以上ペルフェクティオの名を汚すことはするな……お前が家のために賢明な判断をすることを願っている」

 言いたいことだけ言うと、兄はさっさと立ち去っていった。
 一体何が言いたかったのかよくわからん。

「えーっと?」
「あれは、本当にサフィラスの兄なのか?」

 俺が首を傾げていると、パーシヴァルが隣で渋い顔をしていた。

「え? そんなに似てないかな? 髪の色は違うけど、目鼻立ちはそこそこ似てると思うけど?」

 兄貴は薄い金髪、俺は黒。色味は違うけど、ペルフェクティオ特有の儚げな美少年顔って共通点はあると思う。あと、目の色も似ているな。
 しかし悔しいことに、兄の方が体格はいい。これは年齢的なものではなく、明らかに食生活の違いだ。

「そういうことじゃない」 

 パーシヴァルが憤慨ふんがいしたように言った。
 俺のために怒ってくれて嬉しいよ。サフィラスはこれまでずっと孤独だったから。

「まぁ、あんなもんじゃない? 俺、家族からうとまれてるし。それにしても、わざわざ声をかけてきて、一体何を言いたかったんだろう?」
「自主退学しろ、とおっしゃっていたのではありませんか?」
「ああ! なるほ……ど? えーっと、どなたでしょうか?」

 突然話に割り込んできたのは、癖の全くない蜂蜜色の金髪に、アメジストの瞳を持つ美しい少女だ。透き通るような白い肌と艶めいた桜貝の唇に、うっかり視線を奪われる。

「あら、申し訳ございません。勝手に会話に割り込んでしまって。わたくし、アウローラ・スタインフェルドと申します」

 少女はスカートの裾を摘み、すっと膝を下げて挨拶をした。洗練された所作だ。
 けれど、俺の目を引いたのは彼女の美しさだけではない。
 これは、

「聖魔法使い……?」
「あら、おわかりになりました?」

 アウローラと名乗った美少女は扇子で口元を隠しながら、うふふと悪戯に成功した子供のように笑った。
 前世で聖魔法使いと長く一緒にいたので、俺には白魔法使いの魔力がなんとなくわかるのだ。
 しかも、アウローラの白魔力はなかなか強い。間違いなく聖魔法使いと呼ばれるレベルだ。

「世にも希少と言われる聖魔法使いに、まさか学院で会えるなんて思ってもみなかったな」
「まだ見習いですわ。魔法制御が上手くできませんのよ」
「白魔法は、普通の魔法と魔力の性質や使い方が全く違うからね」

 通常の魔法は自分の魔力を外に放出することで現象を起こすが、治癒の白魔法は自分の魔力を相手に与えることで傷や病を治す。
 白魔法使いとしての素質があっても、その魔力を使いこなせる人間は少ない。それは生き物の体の仕組みを理解して、自分の魔力を拒否されることなく相手に流すのが難しいからだ。

「あら、白魔法にお詳しいだなんて……ペルフェクティオ様はなかなか面白い方ですのね」 

 白魔法の使い方は一般には知られていない。本能的に使える勘のいい者ならともかく、白魔法使い自体が滅多にいないので、学ぶ場が極めて限られてしまうのだ。
 俺の場合は、仲間に聖魔法使いがいたからその原理を教えてもらえた。
 とはいえ、白魔法の素質がない俺が教えてもらったところで、治癒魔法は使えないんだけど。

「しかし、自主退学かぁ……まぁ、それもありかな」
「本気で言っているのか?」

 パーシヴァルが低い声で唸る。

「いやだって、言われてみればあの父親の金で学院に通ってると思うと、どうも居心地が悪い。ペルフェクティオも貧乏ではないだろうから、俺の学費ぐらいは痛くもかゆくもないだろうけど……何かあるたびに文句を言われるのはさすがに鬱陶うっとうしいよ。いい機会だし、学院を辞めて冒険者にでもなるよ」

 侯爵家と縁を繋ぐための道具としての価値もなくなったしな。
 何かしらの理由をつけて俺を追い出す可能性もある。
 そうなったら、そもそも学院に通う資格自体なくなるし……

「あら、冒険者ギルドには十六歳にならなければ登録できませんのよ」
「は? え! うっそ! そうなの? ……それは、参ったなぁ」

 前世では十二歳からギルド登録できたのに。百五十年の間に一体何があったというんだ!?
 しかし、それは困った。冒険者になれなければ、俺に稼げる手段はない。
 あと二年、無職で生活するにはちょっと無理があるし、退学になったら雨風しのげる寝床を失うことになる。冒険者以外で俺の特技を生かせる仕事、何かないかな。

「一つ、提案がございますのよ」

 俺がうんうん唸っていると、アウローラが紫の瞳をキラリと光らせる。

「この学院に通う皆様は貴族ですけれど、全ての貴族が高い学費を払えるとは限りません。随分無理をして、ご子息ご令嬢を学院に預けておられる家もあるのですわ。ですから学院には後援奨学金制度というものがありますの」
「後援奨学金?」
「はい。成績優秀な生徒の学費を、学院を支えている貴族が援助するというものです」
「ふーん、すごくいい制度に聞こえるけど、その制度使っちゃうと卒業後、強制的に国や出資してくれた貴族に奉公するとか、そういう落とし穴があるんじゃないの?」

 何しろ、この学院は王立。王様が創立したのだ。

「ええ、まぁ。一応、国王に仕える人材を育成するための制度ですから。ですが、卒業後に在学中の学費の半分を返済することができれば、無理にお勤めにならなくともよろしいのですわ。ですから、もし学院に残られることが決まりましたら、奨学生になられることを一度検討してみてはいかがですか?」

 普通はそのまま安定した王宮仕えを目指すと思うのですけれどね、とアウローラは上品にウフフと笑った。
 なるほど。
 とはいえ。ついさっき学院長に喧嘩じみたものを売ってきた俺としては、その制度はいささか使いにくい。

「この奨学金制度、我がブルームフィールド公爵家も関わっておりますのよ。ですから、ご心配なさらずに」

 なんのご心配かはわからないが、なんとこの美少女、公爵家のご令嬢であったか。
 ほんと世間にうといなサフィラス。立派な監禁令息だ。
 アウローラと別れた後にパーシヴァルが教えてくれたけど、なんとアウローラはこの国の第二王子の婚約者でもあるそうな。
 聖魔法使いということは抜きにしても、ちょっと普通の娘さんじゃないなって思っていたけど……
 何も学ばせてもらえなかったサフィラスは、貴族とそこにまつわる諸事情について本当に何もわからない。侯爵家の息子に嫁がせるなら、それなりに貴族のことやマナーを教えておくべきなのに、そんなものは一つも教わっていない。
 本当に男妾としてアンダーソン家に売るつもりだったんだな。
 でも今の俺の将来の夢は冒険者なので、そのあたりはわざわざ覚えなくてもいいだろう。
 それに、今後学生のままでいられるかもわからない。
 だけど、どうなるにしても心配することはないさ、サフィラス。
 俺ならどこででも、何をしてでも生きていける。何しろ、魔法と強運を持っているんだから。


 その日の夜、学院長から連絡があった。
 魔法実技の授業の件について、特におとがめめなし、だそうだ。
 俺は別にとがめめられるようなことはやっていない。勝手に疑ったのは教師側なんだから、むしろ詫びの一つもあっていいもんだろうけど。
 まあ、細かいことをいちいち気にしていても仕方がない。今の俺は子供だから、大人の事情に付き合ってやるしかないのだろう。
 とりあえず雨風がしのげる寝床と三食の食事に困ることはなくなったから、アウローラに教えてもらった後援奨学金制度、真面目に検討してみるか。


 翌日。
 教室でいつもの席に座っていると、クラスメイトの誰もがもの言いたげな視線を向けてきた。
 気になるなら直接聞きに来ればいいのに、そこまでの勇気はないんだな。
 聞いてくれればなんでも話すよ。寧ろこっちは早く話しかけてこないかと待ち構えているくらいだ。この調子じゃぁ、友達百人の道は遥か遠いな。やっぱり学院で友人を作るのは難しそうだ。
 相変わらず孤立している現状にひっそりとため息をついていれば、お呼びではないケイシーが教室に入ってくるなりこっちに向かってきた。
 よっぽど暇なんだろう。俺なんかに構うより、他にやることを見つけた方が良いと思うけど。

「なんだ、お前。教室に来ても無駄なんじゃないか? どうせ退学だろ?」
「いいや、違うけど?」
「は? もしかしてお前、ペルフェクティオの力で学院長を黙らせたのか?」

 何を言ってるんだ。あの父親が俺のために何かをするわけがないだろう。

「……なるほど。お前の中で、学院長ってそういう感じなんだ。この王立学院の名誉ある長として、国王陛下が直々に任命された学院長をねぇ……ふぅん」

 俺をおとしめるつもりだったんだろうけど、それじゃまるで学院長は金と権力で動かされる人物だと言っているようなものだ。学院長がそれを聞いたらどう思うだろうね。
 自分の失言に気がついたのか、ケイシーが顔を真っ赤にした。
 こんなに頻繁ひんぱんに怒って喚いていたら、そのうち憤死するのではないだろうか。人間はあまり怒らない方が長生きするらしいぞ。
 ケイシーはなんとかして俺を傷つけたいのだろうが、中身二十五歳で数多あまた修羅場しゅらばを踏み越えて、酸いも甘いも噛み分けてきた俺は、ちょっとやそっとのことで凹んだりしおれたりはしないのだよ、少年。
 ケイシーは今まで、サフィラスを痛めつけて得られる優越感で自尊心を満たしていた。
 家族から恥さらしと言われ、何を言っても言い返すことのなかった気の弱いサフィラスは、都合のいい的だったに違いない。
 ところが、何を言っても全く傷つかないどころか言い返してくるようになった俺に、相当ストレスを感じていることだろう。だがそんなことは俺のあずかり知るところではない。 
 何も反論の言葉が見つからなかったのか、ギロリと俺を睨んだケイシーは自分の席に戻っていった。
 教室中が俺たちに注目していたらしく、俺が周囲に視線を向けるとクラスメイトたちは慌てて前を向く。
 俺たちの掛け合いは、クラスの連中からしたらさぞや面白いだろうな。俺だって第三者なら嬉々として観戦していたことだろう。


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