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俺は優秀な魔法使いなので

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 夜会を目前にして、王都の有名メゾンからお針子さん達が衣装を持って学院の寮までやってきた。
 今日は細かいお直しをするそうな。
 なんでいつの間に衣装ができてるの? と思っていたら、俺たちが招待状を受け取るよりも先にヴァンダーウォールの方へ、俺たちに陛下の名前で招待状を送るからどうぞよしなに的な話が王太子殿下からあったんだって。
 確かに、衣装を作るのには時間がかかるからね。当然俺たちだけではなく辺境伯家にも招待状は届けられたけれど、去年の魔獣発生の件もあって今は領地を離れることができないと、夜会の参加は丁重に辞退されたのこと。
 今ではすっかりいつものヴァンダーウォールではあるけれど、もし辺境伯がこちらにきている間に再び魔獣が大発生したら大変なことだ。何しろ鱗を投げ入れた犯人がまだ明らかになっていないわけだし、王都でそこそこ大きな夜会を開いている間に騒動を起こそうと企んだとしても不思議じゃない。魔獣大発生の原因が鱗なら、犯人なんて自ずと限られてくるけど、証拠を抑えてきっちり捕まえるまで安心できないのは確かだ。
 だけど、俺の転移を使えば移動は一瞬。俺が送迎をするよとパーシヴァルに言えば、俺自身が行きたいところに行くために転移を使うのは自由だけど、おいそれと人のために使わない方がいいと嗜められた。
 確かに、前世では俺を都合のいい便利屋かなにかと勘違いしたやつはいたけど。ちなみに、そんな奴らには身の程というものを知ってもらった。俺は全く甘くないのだ。当然ベリサリオ家の人達はそんな奴らとは違う。だからこそ俺は、役に立つならこの魔法をいくらでも使ってくれて構わないと思っている。だけど、辺境伯も夫人もパーシヴァルと同じ意見だと言うので転移は諦めた。どんなに便利でも、魔法の押し売りは良くないからね。
 それはともかく、アデライン夫人の事だ。今回もきっと煌びやかな衣装を用意したに違いないぞ、と構える俺の前でお針子さん達が箱を開ける。
 ……あれ?
 
「これって、隊服……?」

 そこには見覚えのある衣装が入っていた。

「ああ、ヴァンダーウォール軍の儀礼服だな」

 今までの煌びやかな衣装と比べてちょっと勇ましい。その上、儀礼用に華やかな装飾が施されていて、これはさぞパーシヴァルに似合うことだろう。

「こっちも同じかな?」

 お針子さんがもう一つの箱を開けば、それはヴァンダーウォール軍魔法使いの隊服だった。通常は黒か茶色のショートマントが深紅になっていて、ヴァンダーウォールの紋章である竜が金糸で刺繍されているので、こちらも儀礼用だろう。
 うわぁ、凄いな。これを着てパーシヴァルと2人で立てば、どこからどう見てもヴァンダーウォールの代表だ。
 となれば、この国の剣と盾としてしっかりしなきゃいけない。だけど相変わらず俺は、社交的なことはからっきし。ちらりと隣のパーシヴァルに視線を向ける。
 ……まぁ、でもパーシヴァルが側にいてくれるから大丈夫だろう。それに、俺もそろそろこんな状況に慣れてきた。今更大抵のことでは怯まないぞ。茶会でも夜会でも、なんでもこいだ!
 開き直っている俺をよそに、試着をしたパーシヴァルの姿に盛り上がったお針子さん達は、張り切ってお直しを始めた。うんうん、わかる、わかるよ。確かにパーシヴァルは格好いいもんな。
 なんて人ごとのように眺めていたら、その後すぐに俺もお針子さんたちの熱気に巻き込まれてしまった。



 そして迎えた夜会当日。
 パーシヴァルと俺はベリサリオ家の馬車に乗って王城に向かった。
 いい加減俺もこういう時は転移じゃなくて馬車で行くことを学んだので、転移で行こうだなんて言わなかった。当初は公爵家が馬車を用意する予定だったけど、今回の俺はパーシヴァルの婚約者として招待されているので、ベリサリオ家の馬車に乗ることになった。
 ベリサリオ家は王都に屋敷を持たないけれど、馬や馬車を管理するところはちゃんとあるそうな。マテオが預けられているところがそうなんだろうな。
 夜会が催される大ホールでは、ギディングス侯爵夫妻が俺たちを待っていた。
 まだ未成年の俺たちなので、アデライン夫人がご夫妻に世話をお願いしてくれたのだ。

「まずは、2人とも婚約おめでとう。まさか、こんなに早くパーシヴァルが婚約するとは思っていなかったよ。なんなら、生涯独り身かと思っていたからね」

「……叔父上」

 身内に揶揄われて、パーシヴァルはちょっと困っている。パーシヴァルの困っている姿というのも珍しいな。
 陽気に笑うギディングス卿はアデライン夫人の弟さんだけあって、見目麗しい人物だ。隣に寄り添う夫人はおっとりとした物腰の柔らかいふんわりとした方で、にこにこと微笑んでいる。

「サフィラスくん、パーシヴァルをよろしく頼むよ。私が言うのもなんだがね、彼は真面目でいい男だ」

「はい、お任せください」

 俺はしっかりと頷く。安心してください、パーシヴァルは俺が全力でお守りします。魔法じゃ誰にも負けませんから。
 そんな会話を交わしているところに、ギディングス侯爵夫妻に声をかけてくる人達が次から次にやってきた。俺たちのことは、ギディングス卿が紹介してくれたので笑顔で応える。顔は笑いながらも、さりげなく周囲の様子を伺うことも忘れない。いくらなんでもあからさまに怪しい動きをするとは思えないが、違和感を拾うことは大事だ。
 本日の俺とパーシヴァルの役割は、クラウィスを護ること。当然彼には正式な護衛がついているけれど、万が一不測の事態が起きたとしても俺たちなら自由に動ける。
 俺がパーシヴァルの隣で愛想良くしていれば、なんだか空気を読まない奴が現れた。
 澄ました顔をしながらも、ねっとりとした視線を俺に向けてくる。背中をゾワゾワさせながらも、俺はあえてその視線に気がつかない振りをする。

「しかし、サフィラス殿は本当に麗しい。その上、優秀な魔法使いだとは……貴方のように美しく才能のある方が、あのような辺境の地に行かれるとは、なんとも勿体無い」

 おいおい、何をほざく。
 確かにギディングス侯爵家は中央の貴族だけど、ヴァンダーウォール辺境伯夫人はギディングス卿の姉君だぞ。
 ついさっきナントカ伯爵と紹介されたばかりだけど、もう名前は忘れた。ともかくこの伯爵、下心丸出しな上にヴァンダーウォールを見下してる。あの土地の重要性を分からないわけがないだろうに。
 長く平和が続いているし、王都にいればほとんど魔獣に脅かされるようなことはないからな。危機感が薄れても仕方がないのかも知れないけど。安寧と平和は、何もしないで得られるものじゃないぞ。

「どうかね、私ならこの王都で君に相応しい場所を」

「ええ、そうですね」

 それ以上は言わせるものかと、俺は伯爵が話している途中でバッサリと割って入る。

「ヴァンダーウォールは王国の平和を維持する要の一つですから。王国と国王陛下のため、私のようなな魔法使いこそ、ヴァンダーウォールへ赴かなければならないと思っております。むしろ、なこの私が行かずして一体誰が行くのかと! パーシヴァルの伴侶となり、ヴァンダーウォールへ赴くのは私の使命だと自負しております。彼の地で私の魔法を存分に使える日を思うと、もう今からこの胸の昂まりを抑えることができないのです!」

 俺は拳を握って、鼻息荒く熱弁する。
 腐っていても相手はギディングス卿と付き合いのある貴族。俺が下手なことを言ったせいで、機嫌を損ねてギディングス侯爵家との関係が拗れても厄介だからね。
 ナントカ伯爵は俺の勢いに顔を引き攣らせている。俺の見た目から大人しい子だと思ったんだろうけど、残念でした。俺は大人しい魔法使いじゃないんだな。舐めてもらっちゃ困るぜ。

「そ、そうかね。是非頑張ってくれたまえ……」

「はい! 勿論です!」

 身を乗り出すように答えてやれば、ナントカ伯爵はそそくさと離れて行った。
 ふふん、この程度で尻込みするようじゃ大した器じゃないな。そもそも婚約してるって言ってるのに、俺をどうするつもりだったんだよ。

「ははははっ! いや、これは驚いたな!」

 ギディングス卿が声を上げて笑いだす。

「サフィラスくんはなかなかに肝が据わっている。これは姉上が気に入るはずだ。パーシヴァルは得難い伴侶を得たようだね。サフィラスくんを大切にするのだよ」

「勿論です」

 パーシヴァルは真面目な顔で答えたけれど、ベリサリオ家の皆さんにはすでに十分大切にしてもらってます。
 些細なハプニングもあったが、いよいよ国王陛下と主賓の入場が告げられた。
 たとえファガーソン侯爵が何を企んでいようと、その全ては阻止させて頂くよ。
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