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2度目の人生、初めて伴侶を得る事になりました

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 ヴァンダーウォールの盟友となる相手に渡される指輪だって言っていたし、それなりに意味のあるものだって事だよな。 

 「このヴァンダーウォールにおいて、盟友には本来の意味の他にもう一つ大事な意味がある」

 「うん」

 「……それはヴァンダーウォールを守護する者の伴侶という意味だ」

 「へぇ、そうなんだ。伴侶って意味もあるんだ……って、はっ? え? は、伴侶!?」

 思わず声がひっくり返る。
 ハンリョって、はんりょって、あの伴侶か? 健やかなる時も病める時も、生涯を共に支え合い寄り添うあの伴侶のこと?

 「昨夜、キングスリー殿がその竜の紋章が刻印された指輪を嵌めているサフィラスをヴァンダーウォールの盟友と呼んだことで、あの場にいたものは皆、サフィラスを俺の伴侶だと思ったんだ」

 うわぁ! それは祝いを持って駆けつけるはずだよ! そんな大事な存在と俺が勘違いされているなんて、それは大変なことじゃないか? 

 「パーシヴァル! すぐに行ってみんなの誤解を解かないと!」

 椅子を倒す勢いで立ち上がった俺は、パーシヴァルの腕を掴む。あれは放置しておいていい噂じゃない。早く行って、そうじゃないってみんなに説明しないと。
 ところが、ぐいぐい引っ張ってもパーシヴァルはピクリとも動かない。なんでだ、俺は結構全力で引っ張っているんだけど? いや、その前にこの指輪を外した方がいいのか? 

 「サフィラス」

 指輪を外そうとした俺の手を制するように、パーシヴァルの手が重ねられる。顔を上げれば、真っ直ぐな視線と目が合った。なんだかいつもと違う雰囲気のパーシヴァルに心の臓が妙に騒ぐ。これはいつもと違うパーシヴァルだ。

 「な、なに?」

 「俺ではサフィラスの伴侶になり得ないだろうか?」

 「へっ!?」

 またしても声が裏返った。
 パーシヴァルが俺の伴侶だって? いや、だけど、俺とパーシヴァルの間には今までそんな雰囲気は全くなかっただろ。なのに急にそんな事を言い出すなんて、心の準備ってものが間に合わないじゃないか。

 「サフィラスはアンダーソンに酷い目に遭わされている。伴侶に対していい感情はないだろう。そして、誰にも縛られることなく、自由であることを望んでいることも解っている……そんなサフィラスに、この指輪を騙すような形で渡したことは、本当にすまないと思う。だが、俺はサフィラスの伴侶として隣に立てることをこいねがっている」

 確かにギリアムは最低だった。だからと言って俺は伴侶を否定するつもりはない。相性の悪い相手といるくらいなら、生涯1人でいいと思っているだけで。万が一ギリアムと一緒になっていたら、俺は1日だって耐えられずにすぐさま世界の果てまで逃走していたね。
 だけどギリアムのことが無かったとしても、今まで伴侶のことなんて一度も考えた事はなかったな。決してモテなかったわけじゃないぞ。そもそも前世では風見鶏の仲間がいたし、生涯を共に歩きたいただひとりの相手がいなかっただけだ。パーシヴァルほどではなかったけど、前世の俺だってそれなりに男前だったんだから。

 「……パーシヴァルは俺が伴侶でもいいの?」

 「サフィラスでなければ、伴侶を得る意味はない」

 改めてパーシヴァルが伴侶だったらと考えてみる。パーシヴァルはとってもいい奴だ。真面目だし、剣の腕も立つ。俺のやりたいことをすぐに理解してくれて、一緒にいて楽しい。何よりも気が合う。
 ……断る理由は全くないな。

 「そっか、解った。じゃ、一緒になろうか」

 「……は?」
 
 なぜかパーシヴァルは信じられないと言わんばかりの顔をした。まさか俺が断るとでも思っていたのかな? お互いがいいと思うなら、拒否する理由はないじゃないか。

 「俺の伴侶になってくれるんだろ?」

 「サフィラス、もっとよく考えるんだ。伴侶は生涯を共にする相手だぞ。無理に受け入れる事はない。嫌ならばはっきりと断っていいんだ」

 「無理なんかしてないよ。俺はパーシヴァルがいい」

 ちょっと考えてみても、パーシヴァル以外の誰かの隣にいる自分が想像出来ない。それに相棒も伴侶も同じようなものだろう。神殿の女神の前で誓いを立てるか立てないかの違いだ。

 「本当に俺でいいのか? 後悔はしない?」

 「しないって」

 本心を伺うかのようにじっと俺の目を見ていたパーシヴァルが、徐に跪いて指輪を嵌めている左手を掬うように取った。いつも見上げているパーシヴァルを、今は見下ろす形だ。この位置でパーシヴァルと視線を合わせているなんてちょっと新鮮だな。

 「……指輪よ、我が半身サフィラスの護りとなれ」

 詠唱のようなものを唱えたパーシヴァルが中指の指輪に唇を落とすと、それは俄に熱を帯び微かだけれど魔力が全身を巡った。この感覚は聖魔法使いのいのりに似ている。やっぱり指輪は特別な力が宿っている魔法具の一種だったんだ。

 「これで指輪は正式にサフィラスのものとなった」

 パーシヴァルの伴侶か。なんだか不思議な感じがするけど、これまでと何も変わらないんだろうな。なんだかんだと、いつも一緒に行動しているし。

 「うん……えーと、これからも末長くよろしく!」

 「ああ、俺を選んでくれたことを決して後悔させない」
 
 立ち上がったパーシヴァルにぎゅっと抱きしめられた。レモネとミンタがふわりと薫る。包み込むような腕の強さがくすぐったくて、背中がむずむずする。
 
 「……あ、そうだ。今から神殿に行って誓いを立てる?」

 俺たちはヴァンダーウォールのギルドで冒険者登録するんだし、伴侶の誓いもここでしたらいいんじゃないかな。それに、こういう事は早い方がいいだろう。
  
 「そう言ってもらえるのは嬉しいが、サフィラスはブルームフィールド公爵家の後ろ盾を得ている。こちらだけで勝手に話を進めるわけにはいかないんだ。何より、俺たちはまだ成人していないからな」

 「そうなんだ……」

 それは残念だな。平民は婚姻を申し込んだらすぐに神殿に行って誓いを立てるけど、貴族はそうはいかないのか。

 「まず俺たちのことを父に報告して、こちらからブルームフィールド公爵家に使者を立てる」

 「あ、もしかして、派手派手しいお披露目とか必要だったりする?」

 「いいや。サフィラスが望まなければ、神殿で誓いを立てるだけでいい。ただし、公爵家からの立会人は出席する事になるが」

 「……それくらいならいいか」

 それにしてもベリサリオ家の方々に、改めて俺たち伴侶になりましたって報告するのはちょっと恥ずかしいな。なんて内心で照れていれば、俺はあることを思い出した。
 魔獣が大発生した時に、俺はこの指輪をアデライン夫人や辺境伯に得意げに見せびらかしていた。それって、自分はパーシヴァルの伴侶ですから! と自ら触れ回っていたってことじゃないか!

 「うわぁぁ……嘘だろぉ……俺、めちゃくちゃ恥ずかしい奴じゃないか!」

 俺は羞恥に耐えられず床に崩れ落ちる。

 「サフィラス!?」

 「無理! どんな顔してお二人に会えっていうんだ!」

 いや、もうすでに散々顔を合わせている。何を今更なんだが、あれを思い出してしまった以上恥ずかしくて、とても耐えられない! ああ、このまま穴を掘って埋まってしまいたい! いや、いっそ埋まるか? よし、埋まろう!

 「どうしたんだ、落ち着け」

 「落ち着けるわけがない! これが伴侶の指輪だなんて知らなかったから、俺は夫人や辺境伯に得意げに見せびらかしちゃったよ! 物凄い恥ずかしい事をしちゃったーっ!」

 「大丈夫だ。みんなサフィラスが指輪の本当の意味を知らないことは知っている。だから純粋に盟友だと伝えたくて指輪を見せたのだとわかっている。何も恥ずかしい事はない」

 蹲り丸まっている俺の背を、パーシヴァルが宥めるように撫で摩る。

 「ほ、本当に?」

 「ああ、本当だ」

 「だけど、やっぱり……無理、絶対に無理」

 そうは言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 
 それからパーシヴァルに散々宥めすかされてなんとか立ち上がった俺は、すっかり冷めてしまったお茶を淹れ直してもらい、十分に落ち着きを取り戻してから辺境伯の元へ報告に行った。
 辺境伯の執務室にはベリサリオ家の面々が勢揃いで待っていて、俺たちが互いを伴侶に決めたと伝えればみんなからすごく祝福された。

 「パーティのお衣装をパーシィとお揃いにして誂えたというのに、サフィラスさんからなんの反応もなかったから、全く脈はないのかしらと正直心配だったのよ。本当に安心したわ」

 普通はあそこまで揃えた衣装を用意された時点で、伴侶として扱われている事に気がつくらしい。
 辺境伯も夫人も、随分と前から俺がパーシヴァルの伴侶になることを望んでくれていたそうだ。そんな事、全く気が付かなかった。
 そして俺が貰った竜を象った装飾品は、辺境伯夫人が一族に迎え入れる事を認めた相手に贈るものなのだそうだ。勿論サンドリオンさんもクリステラさんも、婦人から竜の装飾品を送られていた。それは指輪だったり首飾りだったりと、形はそれぞれ違うんだとか。
 そして、フラヴィアはベリサリオ家のその慣習を知っていたんだそうだ。パーシヴァルの伴侶になると思い込んでいた彼女は、いつの日か婦人から送られる竜の装飾品を心待ちにしていた。だから、俺が竜の髪飾りを身に付けている事を絶対に認められないし、許せなかったのだ。奪い取って捨てたのも納得できる。

 「サフィラス殿が我が息子を選んでくれて嬉しく思う。どうかよろしく頼む」

 「俺の方こそ、未熟者ですがよろしくお願いします」

 俺は姿勢を正して頭を下げた。辺境伯から改めて言われて、身が引き締まる思いだ。

 「いや、しかし、サフィラス殿は我が弟以上に鈍感だったから、この先どうなる事かと心配したが、収まるところ収まって安心したよ!」

 カーティスさんがわっはっはと笑いながら俺の背中を叩こうとしたけれど、強烈な平手が来る前にパーシヴァルにグイッと抱き寄せられた。すんでのところで、手痛い歓迎を避ける。

 「兄上、力任せにサフィラスを叩こうとしないで下さい」

 「おっと、これはすまない。サフィラス殿は全く結婚に興味のなかったパーシヴァルの心を動かした、大切な伴侶だからな!」

 「カーティス。パーシヴァルを揶揄うのはやめろ」

 一見怖そうな辺境伯が、そんな兄弟のやりとりを微笑ましく見守っている。ベリサリオ家は本当に仲の良い家族だ。
 パーシヴァルは辺境伯子息だから、本当だったら由緒正しい家から結婚相手を迎えるのが筋なんだろう。パーシヴァルを婿にと望んでいた家もきっと多かったはず。恐らく、平民の俺を伴侶に選んだことをよく思わない家もあるだろう。
 隣のパーシヴァルを見上げれば、優しげな眼差しとぶつかった。パーシヴァルは優しい男だから、きっと矢面に立って俺を守ろうとするだろう。
 だが、しかし。俺が伴侶になったからには、俺の全力でもってそんな奴らの口は塞いでやるから安心してほしい。何人たりともパーシヴァルや俺を侮るような真似はさせないぜ。

 「サフィラス、何かよからぬことを考えているんじゃないか?」

 「え? どうしてそう思うの?」

 「悪い顔になっている……だが、その顔も嫌いじゃないけどな」

 「……え?」

 パーシヴァルのいつもにはない熱の篭った甘い笑みに、俺は一つ大きな勘違いをしていた事に気がつかされた。
 伴侶と相棒は似ているようで、その本質は全く違うんだと言うことに。
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