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家族の形

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 フラヴィアは何を言われたのか意味がわからないと言わんばかりの顔をしている。愛されることが当たり前で、自分が誰かを同じ熱量で愛することなんて考えたこともないんだろうな。

 「君は家族のために頭を下げたり、我慢したりできるのかってことだよ」

 「そんなの! 愛されている私がなんでそんな事をしなければならないのよ!」

 ……ですよね。ちゃんと同じように家族を愛していれば、あんな行動やこんな言動はしないものだ。だけどこの歳になるまで、彼女の全てが正しいと育てられたのだとしたら、今更それが間違っていると言われても受け入れられるわけがない。これは伯爵家に問題があった。せめて、神殿で其のことに気が付くことができればいいんだけど。

 「……君が誰かを愛する日が来ることを祈るよ」

 「何なのよ。一体何が言いたいの?」

 「フラヴィア、もうやめなさい。サフィラス殿、本当に申し訳なかった。全て私の責任だ」

 ミラー伯爵は再び深く頭を下げる。其の心の内を思うと、俺も複雑な思いだ。

 「ど、どうしてお父様が頭を下げるの! 悪いのはこの平民なのよ?!」

 「フラヴィア、下がりなさい。貴方の声はもう聞きたくないわ」

 アデライン夫人がこれ以上ないくらいに冷たい声を放つ。フラヴィアはとうとうアデライン夫人を本気で怒らせてしまったようだ。ベリサリオ家は家族の絆が強い。だからこそ、家族を蔑ろにしているとも取れるフィラヴィアの態度に、我慢の限界がきたのだろう。

 「え? おば様? 何で?」

 「エブリン、早くこの子を連れて行きなさい」

 「お姉さま、本当に申し訳ありませんでした。さぁ、フラヴィア行きますよ」

 「いやよ! 何で?! それにまだパーシィに会ってないわ!」

 ミラー伯爵夫人はアデライン夫人と俺に深々と頭を下げると、フラヴィアを引きずるようにしてサロンから退出して行く。納得ができないらしいフラヴィアは大きな声で喚いていたけれど、其の声は段々と遠ざかっていった。
 ミラー伯爵夫人、強いな。

 「義姉上、これまでの私は間違っておりました。今更ですが、今度は間違えないようにしたいと思います。本当に申し訳ありませんでした」

 ミラー伯爵は頭を下げて夫人とフラヴィアの後を追うようにサロンを退室したけれど、其の後ろ姿には落胆が色濃く落ちていた。自分が良かれと思ってしていたことが、愛する娘を駄目にしてしまった。其の事実を目の当たりにしたのだ。さぞ落ち込んでいるだろう。

 「サフィラスさん、不愉快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい。謝罪をしたいと言うから、こうしてわざわざサフィラスさんに来て頂いたと言うのに……」

 「俺なら大丈夫ですよ。気にしないで下さい」

 フラヴィアの言っていたことは事実だ。でも、俺はそんなことどうでもいいし何も感じない。それくらい、どうしょうもない家族だったからな。ウェリタスの居場所がなくなったと、伯爵夫人は俺に訴えに来たけど。今頃彼らはどうしているんだろうか。他人の俺が気にすることでもないのだろうが。かつて家族だった人たちを思い出して、ちょっと遠い目になってしまった。
 
 「サフィラスさん」

 「!?」

 縁を切った家族のことを考えていれば、突然柔らかい温もりに包まれた。淑やかな花の香りがふんわりと鼻腔をくすぐる。

 「……わたくしたちは貴方の家族になれないかしら?」

 「え……?」

 「無理にとは言いません。でも、覚えていて欲しいの。わたくしたちベリサリオの人間は、サフィラスさんをとっくに家族だと思っているのよ」

 ああ、さっきのフラヴィアの発言のせいで気を遣わせてしまったんだな。俺はペルフェクティオからどう思われようと、別に痛くも痒くもない。既に関わりたくない他人だから、彼らから愛されたいとも愛そうとも思っていない。それに家族の愛情がなくても、今の俺は問題なく生きて行ける。それは前世で家族に愛された記憶があるからだ。
 それでも。
 を家族として受け入れようとしてくれるなんて、そんなの嬉しいに決まっている。

 「ありがとう、ございます……」

 ちょっと躊躇ったけれど、アデライン夫人の抱擁に応えて抱き返せば、其の細腕からは想像もつかない力で抱き締められた。アデライン夫人の胸に顔が押しつけられて息ができなくなる。細いのにこの胸の豊かさは、一体どう言うこと?! こ、これは、冗談ではなく、本気で苦しい!

 「むぐっ……! んんっ!! んーっ!」

 「奥様、奥様! サフィラス様が窒息してしまいます!」

 「あ、あら! ごめんなさい!」

 あわや窒息死か?! と言うところでスザンナさんが割って入ってくれて何とか助かった。この腕力はさすがヴァンダーウォール辺境伯夫人だ。美しいだけでは、城は守れないってことなんだな。

 「こほん……奥様、これを」

 スザンナさんが今朝方クー・シーが見つけた竜の髪飾りを持ってきた。汚れも落とされて、すっかり元の輝きを取り戻している。アデライン夫人は其の髪飾りを取ると、俺の髪に留めた。

 「これは母からの贈り物だと思って、受け取って欲しいの。貴方はもうわたくしの息子も同然なのですからね、

 俺の髪を撫でるアデライン夫人の微笑みが、前世の母と重なった。柔らかな慈愛の籠った眼差しに何だか照れてしまって、らしくもなくもじもじとしていたらパーシヴァルがサロンまで迎えに来た。

 「サフィラス、今夜はオリエンスの祭りに行かないか?」

 「え! 行く、行く! もちろん行くよ!」

 それも楽しみにしていた事の一つだからね。断る理由なんかない。

 「良かった。母上、今夜はサフィラスとオリエンスに行きますので、晩餐は結構です」

 「ええ、わかりました。ですが、この時期のオリエンスは色々な人達が出入りしていますからね。解っているとは思いますが、しっかりサフィラスさんをお守りするのですよ」

 「勿論です」

 確かにお祭りなら各地からいろんな人達が集まるだろうから、中には碌でもない輩もいるだろう。でも心配ご無用。俺なら破落戸の2、30人ぐらいちょちょいのちょいだ。まとめてかかって来い。
 それにしてもオリエンスのお祭り、楽しみだな!



 「サフィラス様。どうぞ、思い切り楽しんできてくださいませ!」

 アンナさんとクララベルさんに満面の笑みで送り出された俺は、新しい防寒着を着せられてすっかりもこもこ仕様になっている。パーシヴァルのお下がりで良いと言ったのに、いつの間にか新しい防寒着が用意されていたのだ。外套の白くて柔らかい生地はとっても軽くて温かい上に、フードは贅沢にも白狼の毛皮で縁取られている。それから足元には、内側に羊の毛を張ったショートブーツ。これもまた軽くて温かいんだけど。

 「この格好、派手じゃない?」

 「いいや、よく似合っている」

 そう言うパーシヴァルは、ヴァンダーウォール軍の裾の長い防寒着を着ている。腰には剣も下げているけれど、この格好で街を歩くのは、ひったくりや酔っ払って暴れる奴らを牽制する意味もあるらしい。要するに見回りを兼ねている街歩きだ。
 黒くてピシッとしている外套は、背が高いパーシヴァルによく似合っている。俺もそういう格好良いのが着たいけど、きっと裾が長すぎて野暮ったくなるんだろう。
 ……大丈夫。人には似合う似合わないがある。俺はその処をちゃーんと理解しているぞ。

 「サフィラス、手を」

 身長差をちょっと恨めしく思っていると、パーシヴァルが手を差してきた。

 「?」

 「祭りだからいつもよりも人が多い。はぐれてはいけないから手を繋ごう」

 そういえば、王都に遊びに行った時も手を繋いだ。あの時はうっかり迷子になったよな。俺はいろんなことに気が散るし、夢中になると周囲が見えなくなる。祭りの雑踏で迷子になったら、完全に別行動になるだろう。それはきっとつまらない。
 俺は素直にパーシヴァルの手を取る。剣胼胝のある硬い掌は、俺の手よりも少しだけ温かい。

 「手が冷たいな。寒いか?」

 「ううん、十分温かいよ。さぁ、行こう! お祭りが俺たちを待っている!」

 「そうだな」

 よーし! 今夜は思い切りお祭りを楽しむぞ! 
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