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伯母の心姪知らず
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ディランさんが、目立たない動きでスッと俺の前に移動した。
ああ、なるほど。俺を先に会場に入れたのは、フラヴィアと会わせない為だったのか。さっきも、エンカウンターを避けようと場所を移動したけれど、その甲斐なくこうしてフラヴィアに見つかってしまったというわけだな。
意図を察した俺は、なるべく身を小さくしてディランさんの影に隠れる。前回のお茶会と違って、今日の俺は完全にパーシヴァルと対の衣装だ。こんな姿をフラヴィアに見せたら、彼女が憤死しかねない。彼女一人で完結するならまだしも、ゲストに万が一のことがあったら大変だ。だから、これは戦略的撤退。このパーティを穏便に済ませる為にも、俺は大人しくしているぞ。
パーシヴァル、助けられなくて本当にごめん。俺は心の底から謝罪する。
身内ゆえの気安さか、フラヴィアはパーシヴァルの腕にしがみ付いたが、当の本人の表情は無だ。俺にはわかる。あれは赤髪にしつこく剣術大会出場を迫られていた時と同じ対応だ。
「今日はお招きありがとう! 私、パーシィに会えるのを楽しみにしていたの!」
「……いや、招いたのは伯父上であって、パーシィじゃない。それにパーシィの顔を見ろ。少しも楽しそうじゃないだろう」
ぼそっとディランさんが呟く。
事実はそうだとしても、フラヴィアにとってはパーシヴァルに招かれたも同義なんだろう。麗しの騎士様に恋している乙女にとって、それくらいの違いは最早関係ない。
「本当はパーシィの瞳の色のドレスにしたかったのだけど、お母様がダメだって言うのよ。だから、せめてアクセサリーをパーシィの瞳の色に合わせたの。どう? 似合うかしら?」
「ああ、ドレスによく合っている」
「……どんな三流役者の台詞より感情がこもっていないな」
またしても、ディランさんがぼそっと呟くものだから、思わず吹き出しそうになるのをグッと堪える。
「そうでしょう! 自分でもこの色はよく似合っていると思うの!」
フラヴィアはますますパーシヴァルの腕にしなだれ掛かる。あんなにしがみついて、腕が抜けないか心配だな。今すぐ飛び出してゆきたい気持ちをグッと堪えた。ここで俺が出て行ったらパーシヴァルの我慢が無駄になる。
「来年はパーシィと同じ学院に通えるわ! 春になったら、いつでもパーシィに会えるのね! 本当に嬉しいわ!
パーシィはとっても素敵だから、変な勘違いする人がいるんじゃないかって凄く心配だったの。でも、私が学院に入学すれば、その心配も必要なくなるわね!」
「……変な勘違いをしてるのはフラヴィアの方だ。いい加減気が付け」
……ディランさんは容赦がない。
そうか。来年はフラヴィアが入学してくるのか。学年が違えば滅多に会う事はないけど、カフェテリアや、放課後は会おうと思えば会える。彼女なら間違いなくパーシヴァルに突撃してくるだろう。パーシヴァルは優しいからきっと何も言わないだろうけど。彼女の行動があまりにも度が過ぎるようなら、フラヴィア回避の為に手を貸してあげるしかないだろうな。
フラヴィアは周りに聞かせるような大きな声で、パーシィ、パーシィと騒いでいる。彼女の声に周囲の視線が集まってきたので、そろそろパーシヴァルを助け出した方がいいんじゃないかと思っていれば、フラヴィアのお母さん、ミラー伯爵夫人が慌ててやってきた。
「フ、フラヴィア! あなた、何をやっているの! こちらにいらっしゃい。まだご挨拶が済んでいないでしょう」
「えぇ、せっかくパーシィに会えたのに……」
「パーティに参加するための約束を忘れてしまったの?」
「……もぅ、わかったわ。パーシィ、また後でね!」
「パーシヴァルさん、御免なさいね」
夫人は頭を下げると、フラヴィアを連れてそそくさと離れていく。2人がすっかり離れたことを確認して、パーシヴァルを労う。
「お疲れ、パーシヴァル。腕、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
まだパーティは始まったばかりなのに、パーシヴァルはすっかり疲れた顔になっている。相手は女の子だからあまり無碍にはできないし、対応に困るよな。
「本当はあんなの呼ばなきゃいいんだけどさ。流石に叔母上の妹御が嫁いだ家を呼ばない訳にはいかないだろ? フラヴィアはともかく、ジュルースは至極まともな令嬢で、そろそろ婚約者だって決めなきゃならない年頃だ。こういう場に出席して、顔を売る必要もある。かといって、フィラヴィアだけ置いてきてみろ。少なくとも、ミラー伯爵家は無事に新年を迎えられないだろう」
無事に新年を迎えられないって、まるで魔獣を一頭飼っているようじゃないか。
フラヴィアの眉を顰めるような振る舞いはこれまでもあったんだろう。けれど、魔法で誰かを攻撃する程ではなかったはず。フラヴィアがやらかしたのは、俺が誤解を招くような服を着てパーシヴァルと一緒にいたからだ。そうだとすれば、今日の俺の格好は彼女の逆鱗に触れまくっている。
「やっぱり、俺はパーティに参加しない方が良かったんじゃないか?」
「いいや、サフィラスもある意味今回の舞台の仕掛け人なんだよ。叔母上もフラヴィアが憎い訳じゃない。其処彼処で問題を起こす令嬢のままだと、学院に行ってから彼女自身が困る事になる。彼女の我儘な振る舞いが、家同士の問題に発展しないとも限らない。だから今のうちに我慢を覚えてもらおうと、絶対に問題を起こさないという約束で、今日のパーティにフラヴィアを参加させたってわけだ。少しでも己の行動を省みて、常識ある態度を身につけて欲しいっていう老婆心なのさ」
姪っ子だもんな。それは心配だろう。しかも、アデライン夫人とミラー伯爵夫人は姉妹仲が良さそうだし。それにしても、だ。
「……ディランさんは、ずいぶん内情に詳しいんですね」
「まぁな。今日はヴァンダーウォールに連なる家にとっては、それなりに大事な日だ。情報共有は必須だろう」
少なくとも3家でフラヴィアを監視している、というか見守っているんだな。彼女もそのことをちゃんと理解して、今日のパーティで大人しく出来ればいいんだけど。さっきのあの様子を見ているとその辺り、どうにも解っていないように見える。
「失礼だわ、あなた!」
穏やかな音楽が流れる会場に、突然金切り声が上がる。
何事? と思った時には遅かった。フラヴィアが、1人のご令嬢に向かって手を振り上げているところだった。
早速!? 絶対誰もが思った筈だ。俺は咄嗟にフラヴィアとご令嬢の間に転移して、今まさに振り下ろされようとしていたその手を受け止める。
「なっ!」
フラヴィアの目が驚きに見開かれ、次の瞬間憤怒の表情を浮かべた。
ああ……せっかくみんなが、フラヴィアの目から隠してくれていたのに。その苦労が水の泡だな。だけど、この手が振り下ろされてからでは、何もかもが手遅れになる。
「あ、あなた……」
「何があったかは知らないけど、このパーティで問題を起こさないって、ミラー伯爵夫人と約束したんじゃないの?」
「な、何よ! なんであなたがパーティにいるの?! それにその髪飾り! それは私の物だわ!」
「は?」
言うが早いか、フラヴィアは俺の頭から竜の髪飾りを奪い取ろうと飛びついてきた。野猿のように早い動きで、すぐに反応できなかった。
「うわっ! いてっ! いててっ!」
髪飾りを無理矢理取ろうとするせいで、髪の毛がぶちぶちと引き千切れる。落ちないようにと、しっかり留めてあったのが仇になった。
相手は一つとはいえ年下で、しかも女の子だ。あんまり乱暴に振り払うこともできない。大体、女の子からこんな仕打ちを受けたことは前世でもないぞ!
「やめるんだ、フラヴィア!」
誰かが俺とフラヴィアを引き離してくれたお陰で、髪を掴んでいた手が漸く離れる。危なく禿にされるところだった。いくら髪の毛に頓着しないからって、禿はちょっと俺の趣味じゃない。
「た、助かった……」
「大丈夫か、サフィラス」
フラヴィアを俺から引き離してくれたのはパーシヴァルだった。気遣わしげに声をかけられたので俺は頷く。何本か髪が抜けただけで、それほどの被害はない。
「ああ、驚いたけど大丈夫」
「顔に傷が……」
「っ、」
パーシヴァルの指が頬をそっとなぞるとひりっとした痛みがあったので、フラヴィアの爪で傷でもついたんだろう。でも引っ掻き傷程度なら、軟膏でも塗っておけばすぐ治る。
「パーシィ、なんでそいつが竜の髪飾りを着けているのよ!? それは私が貰うはずのものじゃなかったの?」
パーシヴァルのしっかりとした腕が俺の肩をぐいっと抱いたので、俺たちの距離が無くなった。思い切り衣装の双翼が主張されているけど、これってフラヴィアの怒りを一層買うんじゃないか?
「違う」
「な、なんで? パーシィは私を伴侶にしてくれるんでしょ? さっきだってパーシィの瞳の色のアクセサリーを、私に似合うって褒めてくれたじゃない!」
「私にじゃなくて、ドレスにな」
後ろからぼそっとつぶやく声が聞こえてきた。ディランさん、こんな時にまで……笑っていい状況じゃないので、俺は必死に顔を引き締める。
「一体どうしてそう思ったのか分からないが、俺があなたを伴侶にすることは無い」
「……え?」
パーシヴァルにはっきりと否定されたフラヴィアは絶望的な顔をすると、すぐに俺を射殺さんばかりに睨んできた。こうなってしまった以上、フラヴィアを落ち着かせるのは無理そうだ。ご家族を呼んで、場所を変えたほうがいいだろう。ここでは人目がありすぎる。そう思ったのは俺だけではなかった。
「フラヴィア、これ以上ここで騒ぐな。とりあえず、場所を変えるぞ」
今まで後ろにいたディランさんが俺たちの前に出た。フラヴィアにはそれすら気に入らなかったのだろう。ますます顔を紅潮させて、怒りを漲らせた。
「関係ないディランは黙っていて! あいつは平民のくせにでしゃばって! パーシィに全然相応しくないっ! 目障りなのよ! 消え、っ!」
フラヴィアが全てを言い切る前に、パァン! と乾いた音が響き渡る。
「いい加減になさいっ!」
「……お、かぁさま?」
フラヴィアの頬を張り、厳しく叱りつけたのは、厳しい表情をしたミラー伯爵夫人だった。
ああ、なるほど。俺を先に会場に入れたのは、フラヴィアと会わせない為だったのか。さっきも、エンカウンターを避けようと場所を移動したけれど、その甲斐なくこうしてフラヴィアに見つかってしまったというわけだな。
意図を察した俺は、なるべく身を小さくしてディランさんの影に隠れる。前回のお茶会と違って、今日の俺は完全にパーシヴァルと対の衣装だ。こんな姿をフラヴィアに見せたら、彼女が憤死しかねない。彼女一人で完結するならまだしも、ゲストに万が一のことがあったら大変だ。だから、これは戦略的撤退。このパーティを穏便に済ませる為にも、俺は大人しくしているぞ。
パーシヴァル、助けられなくて本当にごめん。俺は心の底から謝罪する。
身内ゆえの気安さか、フラヴィアはパーシヴァルの腕にしがみ付いたが、当の本人の表情は無だ。俺にはわかる。あれは赤髪にしつこく剣術大会出場を迫られていた時と同じ対応だ。
「今日はお招きありがとう! 私、パーシィに会えるのを楽しみにしていたの!」
「……いや、招いたのは伯父上であって、パーシィじゃない。それにパーシィの顔を見ろ。少しも楽しそうじゃないだろう」
ぼそっとディランさんが呟く。
事実はそうだとしても、フラヴィアにとってはパーシヴァルに招かれたも同義なんだろう。麗しの騎士様に恋している乙女にとって、それくらいの違いは最早関係ない。
「本当はパーシィの瞳の色のドレスにしたかったのだけど、お母様がダメだって言うのよ。だから、せめてアクセサリーをパーシィの瞳の色に合わせたの。どう? 似合うかしら?」
「ああ、ドレスによく合っている」
「……どんな三流役者の台詞より感情がこもっていないな」
またしても、ディランさんがぼそっと呟くものだから、思わず吹き出しそうになるのをグッと堪える。
「そうでしょう! 自分でもこの色はよく似合っていると思うの!」
フラヴィアはますますパーシヴァルの腕にしなだれ掛かる。あんなにしがみついて、腕が抜けないか心配だな。今すぐ飛び出してゆきたい気持ちをグッと堪えた。ここで俺が出て行ったらパーシヴァルの我慢が無駄になる。
「来年はパーシィと同じ学院に通えるわ! 春になったら、いつでもパーシィに会えるのね! 本当に嬉しいわ!
パーシィはとっても素敵だから、変な勘違いする人がいるんじゃないかって凄く心配だったの。でも、私が学院に入学すれば、その心配も必要なくなるわね!」
「……変な勘違いをしてるのはフラヴィアの方だ。いい加減気が付け」
……ディランさんは容赦がない。
そうか。来年はフラヴィアが入学してくるのか。学年が違えば滅多に会う事はないけど、カフェテリアや、放課後は会おうと思えば会える。彼女なら間違いなくパーシヴァルに突撃してくるだろう。パーシヴァルは優しいからきっと何も言わないだろうけど。彼女の行動があまりにも度が過ぎるようなら、フラヴィア回避の為に手を貸してあげるしかないだろうな。
フラヴィアは周りに聞かせるような大きな声で、パーシィ、パーシィと騒いでいる。彼女の声に周囲の視線が集まってきたので、そろそろパーシヴァルを助け出した方がいいんじゃないかと思っていれば、フラヴィアのお母さん、ミラー伯爵夫人が慌ててやってきた。
「フ、フラヴィア! あなた、何をやっているの! こちらにいらっしゃい。まだご挨拶が済んでいないでしょう」
「えぇ、せっかくパーシィに会えたのに……」
「パーティに参加するための約束を忘れてしまったの?」
「……もぅ、わかったわ。パーシィ、また後でね!」
「パーシヴァルさん、御免なさいね」
夫人は頭を下げると、フラヴィアを連れてそそくさと離れていく。2人がすっかり離れたことを確認して、パーシヴァルを労う。
「お疲れ、パーシヴァル。腕、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
まだパーティは始まったばかりなのに、パーシヴァルはすっかり疲れた顔になっている。相手は女の子だからあまり無碍にはできないし、対応に困るよな。
「本当はあんなの呼ばなきゃいいんだけどさ。流石に叔母上の妹御が嫁いだ家を呼ばない訳にはいかないだろ? フラヴィアはともかく、ジュルースは至極まともな令嬢で、そろそろ婚約者だって決めなきゃならない年頃だ。こういう場に出席して、顔を売る必要もある。かといって、フィラヴィアだけ置いてきてみろ。少なくとも、ミラー伯爵家は無事に新年を迎えられないだろう」
無事に新年を迎えられないって、まるで魔獣を一頭飼っているようじゃないか。
フラヴィアの眉を顰めるような振る舞いはこれまでもあったんだろう。けれど、魔法で誰かを攻撃する程ではなかったはず。フラヴィアがやらかしたのは、俺が誤解を招くような服を着てパーシヴァルと一緒にいたからだ。そうだとすれば、今日の俺の格好は彼女の逆鱗に触れまくっている。
「やっぱり、俺はパーティに参加しない方が良かったんじゃないか?」
「いいや、サフィラスもある意味今回の舞台の仕掛け人なんだよ。叔母上もフラヴィアが憎い訳じゃない。其処彼処で問題を起こす令嬢のままだと、学院に行ってから彼女自身が困る事になる。彼女の我儘な振る舞いが、家同士の問題に発展しないとも限らない。だから今のうちに我慢を覚えてもらおうと、絶対に問題を起こさないという約束で、今日のパーティにフラヴィアを参加させたってわけだ。少しでも己の行動を省みて、常識ある態度を身につけて欲しいっていう老婆心なのさ」
姪っ子だもんな。それは心配だろう。しかも、アデライン夫人とミラー伯爵夫人は姉妹仲が良さそうだし。それにしても、だ。
「……ディランさんは、ずいぶん内情に詳しいんですね」
「まぁな。今日はヴァンダーウォールに連なる家にとっては、それなりに大事な日だ。情報共有は必須だろう」
少なくとも3家でフラヴィアを監視している、というか見守っているんだな。彼女もそのことをちゃんと理解して、今日のパーティで大人しく出来ればいいんだけど。さっきのあの様子を見ているとその辺り、どうにも解っていないように見える。
「失礼だわ、あなた!」
穏やかな音楽が流れる会場に、突然金切り声が上がる。
何事? と思った時には遅かった。フラヴィアが、1人のご令嬢に向かって手を振り上げているところだった。
早速!? 絶対誰もが思った筈だ。俺は咄嗟にフラヴィアとご令嬢の間に転移して、今まさに振り下ろされようとしていたその手を受け止める。
「なっ!」
フラヴィアの目が驚きに見開かれ、次の瞬間憤怒の表情を浮かべた。
ああ……せっかくみんなが、フラヴィアの目から隠してくれていたのに。その苦労が水の泡だな。だけど、この手が振り下ろされてからでは、何もかもが手遅れになる。
「あ、あなた……」
「何があったかは知らないけど、このパーティで問題を起こさないって、ミラー伯爵夫人と約束したんじゃないの?」
「な、何よ! なんであなたがパーティにいるの?! それにその髪飾り! それは私の物だわ!」
「は?」
言うが早いか、フラヴィアは俺の頭から竜の髪飾りを奪い取ろうと飛びついてきた。野猿のように早い動きで、すぐに反応できなかった。
「うわっ! いてっ! いててっ!」
髪飾りを無理矢理取ろうとするせいで、髪の毛がぶちぶちと引き千切れる。落ちないようにと、しっかり留めてあったのが仇になった。
相手は一つとはいえ年下で、しかも女の子だ。あんまり乱暴に振り払うこともできない。大体、女の子からこんな仕打ちを受けたことは前世でもないぞ!
「やめるんだ、フラヴィア!」
誰かが俺とフラヴィアを引き離してくれたお陰で、髪を掴んでいた手が漸く離れる。危なく禿にされるところだった。いくら髪の毛に頓着しないからって、禿はちょっと俺の趣味じゃない。
「た、助かった……」
「大丈夫か、サフィラス」
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「ああ、驚いたけど大丈夫」
「顔に傷が……」
「っ、」
パーシヴァルの指が頬をそっとなぞるとひりっとした痛みがあったので、フラヴィアの爪で傷でもついたんだろう。でも引っ掻き傷程度なら、軟膏でも塗っておけばすぐ治る。
「パーシィ、なんでそいつが竜の髪飾りを着けているのよ!? それは私が貰うはずのものじゃなかったの?」
パーシヴァルのしっかりとした腕が俺の肩をぐいっと抱いたので、俺たちの距離が無くなった。思い切り衣装の双翼が主張されているけど、これってフラヴィアの怒りを一層買うんじゃないか?
「違う」
「な、なんで? パーシィは私を伴侶にしてくれるんでしょ? さっきだってパーシィの瞳の色のアクセサリーを、私に似合うって褒めてくれたじゃない!」
「私にじゃなくて、ドレスにな」
後ろからぼそっとつぶやく声が聞こえてきた。ディランさん、こんな時にまで……笑っていい状況じゃないので、俺は必死に顔を引き締める。
「一体どうしてそう思ったのか分からないが、俺があなたを伴侶にすることは無い」
「……え?」
パーシヴァルにはっきりと否定されたフラヴィアは絶望的な顔をすると、すぐに俺を射殺さんばかりに睨んできた。こうなってしまった以上、フラヴィアを落ち着かせるのは無理そうだ。ご家族を呼んで、場所を変えたほうがいいだろう。ここでは人目がありすぎる。そう思ったのは俺だけではなかった。
「フラヴィア、これ以上ここで騒ぐな。とりあえず、場所を変えるぞ」
今まで後ろにいたディランさんが俺たちの前に出た。フラヴィアにはそれすら気に入らなかったのだろう。ますます顔を紅潮させて、怒りを漲らせた。
「関係ないディランは黙っていて! あいつは平民のくせにでしゃばって! パーシィに全然相応しくないっ! 目障りなのよ! 消え、っ!」
フラヴィアが全てを言い切る前に、パァン! と乾いた音が響き渡る。
「いい加減になさいっ!」
「……お、かぁさま?」
フラヴィアの頬を張り、厳しく叱りつけたのは、厳しい表情をしたミラー伯爵夫人だった。
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