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それでは学院に戻ります

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 「いいか、冒険者たるもの、受けた恩は倍返しだ。助けて貰ったのに、その恩を返さないのは冒険者として失格だぞ。世の中は持ちつ持たれつ。そもそも、助ける側からしたら、困っている奴を助ける義理はないんだ。それでも手を貸してくれるのだから、その恩には必ず報いなければならない。そして、困ったいる奴がいたら、できる範囲で助ける。これは、巡り巡って自分に返ってくるからな」

 「はい!」

 子供たちが手を挙げて、元気に返事をする。
 今日の俺は子供たちの先生だ。何か面白い話をしてくれとせがまれたので、冒険者の心得を教えることにした。
 まずは冒険者登録の仕方などなど。150年前の知識だから、冒険者の登録に関してはもしかしたら違っているところがあるかもしれないけど、旅に必要な物や心得は、今も昔もそう変わらないだろう。
 それから、冒険者になるために必要な心構え。

 「そして、もう一つ大事なことは、やられたらやり返す。これは鉄則だ。やられたままだと、仕掛けて来た相手だけではなく、周りの奴からも舐められるからな。相手の方が強い場合は、手段なんて選ばなくていい。倍返しなんて生ぬるい! 徹底的にやってやれ!」

 俺は拳を握り、相手を殴る仕草を見せた。

 「はい!」

 「よし、いい返事だ。相手がどんなに強くても、勝てる方法は必ずある。泣き寝入りせずに、一矢報いてやれ!」

 「……サフィラス、そこはほどほどにな」

 「あ、パーシヴァル」

 村長との話が終わったのか、パーシヴァルが戻ってきた。
 パーシヴァルは、此処数日行動を共にしていた小隊長さんと、今後のことを村長さんのところで話し合っていたのだ。
 完全にとはいかないが、どの村も後は住人だけの力でなんとかなるところまで立て直した。そろそろ俺はお役御免だろう。
 
 「話は終わった?」

 「ああ、ここから先は俺たちの出る幕はない」

 「……お兄ちゃん、帰っちゃうの?」

 俺たちの話を聞いていたのか、クレオがマントの端をぎゅっと握ると、不安そうな眼差しで見上げてきた。
 すっかりクレオに懐かれてしまったな。

 「うん。村も落ち着いたしね。でも、そのうちにまた来るから、ちゃんとお母ちゃんを助けてあげてね」

 「うん!」

 ヴァンダーウォールに来て二週間。さすがに、そろそろ学院に戻らなければだろう。まだ心残りはあるけれど、後は此処で暮らして行く人たちの仕事だ。
 帰り際、別れを惜しむ子供達に散々しがみつかれてもみくちゃにされた俺は、パーシヴァルに救い出されて村に別れを告げた。
 恐るべき子供達。魔獣よりもよっぽど手強かった。
 
 

 「サフィラス殿。此度の事、このヴァンダーウォールの領主として、心より感謝する」

 いよいよ学園に戻るので、辺境伯にいとまを告げようとしたときだ。辺境伯の太く通る声がホールに響いた。
 此処に来た時は避難してきた人々と怪我人で一杯だったなぁ、と感慨深く思っていた俺は、突然の事にポカンと口を開けてしまった。
 辺境伯が深々と頭を下げると、テオドールさんとカーティスさん、そしてパーシヴァルも倣って頭を下げた。アデライン夫人も膝を落として頭を下げている。思わずギョッとして周りを見れば、見送りに出てきてくれた城の人たちも頭を下げているじゃないか。

 「え?! いや、そんな頭を上げてください! 俺はそんな大層なことはやってませんから!」

 助けを求めてちらりちらりとパーシヴァルに視線を向けるけれど、頼りのパーシヴァルも頭を下げているのだから視線が合わない。

 「何を言う。あれだけの魔獣を一掃し、領都の立て直しにまで力を貸してくれたんだ。俺たちだけだったら、今頃どうなっていたかわからなかった。サフィラス殿はヴァンダーウォールの恩人だ」

 テオドールさんはそう言うけれど、俺はここで美味しいご飯を沢山いただいた。城の人たちには親切にして貰ったし、アデライン夫人には何かとお世話になっている。何より、大切な仲間の故郷だ。仲間が困っているのに黙ってなんかいられない。それは俺の性分で、幸いにも俺にはなんとか出来るだけの力がある。だから、自分の力をできる範囲で使った。それだけなのに、辺境伯に頭を下げさせてしまうなんて。
 ただ、そのできる範囲の力が、普通じゃないことは自分でもわかっているけどね。

 「えーっと……俺はベリサリオ家の皆さんにはお世話になっているし、それにこのヴァンダーウォールが好きなので、魔獣に荒らされるのが嫌だっただけです。なので、そんなに大袈裟に言われてしまうと、なんというか……」

 困ってしまうんだよなぁ。思わず天井を仰ぎたくなる。
 俺にとっては、それほど大仕事をしたつもりはない。気安く、今回は助かった、また頼むよ、くらいに受け取って欲しいのだ。

 「……うふふ、そうね。わかったわ、サフィラスさん。わたくし達に力を貸してくれてありがとう。本当に助けられました。此処はもう貴方の故郷なのだから、いつでも気軽にいらして頂戴。それから、ヨール祭のある次の長期休暇は、たくさんの名物料理を準備して待っているから、パーシヴァルと一緒にいらっしゃいな」

 俺が困っているのが解ったのだろう。顔を上げたアデライン夫人が、いつもの笑顔でそう言ってくれた。
 うん、そういうのがいいんです!

 「……はい! 楽しみにしてます!」

 ヨール祭、楽しみだな。ヴァンダーウォールは色々な国の文化が入ってくるから、ヨール祭のご馳走もオリエンスの屋台もきっと期待できる。

 「そうだな。我がヴァンダーウォールは盟友殿をいつでも歓迎する」

 辺境伯が厳つい顔を少しだけ柔らかくして、俺の肩を叩く。キングスリーさんのように力任せではなく、ちゃんと力加減をしてくれた。
 それから、テオドールさんとカーティスさんと握手をして、パーシヴァルと俺はベリサリオ家の方々と城の皆さんに見送られ、学園へと戻ったのだった。



 「やっと戻ってきたな!」

 いつものように中庭に転移をすると、なぜか赤髪が待ち構えていた。

 「……いや、なんでお前がいるんだよ」

 「戻ってくるなら此処だろうと、お前達が帰ってくるのを待ってたんだ!」

 待ってたって、まさかずっと中庭で? ちゃんと授業は出てたのか?

 「それよりも、2人共水臭いじゃないか! なぜ俺も連れて行ってくれなかった! 友の危機だ! 俺も力になりたかったぞ!」

 騒がしさは相変わらず。赤髪と密談はできなそうだ。
 そんな赤髪が力になるかどうかはかなり怪しいが、ヴァンダーウォールで何が起きていたかは知っているようだ。遠く離れた地の出来事だとはいえ、国の守りの要であるヴァンダーウォールで魔獣が大発生してると聞いたら人々が不安になる。だから今回のことは国王陛下や王太子殿下、それから国の政に関わる一部の人達くらいしか知らないはず。

 「ハーヴァードは何処でヴァンダーウォールで起きた事を知った? 領の魔獣災害は、まだ公になっていないはずだが」

 「……実は、父上と兄上が話しているのを聞いてしまってだな、」

 赤髪はバツの悪そうな表情を浮かべ、頭を掻く。

 「たまたま、兄上が深刻な顔をして父上の執務室に入ってゆくのを見てしまったんだ。何かあったのかと気になっていたら、ヴァンダーウォールの名前が聞こえたので、つい、聞き耳を立ててしまったのだ……」

 まぁ、それはわかる。俺も赤髪の立場だったら、間違いなく盗み聞きをしていた。知っている名が出れば、どうしたって気になるものだよな。

 「それで、俺も何か力になれないかと思っていたんだが、いつの間にかベリサリオとサフィラスが居ないじゃないか。だから、お前達はヴァンダーウォールに行ったんだと」

 「サフィラス様、パーシヴァル様、おかえりなさいませ。よくご無事でお戻りになられました」

 「アウローラ嬢……?」

 まるで今日俺達が戻ってくるのが解っていたようなタイミングで、アウローラとリリアナが中庭にやってきた。まさか、彼女達も連日中庭にいたのだろうか。

 「違いますわよ。ハーヴァード様の大きなお声が聞こえてきたので、きっと帰って来られたのだと思い、こちらに参った次第ですの」

 「え? 俺、声に出してた?」

 「いいえ。お顔に書いてありましたわ」

 そう言ってコロコロと笑ったアウローラの手にある扇子には、謎のコボルト人形が揺れていた。
 
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