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お腹がいっぱいになれば、大抵のことは解決する(サフィラス談)

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 魔法で手っ取り早く魔獣を一層することしか考えていなかった俺は、あの竜巻の下に小さな集落や村もあるんだってことを失念していた。自分達ばかり防壁魔法で守って、ガンガン竜巻を暴れさせていたのだ。後からそのことに気がついて青褪めたけれど、俺の強運はちゃんと仕事をしてくれたらしく、幸いにも竜巻は人の住んでいる場所は避けていた。
 とはいえ、彼らが巨大な竜巻に相当肝を冷やしたのは確かだと思うので、俺は全力で復旧の支援すると心に誓った。
 まずは魔獣の森から一番近い場所にあるモッリス村に向かう。この村は元々は冒険者が集まってできた村だそうで、魔獣をよく知る者が多く対策も万全のはすだった。けれど、想定を越えた魔獣の大発生の前には、それも長くは持たなかったようだ。甚大な被害を被ったモッリス村は再建もままならなず、何はさて於いても雨風の凌げる場所と食べるものが必要だった。
 パーシヴァルがあらかじめ辺境伯に話を通してくれていて、衛生兵を含む5人の兵士の手を貸してくれたので、彼らと支援の食糧を持ってモッリス村に転移する。

 「皆さんには、囲いと家屋の修繕を。衛生兵の方は怪我人の治療をお願いします」

 パーシヴァルがテキパキと指示を出す傍ら、俺は石で釜戸を組み上げる。自分がどうしようもなく非力だという自覚はちゃんとあるので、修繕方面は完全にお任せだ。
 魔力で肉体強化をしたとしても、何もなく力持ちになれるわじゃない。杖のような媒体を通して、初めて効果を発揮する。いくら力があっても素手で肉が切れないのと一緒だ。何なら杖の先に丸太を乗せて運ぶ事もできるけど、それでは効率が悪いだろう。下手に手を出して怪我でもしたら、足を引っ張る事になるしね。大量の重いものを運ぶなら転移が役に立つので、その時はお手伝いをすると伝えてある。
 なので、俺の仕事は炊き出し。冒険者時代もよく炊き出しをした。戦災孤児だったウルラが、お腹を減らしている子供を見ると放って置けなかったからだ。元気のない子供達も、お腹がいっぱいなれば途端に笑顔になった。
 ぱっぱと釜戸を作って、持ってきた大鍋2つに料理長に手伝ってもらって下準備してきた野菜や干し肉をどんどん放り込む。俺の様子を遠巻きに見ていた子供達が、チラホラと集まり始めた。釜戸の薪に魔法で火をつけると、子供達は驚きに目を輝かせる。

 「お姉ちゃんは魔法使いだったの?」

 「お姉ちゃんじゃなく、お兄ちゃんな。そうだよ、俺は魔法使いなんだ」

 「えー! お姉ちゃんじゃないの?」

 「本当にお兄ちゃん?」

 わらわらと集まってきた子供達は、俺が魔法使いということよりも、お兄ちゃんだという処に食いついた。注目するところはそこじゃ無いぞ。
 大鍋の中身が煮えるまで時間があるので、俺は子供達に魔法を披露する。光と水と花のちょっとした見せ物だ。こんな状況なのに、子供達は俺の魔法に声を上げて喜んでくれた。うん、うん、子供が元気ならこの村は大丈夫。
 子供達に求められるまま魔法を披露していたら、俺特製の色々ぶち込んで煮込んだ具沢山のスープが出来上がった。匂いに釣られて集まってきた村人に、スープと麺麭を配る。

 「おかわりもあるから、たくさん食べてください」

 疲れた顔をした人も、スープを受け取るとホッとした表情を見せた。支援があるって分かれば、少しでも安心できる。それに、魔獣からたくさん素材が手に入るだろうから、援助のお金もきっと十分支払われるはず。
 集まった人たちにスープが行きわたったので、ここに来ていない村人に炊き出しをしている事を伝えに行くことにする。
 魔獣から村を守るための頑丈そうな囲いは何箇所も破られていて、こんな状況でもこの村が全滅しなかったのは奇跡としか言いようがない。

 「本当に、よく消滅しなかったな」

 この状態で生き残った人がいるのは奇跡に近いだろう。やり方は乱暴だったけど、手っ取り早く魔獣を片付けて正解だった。半日遅かったら、この村はなかっただろう。
 それにしても、この魔獣の大発生の原因は一体なんだ? インサニアメトゥスの魔気で魔獣が大発生した時にかなり似ているけど、あの黒炎竜は俺が確実に息の根を止めてやった。あんなものがこの世にそう何体もいるとは思えない。
 今のところ魔獣が異常に発生しているのは王都と、此処オリエンス。それとも、他領や他国でも起きているのだろうか。
 王都に戻ったらアウローラに聞いてみよう。公爵閣下が何かしらの情報を得ているかもしれない。

 ……うっ、ひっく……

 「ん? 何処かで子供が泣いてる……」

 声を辿って見回せば、半壊した家の前で泣いている小さい男の子と、項垂れて座り込んでいるお母さんらしき女性がいた。

 「大丈夫ですか? 今、向こうで炊き出しをしているので、」

 「いいんです。私たちの事は放って置いてください……あの人が居なくなっちまって、もう私たちには何も残されていないんだから……」

 ああ、そうか。この人は夫を亡くしたのか。家をめちゃくちゃに壊されて、その上子供だってまだ小さいのに、稼ぎ頭がいなくなれば絶望もするだろう。だけど、子供は違う。お父さんが亡くなって悲しくて泣いているけれど、絶望はしていない。
 小さい子供は経験が少なくて悪い想像をしないから、大人と違って絶望しないんだと言ったのはエヴァンだった。だからこそ、子供のうちに失敗も敗北も、成功も勝利も経験させて、挫折に負けない強い心を育ててやることが大事なんだって、熱心に語っていたよな。
 この辛い経験も、いつか彼の糧になるだろう。これからを生きてゆくこの子を、お母さんの絶望に巻き込んだらいけない。
 俺は泣いている男の子を抱き上げた。

 「お父さんは強かった?」

 「う、うん。おっ、お父ちゃんは村で、いっ、一番強かったんだ……で、でも、おれとお母ちゃんを守ってっ、いっぱいやってきた魔獣に、たっ、食べられちゃったの……」

 男の子がつっかえながらもそう言えば、お母さんがわっと声を上げて泣き出した。
 俺はこの人にかける言葉を持ち合わせていない。悲しみで一杯の彼女の心には、どんな慰めの言葉も届きはしないだろう。
 
 「……君の名前は?」

 「ク、……クレオ」
 
 「クレオのお父ちゃんは、強くて立派な人だったんだね」

 「う、うん……お、お父ちゃんは、強くて、優しくて……そっ、それからっ、」

 しゃくり上げるクレオの小さい背中をさすってやる。

 「我慢しないでいっぱい泣いていいんだよ。だけど、その前にたくさん食べなければいけないよ。お腹が減って力がでなければ、泣く事もできなくなるからね。向こうにお肉の入ったスープがあるから、一緒に行って貰ってこよう。もちろん、お母ちゃんの分もね」

 「……うん」

 頷いたクレオを炊き出しの場に連れてゆく。泣くのだって体力がいる。力がなければ、ちゃんと悲しむこともできない。お腹をいっぱいにして力をつけて、諦めがつくまで泣き喚いて疲れ果てたら、それからどうしたらいいかを考える。俺の経験から、空腹が満たされれば悲しみの幾許かは勝手に消える。不思議なことに、また頑張ってみるかなって思えるんだ。美味しいもので満たされればなお良い。

 「いい匂いがする……」

 クレオがすんすんと鼻を鳴らす。

 「スープだよ。いっぱいあるから、たくさん食べていいからね」

 「本当?」

 「うん」

 さっきまで泣いていたクレオが笑顔を見せた。ほらね。やっぱり、美味しいものは笑顔の元だ。
 炊き出しの場に戻れば、パーシヴァルが釜戸の番をしてくれていた。

 「サフィラス、その子は?」

 「向こうに、お母さんといた。お父さんを亡くしたらしくて、お母さんの方はだいぶ参っちゃっているみたいでさ。この子がお腹いっぱいになったら、お母さんの分も持って行ってあげるつもり」

 「……そうか」

 パーシヴァルがさりげなく、俺の腕からクレオを抱き上げた。腕からふっと重みがなくなる。正直ちょっと限界だったので助かった。重さから解放された俺の腕がぷるぷると震えているけれど、それを悟らせないように何気ない顔で器にスープをよそう。ちょっと男の子を抱き上げただけで腕が震えるなんて、格好悪るすぎる。
 パーシヴァルが積んだ丸太の上にクレオを座らせたので、スープと麺麭を渡してあげた。

 「焦って食べると噎せちゃうぞ。スープは逃げないから、ゆっくり食べるんだよ」

 「ん」

 返事はしたものの、俺の話は聞いていないだろう。クレオは夢中でスープを食べている。やっぱりお腹が減っていたんだな。いくら悲しくても、子供っていうのはそういうものだ。
 


 スープを食べ終わったクレオを、パーシヴァルと2人でお母さんの所へ送り届ける。あまり長い間お母さんを1人にしておくのも心配だ。

 「はい。気をつけて持ってゆくんだよ」

 クレオの家の近くまで来たので、こぼしたらいけないからと俺が持っていたスープの器を手渡した。

 「しばらくは兵士のおじちゃんたちがいるから、困ったら声をかけるんだよ。何とかしてくれるからね」 

 「うん。ありがとう」

 器を受け取りお母さんのところに向かいかけたクレオが、ピタッと足を止めて振り向いた。

 「ねぇ、お姉ちゃん、またきてくれる?」

 「うん、また来るよ。それから、俺はお姉ちゃんじゃなく、お兄ちゃんだよ」

 「え? お姉ちゃんはお兄ちゃんなの?」

 クレオは目をまんまるにして俺を見た。そんなに信じられないなら、脱いで見せてもいいんだけど。どうにもこの村の子供たちは、俺をお姉さんにしたいらしい。

 「そう。お兄ちゃん。さあ、早くスープをお母ちゃんのところに持っていってあげな」

 頷いたクレオはスープを溢さないように手元の器に集中しながら、ゆっくりと母親の元へと歩いてゆく。
 母親は相変わらず俯いていたけれど、クレオが声を掛けると顔を上げて器を受け取っていた。
 失ったものはどんなに嘆いても戻ってこない。悲しみが心から消えることもない。だけど、悲しくても辛くても明日はやってきて、生きてゆかなきゃならないんだ。時間がかかっても、あの人がクレオのために立ち上がってくれればいいけどな。
 
 「……サフィラス、行こう」

 「うん、」



 数日後。再びモッリス村を訪れると、修復が進む村の中で子供たちが元気に駆け回っていた。その中に、笑顔のクレオもいる。
 そして、クレオの母親が村の婦人たちに交じって炊き出しを手伝っていた。彼女は絶望の中でも、立ち上がって前に進むことを決めたんだろう。
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