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俺は期待に応える魔法使いですから!

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 「大きな異変が起きたのは、丁度パーシヴァルからの手紙が届いた頃です。昼夜を問わず、多くの魔物がオリエンス周辺に出没するようになり、領民や商隊を襲うようになりました」

 王都の状況と同じだな。これはもう、ただの偶然とは思えない。何か強力な自然の力が働いているのか、あるいは人為的な何かか。

 「当初はキングスリーの部隊が魔獣の森の入り口で対処していましたが、とうとう魔獣が森から溢れ出し、オリエンスにまで押し寄せてきたのです。直ちに大城門は閉めたので街に大きな被害は出ていませんが、閉門の間に合わなかった場所からの魔物の侵入は防ぎきれずに被害を出してしまいました。現在、カーティスの部隊が城郭内に入り込んだ魔物の討伐と守りを固め、オースティンとテオドールが城郭の外で戦っています。ですが、魔獣の侵入を防ぐために城門を開くことができず、オースティン達への物資の補給や怪我をした兵士達の治癒の支援はできない状況です。
 転移ができる魔法使いが外と城の繋ぎをしていますが、転移は多くの魔力を使うのでそう頻繁に連絡を取り合うことは出来ません。物資に関しても連絡時に魔法使いに託してはいますが、本当に必要な僅かな物資のみ。ただ、幸いなのは牧場を拠点としているので、多少の食料は確保できているようです」

 それは不幸中の幸いだった。とはいえ、厳しい状況である事は変わりない。魔獣の発生が止まらなければ、持って数日だ。

 「叔父上や周辺領からの支援は?」

 「魔獣は此処で始末しなければなりません。王都での状況を考えても、魔獣の大発生は他でも起こる可能性があります。もし、此処に兵を派遣している間に魔獣が出現すれば、被害は支援をしてくれた領にまで広がることになるでしょう。まずは、自領を守ってもらわなければ」

 確かにその通りだ。
 こんな異常事態だというのに、ヴァンダーウォールは他領のことまで考えているんだから恐れ入る。だからこそ周囲の領主からも信頼されているんだろう。
 
 「アデライン夫人、辺境伯とキングスリーさん達はどの辺にいるかわかりますか?」

 「この丘陵付近の牧場です」

 アデライン夫人は地図の上の牧場を指差した。そこから少し離れた場所に集落もあるようだけど、一体どうなっているか。牧場まで逃げてこられたならば、辺境伯が保護しているはずだけど、何しろ至る所に魔獣が彷徨いている。

 「それからキングスリーは魔獣の森の入り口だと考えられます。だた……キングスリーの部隊とは一昨日より連絡が取れていません」

 辺境伯がいるところはパーシヴァルと遠乗りをした辺りだ。放牧されている牛を見た記憶がある。知ってるところでよかった。転移で一瞬だ。
 キングスリーさんの部隊はきっと無事だ。だって、ヴァンダーウォール最強部隊なんだから、そう簡単にやられるはずはない。今もなお、魔獣の森で戦っているはずだ。
 ならば、善は急げ、悪なら潰せだ!

 「状況はわかりました。今日中に決着をつけます。今夜はみんなが帰ってきますから、たくさんお肉料理を作って待っていてください。行こう、パーシヴァル」

 「ああ」

 「え、ちょっとお待ちなさいな! 今日中ですって?」

 「母上、サフィラスの言う通り食事の用意と、それから怪我人が多く戻ってくると思いますので、治療の準備をよろしくお願いします」

 やっぱりパーシヴァルは俺のことがよくわかってる。俺は有言実行の魔法使いだ。言ったからには今日中に、溢れた魔獣を根こそぎ討伐する。本当は数刻と言いたいところだけど、一応どの程度の魔獣の数か見てからじゃないとね。

 「……そう、分かりました。あなた達がそう言うのなら今日中に決着が着くのね。でも、ちょっと待ってちょうだい。2人とも制服のままだわ。せめて着替えてから行きなさい」

 さっきまでの固い口調から打って変わって、アデライン夫人はいつもの口調でにっこりと笑った。



 制服を脱いだ俺たちはヴァンダーウォール軍の軍服に身を包んでいた。
 パーシヴァルはそもそも自分の服なのでサイズに問題はない。問題は俺だ。一番小さい魔法使いの服を借りたけれど、それでもブカブカだったのだ。アンナさんとクララベルさんが突貫で袖を詰めてくれて、ズボンはベルトで締め上げた。ズボンの裾は直している時間がないのでロングブーツの中に押し込めば、なんとかヴァンダーウォール軍の魔法使いに仕上がった。

 「よく似合いますよ、サフィラスさん」

  アデライン夫人が目を細める。あちこち詰めているけれど、なかなか似合っていると思う。なんと言っても、短めのマントが格好いい。杖も抜きやすいし。

 「ありがとうございます。それでは行ってきます」

 「2人とも……頼みましたよ」

 現場を分かりきっているアデライン夫人は、気をつけてと言う言葉を飲み込んだ。こんな状況だ、気をつけたって意味は無い。

 「任せてください!」

 気合を入れた俺が、先にマテオに跨がっていたパーシヴァルの後ろに乗ろうとしたら、グイッと腕を引かれてあっという間に前に乗せられていた。

 「……俺が前だと剣を振るい難くない?」

 「俺はサフィラスの背中を守る。サフィラスは俺の剣となってくれ」 

 確かに。前に乗っていれば万が一にも、前回みたいに振り落とされる心配はないから安心だ。それに、俺がパーシヴァルの剣っていうのは、なかなか悪くない。本来なら魔法使いは後衛だけど、パーシヴァルはその役割を逆にしようという。詠唱のいらない俺の攻撃は、時に剣より早くしかも強力だ。状況に合わせた柔軟な考えができるところが、パーシヴァルのすごいところだよな。
 俺は頷きでパーシヴァルに答えると、辺境伯の元へ転移した。
 


 「パーシヴァル?!」

 驚いたテオドールさんが、ひっくり返りそうになりながらマテオを見上げている。
 何しろ俺たちが転移した場所は、陣営のど真ん中。緊迫している中で、突然巨大なマテオが現れれば誰だって驚くよな。驚かれた側のマテオは、大人しくテオドールさんを見下ろしていた。マテオはすっかり転移に慣れっこだ。
 牧場は遠目に見ただけだったので、中の様子がわからずあまり正確な転移が出来なかった。驚かせて申し訳ない。

 「兄上、父上はどこに?」

 「……あ、ああ、直ぐに呼ぼう」

 すぐに気を取り直したテオドールさんは、近くにいた兵士に辺境伯を呼ぶように伝える。
 陣営は防壁魔法でなんとか持ち堪えていたけれど、やはりギリギリの状況だった。怪我人も随分といたし、中には動けない兵士もいる。白魔法使いが居ると言っても、彼らだって休みなく魔法を使っていれば魔力が枯渇する。ろくに休息も取らず、交代もなければ長くは持たない。そもそも、今だってよくここまで持ち堪えていると思わざるを得ない状況だ。王国を守る盾と剣と言われるヴァンダーウォール軍だからこそ、此処まで持ったのだろう。

 「パーシヴァル、サフィラス殿、よくぞ此処まで来られた」

 パーシヴァルが来たと聞いて急いで来たんだろう。辺境伯は竜の紋章が刺繍されたマントを翻し、足早にやってきた。城で会った時の物静かな様子とは違い、眼光鋭く百戦の戦士の顔をしている。

 「父上。大凡の状況は母上に聞いて参りました。キングスリーの部隊の状況は、こちらでも分かりませんか?」

 「連絡を取る手段がなく、一昨日より状況を知ることが出来なくなっている。現在の様子は全くわからない」

 やっぱり離れた相手と連絡を取る魔法を考えた方がいいな。こんな時、声だけででも連絡が取り合えれば状況は全く違う。でも、今は新しい魔法よりもキングスリーさん達だ。

 「辺境伯。此処はパーシヴァルと俺に任せてくれませんか?」

 「……サフィラス殿?」

 「広範囲の極大魔法を放って魔獣を一掃します。ただ、広範囲に渡る極大魔法は細かい調整が難しくて、人だけを避けて攻撃することができません。ですので、まずは此処とキングスリーさんのところに防壁魔法を展開します」

 オリエンス周辺となればかなり広範囲になる。これほど広範囲で極大魔法を放った事はないけれど、全く問題はないな。むしろ、久々に思い切り魔法が放ててすっきりするくらいだ。

 「それはならない。サフィラス殿に命を懸けるような事はさせられぬ。それに、魔獣を倒すのは、我等ヴァンダーウォールの者の役割だ」

 極大魔法が使える魔法使いは本当に稀だ。並大抵の魔法使いでは、まず使うこともできない。俺が規格外の魔法使いだということを実践で知っている辺境伯でも、流石にちょっと信じ難いのだろう。しかも、二箇所に防壁魔法を展開した上での極大魔法。使う魔力は想像を絶する。そんな魔法の使い方をしたら、急激な魔力の枯渇で心の臓が止まっても不思議じゃない。
 だけど俺にとってこの戦い方は、前世で魔獣が溢れた時に散々使った方法なので慣れたものだ。ペルフェクティオを襲っていた魔獣の群れもこの方法で倒した。

 「……俺はもうヴァンダーウォールの人間のつもりです」

 左手を上げて盟友の指輪を見せる。
 俺の中指に光る指輪に、辺境伯とテオドールさんはアデライン夫人と同じような表情を浮かべ、何故か周囲の兵士たちはどよりとざわめいた。
 ……え? そんなにざわつく事なの? 盟友の俺が子供だからかな?

 「俺はベリサリオ家の皆さんや、ヴァンダーウォールの人たちにとても良くしてもらいました。故郷のない俺は、此処が故郷だと思っています。その故郷が危機に瀕しているというのに、指を咥えて見ているなんてできるわけがない。俺は此処の人たちのために命を惜しむつもりはないけれど、簡単に死ぬつもりもありません。辺境伯、俺の魔法を信じてください」

 真っ直ぐに辺境伯の目を見つめる。
 オルドリッジ伯爵は領地を持っていない。縦しんば持っていたとしても、家族外認定をされている俺が関わることはなかっただろうけど。
 此処では皆親切にしてくれた。アデライン夫人は美しい杖を作ってくれたし、至らない俺に身の回りのものを用意してくれた。お城では美味しいものをご馳走してもらったり、丁寧にお世話までしてもらった。オリエンスの街では素材を買い取ってもらったし、貴重な魔法具を手に入れる事も出来た。
 とにかくヴァンダーウォールには山ほどお世話になっている。今恩返ししなくていつ恩返しをするというのだ。それに次の長期休暇は、ヴァンダーウォールのお祭りを楽しむつもりなんだから。
 俺と目を合わせていた辺境伯が、パーシヴァルに視線を向けた。それに応えるように、パーシヴァルは力強く頷く。

 「……確かに我々は既に手詰まりの状態だ。此処はサフィラス殿に託す。危険な役割を任せてしまう事になるが、この地とキングスリーを頼む」

 辺境伯が俺に頭を下げた。すると、テオドールさんを始め、兵士たちがそれに倣うように一斉に頭を下げる。

 「撤収準備をして待っていてください。魔獣をやっつけて、キングスリーさん達を必ず連れてきます」

 俺は期待に応えることの出来る魔法使いだからね!
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