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ノマドは風と共に去りぬ

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 「いいか、オルトロス。君には賢い頭が2つもある。その賢い2つの頭で、魔獣を1頭でも多く見つけ出してほしい。とにかく銀貨2枚分の獲物をなんとしても今夜中に狩りたいんだ」

 深夜の王都の森の入り口で、オルトロスに言い聞かせる。人や町を襲う魔獣がいないなら、もはやこの森に潜んでいるだろう魔獣を追い出し狩るしかない。王家も自分の森に潜んでいる魔獣を退治してもらえるのだから、文句はないはずだ。

 「上手く誘導して、此処まで引っ張り出してくれよ。さぁ、行って!」

 俺の言葉に従って、オルトロスは森の闇の中へと駆けて行った。あとは守備よくオルトロスが追い立ててきた魔獣を、漏らさず討ち取るのみ!
 俺は杖を構えて、飛び出してくる魔獣を待った。



 翌日の午後。
 なんとか掻き集めた魔獣の素材をオリエンスの素材屋に持ち込んだ。
 当分の間、王都周辺で危険な魔獣が出ることはないと自信を持って宣言する。もう、どこをどう探しても、お金になりそうな魔獣は居ないのだ。殲滅したと言ってもいい。最後の最後は、本当に無理矢理にも探し出したくらいだ。
 いくら魔獣が多く出るようになったと言っても、王都は安全に保たれているんだな。第二騎士団の皆さんが普段から頑張っているんだろう。そんな騎士団の皆さんも、暫くはゆっくり休んで貰えるはずだ。
 すっかり顔馴染みになった店主は、俺の顔を見ると笑顔で迎えてくれた。

 「いらっしゃいませ!」

 「今日もお願いします。できれば、銀貨2枚になると嬉しいんだけど」

 「わかりました、銀貨2枚ですね」

 店主は俺の持ち込んだ素材を見る事なく、銀貨2枚をカウンターに置く。

 「……え?」

 「ここ2週間あまり、サフィラスさんの素材を買い取らせて頂きましたが、どれも品質に問題はなかった。サフィラスさんが銀貨2枚というのなら、間違いなくそれだけの素材でしょう」

 今日俺が持ってきたのものは、ギリギリ銀貨2枚になるかならないかの素材だ。なんとか狩ることの出来た、なけなしの魔狼数頭と魔蛇の皮数枚。もし足らなければ交渉するつもりだったんだけど。店主は足りない分を、俺への信用で補ってくれたのだ。
 信用ってやっぱり大事だよな。前世の冒険者時代に、信用の大事さを嫌というほど学んできた。時代が変わっても、それは変わらないということだ。これからも、信用第一で生きてゆこう。

 「……ありがとう! 恩に着ます!」

 「これからもどうぞご贔屓に」

 「勿論! こちらこそ、これからもよろしく!」

 店主の計らいのおかげで、期限までになんとか金貨3枚用意することができた。
 俺は勇んで店を飛び出すと、ノマドのお婆さんの露店に急いだ。これで、寝不足の日々とおさらばだ。パーシヴァルにも心配をかけなくて済む!



 「……いない……」

 俺は店が有ったはずの場所で立ち尽くす。
 ノマドのお婆さんが店を出していた場所には木箱が積んであるだけで、お婆さんの姿はなかった。もう夕方が近い。もしかしたら、今日は早仕舞いしたのかもしれないけど、なんだか嫌な予感がする。

 「あの、おじさん。此処で店を出していたノマドのお婆さんは?」

 隣で店を出しているおじさんに尋ねる。

 「ああ、あの婆さんなら、風が変わったって言って、今朝早く店を畳んで仲間と一緒にこの街を出ていっちまったよ」

 「ええっ!」

 嘘だろう?!
 いや、相手がノマドならあり得る話だ。風を読んで移動する彼等にとって、風の導きは絶対。誰にも止める事はできない。だからお婆さんを責めることはできないけど。
 それにしても、今朝だなんて。せめてもう1日早く目標金額に達していれば……誠にもって不謹慎ではあるけれど、もう少し魔獣が多く出没してくれていれば、もっと早く金貨3枚貯めることができたのに。
 なんてことだろう。銀貨3枚が全くの無駄になってしまった。肉串も揚げ菓子も我慢したのに。何もかもが徒労に終わり、2週間分の疲労が一気に押し寄せる。思わず力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。

 「お、おい。兄ちゃん、大丈夫か?」

 「いや、全くもって大丈夫じゃない……」

 俺の強運よ。お前の仕事はひどく中途半端だな。その中途半端ささえ、女神の思惑なのかと思わずにはいられない。そういえば女神は面白いことをお望みのようだった。大方こうやって運に振り回されている俺の姿を見て、楽しんでいるんだろうさ。それにしても、これはあんまりじゃないか?
 今、俺が持っている資金で新たにパーシヴァルのお返しを探すとしても、最初にすごい魔法具を見てしまった俺としては、何を見ても納得できないだろう。だって、戦乙女の誓い以上にパーシヴァルに相応しいものなんてあるか?
 いや、あるわけがない。
 指輪? いいや、指輪はガントレットを付ける時に邪魔になる、いちいち外すなんて面倒だろう。
 ペンダント? 一体どんな? そもそも、ただのアクセサリーなんてパーシヴァルが喜ぶか?
 それとも魔法剣? 金貨2枚と銀貨7枚で? そんな金額で買えるかよ。
 いっそ、このまま近場の遺跡を探して潜るか? 

 「……にいちゃん、」

 遺跡を破壊してからお宝だけを掘り出せば、罠だろうが魔獣だろうが関係ないだろう。封印? 知るかそんなもの。例え生ける死者が出てきたとしても、地中深く埋めて仕舞えば、地上に戻っては来られないさ。

 「おい! にいちゃんってば!」

 「うわっ!」
 
 バシンっ! と思い切り背中を叩かれて、俺は漸く我に返る。顔を上げれば、10歳くらいの少年が呆れたように俺を見ていた。

 「え!? 何!?」

 「やっと、気が付いた。さっきから呼んでるのに」

 「あ、えっと。ごめん? 俺に何か用かな?」

 「はい、これ」

 少年が掌に乗るくらいの薄汚れた麻袋を差し出す。

 「えーと、何かな?」

 「行商のお婆ちゃんから、此処に黒髪のにいちゃんが来たら渡してくれって頼まれた。俺、朝からずっと待ってたのに、にいちゃんがなかなか来なかったからさ。いい加減、待ちくたびれちゃったよ」

 え? まさか……これって。
 俺は立ち上がって少年から袋を受け取る。それは確かに覚えのある重さだ。恐る恐る袋を開けてみると、果たしてそこには戦乙女の誓いが入っていていた。

 「うそ……本当に?」

 ノマドのお婆さんは、これがちゃんと俺の手に渡るようにして旅立ってくれたんだ。代金も払っていないのに。その心遣いに思わず涙ぐみそうになる。素材屋の店主といい、お婆さんといい、オリエンスに居る人はいい人ばかりだ!

 「お代は次に会った時でいいってさ。それから、お使いの駄賃はにいちゃんからもらえって」

 少年はそう言って手を差し出す。

 「お駄賃か。よし、わかった」

 俺は懐にしまっていた戦乙女の誓いの代金から銀貨を1枚取り出すと、少年の掌に乗せた。少年は銀の輝きにギョッとした顔をする。

 「に、にいちゃん、これ……」

 ただの使いっ走りにしては、破格どころではないお駄賃だ。だけど、少年は俺にとってそれだけの価値があるお使いをしてくれた。

 「いいかい、その銀貨を今すぐ靴の中にしまうんだ。それで、真っ直ぐにうちに帰ってお母さんに渡すんだよ。家に帰るまで、絶対にその銀貨を人に見せたら駄目だからな」

 「う、うん。わかった」

 俺の言葉に少年は真面目な顔で頷くと、すぐに銀貨を草臥れた靴の中に入れた。
 こんな子供が銀貨を持っているなんて知られたら、悪い奴に奪われちゃうかもしれないからね。ついでに、銀貨が正当な報酬であることを彼のお母さんに伝える為に、お使いの報酬として、と一筆認める。

 「それから、この紙もお母さんに渡すんだぞ。君がちゃんと働いて、お金を貰ったっていう証拠になるからね」

 王立クレアーレ学院と俺の名前を書いたから、お母さんも心配なら学院に問い合わせるだろう。

 「うん! にいちゃん、ありがとう!」

 「こちらこそ、ありがとう」

 俺は少年と別れると、すぐに学院の自室に戻った。
 麻袋から戦乙女の誓いを取り出し、改めて確かめて見る。相変わらずどこか冴えない魔法具だ。シャツの袖で擦って表面を磨いたけれど、特に綺麗になることもない。ただ、手に持っていると、紅い石の中で炎がゆらゆらと揺れる。恐らく魔力に反応しているんだろう。俺の魔力は他の人とは違うようだから、パーシヴァルが手にすれば又違う見え方になるのかもしれない。
 じわじわと達成感が湧いてきた俺は、思わず拳を突き上げた。

 「やった! ついに手に入れた!」

 俺にとって、魔獣よりも昼間に襲ってくる眠気の方が余程強敵だった。けれど、それも今日限りでお終い。兎にも角にも、俺は戦乙女の誓いを手に入れたのだから!

 「気に入って貰えるといいな」
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