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盟友の証

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  休息日である本日の俺は、パーシヴァルと共にマテオの背の上にいる。王都を囲む砦は既にだいぶ遠い。やっぱりヴァンダーウォールの馬は足が速いなぁ。
 今日の遠乗りにはパーシヴァルが誘ってくれた。たまにはマテオを思い切り走らせたいと言っていたけど、最近色々な事があったから気を遣ってくれたんだと思う。パーシヴァルはそういう気遣いができる男だ。当然俺は一も二もなく誘いに乗った。久しぶりにマテオに会いたいしね。
 屋台では、ヴァンダーウォールで食べたラップに似たものも買った。それをこれから森で食べるのだ。長期休暇の旅路を思い出して気分は盛り上がる。

 「乗り心地に問題はないか?」

 「大丈夫、最高だよ!」

 厚みのある布を鞍に敷いてもらっているから、座り心地の方は問題ない。相変わらずパーシヴァルは細かい気遣いをしてくれる。
 暫く整備された街道を走っていたマテオが道を外れて、足取りも軽く森に向かってゆく。これから向かう森は、Cクラスのみんなと魔法演技の練習をした森だ。あの森の広場はユニサスで空を飛んでいる時に見つけた場所なので、地上から森を目指すのは初めてだ。

 「うーん……」

 森を散策して、いい感じの所で昼にしようと思っていんだけど……
 森に入って間も無く、どうも様子が変な事に気がついた。森がやけに静かなのだ。鳥の囀り一つ聞こえてこない。前にきた時はもっと小鳥たちや小動物がうろうろしていたのに、梢を見上げても栗鼠一匹見当たらなかった。

 「なんだか妙だと思わないか? やけに静かだ」

 「ああ、そうだな……」

 パーシヴァルが周囲を警戒しながらマテオの足をゆっくり進めるけれど、そのマテオも何かを警戒している。周囲の音を聞き逃すまいとしているのか、神経質に耳を動かしている。

 「心配するなよ、マテオ。いざって時は俺が守ってやるから」

 安心させるようにマテオの首を軽く叩いてやる。それに、例え魔獣がいたとしても王都周辺に出没するような魔獣なら大したことはない。

 「……血の匂いがする」

 俺が呑気に構えていれば、パーシヴァルが低く呟いた。

 「え?」

 言われてみれば微かに鉄錆のような臭いがどこからともなく漂ってくる。こんな王都に近い森で血の匂いだなんて、誰か狩りでもしているんだろうか。

 「誰か大物でも狩ったのかな?」

 「いや、この森は王家の管轄で、出入りは自由だが狩りをする時期は厳格に決められている。ここで狩りができるのは秋口だけで、今は禁猟期だ」

 振り返った俺が、パーシヴァルと顔を見合わせた時だ。森の奥から怒鳴るような人の声が響いてきた。

 「行こう、」

 俺たちは声が聞こえた方向にマテオを走らせる。
 間も無く、剣戟の音と怒号、それから複数の獣の咆哮がはっきりと聞こえてきた。

 「あれ、魔狼の群れじゃないか? この森って危険だったの?」

 そんな事も知らないで、俺はCクラスの皆んなを連れてきてたって事? いざとなったら守り切る自信はあるけど、それにしたって危ない森だな!

 「いいや、魔獣はほとんどいないはずだ」

 魔狼と戦っていたのは騎士団だった。明らかに戦況は思わしくなく、魔狼に囲まれて完全に退路を断たれている。既に重傷者もいるようで、これは一刻も早く魔狼を退けなければ死人が出かねない。

 「突っ込むぞ。しっかり捕まっていてくれ」

 パーシヴァルは一言そう宣言すると、躊躇う事なく魔狼の群れに向かってゆく。
 そうこなくっちゃな!

 魔狼の包囲に突っ込んだマテオは、逞しい足で数匹の魔狼を蹴り飛ばす。こんな事、ヴァンダーウォールの馬じゃなきゃ到底できない芸当だ。
 俺もマテオに負けていられないぞ。ホルダーから抜いた杖をくるくるっと指で回すと、すかさず騎士団に向けて防壁魔法を放つ。杖を回すことに意味はない。ちょっと格好をつけただけだ。相変わらず杖の先から金の光が溢れまくる様は景気がいい。
 パーシヴァルは帯剣していないので、こちらに魔狼を近付けるわけにはいかない。ここは勿体振らずに一気に片付ける。俺は腕を振り上げ、杖の先を天に向けた。

 「天より来たれ! 迅雷!」

 数多の雷が空から降り注ぎ、木を裂くような激しい音と共に、真っ白い光が周囲を照らした。
 それっぽいことを言ったのは気分だ。折角杖を持っているし、如何にも魔法使いっぽく見せたいじゃないか。
 眩い光が収まった後には、倒れて動かなくなった魔狼がごろごろと転がっていた。あらかじめ防壁魔法を騎士たちには施しておいたので、彼らに被害はないはずだ。そもそも雷は確実に魔狼の脳天だけを狙っているので、人に当たることはないけれどね。
 それにしても、このトライコーンの杖は使っていて気持ちがいい。この杖を使うと身体中の血の巡りが良くなったような感覚になるんだ。これが魔法具との相性なんだろう。些細なことだけれど、魔法を使いまくるなら馬鹿にできない。そう考えると、魔法具は上級魔法使いにも必要なものなんだな。

 「……これはまさか、君たちの仕業か?」

 声をかけられてはっと我に帰れば、団長らしき人が驚いた顔でこちらを見ていた。おっと、そうだった怪我人もいるんだからのんびり杖のことを考えている場合じゃない。

 「ハーヴァード第二騎士団団長とお見受けいたします。私はパーシヴァル・ベリサリオ。こちらはサフィラス。共に学院の第一学年に所属しております」

 パーシヴァルはさっとマテオから降りると、赤髪の男にこちらの名を告げた。
 ……ん? 待てよ。赤髪で第二騎士団の団長って言えば最近どこかで聞いたぞ。ハーヴァード第二騎士団長って、もしかして、赤髪のお兄さんじゃないか!?

 「ベリサリオ? その馬は……まさかヴァンダーウォール辺境伯家のご子息か! では、先ほどの雷は君が?」

 馬を見て出身を当てるなんて、やっぱりヴァンダーウォールの馬は有名なんだな。確かに、騎士団の馬とは大きさも逞しさも桁違いだ。申し訳ないが、マテオと並ぶと王都の馬は鹿に見える。

 「いいえ。あのいかずちは彼の魔法です」

 パーシヴァルがマテオの上にいる俺に視線を向けた。俺はするっとマテオの背から降りると、赤髪のお兄さんと思われる人に頭を下げた。

 「僭越ながら。重傷の方もいらっしゃるようなので、搬送のお手伝いをさせていただけませんか? 俺は転移ができるので、王都までは一瞬で戻れます」

 一刻も早く騎士団の屯所に戻って治癒をしてもらわないと、危なそうな怪我人が何人かいる。

 「……転移ができるだと?」

 赤髪のお兄さんは怪訝そうに俺を見た。確かに第一学年の学生に転移ができるって言われても信用できないか。

 「俺が行ったことのある場所なら、距離を問わず正確に転移できますので安心してください。ただ、俺は騎士団の屯所がどこにあるのかわからないので、俺の知っている屯所への最寄となりますが」

 「では、西の城門まで行けるだろうか?」

 「はい。城なら行ったことがありますので任せてください」

 俺は城の門の位置を頭の中で思い浮かべる。そういえば、西の城門の辺りに建物があったけれど、あれは騎士団の屯所だったのか。

 「では、彼を連れて城に戻って欲しい。彼は優秀な騎士だ。なんとしてでも助けたい」

 「任せてください」

 赤髪のお兄さんに頼まれた騎士は、腹部からの酷い出血で既に意識が無いようだった。魔狼に腹を喰いつかれたんだろう。仲間の騎士が必死に応急手当てを施しているが、これは一刻を争う。

 「フェリクス副団長! 彼と戻ってくれ!」

 「はっ!」

 副団長さんが転移の範囲に足を踏み入れると同時に、俺は西の城門まで飛んだ。副団長さんは突然の事に驚いていたけれど、さすがそこは普段鍛えている騎士だ。すぐさま平常心を取り戻し、門兵に騎士団の屯所に控えている治癒魔法が施せる魔法使いを呼びに行かせた。

 「俺、次の怪我人運んできます」

 「は? え?」

 重傷の騎士は他にもいた。俺は副団長を残し、次の怪我人を迎えにその場を離れる。
 森に戻れば、団長さんの指示に従ってパーシヴァルが応急手当てを手伝っていたけれど、患部の固定も止血も実に見事な手際だ。ヴァンダーウォールで徹底して叩き込まれたんだろう。
 俺は再び怪我人を連れて西の城門に飛んだ。戻った先では既に白魔法使いが治癒を始めていたので、とりあえず彼らが命を失う事は無い。

 王都と森を数度往復し、倒した魔狼の後始末をし終わった頃には、すっかり日は傾いていた。折角屋台で昼食を買ったのに、結局食べずじまいだ。
 遠乗りに来た筈なんだけど、なんだか救護実習みたいになっちゃったな。
 騎士団の人たちはまだやることがあるというので、俺たちは一足先に王都に戻る事にした。学院の寮には門限というものがあるので、あまり遅くなるのはまずい。
 団長さんに後日改めてお礼をしにゆくと言われたけれど、別にお礼をされるようなことはしていないので、丁重にお断りした。

 「なんだか、慌ただしい1日になっちゃったね」

 「ああ、そうだな」

 俺たちは薄暗くなった森を歩きながら帰途につく。周囲にはたくさんの森蛍が飛び回っていて、幻想的な光景になっている。流石は王家管轄の森。こんなに森蛍がいるなんて凄いな。折角来たんだから、少しぐらいは森を楽しんで帰らないと勿体無い。マテオもそう思っているのか、俺たちに合わせてのんびり歩いている。

 「サフィラス、」

 パーシヴァルが不意に足を止めた。俺もマテオも倣うように足を止める。

 「ん? 何?」

 「これを」

 パーシヴァルが俺の前にスッと手のひらを差し出した。そこには鈍く光る燻銀の指輪が乗っている。ヴァンダーウォールの紋章である盾と剣を持つ竜が刻印されている重厚な指輪だ。

 「これはヴァンダーウォールの盟友の証だ。是非サフィラスに身につけていて欲しい」

 「え?」

 「この竜がどこの紋章か分かる者なら、指輪を着けているサフィラスを侮ることはしないだろう。少なくとも、学院でサフィラスを煩わせる問題の幾らかは回避できる」

 「いや……そんな立派な指輪を、俺が受け取るわけにはいかないよ」

 よくわからないが、この指輪がそう簡単に受け取っていいものじゃない事は俺でも解る。だって、なんだか重そうでやたらと立派だ。魔法の気配もするし、間違いなく特別なものに違いない。

 「俺がサフィラスに受け取って貰いたいと思っているんだ。駄目だろうか」

 「うっ……」

 パーシヴァルの澄んだ眼差しが逸されることなく、俺をじっと見つめた。誠実さの圧が凄い。

 「俺たちはいずれ冒険者になってパーティを組む約束をした。その絆の証だと思ってはもらえないか?」

 パーシヴァルにそこまで言われてしまったら、受け取らないわけにはいかない。盟友の証だというそれを、あまり頑なに遠慮してもヴァンダーウォールを拒否しているようになってしまうし。

 「……わかった。そこまでパーシヴァルが言うなら」

 「ありがとう」

 何故かパーシヴァルの方がお礼を言うと、流れるように俺の左手を取って真ん中の指に指輪をスッとはめた。あまりにも自然な流れだったので、俺はただその様子を見つめているだけだった。

 「できればこれを常に身につけていて欲しい。きっとサフィラスの助けになるはずだ」

 顔を上げたパーシヴァルが浮かべた甘やかさを含んだ笑みに、俺はひっくり返りそうになる。太陽の騎士は無意識に人を籠絡してくるのだから油断ならない。
 俺だって相当の美形に生まれているはずなのに、この差は何だ?

 「あ……え、と、うん。わかった。ありがとう?」

 動揺したせいか、お礼の言葉が疑問になってしまった。俺は中指にはまった指輪に視線を落とす。なんだか大変な物を受け取ってしまったような気がする。無くさないように気をつけないと。
 だけど仲間の絆というのなら、俺もパーシヴァルに何か渡した方がいいのかな。この指輪に釣り合うようなものを俺が選ぼうとするなら、何処かのダンジョンに潜らないと手に入らないだろう。
 そいうえば前世で攻略し損ねた、忘れられた遺跡は今頃どうなっているんだろう。あの遺跡の深部だったら、パーシヴァルにふさわしいものがありそうだけどな。
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