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人の噂に75日も付き合える奴は暇人 その0.5

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 なんだか今朝は妙な視線が俺に向けられている。時々ヒソヒソとしている学院生もいて、爽やかな朝だというのにあまりいい気分ではない。言いたいことがあるならコソコソとせずに、はっきりいえばいいのにとも思うが、ヒソヒソコソコソすることに楽しみを覚える奴もいるから、それも仕方のないことなんだろう。
 それにしても、一体なんだろう? 学院に入学したばかりの頃にはこんなことは毎日だったけど、最近はすっかり無くなっていたから、理由がさっぱり思い当たらない。
 まぁ、いいや。別に何を言われようと、俺は痛くも痒くもないしね。

 「パーシヴァル、おはよう!」

 「ああ。おはよう、サフィラス」

 カフェテリアの入り口でパーシヴァルと合流する。彼はいつもと変わらない。まぁ、パーシヴァルは人の噂をするような俗な奴じゃないからな。

 「サフィラス様、おはようございます。今日も良い天気ですわね」

 「おはよう、サフィラス!」

 Cクラスの面々がいつものように挨拶を交わして、カフェテリアに入ってゆく。
 クラスメイトの態度もいつもと変わらないな。となると、ますますヒソヒソコソコソの原因がわからない。俺が首を捻っていれば、パーシヴァルが俺の肩を叩く。

 「気にするな」

 「うん。そうだね」

 だけど、何を陰で言われているのか、そのすぐ後に知ることとなった。俺たちの近くに席を取った学院生の会話が聞こえてきたのだ。

 「……人気のない図書館で……男を誘っていたんだってさ」

 「見境なく男を誘っているって話も聞いたよ」

 「ええ? あんな大人しそうな顔をして?」

 「だけど、入学したばかりの頃、当時の婚約者の寮で……」

 「ああ、そうだった……案外好き者なのかも」

 はぁ? なんだよ、その話? 誰が好き者だって? 全くマセた奴らだな。しかも聞こえよがしに話しやがって。
 この噂の出どころは、あいつ以外いないだろう。あの時、図書館にいたのは間違いなくナイジェルだ。赤髪を焚き付けて図書館まで誘導し、ある事ない事を学院に広げるまでが一蓮の流れだったのか。確かに図書館で赤髪に襲われそうになったのは事実だ。その事実があれば、後は嘘っぱちでも信憑性が増す。
 しかし、あいつも良くやるな。いっそ感心するが、こんな事で俺にダメージを与えられると思っているところが甘い。フォルティス以前のサフィラスならともかく、今の俺ではちょっと小蟲が煩いなと思う程度だ。
 とはいえ、噂の内容が些か問題だ。やんちゃだとか破天荒だとか言われるならまだしも、さすがに眉を顰めるような噂だ。俺の醜聞はそのまま公爵家の醜聞になりかねない。王太子妃候補のご令嬢のご実家としては、看過できない内容だしな。このまま放って置いていいものか、ちょっと悩む。
 赤髪めぇ、本当に迷惑な事をしてくれたもんだな!

 「朝から随分と下世話な話が聞こえてくるな。誰がそんな噂を広げたのかは分からないが、学院生としての品位を疑う内容だ。食事が不味くなるので、そのような話は他所でやってくれ」

 低く温度のない声に、頭の中で色々と考えていた俺は、思わず顔を上げて正面のパーシヴァルを見た。その表情はほとんど無だ。太陽の騎士の笑みは何処に行った? というか、もしかして怒っている?
 まさかパーシヴァルが言い返してくるとは思わなかったのだろう。聞こえるようにヒソヒソと話していた奴らは、バツが悪そうに黙り込んだ。だけどパーシヴァルのいう通り、あんな話を聞きながら食事をしても美味しくないだろう。人の口に戸は立てられないが、俺がいなくなれば不快な話は聞かなくて済む。
 
 「ごめん、パーシヴァル。確かに気分のいい話じゃないよな。噂が消えるまでしばらくは別行動にしよう」

 「いいや、サフィラスが席を立つ必要はない」

 席を立とうとした俺を制してパーシヴァルがはっきりと言うと、近くの席でヒソヒソとしていた学院生は慌てて席を立って離れて行った。その様子を見ていた他の学院生の何人かも席を立って、俺たちの周りに空席ができた。この光景に既視感がある。懐かしささえ感じるぞ。入学当初はこうやって遠巻きにされていたっけな。

 「やっと席が空いたよ」

 「そうだな、」

 そんな声が聞こえると、空いたテーブルにCクラスの男子がすかさず席を取る。他にも俺と会話をするくらいには交流のある学院生がさっと座った。彼らはまるで何事もなかったかのように、談笑し食事を始める。会話の内容は誰の噂でもない他愛のない日常のことだ。

 「サフィラス、早く食べないと一限目に間に合わなくなる」

 パーシヴァルは、すっかりいつものパーシヴァルに戻っていた。
 ……前言撤回。入学したばかりの頃とは全然違う。
 俺はみんなの気遣いに胸の内でお礼を述べながら、朝食を美味しく頂いたのだった。
 
 そんな感じで数日を過ごしたけれど、そのうち収まるだろうと思っていた妙な噂は、相変わらずそこかしこで囁かれている。
 誰が言ったかは知らないが、人の噂は75日もすれば収まるらしい。2ヶ月以上も人の噂で盛り上がれるだなんて、他にやることが無いんだろうか。とにかく、俺の不名誉な噂はまだまだ続くと言うことだ。
 当然だが俺とコトに及んだとされる相手の名前は一切出てこない。その時点で作為的なものを感じざるを得ない訳だが。
 そして最初に噂を流した奴じゃないかと疑っているナイジェルは、何故か大人しい。ふしだらなお前なんかパーシヴァルに相応しくないと、ここぞとばかりに大騒ぎすると思ったんだけどな。俺を見ても睨むだけで、近寄って来ないのだ。反省している様子ではなさそうだけど、俺に関わってこないのなら何を考えていようと構わない。

 「サフィラスさんですわね? 少しよろしいかしら?」

 周囲がどうであろうと、どこ吹く風とばかりにいつも通りに過ごしていれば、いつも通りではない事態の方からやってきた。
 真面目そうな女子学院生と男子学院生数人が声をかけてきたのだ。彼らには全く覚えがないので胡乱な目を向ければ、自分達は学院の役員会だという。役員会とは、学院の風紀や一部教師に手が回らない雑事を担う学院生の事らしい。教師に指名された優秀な学院生で構成されているとのことだ。そんな彼らに話があると言われた俺は、役員室に連れていかれてしまった。
 それにしても、この学院で俺ほどあちらこちらに呼び出される学院生はいないんじゃいだろうか。

 「早速なのですが、サフィラス様は学院に流れている噂のことはご存知でしょうか?」

 「噂? ああ、俺に関する根も葉も無い噂のことですか?」

 「本当に根も葉も無いのかな? 火の無いところに煙は立たないと言うよ」

 確かに火粉程度はあったが間一髪で逃げているし、不特定多数の学院生とどうこうと言う話は、明らかにデマゴギーだ。

 「役員会の方々は、あのような噂が流れるのは俺の所為だとお考えなんですか?」

 「君は公爵家の後援を受けている奨学生だと聞いているよ。本来なら、あのような噂を流されないように振る舞うべきではないのかい?」

 物言いは穏やかだが、その内容はあまりにも理不尽だ。

 「こちらがいくら品行方正に振る舞ったとしても、悪意のある誰かが有る事無い事を吹聴していたとしたら、俺にはどうにもできません」

 「ですが、貴方には入学当初より色々な問題がありましたよね」

 「魔力がないと言われていたことですか? それとも元婚約者のことでしょうか? そのどちらも俺自身でどうにかできる問題では無いですよね? 魔力は生まれ持ってくるもので、婚約者は親が勝手に決めた相手です。その上で、まだ未成年の俺は一体どう振る舞えばよかったのでしょうか?」

 俺がそう言えば役員会の連中は黙り込んだ。
 きっと彼らのご両親は、自分の子供に理不尽な仕打ちをしない良識のある貴族なんだろう。だけど世の中には、元父伯爵のようにどうかしちゃっている親も一定数いる。本人にだってどうにもできない事で呼び出され、お前に問題があると言われるのは納得できかねる。俺を吊し上げている暇があるなら、しょうもない噂を流している奴を探すべきなんじゃないか? なんで迷惑を被っている側が責められなきゃならないんだ。
 それに、高位貴族がほとんどの役員会の連中に囲まれてさっきの様に詰め寄られてしまえば、気の弱い奴は黙って俯くしか無いだろう。俺じゃなければ泣き寝入りだ。そんな俺の不満が気配になって漏れ出していたんだろう。役員会との間に不穏な空気が流れ出したところに、誰かが役員室の扉を誰かがノックした。役員の1人が応対し扉を開けると、そこにはアウローラ嬢がリリアナを伴って立っていた。

 「役員の皆様方、お話は終わりまして?」

 「スタインフェルド嬢、何か御用でしょうか?」

 役員会の長らしき学院生が、少し緊張した様子で答える。たった今、寄ってたかって詰め寄っていた俺の後援をしている公爵家のお嬢様だからな。

 「ええ、サフィラス様をサロンにお招きしようと思いまして。まだお話が終わっていないのでしたら、此処で待たせて頂きますわ」

 「いえ……話はもう終わりましたので」

 「あら、そうですの? それでは、サフィラス様をお連れしてもよろしいですわね」

 アウローラは他所行きの笑みを役員会の面々に向ける。
 引き止めようとする奴はいない。彼らに悪意があるわけではないので、引き際は心得ているようだ。

 「サフィラス様、お迎えに上がりましたの。パーシヴァル様は先にサロンにいらっしゃっていますわ。一緒に参りましょう?」

 「ああ、うん……それでは、失礼します」

 俺は役員達に会釈をすると、アウローラと共に役員室を後にしたのだった。
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