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ヴァンダーウォールから戻ってきました

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 ヴァンダーウォールから戻った俺はすぐに第一寮棟に行ったけれど、パーシヴァルは留守だった。まだカフェテリアにいるのかとそっちにも行ったけれど、数人の学院生がのんびりとお茶を飲んでいるだけでやはりパーシヴァルの姿は無い。

 「一体どこに行っちゃったんだろうな?」

 あまり長居をするのも悪いので、俺は夕食をご馳走になった後はすぐにお暇をしてきた。アデライン夫人はもっとゆっくりして行けばいいと言ってくれたけれど、パーシヴァルが心配しているかもしれないのでと、取り急ぎ帰ってきたのだ。帰り際にお土産を渡され、ついでにパーシヴァルの私物を届けてほしいと言われたので、当然二つ返事で引き受けた。それくらい大したことないお遣いだ。なんなら魔獣討伐をお願いされたって引き受ける。だけど、今日の俺は安心安全の配達人だ。
 
 「……パーシヴァルが行きそうなところってどこだろうな?」

 パーシヴァルを探して学院内をうろうろしていれば、バッタリとナイジェルに会った。そういえば彼の顔を見るのも久しぶりだ。アデライン夫人の一件から絡まれることは無くなっていたけど、今日は何故か物凄い目で睨みつけられている。
 え? 何? 今度はなんの言いがかりだ?

 「お前の……」

 「?」

 「お前の所為だ……」

 「は?」

 「お前の所為でパーシヴァル様が僕を見てくれないんだっ!」

 はて? 彼は一体何を言っているんだ? どうしてそれが俺の所為になるんだ? パーシヴァルが誰に関心を向けようと、そこに俺の存在は全く関係ないだろう。驚くほど個性的な解釈だ。

 「お前なんて家族から見捨てられて、公爵家のお情けで学院に通ってるくせに! なんでパーシヴァル様の側を彷徨いてるんだよ!」

 お情けとは聞き捨てならないな。どうやらナイジェルは奨学生のなんたるかを理解していないらしい。確かにアウローラは最近できた制度だって言っていたけど、学院は後援奨学生制度についてもう少し周知した方がいいんじゃないか? じゃなければ、後援を受けている下位貴族の子息令嬢が、誤解から侮られることになる。彼のような人物は妙に拡散力があるから、例えそれがただの言いがかりだとしても、一度広がってしまった噂を消すのは骨が折れるものだ。
 それにだ。俺は彷徨いてなんかいない。パーシヴァルとはお互い気が合うから一緒にいるんだ。

 「色々間違ってるから訂正させてもらうけど、俺は情けで学院に通っているわけじゃなくて、ちゃんと試験を受けた上で公爵家の援助を受けてる。それに、俺とパーシヴァルはお互い許容できる範囲で一緒にいるんだ。彷徨いてるっていうなら、むしろお前の方が彷徨いているんじゃないか?」

 「うるさい! うるさい! うるさい! お前なんて消えてしまえ! 女神の理において我が力を行使する! 風よ切り刻め!」

 またか。どうしてこういう輩はすぐに攻撃魔法を使うんだろうな? そんな事をしたってなんの解決にもならないのに。そんなに暴れたいなら、魔獣討伐にでも参加すればいいんじゃないか?
 俺の魔法で放たれた風の刃を一瞬で消し去れば、ナイジェルはひどく驚いた表情になった。本当は杖を振って華麗に消したかったけど、残念ながら今の俺は配達人なので両手が塞がっているのだ。

 「……な、なんで? 詠唱してないのに……」

 「だから言ったでしょ。俺はちゃんと試験を受けて、公爵家の援助を受けてこの学院にいるって。勘当された一介の元伯爵子息如きが、情けなんかで公爵家の援助を受けられるわけないって」

 「う、嘘だ……無詠唱だなんて……そんなの、あり得ない……」

 なんだかブツブツ言っているけど、これ以上ナイジェルに関わるつもりもない。俺がその場を離れようとした時だ。こちらに走ってくるパーシヴァルの姿が見えた。

 「あ、いたいた! パーシヴァル!」

 ようやく探し人は見つかったけど、これは新たな騒ぎになるかもしれない。ナイジェルの事だ。よく分からない事を言い募って、パーシヴァルに纏わりついたりするのかなとちらりと視線を向ければ、何故かナイジェルは顔色を変えて逃げるように走り去った。

 「あ、え?」

 去ってゆく背中をぽかんと見送る。あれほどパーシヴァル、パーシヴァルと騒いでいたはずなのに、本人の姿を見るなり逃げるなんて一体どうしたんだ?
 
 「サフィラス、大丈夫か? 彼に何か言われていたのか?」

 気遣わしげに尋ねられたので俺は首を振る。

 「いや、特になにもないよ」

 本当にあの程度、俺にとってはなんでもない。学院でそれなりに魔法を学んでいるだけあって、パーシヴァルの従姉妹殿よりもまともな魔法だったし。だからと言って、無闇に攻撃魔法を放つのは良くないが。

 「……そうか」

 パーシヴァルの顔に安堵の色が浮かぶ。やっぱり心配させちゃってたんだ。昼も夜も顔を出さないとなれば、逆の立場だったら俺だって心配する。強いから大丈夫とか、そういう理屈じゃないんだよな。

 「カフェテリアに行けなくてごめん。ちょっと色々あって、ヴァンダーウォールに行ってたんだ」

 「……ヴァンダーウォールに?」

 パーシヴァルがびっくり箱を開けた時のような顔をした。唐突に自分の故郷に行っていたと言われれば、そんな顔にもなるだろう。

 「取り敢えず、カフェテリアに行かないか? アデライン夫人から預かってきてるものもあるんだ」

 俺は抱えている荷物を持ち上げて見せた。



 カフェテリアに移動して、まずはアデライン婦人から預かった荷物をパーシヴァルに渡す。

 「はい、これ。預かった荷物。あと、こっちは軽食ね」

 「すまないな……で、どうしてサフィラスはヴァンダーウォールに?」

 俺がヴァンダーウォールで呑気に過ごしている間、パーシヴァルは食事もせずに俺を探してくれていたらしい。本当に申し訳ない事をした。
 だけど、こうして軽食を持たせたって事は、俺が行かなければパーシヴァルは食事をしないって事をアデライン夫人は分かっていたのだ。アデライン夫人には少しユニークなところがあるらしい。パーシヴァルも苦労しているんだなと、つい遠い目をしつつ、俺は午後に起きたことを全て正直に話す。

 「……でさ、気がついたらヴァンダーウォールに居たんだよ。長期休暇でとても良くしてもらったから、なんか安心できる場所っていうか、寛げる場所として俺に刷り込まれてたみたいでさ。すぐに帰るつもりだったんだけど……ついつい長居しちゃったんだ。パーシヴァルを差し置いて、勝手にご実家でのんびりしてきちゃってごめん」

 いくら仲が良くても、勝手に友人の実家に行って寛ぐとか普通はしないだろう。さすがに図々しかったと反省する。

 「いや、気にしないでくれ。ヴァンダーウォールならば安全だ。これからも何かあれば向こうに行ってほしい。どこにいるのか分かってさえいれば俺も安心できる」

 「え? でも、迷惑じゃないかな?」

 「いいや。寧ろそうして欲しい」

 「……それなら遠慮なくそうさせてもらうよ」

 咄嗟の転移で勝手に向こうに行ってしまうのなら、その方がいいんだろうな。俺といえども無意識下のことは制御できない。

 「それで、父上達は元気だっただろうか?」

 「うん、勿論! みんな元気だったよ。パーシヴァルに宜しくって」

 「そうか」

 パーシヴァルがふっと笑みを浮かべた。真面目な騎士の柔らかな笑みに思わずドキッとする。
 パーシヴァルは俺の心配なんかより、自分の心配をした方がいいんじゃなないだろうか。見目麗しい、将来有望なヴァンダーウォールの騎士だ。彼の伴侶になりたいと思うのは、ナイジェルや従姉妹殿ばかりじゃないはず。ベリサリオ家がパーシヴァルの意に沿わないことはしないだろうけど、パーシヴァルを望む相手の方が常識を持ち合わせて居ない場合もある。時に貴族っていうのは汚い手を使うこともあるからな。
 パーシヴァルは大切な仲間だ。いざって時は俺の強運と魔法を使って全力で守るけどね。
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