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赤髪のあんちくしょう その1

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 「サフィラスさん、お荷物が届いていますよ」

 部屋でだらっと過ごしていれば、学院の事務員の人が荷物を届けにきた。

 「すみません、ありがとうございます」
 
 受け取った箱はそれほど大きくなく、重くもない。俺に荷物を送ってくるような人に心当たりは全く無い。まさか一週間以内に何人かの人に同じ内容の荷物を送らなければならない不幸の箱じゃないだろうな? と恐る恐る荷札を見れば、送り主はアデライン夫人だった。

 「なんだろう?」

 箱を開けてみれば、瓶詰めのお菓子が4つほど入っていた。同梱されていた手紙には美しい文字で、日持ちのする新作お菓子を作ったので送りますと書いてあった。

 「レモネのお菓子だ」

 早速瓶の一つを開けて中のお菓子をつまみ出す。掌にころんと乗る大きさの薄黄色いお菓子だ。空気のように軽く爽やかな良い香りがするそれを口に放り込めば、舌の上でスッと溶けて消える。

 「何これ! うまっ!」

 ほのかな酸味とほんのりとした甘みが後を引いて、つい夢中になって食べてしまって気がつけばお菓子は瓶の半分ほどになっていた。
 これは危険なお菓子だ。際限なく口に運んでしまう。大事に食べないとあっという間に無くなっちゃうな。だけど、こんな美味しいお菓子を俺1人で食べるのも勿体無い。

 「我が友、ケット・シー」

 久々にケット・シーを呼び出す。

 「にゃーん! お呼びかにゃ、ご主人!」

 「これを、ヴァンダーウォールの新作お菓子ですってブルームフィールド公爵家のアウローラ嬢に届けてくれる?」

 「承り!」

 ケット・シーは瓶を抱えると、ピョーンと部屋の窓から飛び出して行った。彼は公爵家へのお使いがお気に入りだから、一度赴いたら数日は戻ってこないだろう。
 ケット・シーの行動を嗜めるのはもう諦めている。余程の失礼がなければ、公爵閣下も寛大な心で彼を迎え入れてくれるはずだ。

 「他にお裾分けする人は……」

 ……日持ちするって書いてあったし、俺は2瓶貰っていいよね。食べかけの瓶と未開封のひと瓶を棚にしまう。
 後はお茶会のご令嬢達にも分けてあげようかな。残ったひと瓶を持って早速お茶会のご令嬢達の部屋がある第二寮棟に向かう。女子寮には当然入れないけれど、受付にお茶会の代表のご令嬢宛に託せば問題ない。そう思っていれば、お茶会のご令嬢の1人、オディールとバッタリと会った。

 「まぁ、サフィラス様。ごきげんよう」

 「オディール嬢、ちょうどいいところで会った。これ、ヴァンダーウォールの新作のお菓子なんだけど、お茶会のみんなで食べて」

 「まぁ、ヴァンダーウォールですか?」

 「うん。辺境伯夫人に沢山いただいたんだ。ちょっと食べたんだけど、凄く美味しかった」

 「辺境伯夫人から……! やっぱり、そうでしたのね……」

 何がやっぱりかはわからないが、オディールが目を輝かせて頬をうっすら染めているところを見ると、ヴァンダーウォールの新作お菓子に期待しているのだろう。大抵の女の子は、新しいものが好きだからな。喜んでもらえたのならよかったと思っていれば。

 「……お前はそうやって俺から逃げるつもりか!」

 突然響いた大声に、俺とオディールはびくりと身をすくめる。

 「え? え? 何?」

 周囲に視線を走らせると、どうやら大声の発声者は赤い髪の男子学院生のようだ。その男子の正面にはパーシヴァルがいる。一体どうしたんだろう?

 「またですわ……」

 「また?」

 「ええ。あの赤い髪のお方はギデオン・ハーヴァード様とおっしゃるのですけれど、いつもあのようにパーシヴァル様にご迷惑をお掛けしているのですわ」

 「……いつもって、何が原因なの?」

 俺がこうしてオディール嬢と話している間にも、赤い髪の男は大きな声でパーシヴァルを詰っている。対するパーシヴァルは全くの無表情だ。

 「剣術大会に出場してご自分と勝負しろとおっしゃっているのですわ。パーシヴァル様は剣術大会には出ないとはっきりお断りしているにもかかわらず、あのようにしつこくなさっているのです」

 ああ、そういうことか。大きな大会で好敵手を打ち負かして、名を上げたいんだろうな。だけど、パーシヴァルに大会に出場する気はさらさらない。
 相手がはっきりと断っているのに、しつこいのは感心しない。俺はパーシヴァルの方へ足を向けた。

 「そんなに衆目の中で俺に負けるのが嫌なのか?」

 挑発をしているつもりなのか、赤髪は薄笑いを浮かべてそう言い放ったが、パーシヴァルは相変わらずの無表情だ。こういう安い挑発に乗らないところからして、既にパーシヴァルの方が何枚も上手だけどな。そういう事に気がつけない時点で、好敵手としては失格だろう。
 どれ、ちょっと気になるから顔を出してくるか。

 「やぁ、パーシヴァル。こんな目立つところで絡まれちゃってどうしたんだ? 随分と皆んなに注目されてるぞ」
 
 周囲からどう見られているのか、具体的に説明しながらパーシヴァルの隣に立つ。それで赤髪が気が付いてくれるといいんだけど。

 「サフィラス、」

 「……なんだお前は? 俺は今こいつと大事な話をしているんだ。邪魔をするな」

 赤髪が俺を睨む。パーシヴァルも背は高いが、こいつも結構背が高い。その上厚みがあるので、ずっと体が大きく感じる。本人もそれをわかって居て、高圧的な態度をとっているんだろう。

 「……でも、パーシヴァルにはその話はもう終わってるようだけど? 剣術大会には出ない、以上! ってことだろ。強要はよくないと思うよ」

 「これは俺とベリサリオとの話だ。お前には関係ない」

 あー……ちょっと話しただけで解ってしまった。これはまともに話しても通じない奴だ。相手の意思に関係なく、兎に角自分の主張を通そうとする。きっと毎回こんなやり取りを繰り返しているんだろう。パーシヴァルが無表情になっても仕方がないよな。

 「関係大有りだ。友人が困っていたら助けるものだろ? 俺にはパーシヴァルがめちゃくちゃ困っているように見えるんだよ。そもそも、パーシヴァルはあんたの申し出を幾度となく断っているそうじゃないか。それをこんなふうに相手の都合も顧みずに足止めして、しつこく食い下がるのはどうかと思うけど?」

 「なんだと?」

 赤髪は凄んで俺に迫ったけれど、俺からすればそんなものは子猫の威嚇よりも可愛いもんだ。

 「サフィラス、」

 俺を下がらせようとしたパーシヴァルの腕を、問題ないとポンポンと叩く。
 当人同士で解決できない時は、第三者を入れるしかないだろう?

 「まぁ、まぁ、パーシヴァル。ここは俺に預けてくれないか?」

 そう言って片目をパチンと瞑って見せれば、一瞬目を見張ったパーシヴァルは小さなため息と共に苦笑いを浮かべた。これは了承したということだろう。

 「そんなにパーシヴァルに大会に出てほしいなら、俺と勝負して勝ってみなよ。もし、あんたが俺に勝てたなら、パーシヴァルの説得に協力してやる。ただし、俺に勝てなかったら、二度と無理に誘わないこと……どうする?」

 「はっ! お前が俺と勝負だって? 本気で言っているのか?」

 赤髪は鼻で笑い飛ばす。
 ええ、ええ。俺はひょろっとなよっとしてるからね。当然そう思うだろう。

 「本気も、本気。で、どうする?」

 「いいだろう。受けてたとう。ただし、怪我をしても責任は取らんぞ」

 「……自分の心配をするべきだと思うがな」

 パーシヴァルが俺の隣でボソリと呟いたが、それが赤髪に聞こえることはなかった。何故なら、ディランさんがやってきて騒動に加わったからだ。

 「ギデオンお前、まだ諦めてなかったのか」

 「あ、ディランさん」

 「お。なんだ、サフィラスもいたのか」

 

 学舎や寮の近くで暴れると関係のない学院生に迷惑をかけるので、鍛錬場に移動する。騒ぎを見ていた何人かの学院生も着いてきて、観客と化していた。ま、見届け人は多いに越したことはないからいいけど。

 「僭越ながら俺が審判を引き受けさせてもらう。で、勝敗はどうやって決めるんだ?」

 事情を話せば、審判はディランさんが嬉々として引き受けてくれた。俺たちを止めるどころか随分と乗り気なので、この人も俺と同じく面白そうなことに首を突っ込まずにはいられない質なんだろうな。
 
 「勝敗はディランさんの判断に任せます」

 「だってさ。どうする、ギデオン?」

 「俺もそれで構いません」

 「……では、両者。正々堂々と勝負せよ。構え!」

 俺はさっと杖を抜く。もちろんトライコーンの杖だ。こんな高価なものをあの誰でも出入り自由と言っても過言ではない部屋には置いておけないので、結果始終身に付ける事になっているわけだ。月桂樹とパロサントの杖には悪いが、彼らの出番は最近とんとない。
 杖の先端から容赦ないほどキラキラキラキラと溢れ出ている光の粒に、観客たちがざわつく。その気持ちわかる。俺も我が杖ながら、光りすぎじゃないかな? と思っているところだ。

 「なんだ、その光は! お前、ふざけているのか!」

 「いや、ふざけてなんかいないよ。この光は勝手に出てくるんだから、仕方がないだろ」

 「ええい! お前など、早々に叩き潰してやる!」

 気の早い赤髪は、ディランさんの始めの合図の前に剣を振り上げ斬りかかってきた。
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